第24話 乗り込み

「それじゃあ、これからダリアとの戦争に向けての話をするか」

「「「「「「「はい」」」」」」」

「まず、ダリアの現在の経済状況と軍事状況を教えてくれ」

「陛下。何故ダリアの経済状況を尋ねるのでしょうか?」


 は? それは当たり前のことではないか。


「エリック。そんな事も分からないのか?」

「はっ、はぃ」

「そんな事も分からないで経済大臣に就いていたのか?!」

「もっ、申し訳ありません!」


 エリックが頭をテーブルにぶつける勢いで必死に頭を下げた。こんな低脳が大臣を務めているなんて信じられない。頭に血が上り、頭痛がし始めたので思わず頭を抱えた。


「ランス。大丈夫?」

「はい。お母様。少し頭痛がひどくなっただけです」

「それならいいけど、無理はしないでね」


 俺が頭を抱えているとお母様に心配をかけてしまった。これ以上お母様に心配かけない為に俺は痛む頭から手を離した。


 その時、不安がよぎった。もしかして、ここにいる皆わからないということ無いよね?


「この中に今の問いに答えられる者はいるか?」


 敵国の経済状況を把握する必要がある理由を理解できている者がいることを願いながら皆に尋ねた。


 すると、ロビンが手を挙げた。先程の問いに答えることができる者がいてくれたことに安堵あんどした。


 ロビンに続きボナハルト、カース、オルト、バルブが順に手を挙げた。


「シリウスは分からないのか?」

「申し訳ありません。陛下」

「わかった。ではロビン、答えてくれ」

「はい。戦争において敵国の経済状況を確認することは基本的なことであります。第一に予算のない状況で戦争をするとなれば国は国債を発行するしかありません。けれども、国債を発行しても買い取ってもらう額には限度がありますので、敵国の予算を見積もることで敵国の兵力と終戦または停戦までに必要な時間と予算を予測する事ができます」


 これでいいかな。


「そういうことだ。わかったか? エリック、シリウス。」

「「はい。ありがとうございます」」


 エリックとシリウスは使えないな。役人を採用し直した方がいいかもしれない。


「というわけで、ダリアの経済状況と軍事状況を教えてくれ」

「と言われましても、我々にはそれを調べる手段がありませんので……」


 はぁ?


 手段が無いだと?


 これでは、きたる戦争で我が国が断然不利になってしまう。


 この戦争に勝ち目あるのかな?そんなことを考えながら話を進めた。


「経済状況が分からないなら仕方ない。軍事状況もどうせ分からないのだろ?」


 皆揃って俺と目を合わせまいと頭を下げた。


「戦争に向けての対策をこの会議で持ち出した事がそもそも間違いだった。後程軍議を開いて話し合うことにする。2日後に開こうと思うが問題ないか、ボナハルト?」

「はい」

「よし。今日はもう話し合う事は無いな。これで会議を終わろう」


 まさか、敵国に工作員を送っていなかったとは驚きだ。前世でも、大国が他の先進国にサイバー攻撃を行っていたからな。自国の防衛の為に工作員を送り込む事や他国の情報を奪取する事は何時いつ何処どこでも一緒だと思う。我が国もやられっぱなしではいけない。やられる前に対策を打つことが最善だ。そういうわけで、今後工作員を養成する必要がある。秘密裏に計画を進める事にしよう。


 はぁぁぁぁ。


 それにしても、今日の会議はとても疲れた。こんな溜息ためいきついたの前世以来だな。


「ランス。お疲れ様。それより、今の溜息おじさん臭いわよ」

「すみません。それより、一緒に執務室に戻りましょう。まだ政務が残っていますので」

「そうね。それじゃあ、行こうか」

「はい」


 お母様と一緒に席を立ち上がり、扉に向かって歩き始めた。


 すると、部屋の外から大きな足音と数人の声が聞こえてきた。


 その場で立ち止まり、魔法で身体能力を向上させ、耳をまして外の音を拾った。


「マーク様。お待ちください」

「俺のことはスマリア大公と呼べと言っただろうが!」

「スマリア大公様。お待ち下さい。只今ただいま陛下と王太合殿下は会議中でございます」

「そんなことわかっているわ。だから会議室に向かっているではないか!」


 スマリア大公?


 そんな名前聞いたことないな。一体誰だろう?


 そんなことを考えていると扉が勢いよく開かれた。


「ナナリー。これはどういうことだ?!」


 現れたのはショウジョウバエのだ腺染色体中のパフの様に膨れた腹を持つ男だった(太っているという意味)。顔立ちは何となくお父様に似ており、紫に近い赤い髪と青い目をしている。そして、相撲取りのお腹とは違い、彼のお腹周りに取りついている物すべてが脂肪だと見受けられる。平均所得が低い世界でこれ程の私腹を肥やしているのはエリックとこの人くらいであろう。


「騒々しく歩いていたのはマークでしたか。久しぶりね」

「挨拶などどうでもよい。何故なぜ8歳の子供に王位を継がせたのだ?!」

「それは、正当な王位継承者がランスだけでしたので」


 すると、騒々しい男は俺を鋭い目つきで睨み、話し始めた。


「俺がいるだろうが! そこの小僧が王位を返上するのは今からでも遅くはないはずだ。今すぐ俺の戴冠式を執り行うのだ」

「そのようなことを言われましても……」


 お母様が戸惑っている。俺はこの男が誰なのか全く知らないのでお母様に聞いてみることにした。


「お母様。彼方あちら何方どなたなのでしょうか?」

「ランスは初めて彼を見るわね。彼はマーク。ランスの父方の従叔父じゅうしゅくふにあたるわよ」


 従叔父?つまり、俺の御爺様の兄弟の息子っていうことか。5親等の親戚だったのか。


「おい! そこの小僧。俺に王位を渡せ」


 初対面の相手にこの物言いか。癖が強いな。


「そのようなことを言われても……」

「大体、8歳の小僧に王位など相応しくない。小僧が国政をまともにって退けることなんぞできるはずがない。現に隣に母親のナナリーが座っているではないか。これこそ、小僧がナナリーの操り人形である立派な証明ではないか!」


 この構図はそう見られてもおかしくないか。


「カースもオルトもそう思うだろ? 8歳の小僧に国政をまともに勤め上げることなどできるはずが無いと思うだろ?」

「「えっ、えぇ……」」


 マークなる男に無理矢理うなずかされた2人は気まずい顔をしている。つい先程大臣達の無能っぷりが証明されたというのに、まだ俺が無能だと言い張るのか? ダリアに支払いを催促しなかったことを忘れたとは言わさないぞ?


「へぇ。カースもオルトも俺が無能だと思うのか。お前らが俺を無能呼ばわりするのか」

「そんなことありませんぞ。陛下。陛下は今日の会議でイニシアティブinitiativeをとっておられましたぞ」

「そうですとも。カースの言うとおり、陛下あってこその会議でした」


 2人が冷や汗交じりのなか早口でそう答えた。


「カース、オルト! どういうことだ?!」

「申し訳ございません。マーク様。私はランス様が王位に相応しいと思います」

「オルトと同じく申し訳ございません。そもそも前国王陛下ライオノール様に最も近い方はランス様でございますので、ランス様が王位に就かれるのがもっともかと」

「お前ら……」


 マークの顔に血が上り、ますます紅潮している。その上、表情筋をピクピクと痙攣けいれんしたように動かし、怒っていることが見てわかる。


「マーク。話は終わったかしら?」

「覚えておけよ、ナナリー、小僧、お前ら! チッ」


 マークは振り返って帰って行った。


「これで本当に会議は終わったわね。さぁ、ランス。帰りましょう」

「はい。お母様」



 * * *



 会議を終え、お母様と一緒に執務室で仕事をしている。


「お母様。マークはどういった方なのでしょうか?」

「ランス。それはどういうことかしら?」

「王族の血を引いているマークが王位を継いでもいいはずですのに、どうして俺に王位を継がせたのですか?」

「それはね、マークは大公家の息子だからよ」


 お母様が言いたいことはこういうことだ。この国の大公家とは国王の息子・娘で、王位を継げなかった者が結婚して城を出る際に与えられる爵位だ。この時をもって王族の姓を名乗ることを禁止され、与えられた姓を名乗ることになり、身分も貴族となる。そして、大公家は一代限りの爵位である。すなはち、マークは王族でも貴族でもないのだ。


 そもそも、大公は王子が生まれないなか国王が崩御ほうぎょなさった際、王族の血を引く者が速やかに即位できるようにする為に作られた貴族位である。大公は王位継承権を持っているが、その子供は親が国王に即位しない限り王位継承権は与えなれない。これは不文律ではなく法で定められたものである為、マークに王位継承権は無いのだ。


「そうでしたか……」

「それに、マークの良いうわさを聞かないの。マークの父であるガレット大公はとても温和な方だったの。自分より弟のバレット様が優秀だと言って弟に王位を継がせ、結婚して城を出て行ったの。バレット様はランスの御爺様に当たるわね。ガレット大公には子供が一人だけいて、それがマークなの」


 へぇ。ガレット大公は弟に王位を継がせたのか。


 それより、今はマークの話をしているのだった。


「マークは物心ついた頃から我儘わがままだったの。そして、自分が大公家を継げないとわかるとさらに我儘になったらしいわ。ガレット大公と妻のフローラとは昔馴染みだからよくお茶をして、その時に聞いた話よ」


 マークも我儘だったのか。ヘルマンのことと言い、王族には我儘の血が流れているのだろうか?それとも、子育てが下手な血が流れているのだろうか?


「20年程前にガレット大公とフローラが亡くなって、『俺に爵位を寄こせ』と言って城まで押しかけてこともあったの。けれど、そんなことできるわけないことはランスも分かるよね?」


 そう。大公家を世襲制にしてしまえば大公家が年を経るごとに右肩上がりで増えてしまう。そのようなことが無いよう大公家を一代限りの貴族としているのだ。


「はい」

「それならいいわ。マークが城に押し掛けたのは1度や2度だけではないの。何度も城に押し掛け、その度にライオノールや城のメイドや騎士を困らせたわ。そういうことがあって、ついにライオノールはマークに城への出入り禁止を命じたの。その後マークが城に押し掛けることは無くなったわ」


 そんなことがあったのか。


「今日初めてマークに会いましたが、見ての通りの性格なのですね」

「そうね。マークが城に押し掛けて以来会っていなかったから最近どうしているか分からなかったけど、あの性格は変わっていなかったわね。今日追い返す事ができた事だし、今後は何も無いでしょう」

「そうだといいですね」


 お母様の考えは極めてオプティミスティックoptimisticなので「これで大丈夫なのだろうか?」と不安になるが、何も言わないでおくことにする。お母様が不安がる姿を見たく無いからね。それに、俺がマークを警戒しておけばいいだけの話だ。



 * * *



 ランスとナナリーが去った後の第一会議室。


 そこには2人が残っていた。


「陛下があれほどまで政治に詳しいことを知っていたか?」

「いや。勤勉な方だと聞いてはいたが、まさかあれ程だったとは……」

「あぁ。これでは、国王がすげ替わっただけではないか」

「その通りだ。ライオノールが死んでから考えていた我々の計画が台無しになるではないか」


 そう言って2人は俯き、今後の方針を考え込んでいた。


「陛下の陣営に寝返ることはできないだろうか?」

「そんなことできるはずがなかろう。これまで沢山のことで融通してくれたのだ。今更いまさら陛下に寝返っては家族の命が危なくなる」

「そうだった。我々は生かされているのだ。そのことを忘れてはいけない」


 そう言って、2人は再び黙りこくった。


「仕方ない。えず報告をしよう。今後のことはそれから考える事にする」

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