第21話 一ノ瀬和也は出会う

 俺と桐ヶ谷きりがやはクレープを食べ終えてベンチを離れ再び公園を歩いていた。今度は手をつないでいない。それをいる方が自然なのかもしれないが俺としてはありがたい。


 いかにもカップルらしい行動をするのは避けたい。このあたりはデートスポットとしても有名なので、周りから浮くと言うことはないが、俺のポリシーとしてそう言った行動は極力避けたい。


 それを言ってしまうと今ここにいるのも本当のところはいやだ。このむ俺にとって複数でないとできに行為というのは敬遠したくなる。


 そう言うとこの格好かっこうも嫌いなんだが。の影響と言うか、の生と言うか、とにかくあいつと昔、頃にしていた格好だ。


 今日は仕方なく髪型も服装も整えたが、本来ならこんなことはせずにいつもの落ち着く格好をしたい。自分を高く見せようとしている気がして、自分に嫌気いやけがさしてくる。


 まぁ、でも、今日が悪いことだらけってことはなかったな。確かに阿呆なやつらに絡まれたり、小学生でもわかるような魚の種類を間違えるようなやつと一緒にいたが、いい気分転換になった。


「ねぇ、気になってたんだけどその眼鏡ってホンモノ?」


 会話の話題がなくなったからか、桐ヶ谷がいきなり聞いてきた。しかも俺もこれをかけたままだったか。言わずもがなだが、この眼鏡もあいつの影響だ。


「んなわけ。俺が眼鏡をかけているところを見たことがあるのか?」

「ないから聞いたんでしょ! いつもはコンタクトだけど今日はし忘れたとか!」

「それなら会ったときからつけてるだろ」

「もう! 普通の会話くらいできないの!?」


 横で歩いているチワワのようなやつがうるさい。おそらく脳はチワワ以下に違いない。そうでなければいちいちこんな質問はしてこないはずだ。


「あんたがだて眼鏡をするなんて考えられないじゃない」

「それはよかった。俺だと思われたくないからかけているからな」


 横から「ぐぬぬぬぬ」という小さなうなり声が聞こえてくる。おそらく俺の方を向いているのだろうがそんなことは別に関係ない。


 「はぁ」と心の中でため息をつく。もうそろそろデートも終わりだし、辛抱しんぼうするしかない。早く帰って小説の続きが読みたい・・・・・・


「あれ~? もしかして桐ヶ谷先輩じゃないですか?」


 俺の斜め左方向、桐ヶ谷の前方から歩いて来ていたカップルらしき二人組の女子から声がかかった。


 金髪の腰にかかるほどのロングヘア。背は桐ヶ谷より一回り小さいものの、童顔どうがんではないためぞくに言うロリのような印象ではなく、誰から見ても後輩と言った印象だろう。もっとも、桐ヶ谷のことを「桐ヶ谷先輩」と呼んでいた時点で後輩は確定だが。


 その隣にいるのはいかにもモテ男という印象だ。体からキラキラとオーラがにじみ出ているが、羨ましくもなければ、逆に距離を置きたいタイプの人間だ。


「あっ、ココアちゃんじゃん!」


 俺にはわけのわからない二人組でも、桐ヶ谷は少なくとも一人は知り合いらしい。


「先輩、うわさの彼氏さんとデートですか?」

「えっ、う、うん。まぁ、そうだね」

「照れちゃってー。先輩、かわいい」

「もうやめてよ」


 桐ヶ谷のことをツンツンとつつきながら笑顔で話している。こういうスキンシップをとるやつは苦手、と言うよりも嫌いだ。心の距離が近すぎると言うか、礼儀知らずと言うか。


 そんなおかしな後輩が俺の方を見てくる。正面から見ると顔はよく整っている。かわいらしい、と表現するのが似合うような顔だが、それは俺でなければの話。


 微笑んでいるようにもが、俺からしたらただの悪魔の笑みにしか見えない。そうにしか見えない俺の心がゆがんでいるのか、それとも俺の嗅覚がこいつは危ないと言っているのか。


 どちらにしても関わりたくない人種だな。まぁ、俺が関わるような人種ではないのだが。

 そんなことを思っていると「ココアちゃん」が口を開いた。


「初めまして、一ノ瀬いちのせ和也かずや先輩。私は三波みなみ心愛ここあと言います。三波石峡さんばせききょうの三波と書いて『みなみ』、心を愛すると書いて『ここあ』と言います。先輩の一つ下の後輩になるので、気軽に『心愛』って呼んでください」


 途切れることなく自己紹介をされた。ご丁寧に漢字まで教えているところをみるとこの自己紹介がテッパンになっているのだろう。


 そしてこのうさんくさそうな後輩はと言うらしい。珍しい名前だな、というおふざけはいったん置いておいて、聞いたこともない名前だ。


 だが、

「どうして俺の名前を知っている?」


 初対面だ。もしも会っていたとしても俺からこんなやつに名前を教えるなんてことは絶対にあり得ない。つまり、こいつが俺の名前を知っていることがおかしいのだ。


「そんな警戒しないでくださいよ。先輩は一躍有名人なんですから、知ってても当然ですよ」


 と、が俺に種明かしをした。つまり隣にいるこいつのせいか。まったく、面倒なことになってしまった。


「でも、桐ヶ谷先輩とお付き合いを始める、先輩のことはんですけどね」


 俺が納得なっとくしかけたところで三波から気になる言葉が出てきた。俺が桐ヶ谷と付き合うをする前から気になっていた? どういう意味だ?


 俺は極力目立たないようにしてきた。中二病とかではなく、本当に目立ちたくないから目立たないようにしてきた。なのに、こいつは俺の隣にいる阿呆が阿呆なことをする前から俺に注目していた?


 初対面のはずだ。間違ってないと思う。

 こいつが嘘、でたらめを言っている可能性もある。だが、でたらめではないような気がする。


 俺は根拠のない考えを持つのを極力控えている。そうでないと、陽キャという頭がおかしなやつらと同じになってしまうから。それでも、今は自分のかんに従うしかない。こいつは面倒くさいやつだ、という勘に。


「もう、そんな顔しないでくださいよ、


 馴れ馴れしい。会って直ぐのやつの名前を呼ぶなど馴れ馴れしいにもほどがある。


「それより、心愛ちゃんはどうしたの?」


 不覚にも桐ヶ谷に助け船を出された。それをありがたいと思っている自分のふがいなさに呆れる。どうしてこんなやつに助けられているんだ。


「何って、もちろんデートですよ。ねっ、先輩」


 三波が横の男に話しかける。横の男はわかりやすくほおを赤らめて「あ、ああ」と言っている。どうやら横のやつも三波の先輩らしい。だからなんだという話なのだが。


「そうなんだ。羨ましいな」

「先輩、何言ってるんですか? 先輩には和也先輩っていう彼氏がいるじゃないですか」

「あ、うん。そうだね。ははははは」


 わかりやすく動揺するな。お前が言い出したことだろ。上手にとは言わないが、それなりに役を演じろ。


「いいな~。私も彼氏が欲しいー」

「何言ってるの? 早乙女さおとめ先輩と付き合ってるんじゃないの?」


 桐ヶ谷が横の男を見ながら三波に聞いた。どうやらこの人は三年生か、しくはOBなのだろう。


「違いますよ~」


 笑顔で手を振りながら辛辣しんらつな言葉をサラッと言った。辛辣なのは主観的な意見ではなく、客観的な意見だ。実際に早乙女先輩らしい人の顔が少し暗くなる。


「まぁ、でも。、ですけどね」


 その言葉を聞いて陰っていた顔が明るくなる。そのままほおが朱に染まったのは言うまでもないだろう。上げて落とすとはこのことなのか。全く必要のない知識だが、一応覚えておこう。


「そ、そうなんだ。じゃあ、これ以上お邪魔したらいけないね」


 桐ヶ谷、なぜお前が照れている? 阿呆なのか? こんなわかりやすい言葉にいちいち動揺するな。どう考えてもわざとだろ。


「そんなー。私たちの方がお邪魔虫ですよ。それじゃあ、先輩、もう行きましょうか」


  そう言うと三波は歩き出した。普通なら桐ヶ谷の左を通るだろうに、どうしてわざわざ通りにくい俺の方に来るんだ?


 そんな疑問を誰も抱かないのか、それとも俺と同じで口に出さないだけなのかはわからないが、少なくとも早乙女先輩らしい人の顔には緩んだ笑顔しかなかった。まさに幸せオーラ満開だな。


 俺の横を通るように三波が歩いてくる。そのときだった。今までニコニコしていた顔が急に闇に包まれた。


 そして俺の横を通り過ぎた。そのときに俺にしか聞こえにような小さな声で「面白くないですね」と低めのトーンで言ったように聞こえたのは聞き間違いでも何でもないだろう。

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