第21話 戴冠式

 3人で部屋を出ると式典が行われる謁見の間に赴いた。


 これまでにも謁見の間に行くことは数回あったが、玉座のある階段の上に立ったことはなく、いつも階段下のレッドカーペットの横で控えていた。


 お母様とヘルマンもレッドカーペットの横に控えていて、階段上に上っていたのはエルマだけだった。


 その階段上に俺は今日初めて上ることになる。


 謁見の間に近づくにつれ徐々に動悸が激しくなり、気を緩めたらすぐにでも倒れそうなほど足に力が入らなくなっていた。


 それでも俺は覚悟を持って謁見の間へ足を進めた。


 謁見の間の扉の前に立つと、いつもの如く控えていた騎士が声を上げた。


「国王陛下、王太合殿下、ソフィア様のご到着」


 扉が開かれると、そこにはいつものように頭を下げた大臣、副大臣、数名の役人と騎士、魔法師、メイドがいた。


 大臣、副大臣、役人はレッドカーペットの側に立ち、騎士と魔法師、メイドは部屋の端に並んで立っている。


 騎士の何人かはラッパを吹いている。近衛騎士団はラッパも吹けるのか。これには驚いてしまった。


 レッドカーペットは長いため、扉から数十メートの左右には誰もおらず、その先に大臣、副大臣、役人が控え、その先に玉座がある。


 副大臣たちとはまだ一度も話したことが無い。副大臣も他国とつながっていたりするのかな? 大臣や副大臣が他国とつながっているって、この国かなりヤバいことになっているんじゃない? 手を打たなかったらすぐに潰れそう。彼らが他国に組みしていなければいいのだけれど……。


 お母様が先頭を進み、その右斜め後ろに俺が、左斜め後ろにソフィアが並んで大臣たちの前を通っていった。ソフィアは階段下で立ち止まると俺とお母様は階段を上った。


 階段を一段一段上る。上る速さは決まっており、騎士が吹くラッパの音に合わせなければならない。そういうわけで、俺はお母様とラッパの音に合わせて階段を一段一段上った。


 十段程の階段を上り終ると、俺とお母様は左右に分かれて歩き、レッドカーペットの幅程度の距離が離れたらタイミングを合わせて前方に振り返った。


 振り返るとそこには頭を下げる大臣たちがいた。


 王族主催子供のパーティの時の踏み台はそれほど高くなかったが、ここは大臣たちより2~3m程高い位置にある。ここに立つと大臣達を従えている感じがする。見かけ上の話ではあるが。


 騎士たちが切りのいいところまで吹き終えると部屋には静寂が訪れ、おごそかな雰囲気になった。


「面を上げなさい」


 お母様の一言で皆が顔を上げ、レッドカーペットの傍らに立っている者たちは玉座に注目した。


「これより第27代国王ランスの戴冠式を執り行います」


 戴冠式を取り仕切るのは国中で最高権威を持つ女性と決まっている。


 戴冠式で冠を被せるのは聖職者が多いのだが、この国ではこのような制度をとっている。聖職者が冠を被せるというのなら、メリス教などの宗教の司祭が妥当であろう。実際に、メリス教国やダリア共和国ではメリス教の司祭が取り仕切っている。しかし、この国では永年メリス教聖職者による戴冠式を行っていない。理由は定かではないが、永年このような制度をとっているのだ。


 お母様の始まりの言葉の後、4人のメイドが玉座に続く階段の正面向いて左端を一列になって上り、俺たちと同じところにまで上ってきた。


 メイドのうち1人が王冠をのせたトレイを、もう1人がマントを乗せたトレイを持ち、残りの2人は何も持っていない。


 お母様が一歩前に踏み出すと俺に声をかけた。


「ランス。前へ」


 お母様の言葉を聞き、俺は一歩前へ進むと左ひざをついてしゃがみ、右手を左胸に当てて頭を下げた。


「ランス。貴方は如何いかなる時も国の為、国民の為に働き、その身が尽きるまで国に仕えることを誓いますか?」

「はい。誓います」


 俺は心の中でこの言葉を反芻はんすうさせた。


 誓いとはとても重いものだ。


 前世でもスポーツ大会の選手宣誓や入社式で宣誓が行われたが、ブラック企業ではこの言葉を利用して社員に労働の使命感を負わせる。それ程誓いの言葉は重いのだ。


 考えてみると、「その身が尽きるまで国に仕える」とは「お前は死ぬまでこの国の奴隷だ」と同義のように思える。俺はこの国の奴隷になってしまったのか。生活待遇は良いので奴隷とは似て非なるものだが、これだと前世とあまり変わらないなぁ。まぁ、今はお母様とソフィアと3人で幸せな暮らしを送る事ができているのでこの事については目をつぶろうと思う。


「よろしい。それでは其方そなたに冠をさずけ、国王に任命します」


 すると、王冠をのせたトレイを持つメイドがお母様の隣に立ち、お母様が王冠を持ち上げた。


 俺は先程から姿勢を変えずにいる為、前屈まえかがみな姿勢をとっている。そこで、お母様が俺の頭の上に冠を授けると俺は頭を上げ、冠が落ちないよう気をつけた。


 冠を授かると俺は立ち上がり、1人のメイドが持っていたマントを残りの2人のメイドが俺に着せた。


 ちなみに、王冠とマントも子供用があり、俺が今身につけているものは子供用だ。大人用の王冠を被ることなんてできないものだからね。


「皆さん。今ここでランスが誓いの言葉を述べ、国王に就きました」


 お母様の言葉で場内の人達は拍手をした。


 これで戴冠式は終了し、俺はお母様とソフィアと一緒に退場した。


 戴冠式で国王の挨拶は行われず、国民への挨拶や戴冠パーティーで行わる。この場で発言できず寂しい思いをしてしまったが、緊張のためその思いはすぐに消えていった。


 

 * * *



「ふーっ。おわったー」

「ランス。戴冠式が終わったくらいでこんなに疲れた顔をして。今日一日体力が持つのかしら?」

「お兄様には堅苦しいことを嫌がるきらいがありますので仕方のないことだと思います」


 だって、前世では(高給取りではあったが)平社員だったんだよ?


 たった8年で庶民の、将又はたまた社畜の感覚が抜けるはずが無い。


「この後は国民に挨拶して、大臣たちとパーティーか。長いな~~」

「そうね。今日はランスにとって大変な一日になるでしょう。ジーク達を呼ぶことはできないですし、大臣達の相手をしないといけませんし。頑張って」

「国民への挨拶はすぐに終わるからいいけど、パーティーがねぇ。面倒だなぁ」


 どうして大人はパーティーや飲み会が好きなのだろうか。


 前世でも上司に無理矢理居酒屋に連れていかれたな。学生時代はその手の連中との一切の関係を絶っていたのでそのような面倒事とは無縁の生活を送ることができたのだが、社会人になるとそういった誘いを断ることができなかった。時間外労働の手当てを上司に請求しようかと思ったこともあった。


「なんだか、今日のランスはいつも以上におじさん臭いわね」

「そうですね。退役した歴戦の猛者が酒場でほろ酔いした時のようです」


 まぁ、精神年齢はそれくらいなので当たっている。


「そんなこと言わないで、もっとシャキッとしなさい。戴冠式は一生に一度しかないのだから、格好をつけるのよ」

「はい。お母様」


 力なく返事をしてしまったが、気合を入れるために両頬を手でバシッと叩いた。



 * * *



 謁見の間での式の後はお母様とソフィアと3人でお喋りをし、時刻は12時前となった。


 扉をノックする音が聞こえると、「マリアです」と声がしたので、入室の許可を出した。


「失礼いたします。まもなく国民へのお披露目のお時間となります」

「ランス。次は国民の皆さんに挨拶しないとね」


 国民への挨拶。これは貴族や大臣への挨拶と同じくらい大切なものだ。


 国民への挨拶を失敗してしまうと反乱が起きかねない。また、反乱を鎮圧したとしても他国に逃げてしまう可能性もある。そうなるとこの国は他国に攻められ、隷属することになるだろう。やはり、民衆の力はあなどれない。ピューリタン革命しかり、フランス革命しかり、革命とは民衆の力によって引き起こされる。この国民への挨拶を引き金に国民の不信感や憤怒が高まり始め、沸点に達すると革命が起こるかもしれない。


 それに加え、俺はまだ8歳だ。国民が俺に見切りをつけるには十分な理由になり得る。


 こうしたペジミスティックpessimisticな考えをしながら俺は城門へと一歩一歩足を運んだ。(先程考えていた事は俺の挨拶が余程酷いもので無い限り起こらないと冷静に考えればわかるのだが)


 城門の上に上る。城門の後方に立っている為城門の目の前に立つ国民は見えないのだが、遠くにいる国民は見えている。1週間前のお披露目の時は遠くにいる国民まで見ることができなかったのだが、今は見えている。おそらく、十万以上の国民がここに集まっているのだろう。


 お母様は前に進み、この場に集まる国民全員がお母様を見上げることができる位置に立った。それと同時に俺は魔法の詠唱を始めた。昨日・一昨日に打ち合わせた通りのことだ。


 お母様が国民の前に立つと騒がしかった国民は静かになり始め、10秒程すると話し始めた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。先程謁見の間にて第27代ラノア王国国王ランス・ド・ラノアの戴冠式が終了しました。式典ではランスがその身尽き果てるまで王国に尽くすことを誓いました。その言葉を今一度国民の皆さんに聞いて欲しいと思います」


 お母様は数歩後ろに下がり、俺が挨拶する番になった。


浮遊フライ


 俺は浮遊魔法を自分の体にほどこすと城壁の床から50cm程のところに浮かび、前方に進んだ。


 少し風が強い為マントがなびいており、宙に浮かんでいるその様は箔がついている。その為、ランスの姿にこの場にいる全員が言葉を失って注目することになっている。


「こんにちわ。皆さん。この度ラノア王国第27代国王に就いたランス・ド・ラノアです」


 俺が第一声を上げても誰も反応しない。俺が宙に浮いていることに余程驚いているようだ。


「父は18歳という若さで国王に即位しましたが、私は父よりもさらに10年早く即位することになりました。8歳の子供が国王に就くのはかつてないことです。

 一般的な8歳の子供は親元で仕事を習い、時には手伝いをし、空いた時間には外で近隣の子供と遊ぶものだと聞いています。

 しかし、私は友達と共に過ごす時間をとることができませんでした。貴族の子供は各領土に散っており、会う機会はそうそうありません。

 けれど、友達と遊ぶはずであった時間のほとんどをこれまで勉学に費やしてきました。教養、地理、政治、経済に始まり剣術、体術、兵法、魔法、魔術などといった戦術の座学と実習を積み重ねてきました。 

 そして、先日古代魔術言語を習得し、こうして浮遊魔法を使いこなすことができるようになりました。

 魔法だけではありません。地理、政治、経済の授業も一通り終え、国政に携わる為に十分な知識を習得しました。

 こうして私の努力の成果の一端を皆さんにお見せすることができてとても嬉しく思います。

 8歳の子供が国王に就任し、この国を牽引けんいんすることに多大な不安が付きまとうことは当然のことです。

 しかし、私にはこの国を動かすために十分な素養があります。そこで皆さん、どうか私を信じてください。

 この国は現在苦境に立たされています。この状況で王国を、国民を守るためには皆さんの力が不可欠です。

 私は王国を、そして何より国民の皆さんを守るために全力を尽くしていく所存です。どうか皆さん私についてきてください」


 最後の一言を言い終えるとスピーチの初めから続いていた静寂がより一層深くなった。


 しかし、一人の騎士が鉄の手を叩きだし、その無機質な響きを引き金に拍手が有機的に広がって行った。


 その様子はさながら波の無い水面に一滴の雫を落とした時に作られる波状のようで、一人の拍手がもう一人の拍手を呼んでいる。


 どうやら、俺の演説は成功したようだ。国王としての始まりが成功で始まったことを喜ぶと同時に、国民の期待を裏切らない政治を行っていこうと思った。



 * * *



 挨拶が終わるとお母様とソフィアが俺の両サイドに立ち、3人で1,2分程国民の拍手に手を振って応えた。


「ランス。格好よかったわ」

「お兄様。素晴らしい演説でした」

「ありがとう」


 お母様とソフィアのお眼鏡に適ってよかった。


 しかし、俺は演説中「信じてください」と話した。俺は国民のみんなに無条件に「俺を信じろ」と話したことについては胸が痛む。俺は浮遊魔法を実演したが、実際の国政に魔法は使われないのであり、実質的に俺は国民を信じさせるための根拠は何も示せていないのである。


 それに、「信じる」とはとても曖昧なもので、不確定要素の多い未来に対しての賭けである。今後どのように国を運営していきたいのかマニフェストを国民に公表せずに国民の精神に訴えたのだ。そう考えるとこのような手段しかとることができなかった自分が嫌になり、二度と同じ手段をとりたくないと思った。


「さあ。国民への挨拶を終えたことだし、最後の仕事の準備をしましょう」

「はい。ソフィアはパーティーに出席しないから今日の仕事はもう終わりね」

「お母様とお兄様と一緒にお仕事できないのは残念ですが、頑張ってきてください」

「「ありがとう。ソフィア」」


 気分が晴れないなか、俺は大臣たちがいるパーティーへと向かった。

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