第28話 一ノ瀬和也はオリエンテーリングをする

 俺たちを乗せたバスは目的地についた。ついた直後に「部屋に荷物を置いてから、この場所に集合しろ」と言われたので、部屋に荷物を運び入れた。ちなみに部屋はクラスの男子の半分が同じ部屋だ。


 同じ部屋に九条くじょう志波しばがいるのが少々面倒だが、そんなことを言ってもしょうがない。俺の荷物が九条に蹴られたことなど俺は知らない。ものすごくどうでもいいことだ。


 荷物を置いた俺たちは言われたとおり降りた場所に集まった。これから説教が始まる、なんてことはなく、早速さっそくオリエンテーリングが始まるのだ。みんなで楽しくわいわい、ガヤガヤと山の中を散策する、などというクソみたいなことをしなければならない。


 もちろん班行動だ。つまり俺はこんなときも桐ヶ谷きりがやと行動しなければならないのだ。最悪だ。最悪最低だ。一人でのんびりと読書でもしたい気分だ。


 などという絵空事えそらごとを言ってもしょうがない。俺たちのオリエンテーリングは始まってしまった。バスの中同様、九条と志波が俺をにらんでいるのは毛ほども気にならない。こんな目はに慣れてしまった。


 それよりも俺たちの前を歩いている阿呆どもをなんとかしてくれ。俺たちは背負える荷物を持つことを許されているが、その阿呆どもは何も持っていない。持ってきていないのでは無く、九条と志波がそれぞれの荷物を持っているのだ。


 俺から見ると、桐ヶ谷と双葉ふたばはものすごく嫌そうな顔をしていたが、それとは正反対に九条と志波はにやけていた。別に荷物を持つことの何がそんなにすごいんだ? 俺なんか寧々ねねの・・・・・・やめておこう。


 ともかく、そういうわけで阿呆どもは荷物を持っていない。もしかしたらそのせいかもしれないが、こいつらは山道にもかかわらずるんるん気分でスキップでも始めそうだ。


音杏のあ~、近くのポイントってどこ?」

「この先をまっすぐ行ったところ」

「ふ~ん」

「聞いておいてその反応はひどくない? って言うか、莉音りおんも地図持ってるんだから自分で確認してよ」

「いいじゃん。音杏とからみたいんだから」

「もう十分でしょ」

「全然! まだまだ足りないよ!」


 俺は何を見せられているんだ? このよくわからないやりとりをどうして九条たちは普通に見られるんだ? やはりのことはよくわからない。一種の紛争に近いものだろうな。


一ノ瀬いちのせ、この先に分かれ道があるんだけど、まっすぐと左、どっちがいい?」


 桐ヶ谷が俺の方を振り返りながら聞いてきた。んなこと地図を見ればわかるだろ。どうして地図を持っているお前が、地図を持っていない俺に聞くんだ? ちなみに地図は一班に二枚で、桐ヶ谷と双葉が持っている。


「まっすぐだろうな。左に行くとポイントが高い分登りになる。しかもその後は下りで普通の道に出てしまう。それなら、このまままっすぐ行って奥の方に向かった方がいい」

「えっ? イッチー、どうしてそんなことがわかるの!?」


 双葉が俺の方を向きながら聞いてきたが、逆にどうして、んなこともわからいんだ? お前も地図を持ってるんだろ。それにイッチーという呼び方もやめろ。虫酸むしずが走る。


 双葉はああ言ったが、「どうして」は「そんなこと」の方では無く「わかるの」の方にかかっている。オリエンテーリングのルールから見れば登りになっていることくらいわかる。


 双葉が聞きたいであろうことは地図を手元に持っていない俺がどうしてそんなことがわかるのかということだ。


「そんなこと、一ノ瀬なら普通でしょ。さっき私が地図を見せたし」


 そのネタばらしを桐ヶ谷がした。ネタばらしと言うほどのことでもないが。


「えー! それを覚えてるの?」


 目を丸くするとはこのことを言うんだろうな。って言うよりも、どうして高校生でこんなに小さいんだ? まぁ、どうでもいいんだが。


「はぁ、全部では無い。たまたまこの道は覚えていただけだ」


 本当のことだ。高校生でもできるようなオリエンテーリングのコースと言えど、そのコースのすべてを一度で覚えるなど不可能だ。この辺りを通るだろうなと思ったコースを覚えていたら、本当にそのコースになっただけだ。


「それでもすご~い」


 そのいちいち語尾やらなんやらを伸ばすのをやめてくれないか? ものすごくイライラする。


「それに・・・・・・」


 双葉の言葉は続くようだ。


「音杏とイッチーってやっぱりんだね」

「「チッ」」


 双葉の言葉が終わると同時に、横の二人から舌打ちが聞こえてきた。桐ヶ谷と双葉にこれが聞こえたかどうかはわからない。聞こえたところで何もないが。


わけじゃない」

「でも、じゃん」

「「チッ」」


 おい、双葉。お前は知ってるんだろ? ならばどうしてそんなことを聞くんだ。こいつらがいるところでことを大きくしようとするな。

 桐ヶ谷も何か言ってやれ。


 だが、どうしてか桐ヶ谷は前を向いてしまっている。そして耳が赤くなっている。耳が赤いときは怒っている、恥ずかしい、うれしい、などなど色々ある。お前が言い出したことなのに、どうして怒られないといけないんだ?


「それに、あんなことや、こんなことまで済んでいるんでしょ」


 双葉はそう言い残すと、頭の後ろで腕を組んで前を向いた。

 おい、双葉。言っていいことと悪いことがあるぞ。現に横の頭がお花畑のやつらが小刻みに震えながら俺を見ているんだが?


 そして桐ヶ谷もこれには何か言えよ。こういうときは俺が言うよりも、お前が言った方が説得力が高いんだ。俺が言ったところでこいつらに信用される可能性は低い。


 そんな俺の心の声が桐ヶ谷に届くはずも無く、桐ヶ谷は一層耳を赤くするだけで俺の方を向こうとしない。なのに横からは声になっていない悲鳴のようなものが聞こえてくる。


「・・・・・・双葉、嘘をつくな」

「そんな~、隠さなくていいよ~。初デートで部屋に連れ込むなんて、イッチーもなかなかやるね」


 横からの悲鳴が一層強いものになる。そして、双葉の言ったことは全くのでたらめだ。そんなことがあったという事実はどこにも無い。そもそも初デートは日が暮れるまでに終わった。


 だがもうここまで来たら何も言わず黙っておこう。ここで否定して話を続けるよりも、黙る方が当初の目的に合っているのかもしれないな。こいつらの対処は後々考えればいいことだ。


 何があろうとも、を経験したんだ。おそらく乗り越えられるはずだ。

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