第18話 紅潮

 訓練場で俺の魔法を披露した後、先ほどの応接室に戻った。


「それにしても、殿下の魔法は見事でしたぞ。これなら、稀代きたいの王として国民に信頼してもらえるでしょうぞ」

「そうですね。これなら国民は殿下の即位を喜んでくれるでしょう」

「そうね。ランスの晴れ舞台で国民が不満げな表情をするのは気分が良くないですものね。ランスに何か魔法を使ってもらうことにしましょう。それで、アウルム公爵、カナート公爵。2つ目の話は何でしょうか?」

「それについてですが、ただの報告にすぎません。うちのハイドとサリー、そしてカナート公爵のジークとフレアを王都に住まわせることにしました」


 えっ!


 4人が王都に住むの?!


 これなら、頻繁に4人に会える!


「そのようなことをしてもいいのですか? 子供を自分のもとから離れた場所で住まわせては心配で身が持たないのではないですか?」


 お母様がアウルム公爵とカナート公爵を見て尋ね、それにアウルム公爵が答えた。


「そうですが、4人が自ら望んだことですのでそうさせることにしました」


 4人が望んだこととはいえ、大切な子供時代を親元離れて過ごすのだ。そのような代償を払ってもいいのか俺は4人に問いかけた。


「ジーク、ハイド。王都に住んでも大丈夫なの? お父様とお母様と一緒に暮らせるのは子供の時だけなんだよ? 今の時間を大切にするべきだよ。」

「それもそうだけど、家にいても同年代の友人と会う機会はなかなか無いからここにいたほうが楽しい気がするんだ」

「そうですとも。それに、ここにいても勉強はできますので問題はありません」


 ジークとハイドがそう答えた。


「フレアとサリーも大丈夫なの?」

「はい。いずれ親元を離れることになりますので、早いに越したことはありません」

「そうですよ。それに、私たちが王都にいるとランス様に会う機会が増え、楽しい時間を過ごすことができますよ」


 フレアとサリーも王都に住む決断を変える意思はなさそうだ。これ以上俺が言っても無駄であろう。そういうわけで、俺は4人の厚意に甘えることにした。


「そこまで言ってくれるならこれ以上言わないよ。王都に残ってくれてありがとう! 俺も嬉しいよ」


 4人の決断を聞いて、お母様が改めてアウルム公爵とカナート公爵に尋ねた。


「アウルム公爵、カナート公爵。本当にいいのですか?」

「えぇ。ですが、ここまでして子供たちを王都に住まわせるので、くはそいういうことで……ね?」

「わかってますよ、カナート公爵」

「私からもお願いします」

「わかりました、アウルム公爵。まったく、御二人とは昔からの仲なので何も心配はないのですが、そうでなかったらここまでしませんからね」

「「ありがとうございます」」


 お母様とアウルム公爵、カナート公爵は嬉しそうに微笑んだ。


 どうやら、ここで婚約が――非公式ではあるが――成立したようだ。まぁ、今までフレアとサリーと時間を過ごしてきて彼女たちの性格に問題が無いことはわかっているのでいいのだが……まったく、この世界の大人は子供を政治の道具としか思っていない。この考え方を一新したいものだ。


 ここで、アウルム公爵が話を切り出した。


「最後の話ですが、2ヶ月後の子供のパーティーは開かれるのでしょうか?」

「今のところ、パーティーを開催するということで話を進めているわ」

「そうですか。そういうことでしたら、私たちは明日、領に戻らさせていただきます。そして、ハイド達が王都で生活するための準備を整え、2ヶ月後のパーティーに合わせて引っ越しさせたいと思います」

「私もパーティーの前にジークとフレアが引っ越しできるよう準備を進めます」

「わかりました。これから忙しくなるけれど、よろしくね」


 話が一段落したので、俺はお母様に話しかけた。


「お母様。そろそろジーク達と砕けた話をしてもいいですか?」

「そうね。今日はその為にも皆さんを呼んだのだから。サロンにでも行ってきなさい。カナート公爵とアウルム公爵もそれでいいですよね?」

「えぇ。問題ありませんぞ」

「はい。私も久々に我々3人で話をしたいですし」


 そういうわけで、俺はジークたちを連れてサロンへ向かった。



 * * *



 サロンに着くとマリアに茶の準備をお願いし、俺たち5人は丸テーブルを囲んで座った。


 すると、ジークが話し始めた。


「それにしても、ランス様ってあれほどの魔法を使えたんだね」

「まぁね。けれど、剣術・体術はそれほどなんだ。ジークには勝てないと思う。ハイドに勝てるかも分からないなぁ」

「武術に関していえばジークは頭一つ抜けているからね。将来は近衛騎士団に入団してもいいと思うよ?」

「それはできないことだ。兄弟は俺とフレアだけだから、俺はお父様の跡を継がないといけないよ」

「それなら、お父様とお母様に『弟が欲しい』っておねがいしてはどうだろうか? 公爵の跡取りを弟に押し付けてしまえばいいのではないか?」

「それだと、公爵になることが面倒事の様に聞こえてしまうな。まぁ、俺は公爵になる覚悟はできているから問題はないが」

「お兄様なら素敵な公爵になれますよ」

「ありがとう、フレア」


 ジークとフレアがお互いに顔を見て笑いあい、2人のストロベリー空間がこの場を支配し始めていた。目の前で兄妹愛を見せつけられた俺ら3人は少しの間呆然としてしまったが、この空気をすぐに壊すためにサリーが話し始めた。


「それにしても、ランス様は国王になるのですか。8歳で国王になるのはどんな気分なのでしょうか? やはり、緊張するのでしょうか?」

「いや。国王って言われてもまだ実感がわかないなぁ。『国王になったら好きな勉強や読書をする時間が減ってしまうな』って思うことはあるけど、それ以外には特にないな」

「そうですか。国王に就くと自分の時間が減ってしまいますよね。私はそういった役職に就くことはないでしょうから、役職に就くときの気持ちを知りたいです」

「そんなことありませんよ。サリーも先ほどの私たちの親を見ていたでしょう? ナナリー様に『行く行くはお願いします』なんて言っていたのだもの。そういう覚悟をしておかないといけませんよ」


 確かに。フレアとサリーは俺と婚姻を結ぶことになるだろう。フレアにはそう言った覚悟が既にあったようだが、サリーは忘れていたようだ。


 すると、サリーの顔が徐々に紅潮し、しばらくするとルビーの様に真っ赤になってしまいうつむいてしまった。


「あれ? サリーにはそういう自覚は無かったのかしら?」

「あ、ありましたよ! ただ、改めてそのように言われると恥ずかしくなっただけですぅ……」

「フレア。それくらいにしてあげて。サリーが可哀想かわいそうだよ」

「そうだぞ。サリーはああいう顔を滅多にしないんだから」

「俺はサリーのああいった顔を見ることができて嬉しいよ」

「お兄様! それはひどいです!」


 ハイドはサリーににらまれた。今日家に帰ったらサリーに怒られ、大変なことになるだろう。いと憐れなり。


「それより、ランス様だって先ほど恥ずかしがっていたではないですか?!」

「サリー。それを今言うのか?!」

「そういえば、ランス様はナナリー様に頬すりされて照れていましたね。可愛かったですよ」

「あぁ。頬を緩めながらもナナリー様の頬すりを拒絶する様は面白かったぞ」

「そうですね。ランス様は3年前から変わりませんね」

「あああぁぁぁぁぁ! 忘れてくれ―――!」


 俺はあまりの羞恥に頬が紅潮してしまい、顔を両手で隠してしまった。


「可愛らしいランス様を見ることができたので、私はフレアを許します」


 結局、この場で傷を負ったのは俺だけだった。


「それはそうと、今後どういったかんじになりそうなの?」

「ジーク。それはどういうこと?」

「『これからランス様はどのように国政を進めるつもりなのか』という意味だよ」

「そうだね。問題は沢山あるけど、ひとまずお父様とお母様がこれまでにしていた仕事の引継ぎを進める感じかな。まぁ、3分の1くらいは既に終わっているけど」

「もうそこまでしていたのですか……いつから始めていたのですか?」

「昨日からだよ」

「もうそこまでしていたのですか……」

「仕事の引継ぎが終わったら各領地の会計報告書の見直しとか色々とやりたいことがあるよ。でも……」

「「「「でも?」」」」


 そう。大きな問題が残っている。


 ダリア共和国からの工作員が城内にいるのだ。


 国の機密情報もきっとダリア共和国に筒抜けになっているのだろう。


 この状況を如何いかに対処したらいいのか悩ましい。


 まず、誰を信用したらいいのか全く分からない。大臣や貴族の中に工作員と手を組むものもいるかもしれない。これは慎重に進めないといけないようだ。


「いや。何でもない。」

「そうですか。困ったときはいつでも相談に乗りますぞ」

「ありがとう、ジーク」


 別に、ジーク達を信用していないわけではない。カナート公爵やアウルム公爵、ましてジーク達がダリア共和国に通じているはずが無い。


 しかし、何も証拠がない状況で4人を悩まさせるのは良くないことだと思っただけだ。


「それで、会計報告書の見直し以外には何をしたいのですか?」

「学校を作りたいと思うんだ」

「「「「学校((ですか))?」」」」


 ”学校”という言葉を聞いて皆一様に小首をかしげた。


「あぁ。学校というのは子供たちが勉強をする場所だ」

「勉強ですか?」

「何故そのような場所を作るのです?」


 フレアとサリーが尋ねた。


「今、この国には国政に携わる人が少ないねしょ?その理由の1つに、国政に携わるだけの能力を持つだけの人が全然いないことがある。国政について学ぶことができるのは貴族の子供くらいだからね。だから、それだけの能力を持つ人を国が育てればいいと思ったんだ」

「そうですか」


 サリーが理解したのかしていないのか分からない相槌あいづちを打った。


「それに、俺は国民全員が読み書きと算術をできるようにしてもらいたいんだ。読み書きできるだけでも分からないことが減るし、それに算術ができると国民が貴族に税金を払うときにちょろまかされていないかわかるねしょ?」

「確かに。この2つは大切な気がしますぞ」

「具体的な計画はもう立てたのですか?」


 ジークが俺の考えに同意し、ハイドが尋ねてきた。


「いや。これから計画を立てていくつもりだよ。けれど、これが実現すると優秀な人材が長期にわたり安定的に供給できるからすぐにでも始めたいんだ」

「そうですか。私はランス様の話だけでは学校がどういったものなのか思い浮かびませんが、完成したものを楽しみにしています」

「そんなこと言わないでよ、フレア。協力してもらえると嬉しいな」

「わかりました。いつでもお声をかけてください」

「我々にも是非ぜひ協力を仰いで下さい。いつでも手助けしますぞ」

「俺とサリーもその計画に是非とも協力したいです」

「ありがとう、皆」


 その後数十分の間5人で与太話をした。



 * * *



 ジークたちが帰るときには6時になっていたので、そのまま夕食となった。


「お母様、お兄様。今日カナート公爵とアウルム公爵に会われましたね? どのような話をしたのですか?」

「ライオノールが亡くなってその次の王がランスだと先日国民に発表しました。まだ8歳のランスが国王になると知った国民は不安に襲われるでしょう。その不安をどのようにして拭ったらいいのか話し合っていたの」

「具体的な方法は決まったのですか?」

「とりあえず、ランスの得意魔法を披露してもらうことになったわ」

「お兄様の魔法ですか? お兄様の魔法が素晴らしいということは聞いていますが、実際に見たことはありませんのでどれ程素晴らしいのか想像つきません」

「そうよね。ランスはとってもすごい魔法師なのよ。今日、浮遊魔法を披露してくれたわ」

「浮遊魔法ですか?! この世界で使える人は片手で数える程度にしかいないというあの浮遊魔法をですか?! お兄様、すごいです!!」

「ありがとう、ソフィア」


 ソフィアはまるで自分のことの様に喜んでくれたが、しばらくすると顔が少しゆがんだ。


「お母様は空を飛んだのですか?」

「えぇ。訓練場にて私を飛ばしてくれたわ」

「お母様だけずるいです! 私も空を飛んでみたいです」


 ソフィアが駄々をこねた。ソフィアが我儘わがままを言うことは滅多にないことなので嬉しくなった。妹に甘えられるのはとても嬉しい。妹を冷たくあしらう前世の男達の気が知れない。


「いいよ。明日一緒に飛ぼうね」

「明日私に付き合ってくださるのですか?! ありがとうございます!」

「ランス。明日は戴冠式の準備で忙しいのだから、そんなことをしている暇は無いよ」

「そんなことありません。20分、30分程度なら時間を作ることができますよ。それに、久しぶりにソフィアの我儘を聞いたので、叶えてあげたいのです。無理な願いではありませんしね」

「わかったわ。ソフィアもランスを困らせないでね。ランスはこれから益々ますます忙しくなると思うから今のようにランスに我儘を聞いてもらう機会は減っていくだろうから」

「はい。お母様」


 そんなこんなで今日一日を終えたのだった。

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