第32話 退任警告
翌日。
今朝は
刺客が送られてきた翌日の様に体調は悪化しておらず、体の調子はとてもよかった。そのことに
そして、時は現在。
朝食を食べた俺とお母様は執務室でソファーに向かい合って座っている。
「それで、ランス。話って何かしら?」
「お母様に昨日の出来事について詳しく話していなかったので、報告しようと思いまして」
「そうね。詳しい話を聞いていなかったわ。聞かせてちょうだい」
「はい」
俺は昨日の出来事を時系列順に大方話した。
「話してくれてありがとう」
「それで、お母様に話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「
お母様は二つ返事で了承してくれた。
「俺が国王に就くことを良く思わない国民が少なからずおり、その一部が王都で問題を起こしているらしいです。一般人に暴力を振るったり、
「そんなことが起きているのね」
「はい。一般人相手に暴挙を振るう
「そうね……けれど、マークを国王に擁立するって正気かしら? 彼の
「はい。ですので、俺はマークの印象を操作する輩がいると考えています」
「印象操作する輩?」
お母様が首を
「はい。そして、奴らが他国の工作員である可能性も考えています」
「他国の工作員……確かに、この国で諜報活動していてもおかしくはないわね……」
お母様が右手を
「つまり、マークが誰かの指示の下、自分が国王に
「はい。マークが誰かの指示を受けずに、工作員に資金を
「そうなると、マークたちは大規模な運動を起こすかもしれないわね。最悪、反乱もあり得るかも……」
お母様の表情が険しくなり、さらに考え込むようになった。
「考えすぎかもしれませんが、その可能性を考慮して今後の対応を決めていく必要があると思います」
「そうね……その可能性も0ではないのだから、真剣に考える必要があるわね」
「はい。それと、もう1つ話があります」
「何かしら?」
「昨日、俺とサラが襲撃された後、戦闘の痕跡を消したのですが、その際死体をその場にまとめて隠しました。けれど、昨日バルマを
「そう。わかったわ。これで昨日のことについての話は全部かしら?」
「はい」
「報告ありがとう」
その後、お母様と政務に励んだ。
* * *
昼食を摂った後。
午後は大臣達との定例会議。
そういうわけで、俺は今第一会議室に大臣7人と座っている。
「報告ありがとう。じゃあ、今日の議題は
・商業税の改正案
・インフレ対策
ってところかな?」
「そうですね」
近くに座るロビンが同意した。
「まずは商業税の改正案についてだな」
改正案は
〇改正案A(ランス草案)
所得:大金貨0~20枚 税:大金貨1枚
所得:大金貨20~50枚 税率:10% 控除額:大金貨1枚
所得:大金貨50~100枚 税率:20% 控除額:大金貨6枚
所得:大金貨100~枚 税率:30% 控除額:大金貨16枚
〇改正案B(カース草案)
所得:大金貨0~20枚 税:大金貨1枚
所得:大金貨20~100枚 税率:20% 控除額:大金貨3枚
所得:大金貨100~枚 税率:30% 控除額:大金貨13枚
の2つが案に上がっている。
この国の一人当たりの平均所得は大金貨10枚なので、
「俺の案とカースの案のどちらがいいかについてこれから議論するが、他に案を考えてきた人はいるか?」
「陛下! どうか、商業税を変えないで下さい!」
「まだそんなことを言うのか、エリック」
エリックが頬と首元についている
エリックは2ヶ月前からずっとこの言葉を繰り返している。その度に会議が中断する為、とても迷惑である。
「歳入を増やすのであれば商業税の値上げが一番合理的だ。それに、農業税や漁業税は収穫量・漁獲量に比例した税を課しているというのに、商業税だけ一定の税を課すのはおかしいことだと何度も言っているだろう? これについて反論する合理的な根拠は考えてきたのか?」
「そっ、それは……」
「無いのならこれ以上口を挟むな。会議の妨げになる」
すると、エリックは唇を嚙み、鋭い眼光でこちらを睨んだ。
「それで、俺とカースの他に案を考えてきた人はいるか?」
誰も挙手しなかったので、話を進めることにした。
「それじゃあ、どちらを税制として採用するのか話し合おう」
すると、オルトが話し始めた。
「陛下。陛下の案ですと、商業税の税率が4つあります。これでは徴税する役人も、また商人も計算が大変でしょう」
「そうだな。オルトが言うことに一理ある」
「私もカースの案に賛成です。カースの案では陛下の案以上の徴税ができます」
「たしかに。ロビンが言うことも
オルトに続き、ロビンもカースの案を
「オルトとロビンの話を聞くと、カースの案が良いように思えてくる。皆もそう思うか?」
皆派閥内で話し合っている。
「反対の者はいるか?」
派閥内での話し合いを数十秒させた後に問いかけたが、挙手する者は誰もいなかった。
「それじゃあ、商業税はこれでいく。ロビンはこれを法律として成文化するように。カースは商業税の徴税法が変化することを国民全員に周知する具体的な方策をまとめて。エリックは商業税改革による税収の変化を具体的に試算するように」
「「「わかりました」」」
ロビン、カース、エリックが返事をしたが、エリックの返事はとても弱弱しいものだった。
「目標は再来年からこの新しい商業税で徴税すること。それまで各自で準備を進めてくれ」
「「「「「「「はい」」」」」」」
「それじゃあ、次はデフレ対策についての話だな」
こうして、会議は進行していった。
* * *
会議が始まってから1~2時間後。
「じゃあ、インフレ対策については各自で考えてきて、次回話し合いの続きをしよう」
「「「「「「「はい」」」」」」」
「これで今日話し合うことは全部かな?」
俺は皆に問いかけた。
そういえば、城の外ではマーク派の動きが活発になっているんだ。このことについても話してみよう。
「そういえば、城の外ではマークを国王に
俺は平静で皆に問いかけた。
すると、あからさまに動揺する人が何人かいた。
「陛下。どうしてそのことを……」
特に、シリウスが大きく動揺し、思ったことを口に出してしまった。
「ちょっと耳にする機会があってな。それで、シリウスはこのことを知っていたのか?」
「はい。秘書から話は聞いていました」
「そうか。それで、どうしてこれ程重要なことを俺に報告をしなかったのだ?」
「そっ、それは……」
シリウスが下を向いて黙りこくってしまった。
「シリウスだけではない。どうしてここにいる誰一人として報告を怠ったのだ?」
俺は語尾を強くして大臣達に問いかけたのだが、大臣達は俺から目を逸らし、何も話そうとはしない。
「そうか。言いたくないか。俺も
8歳の俺が20も30も年上の男たちにこのようなことを言うのは不似合いだが、俺は視線を
「ダリアでの一件でお前たちに対する評価がかなり下がったというのに、これ程重要なことを報告しないとは、お前たちを
俺は大臣達を睨みながら話し続けた。
「次、同じような失敗をしたらその時点でお前たちの首を飛ばす。それと、近々試験を行う。役人として働くうえで知っていて当たり前のことしか問わない。その試験でお前たちの結果が
「「「陛下。それだけはどうか……」」」
「いいな?」
オルト、シリウス、エリックが反論してきたが、俺は彼らに全てを言わさずに強く問いかけた。
「「「「「「「はぃ」」」」」」」
弱弱しかったが、大臣達が返事をした。
「それじゃあ、これで今日の会議を終える」
* * *
会議後執務室に向かうと、そこにはソファーに座って政務に励んでいるお母様が居た。
「ランス。お疲れ様」
「お母様もお疲れ様です」
お母様は俺の顔を見て言葉をかけるとテーブル上の書類に目を落とした。
俺はお母様に向かい合って座った。
「その姿勢は辛くないですか?」
「そうね。少し辛いわ。この辺りで休憩にするわ」
そう言うと、お母様は前のめりになっていた上体を起こし、紅茶を飲み干した。
「ちょうど紅茶が無くなってしまったから紅茶を
「それじゃあ、俺の分もお願いします」
「わかったわ」
お母様は席を立つと外に控えるメイドにお湯を持ってくるよう指示した。
「それで、ランス。今日の会議はどうだった?」
「今日も大変でした。エリックが合理的な根拠を持っていないのにも関わらず商業税の改革に反対をしたので彼を説き伏せたり、その上、大臣全員がマークを国王に推す運動が広まりつつあることを知っていながら報告を怠ったことを
「大変だったわね……」
「はい。ただでさえ大臣達がこれまで様々な失敗を重ねてきたというのに、大臣達が組織に生きる人間として当たり前のことである『報告』を怠っていたので、それに気づいたときには
「それは……言い過ぎではないかしら?」
お母様は引き気味に話した。
「俺もそう思います。けれど、これで大臣達の気が引き締まり、再度勉強してくれればと思います。その結果今後の仕事の能率が上がることを願っています」
「そうね。これで大臣達が気を引き締めて政務に励んでくれるといいわね」
お母様は俺に微笑みながら言葉をかけた。
「それはそうと、ランスにいいお知らせがあるわよ」
お母様は1通の手紙を取り出した。
「アウルム公爵とカナート公爵から手紙が届いたの。昨日王都に着いたそうよ。子供たちと一緒にすぐにでも登城したいと言っているわ」
「本当ですか?! けれど、ジーク達の引っ越しで、屋敷は忙しいのではないですか?」
「そこら辺は執事とメイドに指示をしてあるから大丈夫そうよ」
「そうですか。それなら、明後日に城へ招きましょう。こちらも皆をもてなす準備をしなければいけませんからね」
「それが
「よろしくお願いします」
けれど、ジーク達を王都に住まわせてもいいのだろうか? 最近の王都は物騒だから、親がいる領地で生活する方が良いと思うけど……。
「お母様。ジーク達が王都で生活しても問題ないのでしょうか? 最近、城下は殺気立っていますし……」
「そうね。ランスの為に4人が王都に住んでくれるのはとてもありがたいけど、4人に何かあったら大変だものね……城にまで刺客を送り込む輩がいるもの。王都に子供だけを住まわせるのは良くないよね……」
「とは言え、引っ越しさせておきながら『帰ったらどうですか?』とは言えませんし……」
「そうね……公爵には屋敷の警備を念入りにしておくよう話をしておきましょう。私たちにできるのはこれくらいしかありませんね」
「はい」
俺とお母様は浮かない顔をして話をしていたが、そこでメイドがドアをノックし、お湯と菓子を持ってきてくれた。
「シシリー。お湯を持って来てくれてありがとう」
すると、お母様は立ち上がるとシシリーの側に行き、お湯を受け取って紅茶を淹れ始めた。シシリーはお母様の専属メイド長である。
「こうしてランスとお茶をするのも久しぶりの気がするわ」
「そうですね。最近は政務やパーティーの準備で忙しかったです」
「私も久しぶりに自分で紅茶を淹れるわ」
お母様はポットに紅茶を淹れると、ティーセットと菓子をお盆にのせて運んできた。
「どうぞ、ランス」
「ありがとうございます」
お母様がソファーに腰を下ろしたところで俺は紅茶を飲んだ。
「とてもおいしいです」
「ありがとう」
お母様が淹れるお茶はメイド長レベルの美味しさだ。きっと、城に嫁ぐということで、人並み以上に花嫁修業をこなしたのだろう。
「次回は俺が紅茶を淹れますね」
「ランスは自分で紅茶を淹れるの?」
「自室に
「そうなのね。楽しみにしているわ」
その後、俺とお母様は
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