第2話 1歳

 俺のたんこぶが治るとメイドたちは落ち着きを取り戻し、そのまますぐに解散となった。


 まったく。たんこぶ程度で騒ぐなんて、ここのメイドは大丈夫だろうか? もっと、冷静さを身に着けて欲しいものだ。


 メイドたちが去り、マリアだけが私室に残った。


「ランス様。先ほどは申し訳ありません」

「大丈夫だよ」

「そのように仰られて、良かったです」


 いや、全然良くないよ? 緊急時こそ冷静になろうね?


 まぁ、1歳児にこのようなことを言われても面白くないだろうと思い、何も言わないことにした。前世では周囲の反感をかいすぎてしまったからな。今世では周囲の反感をかわないよう気を付けよう。


 そういうわけで、マリアも一時退室した。


 私室には俺一人。


 こうなったら、魔法の実験をする他ないっしょ!


 ラノベには『鳩尾みぞおち付近に何か暖かいものを感じるはずです。それが魔力です』なんて文言が沢山あったな。試してみるか。


 そういうわけで、鳩尾に意識を集中した。


 すると、何か暖かいものを感じた。


 もしかして、これが魔力?


 こんなにも、あっさりと見つかるものなの?


 まぁ、そういうことにして、確か次は『魔力を見つけたら、それを体内で動かしてみましょう。魔力操作の練習により、魔力が増加し、その上魔法の行使がより円滑になります』なんてことが書かれていたな。


 というわけで、魔力操作の練習を始めた。


 それにしても、魔力を操作するだけでかなり汗をかく。


 20mシャトルランをしているような気分になってくる。


 まぁ、転生してから汗をかくほどの運動をまだしていなかったので、ちょうどよかった。久しぶりに流す汗はとても気持ちのいいものだ。


 しばらく練習を続けていると、気づけば大量の汗が流れていた。ヤバい。脱水症になりかねない。今日はこれくらいにしておかないといけなさそうだ。


 そういうわけで魔力操作の練習をやめたのだが、少し時間が経つとマリアが入ってきて、とても慌てた様子を見せた。


「ランス様、どうしてこんなに汗をかいているのですか? 数十分ほど前までは汗一つかいていませんでしたのに」


 まぁ、数十分の間に汗でびしょびしょになるなんて、何が何だかわからないよね。


 そういうわけで、マリアは俺に水を飲ませるとすぐにお湯を準備し、汗を流してくれた。


 その後は特に何もしなかった。


 けれど、今日一日で2つもいいことがあった。本と魔法の存在だ。


 前世の自分は極度のリアリストrealistで、一般的な子供は仮面〇〇ダーやプ〇キュア、ドラ〇〇ん、クレヨン〇〇ちゃんのアニメを毎週視聴し、映画が公開されれば映画館に赴き、グッズを買ってもらうものなのだが、俺はそのようなことはしなかった。


 じゃあ、何をしていたかって?


 それは勿論もちろん、本を読んだり、教育玩具で遊んだり、英語の勉強をしていたのさ。


 英語は、両親がネイティブnativeのようにペラペラと喋ることができたので、日常的に英語に触れ、小学校に上がるくらいには日常会話はお手の物だった。


 話がかなり脱線してしまったが、つまり、何が言いたいことかというと、極度のリアリストだった俺が魔法など信じるはずがなかった。”あったらいいな”くらいの話としか思っていなかったのだ。


 しかし、先ほど目の前で回復魔法を自分に施してくれたのだ。


 これを見て、興奮しない現代人はいるはずがかろう。


 俺もその1人だ。


 かく、俺は興奮しているのだ。


 長々と俺がどれだけ今日の出来事に気が浮ついているのかを表現してしまったが、俺は先ほど目の前で起きたことに多大な興味を抱いたのだ。


 そして、実際に体内に宿る魔力を感じることができた。


 数十年遅れて初めての中二病が訪れ、興奮している。


 そういうわけで、その日の夜はなかなか眠ることができなかった。



 * * *



 あれから数日が経った。


 その間、私室から数度にわたり抜け出そうとした。ハイハイはお手の物なので、早く家の中を探検してみたい。


 しかし、部屋を出るとそこにはメイドが常駐していたので、すぐに部屋に連れ戻された。まったく、不自由な身はとてもつらい。


 そういうわけで、仕方なく、俺はマリアがいるときには本を読んでもらい、文字の勉強をした。


 転生して1年間、俺は何もできなかったので、とても充実した、そして楽しい日々を送っている。


 本は、物語が中心だ。「1歳の子供にはこうしたお話が好まれるだろう」と考えてのことか、物語しか読まない。


 まぁ、文字の勉強には物語がもってこいだから別にいいのだが、やはりそろそろこの世界について知りたい。


 前世では、毎日世界情勢を調べていたので、世界がどういうもので、今現在どう動いているのか気になって仕方なかった。


 だが、文字の勉強が最優先だ。文字さえ覚えてしまえば書庫にある本は自分で読めるようになるからな。


 そうそう。初めて本を読んでもらった日の次の日に、マリアに書庫へ案内してもらったのだ。


 そこには数千冊もの本が蔵書されていた。


 これだけの数の本が目の前に会って、喜ばないはずが無い。


 なにせ、前世では友達がいなかったため、ずっと本を読んでいたのだ。


 文字さえ覚えてしまえばここにある本はすべて自分のペースで読める。


 そういうことで、マリアに文字を教えてもらうことにした。


「マリア」

「ランス様。何でございましょう?」

「文字を教えて」


 すると、マリアが喜んだ。読み聞かせをお願いした時以上の喜びだ。子供が文字を学ぼうとする姿を見て喜ばない親はいないと思うが、何故メイドのマリアが喜ぶのかはとても不思議だ。


「ランス様、かしこまりました」


 そういうと、俺に文字を教えてくれた。


 言語を覚えるにあたり、まずは英語でいうアルファベットを覚えないといけない。


 俺が今から習う言語には大文字と小文字があり、それぞれ33文字ずつ存在する。文字の形はキリル文字に似ている。やはり、文字もロシア語に似ているとは、何か関係があるのではないかと疑ってしまう。でも、キリル文字とは少し形が異なるので、断言はできない。


 それに、文頭の文字と固有名詞の一文字目は大文字にするなどと言った大文字・小文字の区別は前世のヨーロッパの言語と一緒だ。文法が前世のものと同じだととても覚え易い。


 そういうわけで、マリアがいる時間には読書をしてもらうのではなく、文字を教わることにした。前世では幼少期に7つの外国語を覚えたのだ。新たに1つの言語を覚えるなんて、朝飯前だ。


 それに、すでに日常会話の聞き取りはできるのだ。ただ口の筋肉が発達していないため話すことはまだ難しいが、口頭での言葉のやり取りはもう理解できるのだ。リスニングさえできればリーディングはすぐにできるようになるだろう。




 文字の勉強が終わると、魔力操作の練習だ。


 日に日に体内の魔力が増えていることが実感できるから、練習していてとても楽しい。


 前世では、運動はからっきしダメだった。いくら練習しても体力は増えず、球技ではボールのコントロールも上達しなかった。


 そのため、俺は運動を忌避し続けた。


 中学・高校の体育祭は、親に「見に来ないで」と言い、当日は体育祭に参加せずにスタバに向かった。クラスの足を引っ張るようなことをすると周囲の生徒からの風当たりが強くなりかねないので、そうするしかなかった。


 勿論もちろん、俺の成長を見たがっていた両親に”体育祭に来るな”と言うことには胸が痛んだ。


 しかし、そうしないと学校生活にさらなる支障がでてしまうのだ。俺の保身のためだ。体育祭当日は悔し涙を流した。


 だが、今俺は魔力操作の練習をしていて、確かな成長を実感できている。


 前世では運動しても成果が得られなかったが、今は魔力操作の練習の成果がでている。


 勉学以外での初めての成功体験で、とてもうれしい。


 そういうわけで、とても充実した日々を送っているのだ。

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