第25話 初軍議

 2日後のお昼。


 今日は初めての軍議だ。


 外は今朝から雷雨が続いている。王都の外を流れる川は増水し、付近の草花は天から地に落ちるように勢いよく流れる川の水にあらがうすべなく倒れてしまっている。そして、物々しい雰囲気が王都を取り巻いている。無論、城内も例外ではない。これからのダリアとの関係を暗示しているようで先行きが不安になってくる。


 俺は昨日まで政務に励んでいたが、特に戦争関係の資料を読みあさっていた。アラ湖付近での過去の戦いを調べ、付近の地形がどのようになっていて、どういった戦いが繰り広げられてきたのかを復習さらった。兵法の授業でもアラ湖付近の戦争について多くのことを学んだが、その知識にさらに肉付けをすることにした。


 そして軍議の時間となり、俺は私室を出て参謀本部に向かう。


「陛下。参謀本部へ向かわれるのですか?」

「あぁ」

「畏まりました」


 俺に行き先を尋ねたのは近衛騎士団に所属する俺の専属護衛騎士ウィリアム。俺が生まれた時から専属騎士を務めており、信頼できる男だ。身長は170cm程でさほど大きくないがその体はとても筋肉質である。青い目に茶色の髪をしており、顔にも無駄な脂肪はなく、とても凛凛しい表情をしている。そして、彼の剣の腕は格別だ。その為、剣術の練習に時々付き合ってもらっていて、彼から学ぶことは沢山ある。


 ウィリアムに行き先を伝えて歩き出すと後ろからウィリアム、マリア、それと騎士とメイドがもう1人ずつついてきた。王族は城を歩くだけでも団塊だんかいになるので、とても目立つ。


 俺が今いるのは9階。7〜10階は王族の居住フロアとなっており、俺、お母様、ソフィアは特に何も無い限りこのフロアから下に降りることはない。


 6階に降りた。ここには謁見の間といくつかの会議室と応接室があり、俺が普段会議を行うのはこのフロアにある第一会議室である。


 4階と5階は城で働く文官の仕事部屋や書庫、資料室が広がっている。といっても、城で働く文官は数十人程で、残りは城外の役所で働いている。


 階段を降り続け、3階に達した。ここは国賓の為の寝室や食堂、お風呂があり、普段はほとんど使われないフロアである。殆ど使われないのにもかかわらず高価な装飾品などがあしらわれているこのフロアは本当に必要なのだろうかとたまに思うことがある。前世の庶民感覚のなごりでそう思ってしまうのだが、国賓をもてなさないことはとても失礼な行為なので必要なものであると思うことにしている。


 1階と2階は第一、第二、第三ホールやメイドと騎士達の仕事部屋、それと応接室がある。しかし、この応接室は城で働いている者に客が来た際に使われるもので、王族への来客には6階の応接室が使われる。


 こういった感じで、かくこの城は広いのだ。9階から階段を下り、地上に達するまで2分程かかる。40歳くらいになると私室と参謀本部の往来は億劫おっくうになるだろうと思った。


 玄関に着いた。外は相変わらずの雷雨である。近くにいたメイドに持ってくるよう命じた雨傘をマリアがさし、俺に手渡してくれた。3歳の頃、雨の中外出する際マリアが自ら傘を持ち、2人で1つの傘に入ろうとしたのだが、あまりにも身長がかけ離れているので俺が雨に濡れてしまった。その為、それ以降俺は自分で傘を持つようにしたのだ。


 ウィリアム達も傘をさしたところで、外に出た。


 この城は円形の城壁で囲まれており、南北の2箇所に城門が設けられている。南門は参謀本部に繋がっており、正門は北門になっている。北門が開かれることは御幸みゆきのときのみで、城で働く者は南門から出入りする。城の出入り口は数箇所あるが、その中でも南の玄関から外に出た。


 南側から出たので、訓練兵の掛け声がわずかながら聞こえてくる。それにしても、雨の中訓練させているのか?こんな事して騎士達の体調は大丈夫なのだろうか?


 参謀本部に着いた。建物は地上2階、地下1階建てで、その左右には2,3の武器庫が、南門との間には広い訓練場がある。参謀本部の建物は西洋的な建物で、正面からの見た目は大英博物館に似ており、黒に近いグレーを基調とした色合いである。目の前には扉を挟んで2つの像があり、レイピアを持った騎士とフードで顔をおおった何者かが戦闘中の様子を模していると思われる。騎士は右足で踏み込み、前のめりの態勢で右手で持ったレイピアを敵に向けているが、フードを被った者はただ仁王立ちするだけである。じっくり見ているとこれが戦闘中を描写しているのか疑わしく思える。


 参謀本部を中心に働いているのは近衛騎士と近衛魔法士の全てと、王国騎士団、王国魔法師団、王国魔術師団の武官(士官クラスの軍人)だけである。残りは城外の検問所や駐在所に勤務したり、王都の外にある大きな訓練場で訓練したりしている。下士官や兵士は定期的に遠征訓練や参謀本部での強化合宿が課せられており、王城で勤務することはほとんど無い。


 訓練場は参謀本部の向こう側にあるので見えないが、そこから騎士が鍔迫つばぜり合いする音や、気合を出す声が鮮明に聞こえてくる。これが古典的な軍の訓練場の風景なのだろうなと少しの間考えてしまった。地球の現代国家における主力兵器は火薬、爆薬を用いたものであり、こうした肉体を用いた戦闘が重要であることは確かであるが使われる場面は少なくなっている(スパイ活動など少人数での秘匿作戦において肉弾戦は有効であるが)。転生後小さい頃から聞きなれた音や声ではあるが、無機質な音の響きと覇気のある掛け声にいつもかれる。


 階段を上り、マリアに傘を預けてから本部に入った。そこには小さなエントランスがある。もともとここは裏口のようなところで、正面玄関は南門に面している反対側である。その為、この玄関がこぢんまりとするのは仕方のないことである。入口を警護する近衛騎士に挨拶をして2階の大会議室へと向かう。


 ここで軍部の指揮系統について説明しよう。先述の通り我が軍には近衛騎士団、近衛魔法士団、王国騎士団、王国魔法師団、王国魔術師団があり、指揮系統の違いから兵団は近衛兵団と王国兵団の2つに大きく分けられる。近衛兵の主な任務は王族の護衛と城の警備、王国兵の主な任務は国内の治安維持と戦時に前線で戦うことである。近衛兵の指揮系統は、最高指揮官が国王で、その次に近衛騎士団団長と近衛魔法師団団長となる。王国兵の場合、最高指揮官が国王であることは変わらないがその次に軍務大臣がきて、その次に王国騎士団団長、王国魔法師団団長、王国魔術師団団長となる。


 また、王都外の各貴族領で勤務する王国兵団は貴族が指揮しているが、これは国王が持つ軍の統帥権の一部を貴族に委任しているようなものであり、有事の際は国王の命令により貴族に指揮権は無くなる。その時の指揮系統は、


国王―軍務大臣―王国騎士団団長、王国魔法師団団長、王国魔術師団団長―各領騎士団団長、魔法師団団長、魔術師団団長


が基本となり、これをもとに大隊、中隊、小隊といった隊が編成される。


 今日の軍議ではダリアとの戦争でどう戦うかを話し合う為、戦地に赴かない近衛兵は軍議に参加しない。


 2階に上り、大会議室に向かうとそこには近衛騎士と近衛魔法師が2人ずつ立っていた。彼らに挨拶した後扉を開いてもらい、俺一人だけ大会議室へ入っていった。


 大会議室は中央に大きな木製のテーブルがあり、そこにはいくつもの地図や紙資料が広げられている。そして、椅子はすべて壁際に寄せられており、皆立っている。


 会議室の中には10~20人の人が長方形のテーブルの2つの長辺に並び、俺が入室すると一礼した。


 中央のテーブルの周りに椅子は無いので、俺も立とうと思ったのだが俺の身長が低い為、テーブルの前に立つと顔がやっと出るだけで、まともな会議ができそうにない。


 一昨日の会議では、俺の椅子に座布団のようなクッションが用意されていた為問題なく会議が始まったのだが、今はそうもいかないだろう。


「頭を上げてくれ」


 ひとまず、俺はテーブルの短辺に立つとそう言った。


 けれど、俺がテーブルの様子をまともに見ることができないで会議を進めてしまうことは良くない。そこで、入り口に立っていた近衛兵に踏み台を持ってくるように頼んだ。


 しばらくすると近衛兵が踏み台を持ってきてくれたので、俺はその踏み台に上り、改めて皆の顔を見た。


 俺の最も近くにいるのはボナハルト、リカエル、オルト、ゼウス。最初の3人の名前は既に出ているが、彼ら4人のそれぞれの役職は軍務大臣、王国魔法師団団長、王国魔術師団団長、王国騎士団団長である。この部屋の中に、これまでに話したことがあるのはボナハルトしかいないので少し緊張する。


「早速会議を始めたいところだが、俺はここにいる殆どの者と初対面だ。初めに名乗ってくれ」


 そう言うと、ボナハルトから名乗り始めた。


「では、我から始めますぞ。我はボナハルトと申す」

「ボナハルトとは既に会議をしたこともあるからこれくらいでいいか。じゃあ、次」

「初めまして、陛下。私は王国騎士団団長ゼウスと申します」


 ゼウスと名乗った男はとても大きな体をしている。身長は180cm以上あり、肩幅が広く、腕も太く、大きな背中を持っている。目は茶色で、髪は黒色であり、サングラスとスーツを身につけさせると立派なボディーガードになるだろう。そして、鎧は身につけておらず、鉄製の簡単な防具と剣を身につけている。彼の体格からすると、剣術と同等かそれ以上に格闘術が得意であろう。


「君がゼウスか。ウィリアムとは古い知り合いだと聞きているよ。これからよろしく。次」

「初めまして、陛下。私は王国魔法師団団長リカエルと申します」


 リカエルと名乗った男は金髪、水色の目の細身である。魔法師は肉体用いた戦闘の訓練を殆どしないため、一部を除いて細身となりやすい。例えば、付与魔法を使える者は、剣に何かしらの魔法を付与することで剣の性能を向上させることができるため、剣術も学んでいる。


 それはそうと、リカエルは黒に近い紫のローブを着ており、いかにも魔法師というかんじである。


「初めまして、ではないよな?既に何度か顔を合わせたことがあったはずだが……これからよろしく頼む。次」

「お久しぶりです、陛下。私は王国魔術師団団長ガリルと申します」


 ガリルはダークブルーの髪色をしており、黒い目と少し太い眉が印象的な男だ。黒いローブを身につけており、とてもミステリアスな印象を受ける。


 そして、ローブの内ポケットが少し膨らんでいるが、それは陣を書いたスクロースを入れているからである。魔術師は陣が書かれたスクロールが無ければ戦うことができないため、ローブの内ポケットに何十ものスクロールを入れて持ち運んでいる。


「既に何度か顔を合わせたことがあるね。これからもよろしく頼む。次」


 その後も10人以上の武官が名乗り続けた。



 * * *



「さて。全員が名乗ってくれたことだし、早速本題に入ろう。その前に、今回軍議を開くことになった経緯いきさつを説明しよう。20年以上前、御爺様がダリアとある契約を交わした。その契約は、フィーベル領の東側をダリアに割譲する代わりに、ダリアが大金貨4億枚を25年かけて分割して支払い、ダリア共和国最高指導者の次女エルマを我が国に正妻としてとつがせるというものだった。

 しかし、ダリアは10年以上前から滞納し、25年経った今でも支払いが終わっていない。ダリアに未払金とお父様をあやめたことへの慰謝料を請求する予定だが、4億枚を滞納している為、応じてくれる見込みはない。支払いに応じてくれなかった場合経済制裁を行う予定だが、それでも支払ってくれない場合戦争をすることになるだろう。

 今回の会議はその戦争に向けての会議である」


 これまでの粗筋あらすじを説明したが、わかってくれただろうか?


 すると、ゼウスが俺に尋ねてきた。


「陛下。開戦は何時いつ頃と見込まれますか?」

「そうだな。経済制裁は半年後に始める予定だから、開戦は1~2年後になるだろう。もっとも、ダリアが我が国に侵攻した場合は早まるであろうが、早くても半年後になるだろう」

「畏まりました」

「今までの話で他に質問のある奴はいないか?」


 挙手するものがいなかった。


「よろしい。それでは早速話を始めよう。まず、ダリアが攻め入る場所は大きく分けて3か所ある。アラ湖北部、アラ湖南部、あるいはアラ湖で船を使って攻め入るのいずれかになるな。……」


 こうして戦争に向けての話を進めていった。



 * * *



 結局、軍議は3時間続き、大まかな内容が決まったところで軍議を終わらせることにした。


「今日はこれくらいにしておこう。大まかなことは今日で決まったから具体的なことは後日にまわすことにする。それまで各自、準備を進めるように」

「「「「「はっ!」」」」」

「それじゃあ、解散」


 俺は速やかに部屋を出て行こうと思ったのだが、ゼウスに確認したいことがあることを思い出して立ち止まった。


「ゼウス」

「陛下。何でございますか?」

「ここに来る時訓練場の方から騎士達の声が聞こえたのだが、こんな大雨の中訓練しているのか?」

「はい。戦場は必ずしも晴れていません。何時いつ如何いかなる時も戦えるよう雨の中訓練することは当然のことです」


 まぁ、それはそうなのだが、これでいいのだろうかと疑問に思った。けれど、これ以上追求しないことにした。


「兵士達に無理はさせないように。それと、彼らの体調も管理するように」

「はっ」


 ゼウスが足を揃えて姿勢を正すと返事をした。ゼウスとの話を終え、俺は扉へと向かった。


 それにしても、3時間立ちっぱなしだったから足腰がとても疲れた。前世でも長時間立つことは殆ど無く、最後に長時間立ったのは小学校の時の終業式だっただろう。中学以降、始業式・終業式では式の始まりと終わり以外は座ることになっていたが、小学生の頃は立たないといけなかった。まぁ、中学以降そのようなことは一度もなかったのでよかったが。


 それと、俺は高校、大学の時代にスーパーや飲食店でバイトをしたり、力仕事をしていなかったので長時間の立ち仕事はしたことが無い。そのおかげで、同じ場所に長時間立つということは数十年ぶりの経験だったのだ。


「陛下。お疲れ様です」

「ありがとう。ウィリアム」

「この後、どちらに向かわれますか?」

「私室に戻ることにする」

「かしこまりました」


 扉の前で待機していたウィリアムにそう言って、俺は来た道を戻って行った。


 外は相変わらずの雷雨だった。傘に落ちる大粒の雨の音を聞きながら、重い足を引きずって城へと戻って行った。

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