第18話 一ノ瀬和也は考える

 人の第一印象を決めるのに『メラビアンの法則』というものがある。これはアメリカの心理学者アルバート・メラビアンが人の第一印象に与える要因を調べた実験の結果をまとめた法則である。


 「楽しいね」と言いながら、声のトーンは低く、不機嫌な顔している、といった言葉と表情、態度が矛盾している状況で、人はどんな印象を抱くのかが検証された。


 その結果、人は第一印象として視覚情報を五十五パーセント、聴覚情報を三十八パーセント、言語情報を七パーセント加味かみするということがわかった。


 視覚情報とは見た目、仕草しぐさ、表情、視線などのこと。これが第一印象の多くを占めているということは疑いようもないと思う。初対面の人は見えるところから評価するのが普通だろう。


 聴覚情報とは声の質や大きさ、話す速さ、口調などのこと。最初に話していて声が小さい人や速さが速い人と感じてしまえば、それから先、話すのを敬遠けいえんしてしまうだろう。


 そして最後に言語情報とは文字通り、言葉そのものの意味、会話の内容のこと。これが割合として最も低いのは驚くやつも多いだろうが、俺からしてみればこんなものを第一印象の決まる三から五秒の間に見極めることなど不可能だ。


 そして人の第一印象は変えるのが難しい。一度決まってしまったものを変えようとするとそれ相応そうおう覚悟かくごと努力が必要になる。


 この実験が示しているのは、人間はが一番ということだ。この見た目とは非言語コミュニケーション、ノンバーバルコミュニケーションのことで、何も外見という意味ではない。


 面白いよな。どんなに言葉の語彙力が少なくとも、顔と声、服装さえよければその人はすごい人だと思い、どれだけ高度な知識を持ち、深い内容を話していても見た目が悪ければもうそういつは絡みづらい人間になってしまう。


 人間は他の動物とは違い高度な知識を得たはずなのに、相手を判断するのは他の動物と同じで見た目なのだ。人を見た目で判断するな、などただの戯れ言ざれごとだ。見た目を取り繕ろわなければ、内面を知ってもらうことはできない。


 その法則からいうと、今俺の周りにいるやつらは成功しているように見える。笑顔の作り方、話し方、服装、何もかもがうまい。いや、うまいからこそ今ここにいるのか。


 だが、それをうらやましいと思うことはない。俺は自分のがいいと思ったことはない。もともと他人と関わりたくはないと思っているやつの心や顔が綺麗なわけがない。


 言ってしまえば、俺は昔から心がひねくれていた。だが、言ってしまえば、この世は昔からひねくれていた。


 差別のない社会を作ろう、男女が平等な社会を作ろうと誰もがほざいているが、そう言っているやつにかぎって差別を助長じょちょうし、平等などくそ食らえと思っている。


 俺はこの世界が嫌いだ。だからと言ってどうすると言うこともないが、俺はこの世界が嫌いだ。


 カーストの上位をたもつために他者を冷遇れいぐうし、『虎の威を借る狐』のごとくより上位のやつに従う。そうまでして自分の地位を高く見せようとするやつらが大嫌いだ。


 そして、そういうやつらに好き勝手されるのに、そのことを何もせずに受け入れるやつらも嫌いだ。それが例え俺と同じカーストの下位にいるやつらだとしても、そういうやつらは腹が立つ。


 好き勝手されるのを受け入れるということは、そいつらの思考を受け入れるということ、すなわち周りでよいしょしているやつらと同じになるんだ。


 負けることを認めることはいいが、その負け方を選べ。運命にあらがってはいけないが、過程には抗え。おのが身のたけを知ることはいいが、己が身の丈に合った最善の行動をしろ。


 周りに流されたくないならば周りに人眼関係を構築するな。つらぬくことができればおのれのことを己で決めることができるようになる。


 俺は今までのぞいてそうしてきた。これからもそうするつもりだ。


 なのに・・・・・・


「すごーい。いわしがこんなに泳いでる!」


 この目の前で小学生のようにガラスケースの前でウキウキした声を出している阿呆は何だ? これが高校生なのか? 高校生ならどうしてこんなにもはしゃぐことができるんだ? それに・・・・・・


「おい阿呆。それはマイワシじゃなくてマサバだ。大きさが違いすぎるだろ」


 どうやったらこの魚を間違えられるんだ? はしゃぎ方は小学生並みだが、知能は小学生以下だな。


 俺の言葉を聞いて桐ヶ谷きりがやがむっとした表情で俺の方を振り返った。いや、そんな顔をしても事実は事実だろ。こんなのを間違えるのはお前か幼稚園児くらいだ。


「うるさい。少しは楽しもうとしたら?」

「お前の『楽しむ』の意味が『バカになる』という意味なら、俺は断る」

「ひねくれすぎじゃない? 普通に楽しもうよ」

「はぁ」


 思わずため息が出てしまった。気分転換にでもと思って来てみたが、やはりこういった人の多いところは俺には似合わない。それにこの服装も、髪型も、何もかもが気に入らない。


「ねぇ、見て見て。今度はアカエイ」


 俺の知らない間に桐ヶ谷は再びガラスケースの方に向いていた。まったく、脳天気と言うか、阿呆だな。これは悪口ではない。と言っているので褒めてはいる。


 だが、桐ヶ谷の目線の咲にいるのは、

「それはホシエイダ・・・・・・どこに赤要素があった・・・・・・」


 再び桐ヶ谷が俺の方に向く。せわしのないやつだ。それでもさっきと異なるのは、桐ヶ谷のほおがうす暗い館内でもわかるほど朱に染まっているということだ。なるほど、エイの話に行ったのは話題転換のためだったか。


 ならばもっとふさわしいものがあるだろ。もっとわかりやすいやつ行けよ。誰がエイが二種類いる水槽で勝負をかけようとするんだ?


 でもそんなことも言ってられない。そんな表情をされたら俺は何も悪くないのに罪悪感を感じてしまう。泣きそうでもないが、それでも見ていてかわいそうだ。


 俺は桐ヶ谷から目をそらした。

「とりあえず水槽からはなれるぞ。もう少し暗いところに行って、ひとまず休憩だ」


 そう言い残して俺は水槽から離れる方向に向かった。水槽の明かりさえなくなってしまえばこいつの顔は俺からもも見えにくくなる。

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