第14話 一ノ瀬和也は探り合う

 俺は桐ヶ谷きりがやに言いたいことをぶつけて教室に戻るために体育館裏から歩いていた。


 にしても腹が立つ。ああいうやつが大嫌いだ。周りに流され、空気を読むことでしか生きていけないやつらが嫌いだ。だから、ガラにもなく思ったことをぶつけてしまった。罪悪感を感じていないといえば嘘になるが、押しつぶされそうなほどは感じてない。


 それでも言い過ぎた気はしている。多分、昨日寧々ねねが電話してきたことに少なからずまだ腹が立っているのだろう。思い出しただけでもむなくそが悪くなってくる。


 それに寝不足も、というよりもこっちが主のような気もするが、関係しているのだろう。推理小説読みすぎて寝られてないからな。おかげでさっきふらついて倒れそうになった。


 桐ヶ谷が袋小路ふくろこうじに行ってくれてよかった。じゃないと普通に倒れてたな。授業中寝るかな・・・・・・目立ちそうだし、やめとこ。


 どうしてあんなに注目浴びないといけないのか・・・・・・今まで俺の存在を知らなかったやつ大勢いるだろ。すごい世の中だよな。誰かと付き合うだけで一躍有名人の仲間入り。面倒くせぇ。


「こんな経験、まるで・・・・・・」

「こんな経験まるで、中学校の頃みたいだなぁ。なんて思ってる?」


 歩いている俺に向かって、知っている声が角の階段の陰から聞こえてきた。

 近づいてくんな。声かけてくるな。俺にかまうな。

 と言ってもしょうがないんだろう。


 俺は足を止めて寧々の方を見た。大きすぎず、小さすぎず、万人ばんにん受けしそうな大きさの胸を強調しながら俺に向かってにっこりとした笑顔を向けている。


「あれ、もしかして言おうとしていたこと違った?」

「お前が言った時点で不正解だ」

「ふふふ、カズって本当に面白いよね」

「何のようだ?」


 こんなところでこいつと話しているところが見つかれば正直面倒くさいことにしかならない気がする。もっとも、寧々にとってはなのだろうが。


「そんな、無駄話くらいさせてよ」

「要件だけ言え」

「冷たいなー、広めてあげたのに。これでよかったよね」

「寧々に頼んだ記憶はないんだが」

音杏のあちゃんが誰かと付き合う理由ってこの学校の以外にないからね。理由がわかればどうすればいいのかはおのずと見えてくる」


 たまに見せるこういうかんするどさは相変わらずだな。いや、前はを見抜けなかった分、さらに鋭くなっているというところか。


 だが、俺の中でこの鋭さで広めるだろうというを持っていたことが、自分のことながらうっとうしい。


「音杏ちゃんとどこかに行くのを見かけたけど、何を話してたの?」


 寧々がようやく主題を話し始めた。こいつに気にして欲しくないランキング第一位の話題なのが面倒だが。


「別に。これからのことについて」

「ふーん、うまく言いくるめたんだ。音杏ちゃんなら別れるだろうなと思ってたのに」

「あんまり自分のことを高く評価しすぎない方がいいぞ。お前は占い師でも、予言者でも、天才でもないんだからな」


 これには語弊ごへいがある。寧々は天才だ。こいつの情報分析能力は目を見張るものがある。桐ヶ谷がする方向にうまく誘導したことからそのことがわかるだろう。


だからといってこいつの思い通りになるという補償ほしょうはない。もしかしたら俺のさっきの行動は無意識下で寧々に抵抗していたのかもしれない。


「ふふふ、そうね。っで、期間は?」

「んなこと教えても何のとくにもならない」

「カズのことだから一週間くらいにしたいって言って、寧々ちゃんなら今年度中って言うかな。それで間をとって夏休み前、三、四ヶ月ってところ?」

「・・・・・・」


 さすがとしか言いようがない。ほとんど誤差のない範囲で見抜いている。こいつの能力は一体どうなっているんだ?


「ふふふ、無言ってことは正解なんだね」

「・・・・・・」

「私、あと一年しかここにいないんだよね」

「でも、お前なら今の俺に手を出すことはしないだろ。空気を読むことしか取りのないお前が、彼女持ちの男にアタックするなんてことはできない」

「よく知ってるね。そうね、は動けないね」


 こんなことで頭を使いたくはないが、お互いの腹のさぐり合いをする。俺にとっては価値はないが、不利益を被る可能性がある。それならば全力で回避しなければならない。


 こいつの考えていることは大体わかる。その一、俺の弱みをて俺をあやつる。その二、自分の興味のために俺や桐ヶ谷、その他大勢をてのひらの上で転がす。


 それ以外にも思いつくことには思いつくが大まかに言うとこの二つだろう。一の可能性は大いにある。こいつは俺にいだいている。好意ではなく罪滅ぼしのために俺と付き合おうとしている。


 二は可能性としてはあるが一よりかは少ない。寧々は腹がのではなく、腹が。こいつが何もせずにただただ黒幕にてっするということは正直に言って考えにくい。


 俺とこいつでは戦力差が大きすぎる。個の差と言うよりも戦力の数が桁外けたはずれに違いすぎる。もしも本気で動かれたら俺一人では対処できない可能性がある。


 俺に桐ヶ谷と付き合うことで生まれるメリットはおそらく寧々から逃げられる可能性ができることくらいだろう。ならば、そのチャンスを使うしかない。


「ねぇ、カズ」


 そのとき、寧々が小さな声、いや、弱々しい声を出した。


「本当に、私とよりを戻してくれない?」

「言ってるだろ。あれは寧々のせいじゃない。寧々が責任を感じる必要はない」

「そんなんじゃない! 私は本当に君にかれたの!」


 寧々の大声に驚いてしまった。俺の目の前には顔を赤くして、真剣な面持おももちで俺の方を見ている。


「私はカズの優しいところに、筋が通ってるところに、意外と男の子っぽいところに惹かれたの・・・・・・で始めたことだったけど、本当になったの。私は君が好きになったの」

「・・・・・・うっせぇよ」


「嘘が本当になる簡単さを私は。だから私は君と音杏ちゃんを近づけたくない。もしかしたらあの子もそうなっちゃうかもしれないから」

「お前の言葉はすべて幻想だ。そう思った方が楽だから事実をねじ曲げているだけで、本当にお前が俺のことを好きなわけではない」


「君にどう思われようと私は君を振り向かせる。ただ、君はのがうまい。私でも気づいたときにはもう手遅れだった。それなのに今度は音杏ちゃん・・・・・・きっと君といるとあの子は傷つく。だからあの子とは関わらないで」


 感情のこもった声で俺に言葉を投げかける。湿り気のあるその声が俺と階段に響く。後輩思いの言い先輩の言葉に。うわべをかざれば悪魔の声も天上に響くのだ。



じょううったえかけようとしても無駄だ。こういうときのお前は読みやすい」

「へー、さすがだね。それでこそ、カズ」


 心機一転、今度は乾いた声を出した。こんなクソ演技でだまされるのはお前のことを知らないやつらだけだ。


「でも、途中は本当に心からの声だよ」


 と言って寧々が身をひるがえした。そのときに長い髪がサラッと中になびいた。


「カズ、『恋と戦争においてはすべてが公平である』だよ。私は手段を選んだりしないから」


 そう言い残して寧々は去って行った。『立つ鳥跡を濁さず』とはよく言ったものだ。後味の悪い去り方だ。


「はぁ、『焼け木杭ぼっくいに火がつく』なんてことはねぇよ。『本木もときにまさる末木うらきなし』なんて言葉は、俺にはほど遠いものなんだ」


 誰もいない階段で、俺はつぶやいた。

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