初政務編

第23話 初会議

 翌日。


 今日から大臣達と一緒に国政に励む。


 午前中にお母様といくつかの書類をまとめた。お父様の引継ぎはまだ半分ほどしか終わっていなかったので大急ぎで仕事にあたらないといけなかった。


 そして昼食を摂り、午後になった。


 会議の時間。そこで、俺はお母様と一緒に第一会議室に向かう。


 本当なら俺一人で大臣達と話をしたいのだが、初めのうちは仕事の引継ぎがある為お母様も一緒に会議に参加してもらう。


 お父様が御存命の時もお母様は会議に出席していなったとのことだ。お父様が一人で大臣達と話し合い、会議で決まったことをお母様と二人で書類にまとめ、事を運んでいたらしい。


 その為、会議に参加していなかったといえどもお母様は最近まで国政に携わっていたのだ。大臣達と会議をするのが初めてでどうなるのか不安だが、お母様が隣にいてくれると心強い。


「ランス。準備はいい?」

「はい。大臣達と初めて仕事上の会話をするのでどうなるのか心配ですが、それが楽しみだと感じてもいます」

「それならいいわ。さぁ。気合を入れていきましょう」


 お母様がそう言うと会議室の扉は開かれた。


 すると大臣達は起立して頭を下げた。


「楽にしてよい」


 部屋に入るとすぐにそう言った。


 子供の頃、ドラマや映画で目上の人が入室しながら「楽にしてよい」というシーンを何度か見たのだが、とても格好良かった。忙しそうに入室し、「1分1秒も惜しい」と言わんばかりの態度で部下に接する姿はまさに”仕事ができる人”のようで憧れを抱いた。


 一方でそのような人は「ナルシスト」だの、「気持ち悪い」だのと否定的な意見を述べる人も多く、こればかりは人によって意見が分かれるだろう。実際に、大した能力のない人が忙しそうな態度をとっていても「ただお前の能力が低いだけではないか」、「お前のツケを俺に払わせるな」と思うだけであった。


 話が大分だいぶれてしまったが、話を戻そう。


 俺とお母様は長テーブルの短辺に並んで座ると大臣達は座り始めた。大臣達の席順は、長テーブルの一辺にカース、オルト、シリウスが順に座り、もう一辺にロビン、エリック、ボナハルト、バルブが座る配置になっている。しっかりと派閥ごとに分かれており、昨日の俺の考えが確証に変わった。


「それでは、今日の会議を始める。まず初めに俺からの報告だ。この1週間でお父様の仕事の引継ぎを進めてきて、まだ7割ほどしか終わっていないが次回の会議までには終わる予定だ。そこで、今回と次回の会議はお母様も一緒に出席してもらう。そのつもりでいてくれ」

「「「「「「「はい」」」」」」」

「よし。それでは、カースから報告を始めてくれ」

「はい。報告は1点だけあります。今年の予算の目安を計算しました。昨年より10%程減少しました」


 そんなに税収が減ったの?!


「徴税の仕方を変えたりしたのか?」

「いいえ。主に農民からの税収が減少したのが原因です。どうやら、今年は不作だったようです」

「わかった。次、オルト」

「はい。報告は特にありません。ただ、エルマ様とヘルマン様が逃亡なさったことからダリア共和国の動きに注目する必要があります」

「それについては1つ分かっていることがある。お父様の葬儀の翌日にエルマとヘルマンを索敵魔法で探すとアラ湖の近くにいた。ダリア共和国に入国したと考えて間違いないだろう」

「陛下は数百キロ先の御二方を見つけることができたのですか?!」

「あぁ。つまり、2人がダリア共和国に帰国したことが最高指導者の耳に入るとフィーベル領への侵攻を始めるだろう。戦争の準備を進める必要がある。これについても報告の後に話を詰めよう。次、シリウス」

「はい。報告は特にありません」

「わかった。次、ロビン」

「はい。特にありません」

「わかった。次、エリック」

「はい。我からの報告は1つだけですぞ。商人達から商業税の値下げが要求されているので、対応しなければいけません」


 こいつ、絶対に商人から金を融通されているな。前世で言うところの圧力団体のようなものだな。まぁ、不正が行われていないのならいいのだけれど。


「わかった。次、ボナハルト」

「はい。ダリア共和国との戦争を想定すると兵と予算が足りません」

「ん? 何故なぜそのようなことになったのだ?」

「我が国は100年以上の間他国と戦争をしておりません。その為、軍部へお金が割り振られないようになり、兵の練度や武器の質も徐々に落ちてしまっております」


 そうか。100年も戦争しなかったらそうなって当然だよな。平和ボケって怖いな。


「そうか。それなら追加で予算を出そう。それと、新兵をつのるように」

「わかりました」

「最後、バルブ」

「はい。先程も話に出ましたが、今年の収穫量が2年連続で減少しております」

「原因はわかっているのか?」

「現在調査中です」

「わかった。これで報告は終わったな」


 この後話し合わないといけない内容は、


〇商人からの税金値下げ要求

〇ダリア共和国との戦争に向けて

〇軍部への追加予算


だな。


 税収が減ったのは主に農作物の収穫量減少が原因だろう。こればかりは仕方がない。


「まず、商人からの商業税の値下げ要求は難しいな。今後1,2年の間にダリア共和国との戦争が予想されるのだ。今年の歳入が減った上に追加予算が必要になった以上商人に対する税金の値下げは無理だな」

「そんなことありませんぞ。奴隷所有税や農民からの税を引き上げれば問題ありませんぞ」


 我が国には奴隷所有税というものがある。固定資産税の資産が奴隷になっただけだと考えてくれればいい。


「商業税からの歳入は奴隷所有税の十倍以上もあるのだ。奴隷所有税を値上げしたって高が知れる。それに、さっきの報告であったように2年連続で農作物の収穫量が減少しているのだ。こんな中で農民からの税を値上げしたら息絶える者も出るかもしれない」

「しっ、しかし……」


 エリックが狼狽うろたえているが、税金の値下げなんて考えられない。「国庫に余裕があるから値下げをしてもいいのでは?」と思う者もいるかもしれないが、これからダリア共和国と戦争だというのに税収を減らしてはいけない。それは戦争が終わってからやることだ。


「商業税の徴税法を見直そうとは考えているが、少なくとも今よりも減ることはない。これについて意見のある者はいるか?」


 すると、カースが話し始めた。


「陛下。商業税の徴税法をどのようにするおつもりですか?」

「そうだな~~」


 俺が大臣達に聞いたのにも関わらず聞き返してきたことに苛々いらいらしたが、今回は初めに自分の意見を話してみようと思う。


 現在の商業税は商人に対して一律大金貨2枚、貴族と取引をしている商人は大金貨5枚としているが、商人の中には大金貨300枚儲けている者もいる。累進課税を導入してもいいと思う。


「今の商業税は商人一人一人に大金貨2枚を、貴族と取引している商人に対して大金貨5枚を納めてもらっているが、一定金額を稼いだものに対してより多くの税金を払ってもらうつもりだ。例えば、大金貨100枚稼いだら大金貨15枚納めてもらい、大金貨200枚稼いだら大金貨40枚納めてもらうとか。そうすることで少しは税収を上げることができるはずだ」

「それはなりません! 収入によって税金を値上げするのは差別ですぞ!」

「そうした差別をしないと商業税からの税収を上げることができない。まぁ、これは今すぐにやらないといけないことではないから時間をかけて考えていくことにする」

「そのようなこと、許されませんぞ!」

「これ以上商業税について話すことはない。次に行くぞ」

「陛下!」


 エリックがごちゃごちゃ騒いでいる。五月蠅うるさいのだが、こいつに構っている暇はないので無視することにした。


「次はダリアとの戦争に向けての話だな」

「陛下! まだ話は終わっていません!」

「これ以上騒ぐな。つまみ出すぞ!」

「ぐっ、……」


 ここまで脅すとエリックも黙ってくれた。まったく、子供が駄々をこねるように鬱陶うっとうしい奴だ。


「その前に、戦争にならないよう事を運べるのが一番良いのだが、その為にはダリアに慰謝料を払ってもらわないといけない。エルマがダリアに帰り契約を違反したこととお父様を亡き者にしたことに対する慰謝料だ。そこで、これからダリアに書状を出すつもりなのだが、慰謝料をいくらにしたらいいと思うか?」


 初めにロビンが意見を述べた。


「ダリア共和国はいまだに大金貨4億枚を支払っていませんので、これ以上のお金を要求しても支払ってくれるかわかりません」

「ん? エルマがここに来てから25年経っていると思うが、どうして未だに支払いが終わっていないのだ?」

「そっ、それが……」


 もしかして、滞納されているのか?


「どうしてこんなことになったのか?!」

「初めは『1年当たりに収める額を減らしてくれ』と頼まれて、そのままずるずると……」

「それで、支払いはいくら残っているのか?」

「大金貨1億5000万枚です」


 そんなに支払いが残っているのか? これでは、今朝までに考えていた今後の方針が180度変わってしまう。


「催促はしてこなかったのか?」

「早く支払いを済ませるよう要求してきたのですが、まともにとりあってもらえたことはなくて……」


 俺がイラつきながらロビンに尋ねていると、ロビンも狼狽うろたえだしている。ここにいる大臣が皆黙り込んで下を向いており、あたかも「我関せず」と訴えているようだ。


 「滞納されているというのに今まで何をしていたのか?」といきどおりを覚えた。


「お父様はこの状況を軽視していたのか?」

「いいえ。彼方かねてより催促するよう話しておりましたが、我々が止めていましたので」

「どうして止めたのだ?! 何なら、『エルマの命を守りたければ、さっさと支払え』って脅すことができたのに。そのための政略結婚だったというのに。どうしてそうしなかったのだ?!」

「それは……」


 またも全員がうつむき、俺と目を合わせないようにしている。


「ダリアが滞納しているのを見過ごしておいて、ダリアに舐められるのは当たり前だ! どうしてお父様を止めたのか聞いているだろ! 答えないか!」

「「「「「「「申し訳ありません、陛下」」」」」」」


 こんなことを問いただしても問題解決には至らないから、憤りを完全にしずめてはいないがこれくらいにしておこう。


 アラ湖付近の領土契約の支払いが滞納されているようでは慰謝料を請求しても払ってくれないだろう。


 それでは、戦争する他ないのだろうか?


「ダリアとの戦争を避ける手立てを思いつく人はいるか?」


 思いつく人はいないだろうなと思いながら皆に問いかけた。


「こうなったら、ダリアには契約違反の見返りとしてアラ湖付近の領土返還か違約金の支払いを要求するしかないな。違約金は大金貨2億枚くらいが妥当だろう。つまり、ダリアに求めることは大金貨3億5000万枚の支払いか、大金貨2億枚とアラ湖付近の領土返還のどちらかだな。支払ってくれなければ制裁を行い、しかる後に戦争となるだろう。ぐにでもダリアにこの旨の書状を出すが、異議のある者はいるか?」


 すると、カースが話し始めた。


「陛下。慰謝料が大金貨2億枚というのは多すぎてはありませんか? そもそも、今ダリアにお金を要求しても支払ってくれる見込みはほとんどありません」

「そんなことない。ダリアは契約を破っただけではなくラノア王国国王であるお父様を亡き者にしたのだ。これだけのお金を要求してしかるべきだ。それに、俺はダリアが支払ってくれるとは思っていない。大金貨1億5000万枚の支払いを渋るくらいだ。支払ってはくれないだろう」


 すると、オルトが話し始めた。


「すなわち、陛下は戦争を御望みなのですか?」

「望んではいないさ。けれど、このままダリアの言いなりになっていたら我が国がさらなる不利益をこうむりかねない。落とし前をつけてもらうためにも戦争は不可欠だ」

「しかし、それでは我が国の損益が計り知れません」

「そうだな。けれど、何も戦争すると決まったわけではない。ダリアが支払いをこばんだら経済制裁をするつもりだ。その後のことはそれから考えることにする」

「わかりました……」


 何とか大臣達を黙らせることができてよかった。


「それと、お父様をあやめたエルマを王国で裁くために身柄を引き渡すよう書状を送ることとする。オルト、賠償金の書状と一緒に準備するように」

「かしこまりました」

「次に軍部への追加予算だな。これからダリアとは緊張状態に入るのだ。増やしておいたほうがいいだろう。国庫には少し余裕があるからそこから補填することも可能であろう。ボナハルトはいくら欲しいか?」

「欲を出せば大金貨600万枚程欲しいのですが、今年の歳入が減少したことにかんがみると難しいと思います」

「そうだな。頑張っても200万枚っていうところかな。200万枚を追加予算として補填するつもりだが、異議のある者はいるか?」

「「「「「陛下! 多すぎではありませんか?!」」」」」


 ボナハルトとバルブ以外の全員が俺に刃向かった。まさか5人も反対するとは思わなかったのでびっくりした。


「多すぎると思う理由を聞いてもいいか?」


 すると、シリウスが話し始めた。


「陛下。これまで軍部への予算は大金貨20万枚程でしたのに、急にこんなにも多くの予算を割り当てるのはおかしいではないですか?」

「逆に聞くが、大金貨20万枚程度のお金でどうやってこの国を守るのだ?今ダリアから数十万の兵が攻めに来て、追い返すことができるのか?」

「できます!」


 ほぉ。いい度胸だ。


「では、仮にアラ湖の南北から二手に分かれて歩兵が15万、騎兵が1万、魔法師と魔術師が3000人ずつ攻めてきたら、どうやって追い返すつもりだ?」

「それは……」


 シリウスが頭をしぼっている。こいつが自分の利益だけを目的にして先ほどの発言をしていなければできる解答だ。


「我が国は魔法師と魔術師が少ないため、歩兵と騎兵を主力とした軍の編成になります。その為、歩兵を南北に20万ずつ、騎兵を1万ずつ配置すれば対処可能と思われます」


 「完璧な回答だ」と言わんばかりの態度をシリウスが取っているが、穴だらけだ。やはり、こいつは何もわかっていない。


「シリウスの考えでは歩兵だけでも40万必要になるのだな。では聞くが、40万の歩兵がこの国の一体何処どこにあるのだ?」

「それは……」


 そう。何を隠そう、我が国は極度の平和ボケにより軍力がかなり落ちている。他国に攻められていないことが不思議なくらいだ。これじゃあ、「どうぞ、我が国を攻め落としてください」と言っているようなものだ。お父様も極度の平和ボケで軍部に予算を回していなかったらしいが、そのツケを今払わないといけないのだ。戦争に対して無策であったことはお父様のミスだな。


「我が国の歩兵は5万しかいない。これだけの歩兵でどうやって国境を守るのだ? 有事に備えるということは当たり前だというのに、どうしてそれをしてこなかったのだ?!」

「「「「「…………」」」」」


 シリウス達が黙り込んだ。


「軍部に大金貨200万枚の追加予算を出すことに異論がある奴はいないな?」


 またしても全員が黙り込んだ。俺には向かう気はないのだろう。


「よろしい。軍部に大金貨200万枚を割り当てることで決定だ」

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