第26話 刺客

 城に戻ると、一先ず私室に向かい、体を拭くことにした。


 しかし、8歳の体で9階まで階段を上ることはとても辛い。上るのは9階までなのだが、城の各フロアの天井までの高さはとても高い。特に、謁見の間がある6階は体育館以上の高さがあり、6階から7階までの階段を上るのはとても辛い。


 それに加え、3時間の会議の後なので疲労が溜まっていた。そこで、俺は浮遊魔法を使うことにした。


 階段の前に着くと俺はウィリアムに声をかけた。


「ウィリアム。ちょっと待ってくれる?」

「畏まりました」


 俺は魔法の詠唱を始め、10秒程すると詠唱を終えた。


浮遊フライ


 俺は宙に浮かんだ。


「ウィリアム。俺は浮遊魔法で階段を上がるけどいいかな?」

「そのようなことを否定する気など滅相もありません」

「ありがとう」


 俺はウィリアム達が階段を上る速さに合わせて階段を上がった。


 ウィリアムやマリアは俺が浮遊魔法を使えることを知っている。先日、ジーク達に浮遊魔法を披露した時と、お母様とソフィアと夕空を飛んだ時に付き合ってくれていたのだ。


「それにしても、陛下。こういう時の浮遊魔法はとても便利ですね」


 ウィリアムが俺に話しかけてきた。


「そうだね。さっきの会議でずっと立っていたから足腰が痛んでさ。階段を上る気にはなれなかったんだ。こういうときに浮遊魔法を身につけておいてよかったと思うよ」


 8歳児が「足腰が痛む」と言ったことに我ながら違和感を感じてしまった。なんておじさん臭い8歳児なのだろう。


「私は魔法も魔術も使えませんから。魔法師や魔術師がとてもうらやましいです」

「そうなんだ。でも、ウィリアムの剣の腕は素晴らしいよ。いつ見ても、ウィリアムの剣筋には見惚みとれるよ」

「そのように評価していただき、とても嬉しいです。ありがとうございます」


 こうした適当な会話をしてもまだ2階である。8階まではまだまだ遠い。


 ただ階段を上るだけというのも面白くないので、ウィリアム達にもう少し話しかけてみようと思った。


 けれど、マリア達メイドが辛そうである。俺は楽して階段を上っている(とはいうものの、緻密ちみつな魔力操作を心掛けている為、それなりに神経を使っている)のに、マリア達は階段を一段一段上っているのだ。辛くて当たり前だ。


 その為、俺はウィリアム達に声をかけるのがはばかられ、8階まで黙々と階段を上がり続けることにした。



 * * *



 8階にようやく到着し、私室へと向かった。


 マリア達は疲れた表情をしていたので、休憩室で少し休ませることにし、俺は雨で濡れた髪や服をタオルで拭いた。


 その後遅い昼食を摂り、本を読んでリラックスしていた。


 2時間経った頃だろうか、索敵魔法で人が来る気配を感知した。それが誰なのかわかると急いで身だしなみを整えた。


 ドアがノックされ、俺はその人を歓待するべく服を軽くはたいた。


「ランス。入ってもいいかしら?」

「どうぞ。お母様」


 お母様は扉を開き、部屋に入ってきた。


 その様子は嬉しそうで、お母様の朗らかな微笑に俺の口元もつい緩んでしまう。


 お母様はソファーに座るとその隣を手で軽く叩き、そこに座るよう勧められたので俺はお母様の右隣に座った。


「今日はランスにやってもらいたいことがあるの。2か月後の子供のパーティーの招待状をまだ貴族に送っていないの。ここしばらくライオノールの葬儀やランスの戴冠式で忙しかったから、うっかり忘れてしまっていてね。だから急いで招待状を書きたいのだけれど、今回からランスに招待状を書いてもらおうと思ったのだけれど、いいかしら?」

「そうでしたか。しかし、今回のパーティーではお母様がホストを務めますので、招待状を書くにはお母様が適任ではありませんか?」

「それもそうね」

「俺も手伝いますが、あくまでお母様の名前で招待状を書きますね」

「わかったわ。よろしくね」


 そういうわけで、俺はお母様と一緒にパーティーの招待状を書くことになった。


「そういえば、お母様。この子供のパーティーに名前はないのでしょうか?」

「メリシアンパーティーのような名前っていうことかしら?」


 メリシアンパーティーとは、メリス教の開祖メリスの生誕祭である。前世のキリスト教における、イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスのようなものである。まぁ、クリスマスはキリストの誕生日ではないのだが。


「はい」

「それもそうね。『王族主催子供のパーティー』なんて長くて飾り気がないものね。名前を付けるとするなら、何がいいかしら?」


 何がいいだろうか?


 『子供パーティー』がいいだろうか?いや、これだと幼稚園児の誕生日パーティーみたいな印象だな。


 それじゃあ、子供達が貴族の社交界の場数を踏むということがこのパーティーの目的だから、『練習パーティー』でとうだろうか?いや、これはダサすぎる。


 彼是あれこれ思案していると、アイディアが俺の元に降りてきた。


「『グリーンパーティー』は如何いかがですか?」

「『グリーンパーティー』ね……それいいわね! 参考程度に聞くけど、どうして『グリーンパーティー』なのかしら?」

「未来の王国を担う次代の子供たちが芽を出し、新緑の大樹に成長していくことを願ってそのように名付けました」

「それはいいわね。けれど、それを8歳のランスが言うとね……やっぱり、ランスっておじさん臭いわね」

「ははは……」


 苦笑いしかできなかった。前世から数えると46歳。お母様より年上なのだ。こうした発言をするのも仕方がない。


「それでは、招待状にもこのパーティーの名前『グリーンパーティー』を書いておきましょう」

「はい」


 こうして数十枚の招待状を急いで書いていった。



 * * *



 なんとか招待状を書き終え、その時には既に雨は止んでいた。


 長時間の豪雨だったので王都の路面はびしょびしょで、その上一部では冠水している。その為、王都民は排水作業に追われていた。


 東向きのこの部屋からは西日を見ることはできないが、空に浮かぶ白い雲は赤く染まっており、今日一日の終わりを告げていた。


「ランス。お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。招待状は私から騎士に渡しておくわね」

「はい」

「それじゃあランス、夕食の席で待っているわね」

「はい、お母様」


 そう言うとお母様は部屋から出て行った。


 ずっと座っていたので、腰が痛くなった。3時間立ちっぱなしの後は数時間座りっぱなしだ。腰が痛くてしょうがない。


 俺は立ち上がって背伸びをし、体を反らせた。


 頭が腰の高さに下がるまで体を反らせると頭に血が上り、頭がポカポカする。前世でも長時間のデスクワークの後はよく体を反らしてリフレッシュをはかっていた。体を反らした後は体を左右にツイストtwistし、血流が悪くなった背中の筋肉をほぐした。


 するとまぶたと肩が軽くなり、視界が明瞭になる。若干8歳にして社畜の素養を宿しているとは……。


 それはそうと、俺はリラックスがてらバルコニーに向かい、城の反対側に沈む夕陽で赤く染まる王都を眺めた。


 季節は春と夏の間で、夕方に吹き込む風も徐々に冷たさを失っている。


 特に、今日は雨が降ったため、ジメっとした空気が体を撫で、とても鬱陶しい。


 前世からの話だが、俺は雨季がとても嫌いだ。外にいても中にいてもジメっとした空気が体中にまとわり、汗をかいてもなかなか体の熱が冷めない。この煩わしさを軽減するために自宅では除湿器をずっと稼働させていたが、出勤するときはどうしてもジメジメした外に出ないといけない。どうして雨季に外出しないといけないの?夏休みならぬ梅雨休みの新設を各所に打診しようと思ったことさえある。


 不快な風をこれ以上浴びたいとは思わなかったのでバルコニーから部屋に戻り、ガラス戸を閉めた。



 * * *



 いつも通り家族3人で夕食を摂り、お風呂に入った後は私室で政務に励んだ。


 各貴族の会計報告書の見直しをしないといけないのだ。別に、これはやらなければいけないことではなく、むしろ財務省の仕事であるのだが、不正を犯している者がいないか俺が直々じきじきに調べることにした。権力者というものは――ほとんどの人がそうであると思うのだが、特に権力者というものは――お金を前にすると盲目になってしまうもので、前世でも数々の横領事件や脱税行為が取り上げられていた。こういったことは一人だけで犯すことができることではなく、協力者がいなければできないことである。貴族と役人が手を組んでいるかもしれないので俺が直々に調べることにしたのだ。


 ここ最近はずっと数字の帳尻があっているのかを調べている。


 けれども、この世界には電卓がない。その為、すべて手計算でやらなければならない。時間がかかるうえに、頭を使うためとても疲れる。就寝前にやることではないと思うのだが、長時間一人で何かできる時間がこの就寝前だけである為やむを得ない。




 数時間会計報告書を見直し、俺は寝ることにした。


 席を立ち、窓ガラスから外を見ると九日月ここのかづきやまから覗き出し、その弱弱しい光が俺の私室に差し込んでいる。未熟な月明かりは俺の部屋を満足に照らしてはおらず、それは俺がこれから進む道であるようにも思えた。


 はぁ。


 どうして俺は月を見るだけで感傷に浸ってしまっているのだろう。


 お父様が殺されたから?


 大臣が無能だから?


 将又はたまたきたるダリアとの戦争に不安を抱いているかであろうか?


 今まさに上らんとする月を見ただけでペジミスティックpesimisticな考えをしてしまい、気分はあまり良くない。この気分を払拭するべくすぐにベッドに入り、目をつむった。



 * * *



 目を瞑るとすぐに意識は遠のき、深い眠りへと落ちていった。


 しかし、突然索敵魔法で50m先から見知らぬ人が小走りで近づいてくる気配を感知した。


 この気配はあの日と同じだ。それも、1人だけではない。10人弱いる。


 あと10秒ほどするとこちらに辿り着くであろう。


 俺はすぐに意識を覚醒させ、扉に迫る侵入者を警戒した。


 扉の前には騎士とメイドが2人ずつ控えていえるが、彼らは自身に危険が迫っているが気づいていないようである。


 俺は騎士とメイドたちを守るべくベッドから飛び降り、扉に向かって全力で走り、勢いよく扉を開くと騎士とメイドの腕をつかんで部屋の中に投げ入れた。


「「陛下!」」


 騎士たちは俺に部屋へ投げ入れられた理由を理解していないが、俺に投げ入れられたということは把握できたらしい。けれど、メイドたちは何をされたのかさえも理解できていないようだ。


 俺は侵入者たちがいる方向を見るが、そこには誰もいない。いや、視認できないと言った方が正しいだろう。索敵魔法で9人が俺に対峙たいじしていることがわかるので、彼らを警戒した。


 恐らく、彼らの中に視覚妨害の無属性魔法や魔術の使い手がいる、もしくは彼ら全員が視覚妨害の魔道具を使っているのであろう。侵入者の中に魔法や魔術を使う者がいるかもしれないということで、さらに警戒を強めた。


「姿を現せ!」


 俺が大きな声で呼びかけた。


 すると、一番前にいた男が両手にナイフを持ち、俺に向かって走った。俺は索敵魔法を消し、無属性魔法の魔力障壁を詠唱省略して展開した。


魔力障壁マジカル・ウォール


 すると、俺に向けられたナイフは魔力障壁によって俺に傷をつけることができなかった。これに苛立った男は俺に向けて何度もナイフを振り回したが、俺に傷をつけることはあたわなかった。


 俺は機会をうかがい、絶えずナイフを振り回す男にすきができると魔力障壁を消し、後ろに飛んだ。すると、男は前傾姿勢でナイフを振り回していた為前方に倒れこんだ。


睡眠スリーブ


 男が体勢を崩したので、その隙に俺は男に精神魔法を使って眠らせた。


「姿を消したって、俺に傷一つ付けられない。姿を現したらどうだ?」


 俺は索敵魔法を再び展開した後、目の前の8人を挑発した。


 これで姿を現してくれたらいいなぁ。相手が見えない状態で戦うと神経を擦り減らす。索敵魔法で相手の位置を正確に知るためには緻密ちみつな魔力操作が必要で、それを心掛けながら死闘をするとなると神経をり減らされる。


「ザッツ。魔術を解け」


 1人の男がそいう言うと目の前の8人が姿を現した。


 皆黒のフード付きローブを着ており、前方の6人が武闘派、後方の2人が魔法師・魔術師のようだ。


「用件は何だ?」


 俺はえず8人に問いかけた。俺が先程大きな声で叫んだ為、もうじき近衛兵が来るであろう。そう期待しながら彼らに問いかけた。


 しかし、俺の考えは誰もが想像できるものである。特に、奇襲や暗殺は援軍が来ないうちにケリをつけることが定石だ。


 すると、前方の3人が俺に攻撃を仕掛けてきた。後方の2人はスクロールの束を取り出して目的のスクロールを取り出し、魔力を流し込み始めている。残りの3人は戦闘を静観するようだ。


 取り敢えず、前方の3人の対処に全力を尽すことにした。全員両手にナイフを装備しており、とても身軽に動いている。ちょこまかと左右に揺れながら接近しているため、魔法を撃とうにも照準を合わせずらい。


「陛下!」


 3人が間もなく俺に攻撃するという時、先程部屋に投げ入れた騎士2人が俺の前に立ち、3人を相手し始めた。


「陛下! お下がりください。ここは我々が相手をします」

「あぁ。3人の相手はお前らに任せる。俺は後方の魔術師を相手する」


 さすがに近衛兵と言えど、武闘家6人と魔術師2人の相手をするのは厳しいだろう。


「そのようなことを仰らないで下さい! 戦闘せずにお部屋でお待ちください!」


 俺は騎士の言葉を無視し、騎士たちの邪魔にならないよう後方に数歩下がり、索敵魔法を消すと魔術師に向かって魔法を撃ち始めた。


氷剣アイス・ソード


 数十もの氷剣を作り、魔術師に飛ばした。


 すると、すかさず魔術師もそれに応答し、魔力障壁のスクロールを使って氷剣を躱した。


 百以上の氷剣を飛ばしても魔術師の魔力障壁はなかなか破れない。


 それもそのはず。魔術というものは一定以上の魔力を流し込みながら魔方陣を書き、行使する際には少量の魔力を込めることで様々な事象を引き起こすもの。すなはち、事前に準備さえ整えておけば――魔力が尽きるまでではなく――準備していたスクロールが尽きるまで魔術を使い続けることができる。それに対し、魔法師は魔力が尽きるまで魔法を使い続けることができる。これが魔法師と魔術師の決定的な差異だ。


 生憎あいにく、俺は今スクロールを持っていない為、俺の魔力と相手のスクロール、どちらが先に消耗するかが勝負の要になっていた。


 その後も氷剣を飛ばし続け、200~300の氷剣を飛ばした頃。後方から金属音が聞こえてきた。


「陛下! 救援に参りました」


 音を聞く限り、40~50の騎士だろう。


「ちっ、引くぞ!」


 侵入者の1人が舌打ちをしてそう言うと去って行った。


 すると、武闘家の6人と1人の魔術師は反対方向に走り去っていった。


 もう1人の魔術師はというと、追加でスクロールを取り出しており、まだ戦闘を続けるつもりなのかといぶかしんだ。


 すると、100以上の氷剣が現れ、俺たちに向かって放たれた。


 いや、正確には前方の2人の近衛騎士に向かって放たれた。


けろ!」


 俺は2人にむかって叫んだ。


 すると、2人は後方に飛び下がり、なんとか氷剣の嵐から逃れた。


 2人の身に危険がないことに安堵あんどすると、俺は氷剣の着地点を見直した。


 そこは薄く砂埃すなぼこりが舞っていたが、目を凝らしてその様子を伺った。


 すると、そこには先程俺が精神魔法で眠らせた1人の侵入者が横たわっており、すすべなく氷剣を体で受け止めている。


 あぁ。


 そういうことか。


 無力化された仲間を殺して情報漏洩を阻止したわけか。


 ちくしょう!


 10秒ほどすると氷剣の魔術が消え、その頃には侵入者は1人残らず消えていた。


 そして、砂埃が霧散し、視界が明瞭になると目の前には氷剣の嵐を受け止めた侵入者が横たわっていた。彼には数多あまたの氷剣が刺さっており、もはや人としての原形をとどめていない。


 人が無惨に殺される様は初めて見る。俺は思わず吐き気を覚え、その場で口を押えてつんいになってしまった。


「陛下! 如何いかがなさいましたか?!」


 近くの近衛騎士が俺に近寄って俺の顔色をうかがう。俺の顔が真っ青になっていることを確認するとぐに対応に当たった。


「直ぐに死体を隠せ!」


 すると近衛騎士たちが目の前に人の壁を築いた。


「陛下。落ちてください。もう大丈夫です」


 近寄った近衛騎士が俺の背中をさすりながら語りかけた。


一先ひとまずお部屋に戻りましょう」


 俺は口を押えながら弱弱しく立ち上がり、体を支えられながら私室へと戻って行った。



 * * *



 部屋に戻ってもなかなか落ち着かなかった。


 1人のメイドが俺の左隣に座り、背中を摩って落ち着かせようとしてくれているが、吐き気はなかなか収まらない。


 定期的にあの光景がフラッシュバックし、その度に強烈な吐き気に襲われる。


 そして、部屋には嘔吐特有の臭気が充満しており、それが鼻孔を刺激し、更なる吐き気に襲われる。


 俺はこの悪循環にさいなまれ、なかなか落ち着かない。


 夕食で腹に入れたものをすべて出したように感じられ、多少の空腹感はあるが食事が喉を通りそうにもなく、メイドに軽食を頼む気にもなれなかった。


 騎士からは定期的に報告を受けており、お母様とソフィアに危害は加えられていないということを聞いて一安心できた。


 けれど、あれから既に10分以上経つがこのスパイラルを抜ける手段が思いつかない。


 俺の醜態に付き合ってくれているメイドに感謝と申し訳なさを感じると同時に、今日は寝付けないだろうと嘆いていると扉がノックされた。


「ランス。入ってもいいかしら」

「どうぞ。お母様」


 お母様の言葉に弱弱しく答えると扉が開かれ、お母様が部屋に入ってきた。


 その表情はとても悲しそうで、俺を見るなり俺のところに走って来た。


「ランス。大丈夫よ」


 お母様は俺の右隣に座り、バケツを抱えている俺の右手に軽く右手を重ね、左手で背中を優しく摩ってくれた。


「何があったか聞いたわ。でも、もう大丈夫よ」


 お母様に優しく声をかけられると徐々に落ち着く。


 この様子を見て、左隣に座っていたメイドは席を立ち、後方に下がった。


 その後はお母様がひたすら俺を落ち着かせてくれ、10~20分すると完全に落ち着いた。


「ありがとうございます、お母様。大分落ち着きました」

「よかったわ。ランスが襲われたと聞いたから直ぐにでもランスの所に行きたかったけれど、安全が確認されるまでは部屋から出ないでって騎士に言われたから来ることができなかったの。遅れてしまってごめんなさいね」

「いいえ。お母様に非があるわけではありませんので」


 俺はお母様に罪悪感を持たせないよう言葉をかけたのだが、お母様の気は晴れないようだ。お母様は不安そうな表情を浮かべていたが、ふと何かひらめいたような表情を浮かべた。


「ランス。今日は私の部屋で寝ましょう」

「その提案はとても嬉しいですが、俺は1人でも大丈夫ですよ」

「けれど、この部屋は臭いがきついわよ。こんな中眠れないでしょう?」


 確かに、部屋には嘔吐の臭いが充満している。これでは眠れそうにない。


「わかりました。今日はお母様と一緒に寝ます」

「ありがとう。それじゃあ、着替えを済ましてから私の部屋に来てね」

「はい」


 俺は着替えを済ませるとお母様の部屋に向かい、一緒に寝たのだった。

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