第1話 転生

 意識が戻った。けど、目は開かない。


 あっ、呼吸ができない。苦しい。一体、どうなっているんだ?


 周りの状況は把握できないし、俺、これからどうなるの?


 しばらくすると、光が差し込んできた。とても眩しい。


 それと、呼吸ができるようになった。久しぶりの外の空気だ。大きく息を吸った。


 すると、何故か大声で泣いてしまった。俺は別に泣きたいわけでもないのに、どうしてしまったのであろうか? 本能的に泣いてしまった。


 外の光も落ち着いてきた。でも、何故かぼやけて見える。俺は極度の近視で、視力は左右ともに0.01だった。そのため、目元から数十センチのものは肉眼でも見えたが、それ以上の距離にあるものは見えなかった。


 しかし、今はその逆で、近くにあるものは見えないが、遠くにあるものの輪郭ははっきりしている。人影のようなものが3つ,4つ見える。どうして俺の周りに人が集まっているのだろうか?


 すると、俺のすぐ近くにいる2人が話しかけてきた。


「ЯΞИΓДЮБщ」

「ΔΘζνЙды」


 うん。何言っているのかさっぱり分からない。ロシア語に近い発音だが、ロシア語とは違うように感じる。ロシア語を勉強しなかったことが今更悔やまれる。はぁ、ロシア語も勉強しておけばよかった。


 周りを見渡すと、家具らしきものがいくつか見つかった。


 というのも、今の俺には色の判別程度しかできず、輪郭がぼやけていて、何が何だか全然分からない。


 だが、この状況を察するに、異世界転生というものだろう。


 俺は勉強にうつつを抜かしていたからと言って、ラノベを読んでいなかったわけではない。


 ラノベは日本の書籍市場でかなりの収益を占めている。「あんなの、文学でもなんでもない」と言って切り捨ててしまうと得られるはずの利益を逃してしまう。その為、俺もラノベの人気作をいくつか読んでいたのだ。


 というわけで、異世界に転生してしまった。


 まぁ、だからといって、生まれたての赤ん坊ができることは何もないので、このまま両親に育ててもらうしかないのだが。まったく、自分の思い通りに動けないのでフラストレーションfrustrationが溜まってしまう。


 そのまま、俺は両親に可愛がられ続けたが、すぐに眠くなったので、寝ることにした。



 * * *



 およそ2か月が過ぎた。


 その間に視界もだいぶ良好になり、多少の情報を仕入れることができた。


 それと、この世界の言語についても片言くらいなら理解できるようになった。文法はまだ理解できていないが。


 家族関係は次のようになっている。


ライオノール 父、27歳

ナナリー   母(側室)、27歳

エルマ    正妻、30歳

ヘルマン   正妻の子、7歳

ランス    俺、2か月


となっている。つまり、俺は側室の子だ。


 まぁ、それはいいとして、俺の両親はこれでもかというくらい俺を可愛がってくれる。前世の両親も俺をとても可愛がってくれたが、今世の両親はそれ以上だ。


 日中は2人とも仕事をしているのか、俺の側にいる時間はほとんどない。かわりに、メイドが俺の面倒を見てくれる。


 そうそう、この家にはメイドがいるのだ。俺の世話をしてくれるメイドは数人いるが、その中でも長として働いてくれているのがマリアだ。


 マリアは身長160cm程の平均的な身長で、セミロングの黒髪と黒い瞳をしており、鼻と口は世間一般より小さい。顔も容姿もとても美しく、引く手数多であると思われる。


 そして何より、彼女はとても面倒見がいい。


 お漏らしをすると、俺が泣けばすぐに下着を取り換えてくれる。


 お腹が空いて泣いたら、すぐに授乳してくれる。


 どうやら、マリアは乳母の役割も担っているようだ。


 そういうわけで、マリアはとても面倒見がいい。前世では、ベビーシッターが子供に暴力を振るっている様子がカメラでとらえられ、社会問題になっていたからな。兎に角、面倒見のいいメイドでよかった。


 といっても、赤ん坊というのは本当に不便だ。


 一人で動くとこもできないし、仕事も娯楽もない。


 ここで「仕事」を持ち出すのは長年の性によるものなので見逃してほしいが、兎に角、何もすることが無いのだ。


 前世では子供の頃、ずっと本を読んでいた。そのため本があればいいのだが、この家庭に本はあるのだろうか。


 外の景色や自分の部屋を見渡す限り、中世ヨーロッパのような世界だ。もし、地球の中世ヨーロッパでは識字率は低かったはずだ。


 となると、この家に本がある可能性は低い。はぁ、どうしてこんな世界に転生してしまったんだろう。どうせなら、地球より暮らしが快適な未来の世界に転生したかった。


 はぁ。何をしよう。


 もとい、この年の子供は何をするのだろうか。俺も生まれて数ヶ月の頃の記憶はなかったので、当時のことを思い出せそうにない。


 そいういうわけで、俺は何も考えることなく時間を過ごしていった。



 * * *



 転生してから1年がたった。


 その間、俺は兎に角暇だった。


 唯一の楽しみは食事だった。離乳食が始まり、俺の食生活はバラエティーが増えた。


 といっても、地球程の料理の種類はなさそうだが。


 けれど、3食インスタント食品を食べていたころに比べると種類が豊富だ。栄養バランスも良く、それに加えて美味しい。インスタント食品に舌が慣れていたこともあるかもしれないが、兎に角食事が美味しい。


 それと、1歳の誕生日は祝ってくれなかった。


 もしかすると、この世界の文化では誕生日を祝わないものかもしれない。


 前世では、毎年誕生日に両親に祝ってもらった。


 たとえその日が忙しくても、電話の一本は入れてくれ、後日埋め合わせをしてくれた。友達も幼馴染もいなかった俺の成長を唯一祝ってくれる存在だった。


 そういうわけで、誕生日は一年の中でも特別な日に感じられたのだ。


 けれど、その誕生日を祝ってくれなかった。少し寂しかったが、こういうものだと割り切ることにした。


 まぁ、この1年で起きた出来事、もとい何も起こらなかったのだが、こんなものだ。


 あと、日常会話程度なら喋れるようになった。


 といっても、上手くは発音できないが。


 子供の体になってから、口の筋肉が全然ない。周囲の人とコミュニケーションをとるためにも、口の筋肉を鍛えることは火急の問題だ。


 ハイハイもできるようになったので、私室を動き回っている。ベビーベットから抜け出して動き回っていると、いつもマリアに怒られ、ベットに戻される。


 まぁ、こうした日常を送っている。


 代り映えの無い、平凡な暮らしだ。


 そして、今日もありふれた日常を送ることになるだろう。




 そう思っていたが、今日は変化があった。


 なんと、マリアが本をもって私室に来たのだ。この家庭にも本があることが分かり、両手を挙げて喜んでしまった。


 両手を自分が持っている本に向けられていることに気づいたマリアがこっちに向かってきた。


「この本を読みたいのですか?」

「うん」


 マリアが嬉しそうな顔をした。


 まぁ、この年の子供は何に対しても興味を持つからな。その興味がすぐに薄れてしまうのもこの年の子供特有のものでもあるが。


 そういうわけで、マリアが読み聞かせをしてくれた。


 けれど、マリアは開いた本を自分にだけ向けており、俺は本を読むことができない。まぁ、聞いたことの無い言葉を使うことから察することはできるが、見たことの無い文字が使われているのだろう。


 けれど、俺は早く自分で本を読めるようになりたい。その為にも急いで文字を覚えなければならない。


 俺が不満そうな顔をしていると、マリアが気づいてくれた。


「ランス様は文字を読みたいのですか?」

「うん!」


 これでもかというくらい上機嫌で返事をした。すると、マリアは膝の上に俺を乗せ、本を読み始めた。


 読んでいる間にも、俺は文字の勉強を怠らなかった。マリアが本を指で追いながら読んでくれるので、文字を覚えるには最適な環境が整えられていた。


 本の内容は物語だ。


 勇者が魔王を討伐するという話で、何だかラノベを読んでいる気分になった。


 勇者が道すがら仲間を一人ずつ見つけてから魔王城に行くところは『桃太郎』に似ていたが、まぁ、よくあるラノベのような物語だった。


「どうでした? 面白かったですか?」

「うん! ありがとう」

「実は、この話実話なのですよ」


 えっ! 実話なの?


「今から百年以上前、魔王が現れ、大陸の西側で領土をどんどん広げ、罪のない人々が沢山殺されてしまったのです。しかし、そこで勇者が現れ、魔王を退かせたのです」

「ん? 魔王は生きているの?」

「今も生きているかはわかりませんが、魔王を大陸の端に追い詰めたのです」


 なるほど、勇者とはいえ魔王を討伐することはできなかったようだ。


 その後、マリアは本を閉じ、左手で本を机に置こうとした。


 そのとき、俺の目の前には、俺が床に落ちそうになると支えてくれるものが無くなった。まぁ、マリアの膝上に腰深く座っていたから落ちる心配はないだろう。


 けれど、マリアは少し立ち上がってしまったのだ。どうやら、ここから近くの机まで手が届かなかったようだ。


 そのおかげで、俺は前方に滑り出し、頭から床にぶつかってしまった。


 衝撃音はとても大きかった。


 それを聞いて、部屋に何人ものメイドが慌てて入ってきた。


「「「ランス様!」」」


 皆が俺の名前を呼ぶが、別に俺は致命的な外傷を受けたわけではなく、おでこにたんこぶを作っただけなので安心してほしい。


 けれど、俺は「大丈夫」と言っているのだが、俺の声以上にメイドが「ランス様!」だの、「大丈夫ですか!」だのと大きな声で俺に声をかけるため、俺の声が全然届かない。


 すると、部屋に追加で2人の男が来た。メイド服を着ておらず、初めて見る人たちだ。


 すると、1人の男が話し始めた。


「傷はここですか。すぐに治療しますね」


 そういうと、俺が傷を負った場所に手を当てた。


治癒ヒール


 そういうと、男の手から黄色い光が溢れた。


 おぉぉぉ!


 この世界には魔法があるのか。ラノベによく出てくる、あの魔法がこの世界にもあるのか!

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