第20話 戴冠式の朝
翌日。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、眩しさに目が覚めてしまった。
体を起こすと、右隣に寝ているお母様と、その隣に寝ているソフィアが見えた。2人ともまだぐっすりと寝ているので起こさないようにベッドから降り、バルコニーに向かい、昇る朝日を眺めた。
空は手前から奥に向かって徐々に明るくなっており、
そのような太陽が俺を激励しているのか、それとも「お前に国王が務まるはず無い」と威嚇・侮辱しているのかは分からないが、俺は情熱的な太陽の光を全身で受け止めた。
山の端から街へと視線を下ろすと人々が既に活動を始めている様子が見える。胴体程の大きさの麻袋を両肩に抱えて運ぶ大男や、焼き立てのパンを店頭に並べる婦人、木剣を振り回す騎士など朝から活動的な人々が各々のやるべき事に取り組んでいる。
その一方で道の傍に尻をついて寝ている者などもいる。恐らく、
そんな事を考えていると声がした。
「ランス。おはよう」
「お母様。おはようございます。起こしてしまいましたか?」
俺はバルコニーから部屋に戻り、お母様に顔を合わせた。お母様は口に手を当て、
「そんなことないわよ。それにしても、今日は早いわね」
「はい。緊張のせいか目が覚めてしまいました」
欠伸をしたからか、お母様の表情が
「そうだったの。緊張しないはずないよね」
「はい。けれど、この緊張はお披露目の時のように体が動かなくなるほどのものではないので問題ないと思います」
「それならいいわ。今日は一生に一度しかない大事な日なのだから。かっこいいランスを見せてね?」
「はい! お母様」
俺とお母様の会話で目が覚めてしまったのか、ソフィアも体を起こした。
「ぉはよぅござぃます。ぉかぁさまぁ。ぉにぃさまぁ」
「おはよう、ソフィア」
「おはよう。ソフィアは目覚めが悪いのですね」
「そうなのよ。ライオノールと3人で寝た日の朝はいつもこうで、私とライオノールが朝起きて話をしているとソフィアがゆっくり目を覚ますけでも、今の様にぼうーっとしているの」
「ソフィアにこのような一面があったのですね」
すると、ソフィアが寝ぼけながら俺に抱き着いてきた。
「お兄様。大好きですぅ」
ソフィアがいつになく大胆な行動をとっている。
これまでにソフィアが甘えることは何度もあったが、ここまで大胆だったことはない。これも、朝が原因なのかな?
「俺もソフィアのことが好きだよ」
「大好きではないのですか?」
「大好きだよ。ソフィア」
「お兄様。私もです」
ソフィアは俺のお腹に頬すりをしてきて、幸せそうな笑みを浮かべている。
「ソフィアってこんなにも甘えん坊なのですか?」
「私にはこれくらいのことをよくするわね。ランスには初めてなの?」
「はい。抱き着いて頬すりするようなことは今までにはありませんでした」
「朝だからこんなにも大胆になってしまったのかしら?」
ソフィアが俺のお腹に頬すりをするので、俺はソフィアの頭を撫でることにした。
ソフィアが覚醒したのはそれから10分後のことだった。
「おっ、お兄様。わ、私……」
「おはよう。ソフィア」
「おはようございますぅ……」
ソフィアの頬が急激に紅潮し、大変なことになっている。
「おっ、お兄様。さっきは……」
「気にしてないからいいよ」
「ですが……私はなんて大胆なことを……」
ソフィアが慌てふためいている。朝から忙しい妹だ。
「ソフィアも起きたことだし、朝食にしましょうか。ランスとソフィアは自分の部屋で着替えておいで」
「「はい」」
ソフィアはいつもより高い声で返事をし、その後速足で部屋を出て行った。
ソフィアが私室へと向かったので、俺は着替えのために私室へと向うことにした。
* * *
私室に入り、
「ランス様。マリアです」
「入っていいよ」
「失礼いたします」
マリアが部屋に入ってくると一礼をして話し始めた。
「おはようございます、ランス様。本日は国王への即位おめでとうございます」
「おはよう、マリア。そしてありがとう。今日が戴冠式なのだと思うと緊張してきたよ」
「ランス様なら国王を立派に勤め上げることができます。そのように気負うことはありません」
「そう言ってくれてありがとう。マリアは俺が国王になるなんて考えたことあった?」
「はい。私はランス様にお仕えする前、ヘルマン様にお仕えしておりました。その頃からヘルマン様は
「マリアはそう思っていたのか。俺は成人すると城から追い出されるだろうと思っていたから、『城を出たら何をして生きていこう?』って考えていたよ。『農民になってゆっくり過ごしたいな』なんて考えたこともあったよ」
「そうでしたか。けれど、ランス様が農民になるなんて想像できません。ランス様は異種族の言語を話すことができるので、通訳士になっていたかもしれません」
「確かに。そのほうが現実的かも」
「話が長くなてしまいますのでこの辺りで失礼いたします。お召し物と洗面器はこちらに置いて行きます」
「ありがとう。マリア」
マリアが部屋から出て行ったので着替えをし、食卓へ向かった。
* * *
食卓には既にお母様とソフィアがいた。
「ランスも来たので、食べ始めましょう」
お母様がそのように言い、食べ始めた。
それにしても、朝俺が食卓に来るといつもお母様とソフィアがいるんだよなぁ。どうして俺より準備が早いのだろうか?
それより、さっきまで知らなかったソフィアの一面を知ることができたので
「そういえば、ソフィアは朝が弱いんだね」
「お兄様! さっきのことは忘れてください!」
「私には毎朝抱き着いているのだから、あれくらい普通のことではないのかしら?」
「お兄様に抱き着くなんて、普通のことではありませんよ!」
「俺は嬉しかったよ。普段からもっと甘えてもいいんだぞ」
「そんなこと言わないで下さい。あれは
「ソフィアは俺とハグしたくないのか?」
「そ、そういうことを言っているのではありません!」
ソフィアは膨れっ面をし、俺を睨みつけてくるがその表情がまた可愛いのだ。怒っているのに可愛いって、反則じゃない? 反省する気が失せてしまうよ。妹ってこんなにも可愛いものなの?
ソフィアを揶揄うと可愛い反応をしてくるからもっと揶揄いたいと思うが、今日はこれくらいにしておこう。
「ごめんね。お願いだいから、許して」
「私にだって恥ずかしいことの一つや二つあるのですから、それを使って私を揶揄うのはやめてください」
「わかった。今日はもう揶揄わないよ」
「今日で終わらせないで下さい!」
「ランスもそのあたりにしてあげて。ソフィアが可哀想だよ」
「わかりました」
「ソフィアも早く食べ進めましょう。今日は忙しいのだから」
「はぃ」
ソフィアは食べ進めたが、その顔はまだ曇っている。あとで埋め合わせをする必要がありそうだ。
* * *
食事を終えると着替えに取り掛かった。
衣装は国王のものだった。本当に全年齢の服があるのだなぁ。
国王の衣装を着てみたものの、全然似合わない。王太子の衣装は子供向けなのか今着ている服に比べ
8歳の俺が化粧をする必要は無いので、空いた時間はこの前と同じように古代エルフ文字の教本を読むことにした。
ノックをして返事をもらうと部屋に入った。
「失礼します」
部屋の中には着替えを終えたお母様とソフィアがいた。
お母様は比較的濃い青を基調としたドレスを着ている。襟や裾には白のレースがあしらわれ、
ソフィアは真っ赤なドレスを着ている。白いイブニンググローブと水色の髪の毛が真っ赤なドレスと
「お母様。ソフィア。とてもお似合いです」
「ありがとう。ランス」
「そのなことを仰っても私の気は晴れません」
俺のお世辞はソフィアのお気に召さなかったようだ。朝食の時に揶揄われたことを根に持っているようだ。
「悪かったって。許してちょうだい」
「今日はお兄様にかつてないほどの怒りを覚えています。もう、お兄様に口を利きません」
「そっ、それは……」
ソフィアに口を利いてもらえないなんて、耐えられない。ソフィアの今の発言で俺のライフはかなり削られてしまった。
俺は
初めての妹に嫌われるなんて、考えてもいなかった。
お願いだから、これが嘘だと言ってくれ!
すると、前方から笑い声が聞こえてきた。
「おっ、お兄様が私の言葉で気落ちする姿を初めて見ました! やはり、お母様が言ったことは本当でした」
「ランスはソフィアに嫌われるなんてことになったら耐えられないにきまっているでしょう。だって、妹思いのお兄ちゃんなんだもの」
どうやら、俺はソフィアに揶揄われていたようだ。
「ソフィア。よくも俺を揶揄ったな」
「先ほどの仕返しですよ。お母様の入れ知恵でお兄様を
「ランスは揶揄いすぎたからね。お仕置きしようかと思ったけど、『私の言葉よりソフィアに嫌いと言われるほうがランスのためになるのかな?』って思ったの。」
「はい。ソフィアを揶揄いすぎたことを反省しています」
「ソフィア。ランスに揶揄われたら『お兄様なんて嫌いだ!』って言うのよ」
「はい。お母様」
これで、俺はソフィアを
こんなことを考える酷い兄だと我ながら思うが、これって兄なら普通のことだよね? そうだよね?
「さぁ。準備は整いました。ランス。ソフィア。式に向かいましょう!」
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