林間学校編

第27話 一ノ瀬和也は移動する

音杏のあ~、眠い~」

莉音りおん、くっつきすぎ」

「いいじゃん。あと寝かせて。本当に眠い」

「私だって。なんで林間学校の前にオールしないといけないの?」

「何言ってんの? 普通そうでしょ」

「莉音の普通は、普通じゃ無いの」


 横のバカどもがうるさい。このバスの一番後ろというウキウキした阿呆どもが座るような席にどうして俺が座っているんだ? 窓側というのはせめてもの救いだ。これで誰かにはさまれているようなら、俺はこのバスに乗らなかった。


 俺の右隣には桐ヶ谷きりがや、その隣に双葉ふたばが座っている。そしてその隣にはと同じ班の九条くじょうみのる志波しばしゅんの順に座っている。


 俺たちは別にバスに乗って旅行に行っているわけではない。桐ヶ谷が言ったように林間学校という学校行事に向かっているのだ。なのにこのはしゃぎ様は何なんだ? 陽キャというバカは学校行事でさえも楽園のようにするのか?


 この林間学校はクラスの中で五人組を作ることが義務づけられている。江戸時代の連帯責任制度か何かと思うやつもいるかもしれないが、そんな感じだ。ようは足の引っ張り合いをしろということらしい。


 俺が桐ヶ谷と組んだ理由は容易に想像がつくだろう。もう少し正確に言うと、組まなくては理由だ。こいつのせいで、俺はこんなときまでこいつといなければならなくなった。


 そして、双葉は桐ヶ谷にくっついてきた。いつだったか「誰が金魚のフンよ!」と言っていた気がするが、まさにその通りだな。こいつは桐ヶ谷にべったりのようだ。


 そしてその隣にいる見知らぬ男どもについての情報は全くない。なぜなら「見知らぬ男ども」だからだ。この世に知らない人間のことを知っているやつなどいないだろう。


 おそらく同じクラスではある。俺は多少なりともクラスメイトの名前を覚えている。覚えているのは関わらない方がいいやつに限るが。だから俺は桐ヶ谷音杏というフルネームを知っていた。こいつだけには関わりたくなかった。


 なのに、どうして、こうなってしまったんだ。まぁ、など愚か者のすることだ。過去が自分を自分たらしめる、など幻想げんそうだ。過去は現在と切り離すべきだ。


 そう、俺には関係ないのだ。俺はとは関わりを持ったことなど無いのだ。ましてや、あいつのせいで思いをしたことなどない。


「イッチー、最近、寧々ねね先輩と仲良くない?」


 双葉がご丁寧にも寧々の話題を出してきた。ものすごいタイミングだな。空気を読もう読もうと頑張るやつらは、人の考えまでも読めるようになるのか? それはすごい、本当にすごいな。興味ないが。


 にしても、どうして双葉がそのことを知っている? いや、別に寧々とわけではないんだが、連絡をとっているのは事実だ。そのことを知っているのは俺と寧々くらいだと思うが・・・・・・なるほど。


「まぁ、少し連絡を取ってるだけだ」


 俺は何やらおかしな視線を感じて桐ヶ谷の方を見た。当の本人はあからさまに嫌そうな顔をしている。何だ? 俺に見られるのがそんなに嫌なのか? それならもう二度と俺に近づくな。


「へぇ、寧々先輩と連絡取ってるんだ」

「それがどうした?」

「別に」


 そう言って、桐ヶ谷はそっぽを向いた。まったくわけがわからない。阿呆の考えることなど、ろくでもないことに決まっている。


 俺が寧々と連絡を取っているという話だが事実だ。事実だが、その他大勢が考えているような理由では無い。なぜなら俺があいつと連絡を取るのは恐ろしく、はなはだしく、まことに、ひどく、ものすごく遺憾いかんだからだ。


 俺が寧々にしょうがなく連絡を取っているのは、三波みなみの件でだ。さすがに俺も格上に一人で挑むほどバカでは無い。もっとも、今の生活が崩されるのを指をくわえて見ているほどおろかでも無い。


 あいつには三波の動向を見てもらっている。寧々は手駒の数で言うと俺の知っている誰よりも多い。協力者からの情報を俺によこしてもらっている。


 寧々によると、やはり三波は個人プレーに寄っているようだ。寧々とはプレースタイルが違いすぎて、寧々ねねでさえも動きが読めないらしい。


――いいよ。その代わり、私とデートしてね。


 俺への情報提供の代償として出された交換条件だ。正直、あいつと三十分いるだけでも虫酸むしずが走るが、三波のことと天秤にかけると比べものにならないほど楽だ。


――ちなみに、デート中は「寧々」って呼んでね。もし、「お前」とか「おい」とか「紀野きの先輩」、「紀野さん」なんて呼んだら、罰ゲームがあるかも。


 という頭のおかしい条件付きで。お前とデートに行くこと自体が罰ゲームだ。


 そう言えば、今までのこととはまったく関係が無いが、この林間学校に関して寧々から注意事項のようなものを受けた。


――カズ、大隅おおすみ佐奈さなっていう子には気をつけてね。カズの性格と相性がよすぎるから。


 と言われた。まったく意味がわからない。寧々曰く、その大隅というやつは、俺の会っていない最後の四天王の一人らしい。ならば、寧々の忠告云々うんぬんの前に近づかない。


 だが、さっきの言葉は語弊ごへいがある。俺の会っていない四天王は実はもう一人いる。桐ヶ谷の次点じてんとして上げられているやつがいるらしい。寧々曰く、小埜谷おのや凉香りょうかというやつらしいが、俺との接点がなさそうなので無視していいとのことだ。


 もっとも、そんなことを言ったら、接点がのは寧々だけで、桐ヶ谷も三波もおれとはまったくもって接点が無かったにもかかわらずこんなことになっているのだが。


 話を戻すと、あの一件以来、三波と俺はまったく関わっていない。俺が三波に会ったときにあいつは「本当はもっと後になってから」「予定の変更」と言っていた。つまり本当は俺と接するのはもっと先だったと言うことだ。


 おそらく体育祭くらいが目処めどだと思う。あのへんになると動きやすくなるからな。それを言うと文化祭というのもあるが、それだと予定を変更しすぎな気がする。


 そのあたりは寧々からの連絡待ちだ。はぁ、あのクズのことを「寧々」と呼ぶ練習をしておかないとな。ついうっかり「阿呆」と呼んだら、また面倒なことになりそうだ。


 いまここであの阿呆とのコネクションを切るのは得策とくさくでは無い。それどころかデメリットの方が大きい。天気予報なしで登山するようなものだ。そんな危ない橋を渡るわけにはいかない。


 それはそうと、俺の最優先事項はやはり桐ヶ谷だ。こいつとの関係をなんとかしなければならない。状況がコロコロと変わっている現状でどうなるかはわからない。まぁ、通り、体育祭の後くらいまではふりをする予定だが・・・・・・


 とにもかくにも、今はこのよくわからない行事を切り抜けることを優先にしないとな。何もなければいいが、班決めのときからずっと俺のことをにらんでいる九条と志波の様子からすると、そうもいかないだろう。


 はぁ、青春とは素晴らしいものというやつがいるが、この二人を見てもそう言えるのか?


 どうやら陰陽五行説において、俺は二人とは向かい合う関係にあるらしい。あいつらが「青春」の語源となっている『木』だとしたら、さしずめ俺は『金』か『土』と言ったところか。だとすると俺は「中央」なんかにはいないから『金』の方がお似合いか。


 さて、頑張らないように、頑張ろう。

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