第22話 戴冠パーティー
戴冠パーティー。
大臣や副大臣、役人たちとまともに会話をする初めての舞台だ。
戴冠パーティーは昼間に行われる。立食形式のパーティーで、軽い昼食をつまみながら各々が会談をする。
その会場に向かっているのだが、予想していた以上に足が重い。
今日はジーク達がいない為、お母様と大人の相手をしないといけない。それに、お母様がずっと俺の側にいてくれることは不可能であるだろうから、一人で相手しないといけない時間が出てくるであろう。
前にも話したが、前世でも上司に飲み会に誘われ、上司を”よいしょ”しなければいけなかった。あのような悪しき慣習は早くなくなって欲しいものだ。
しかし、誰かに
けれど、このパーティーでは俺は”よいしょ”される側である。8歳の俺が”よいしょ”されてもあまり嬉しくない。それに、大臣たちは俺を利用できるか見極めに来るであろう。8歳の子供ということで摂政を名乗り出て
「ランス。そんなに暗い顔をしてどうしたの?」
「大臣たちがどのような人たちなのか心配で……」
「そうね。ライオノールは
お父様は力尽くで黙らせていたのか。どんな手段をとったのだろう?後でお母様に聞いてみよう。
「ランスなら大丈夫よ。大臣達が何と言おうとも言葉でねじ伏せてみなさい! 今までランスを見てきてランスけど、大人のように振る舞うことができることを私は知っているのだから、大丈夫よ」
「ありがとうございます」
お母様に激励されたものの不安は
* * *
「国王陛下、王太合殿下のご到着」
例の言葉に続いてホールの扉が開かれ、場内へと進んだ。
そこには頭を下げた数十人の国の役人がおり、ホール正面にある階段上へと向かう。
この場にいるのは大臣、副大臣、大臣の推薦があった十人ほどの役人のみで、
皆頭を下げているが、俺は身長がまだまだ低い為大臣たちは頭を下げても俺の顔を覗き見ることができる。
実際に、数人ほどの大人が俺を覗き見ており、俺は彼らの眼の奥に何を宿しているのかが不安でたまらなくなった。
今の自分は疑心暗鬼になっていると思う。お父様が亡くなって以来、大臣たちが他国に通じていないかとずっと考えていて、こんなにも彼らを疑ってしまって申し訳ないという気持ちも少しは感じている。
そんななか俺はお母様と足を進め、階段に上り、踊り場に上ると振り返った。
「面を上げよ」
お父様の真似をしてこの台詞を言ってみた。8歳の俺は変声期前のため声が高く、全くもって威厳が無い。精神年齢は40を超えているのに自分が大人ぶった子供にしか思えず、悔しくてたまらない。
「今日は私の戴冠を祝してくれてありがとう。俺は皆と話をしたり仕事をしたことはないが、明日からは共に働くことになる。見ず知らずの人と共に働くとなると相手との距離感が分からず、仕事の能率は落ちてしまうことになりかねない。
そこで、今日のパーティーで皆がどういった人柄で、どういったことを趣味にしているかなどといったことを知り、明日から滞りなく国を運営できるようにしたい。私は皆に積極的に話をかけるつもりだが、皆も何か話したいことがあれば
俺が挨拶を終えるとホール中から拍手が鳴り響いた。
とはいえ、国民への挨拶の時の様に品の無い、耳を刺激するような拍手は聞こえず、皆軽く手を叩く程度で拍手をし、乾いた音が鳴り響いている。
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は財務大臣を務めさせていただいておりますカースと申します。この度は即位おめでとうございます」
「初めまして、カース。そしてありがとう」
「久しぶりね、カース」
カースは小太りのおじさんって感じで、顔はあまり格好良くない。中年オヤジって感じの人だ。
大臣を務める者は貴族の次男や三男である為、苗字があるのではないかと思う人もいるかもしれないが、この国では家督を継げない貴族の子供は成人と同時に苗字を名乗ることを禁止される。また、貴族の後継者に指名された男性と結婚する女性は男性の苗字と同じ苗字を名乗ることになる。これは、結婚相手の女性が平民であっても苗字を名乗ることになるのである。
ここで、新たに一人カースの横に現れた。
「初めまして、陛下。それとお久しぶりです、王太合殿下。私は外務大臣を務めさせていただいておりますオルトと申します。この度は即位おめでとうございます」
「初めまして、オルト。そしてありがとう」
「久しぶりね、オルト」
オルトも小太りのおじさんって感じで、カースと違うのは身長が高いという点である。おそらく、185cmあるだろう。俺とは50cm以上差があるので、首を上にあげないといけず、今夜は首が凝るだろうなと考えてしまった。
「カースとオルトは古くからの知り合いだったりするの?」
「はい。私とオルトの領は隣り合っていましたので、子供の頃よく合っていました」
「そうだったのか。どこの領なんだ?」
「私がセレン領で、カースがライア領になります。我々はフィーベル公爵領内に住んでいましたので、フィーベル公爵が主催するパーティーにはよく一緒に行きました」
2人ともフィーベル領出身なのか。子供の時に友達と頻繁に会えるというのは
「そうなのか。子供の時に頻繁に会うことのできる友達がいたというのはいいな。私も王都の近くに住む貴族と親しくなれないか声をかけてみるが、なかなか気の合うものがいなくてな。困っているところだ」
「そうですか。ですが、親しい友達がいるとさぞ心強いでしょう」
すると、向こうからまた一人こちらに歩いてくる者がいた。
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は漁業大臣を務めさせていただいておりますシリウスと申します。この度は国王への即位おめでとうございます」
「初めまして、シリウス。ありがとう」
「久しぶりね。シリウス」
シリウスは他の2人に比べるとスラっとした体型をなしており、それに加えて適度な筋肉があるため健康的な体つきである。
「シリウス。お前も来ていたのか」
「何を言っているんだい、カース。俺は漁業大臣なんだからここにいて当然だろうが」
「そういうことを言っているんではない。今日が陛下の戴冠式だということを忘れて、寝過ごさなかったのだなと一人嘆いていただけだ」
「何故俺がここにいることを嘆くのだ?! 俺らは昔からの仲ではないか。オルトもそうだろ?」
「昔からの知り合いだと私は認識しております」
「それは酷くないか?! お前が木に登って降りれなくなった時、誰が助けたのか覚えているだろ? その時の恩を忘れたのか?!」
「さぁ? そのようなことはありましたっけ? 近頃物覚えが悪くなってきているので、古い記憶は思い出せそうにありませんな」
「嘘をつけ! 本当は覚えているんだろうが!」
「こら。陛下の前でみっともないぞ。陛下、大変申し訳ございません。後でこいつを
「俺をこいつ呼ばわりするとは酷いぞ! カース!」
3人は仲がいいようだ。大人になってもこうして突っ込みあう仲なのだ。前世でもここまで親しくなった間柄はいなかったので、とても
「3人は仲がいいのだな」
「そんなことありませんよ。私とオルトは仲がいいですが、シリウスは腐れ縁です」
「そうですね。シリウスとの縁は切ろうに切れませんからね。困ったものです」
「お前ら。いい加減にしろ!」
ここまで騒ぎ立てたためシリウスは少し息を荒げていたが、息を整えてから話し始めた。
「まったく。陛下への初印象が悪くなったではないか」
「我々に非はありませんので、そのようなことを言われても困りますな」
「そうですね。オルトの言う通りですな。それより、陛下の前でみっともない態度を晒してしまったというのにこのまま立ち去るつもりかね? 明日から陛下に小言を言われても我々は素知らぬふりをしますぞ」
「それもよくないな。陛下。私はよく2人に
「それは興味深い話だ。機会があったら話を聞きたいな」
「シリウスは俺とカースがしでかした話を出しにするのか。少しは賢くなったではないか」
「そうだな。俺らの策に幾度とかかっていたあの時よりましになったな。成長したな」
「いつまで俺を揶揄えば気が済むんだ。陛下。これ以上ここにいても2人に揶揄われるだけのようですので、俺はこれにて失礼させていただきます」
「陛下。我々も失礼させていただきます。後続が待ちそびれているようですので」
「陛下。これにて失礼いたします」
「あぁ。また会おう」
そう言うと3人は階段を下りて行った。
その道すがら、やはりシリウスは2人に揶揄われていて、拳骨をしたり、背中を叩いて笑ったりと愉快な様子を見せていた。
3人の仲の良さを羨んでいると、今度は2人のおじさんが俺の目の前に現れた。
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は法務大臣を務めさせていただいておりますロビンと申します。この度は国王への即位おめでとうございます」
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は経済大臣を務めさせていただいておりますエリックと申します。この度は国王への即位おめでとうございます」
ロビンと名乗った男はほっそりとした体型で、その上眼鏡をかけているため博識そうな人である。実際に法務大臣を務めている為、本当に賢いのかもしれない。
一方、エリックと名乗った男はかなり太っており、カースより太っている。頬と首には
「初めまして。ロビン、エリック。そしてありがとう」
「ロビンもエリックも久しぶりね」
「2人も昔からの知り合いなのか?」
「はい。私がキヌア領出身で、エリックがシルベ領出身であります。どちらもカナート公爵領にありますので、子供の頃はよく一緒に時間を過ごしていました」
「そうですぞ。我はロビンと一緒に勉強したり遊んだりしましたぞ。パーティーの時はいつも共に行動しているのだ」
「それなのに、私とエリックでどうしてここまで体型が異なってしまったのかは長年の謎ですがね。陛下には心当たりありますか?」
確かに。子供の頃からの仲だというのにここまで体型に差が出てしまうとは。2人の間に何かあるのかもしれないな。
「それは、エリックが
「陛下もそう思いますか。エリック。少しは食を減らしたらどうか?」
「そんなこと言わないで下さいよ。食は俺の唯一の生き
まぁ、食が生き甲斐という人にとって食事制限というのは心底辛いであろう。だが、食を生き甲斐にし暴飲暴食に踏み込んだ結果メタボリックシンドロームとなってしまった人に俺は同情できない。暴飲暴食をするとそうなってしまうことが分かっていて自己管理できない人間なんて救う余地が無い。その為、メタボリックシンドロームの人に対して何かしらの行政サービスが優先的に行われていた前世の日本社会の不条理には長い間不満を感じていた。
「それより、陛下。本当にお一人で政務をなさるつもりですか? 8歳の御身が政治をするには大変ではないでしょうか?」
「それもそうなのだが、数年後には一人でできないようになっていないといけないことなのだ。今から始めるに越したことはない」
「そんなこと言わないで我に頼ってもいいのですぞ。なんなら、我に一任してもいいのだぞ」
あぁ。やっぱりこういう人がいた。お父様の時には力尽くで黙らされていた為不満を感じていたようだが、国王が俺に代わり、下心を現わにする輩がいたか。俺はエリックに失望してしまったが、その態度をあまり表に出さないよう注意して返答した。
「いや。お母様のご助力もありますので、お断りします。それに、実際の国営に携わりたいと以前から思っていたので」
「そうだぞ。エリックも少しは言葉遣いに気を付けたらどうだ。エリックには後程きっちり言い聞かせますので、この場は見逃してくださいませんか?」
「あぁ。俺も事を大きくするつもりはまったくないから」
「ありがとうございます。これ以上陛下にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、これにて我々は失礼させていただきます」
「そんなこと言うなよ、ロビン。もう少し陛下とお話ししようではないか」
「あれほど
「おい! 離せー!」
エリックはロビンに首根っこを掴まれ、引きずられるように去って行った。
エリックという男は今後も要注意人物だな。あいつは実権を握ろうと画策しているに違いない。
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は軍務大臣を務めさせていただいておりますボナハルトと申します。この度は国王への即位おめでとうございます」
「初めまして、陛下。そしてお久しぶりです、王太合殿下。私は農業大臣を務めさせていただいておりますバルブと申します。この度は国王への即位おめでとうございます」
最後にやって来た大臣はボナハルトとバルブ。
ボナハルトは軍務大臣ということだけあって、その容姿はまさに
もう一人、バルブという男はすらっとしており、何だか学者のように感じる。農業大臣と言っていたが、本当に農業の経験があるのだろうか?
「初めまして。ボナハルト、バルブ。そしてありがとう」
「ボナハルトもバルブも久しぶりね」
「2人は一緒にここに来たけど、子供の頃からの知り合いだったりするの?」
「いいえ。我々はともにアウルム公爵領内の男爵家出身の者ですが、パーティーで顔を合わせる程度の仲だったのです。こうして話すようになったのは副大臣に任命されてからですな」
「そうですね。パーティーで何度か話したことはあったのですが、踏み込んだ話をできずに終わっていましたね。副大臣になりボナハルトと会議前や後に話すことがありましたので、その後一緒に酒を飲んだりして今のような関係になりました」
「そうなのか」
この2人も仲がいいようだ。大臣内の派閥としては、
〇カース(財務)、オルト(外務)、シリウス(漁業)
〇ロビン(法務)、エリック(経済)
〇ボナハルト(軍務)、バルブ(農業)
って感じだな。派閥争いは
大臣内の派閥について考えていると、バルブが話しかけてきた。
「ところで、陛下の趣味は何でしょうか?」
「そうだな。暇なときは本を読んでいることが多いな」
「本と言いますとどのような本ですか?」
「いろいろな分野の本を読んでいるから一概には言えないのだが、文学は結構好きだ。最近ソフィアが『小さな王子様』を読んでいた為感想を述べあう機会があったのだが、あの作品は大好きだな」
「陛下もそう思いますか! 私もあの作品は大好きで、子供の頃に何度も読んでおりました。王太合殿下とは感想を述べあったこともありました」
「お母様も読んでいたのですか?」
「えぇ。私もあの作品はとても好きなの」
お母様は微笑みながら答えた。
「でしたら、先日俺とソフィアが感想を述べあっているときに会話に入ってきたら良かったではないですか」
「あの時は時間が無かったから……」
「それもそうでした。それで、お母様はどの場面がお好きですか?」
「そうね。私は王子がいた世界を見つけたペテン師の話かな。大人は物事を数字で捉えようとするけど、その本質的なことを知ろうとはしないということを述べた場面が一番印象的ね。物事を客観的に認識することは大事だけど、主観を忘れてしまっては物事を表層でのみ判断する
おおっ。思っていた以上に深かった。
ここで、ふと疑問に思ったことがあった。
「そういえば、『小さな王子様』は誰が書いたのでしょうか?」
「そうね。作者について考えたことはなかったわ」
「私も知りませんな。この本は魔王が現れる以前からあると思われますが、その時代の記録はほとんど残っていませんからね。探すのは難しいでしょう」
そうなのか。まぁ、調べることができないことを調べても意味ないからね。これ以上考えても仕方ないや。
「私だけ話に入ることができず、すみません」
あっ。ボナハルトのこと忘れていた。
「ボナハルトはこの話を呼んだことはあるかね?」
「いいえ。我は幼いころから武術に励んできましたので、そういった教養を学ぶ時間は短かったのです。最低限のことは学んでいるのですが、それ以上のことは……」
「そうか。すまんな」
何だか悪いことをしたように感じた。
「そろそろ後続に譲らないといけませんので、我々はこれにて失礼させていただきます」
「そうか。すまんな、ボナハルト。後で話をしよう」
「はい。その時はよろしくお願いします」
そういって、2人は去って行った。
その後も副大臣や数人の役人が挨拶に来て、一人一人と話をしていると1時間ほど経過していた。
* * *
パーティー参加者全員が挨拶に来た後はホールを回り、色々な人に声をかけて2時間程過ごした。
時間になるとパーティーのお開きを宣言し、ホールから退出して着替えに向かった。
「ランス。お疲れ様」
「お疲れ様です。お母様」
「大臣達とちゃんとお話しできたね。よかったわ」
「ありがとうございます。けれど、目を離してはいけない人たちもいましたので、心配です」
「そうね。特にエリックは心配ね。何かしでかさなければいいのだけれど……」
エリックか。あいつから目を離すと
「まぁ、今考え事をしても妙案が出てくるとは思えないわね。着替えをしたら一緒にお茶を飲みましょう」
「そうですね。着替え終えたらソフィアを呼んで中庭でお茶をしましょう」
そう言ってお母様と別れ、着替えの後は3人でお茶を飲んで談笑し、リラックスしたのだった。
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