第17話 浮遊魔法

 翌日。


 今日やるべきことは特にない。


 そういうわけで、気の向くままに本でも読もうかと思っていたが嬉しい知らせが来た。


 ドアがノックされ、マリアが入室しようとしたので許可を出した。


「失礼いたします」

「マリア、どうしたの?」

「先ほど、カナート公爵とアウルム公爵より来城の申請が来ましたので、ご報告に参りました」

「そうか。希望の日程はなんと?」

「手紙を預かっておりますので、こちらをご確認ください」


 マリアに差し出された俺宛の手紙を受け取り、封を解いて読んだ。


 内容は、「話したいことが2,3ある」ということと、「気分転換にジークたちと話してはどうか?」というものだった。


 「早ければ今日の午後にでも登城できるので、今日・明日にでも戴冠式前にリフレッシュされてはどうか?」とも書かれてあり、とても嬉しい内容だった。


 ジークたちも来てくれるのか。ここ数日は忙しくしていたため、気晴らしにちょうど良い。


「そうか。お母様と相談して決めたいから、お母様に会いに行くね。今どこにいるかわかる?」

「現在、ナナリー様は執務室におります」

「わかった」


 その後、お母様の執務室へと向かった。



 * * *



 ドアをノックし、入室した。


「どうしたの? ランス」

「話があるのでここに来ました」

「そうなの?それじゃあ、そこに座って話しましょう」


 俺がソファーに座ると、昨日同様お母様は俺の右隣に座った。


「それで、話って何かな?」

「アウルム公爵とカナート公爵より手紙を受け取ったので、まずは目を通してください」


 そう言うと、お母様は手紙を読み流した。


「そうね。ランスは皆に会いたい?」

「はい。4日前に城に来てくれた時、本来なら4人と遊ぶはずでしたができませんでしたので、是非4人に会いたいです」

「そうね。明日は戴冠式の準備で大忙しだから、呼ぶなら今日の午後ね。急なことだから大したおもてなしはできないけど、2人とは旧知の仲だから今日くらい問題ないでしょう。いいわよ。今日の午後に呼びましょう」

「ありがとうございます。お母様」


 そういうわけで、午後に4人に会うことになった。



 * * *



 お昼を食べた後は本を読んだ。


 政務に関していえば、戴冠式前にお母様から教わらないといけないことは昨日のうちにすべて教わったので、今日は特にすることはない。というわけで、本を読むことにしたのだ。


 本はお披露目前にも読んでいた古代エルフ文字の教本。エルフ文字で書かれているので人間語の書物より読者スピードが幾分か落ちてしまい、まだ五程度しか読めていない。


 といっても、この本は1200ページ以上ある為、五といっても数十ページは読んでいるのだ。


 文法は現在のエルフ語に少し似ている。地球で例えると、平安時代の古文と現在の日本語くらいには似ている。つまり、文構造が似ているだけで、単語やその他の品詞の用法が異なるのだ。この教本は最初の1割で文法の解説がなされており、日本の高校古典教育でいうところの用言・助動詞の意味と活用が解説されている。残りは単語辞典になっており、文法を学び終えたら古代エルフ文字で書かれた書物を読み、単語を覚えていくつもりだ。


 といっても、古代エルフ文字を学んでいるのはこれを使って魔法や魔術を使うためであり、これを使って日常会話をしたり、メモや本を書くつもりはない。その為、古代エルフ文字を完璧に覚えた後は古代エルフ文字を用いた魔法詠唱の文法や魔術陣の書き方を学ばないといけない。古代人間語の時と同じ要領でやればいいはずなのだが、どうもうまく進まない。これからは政務に励まなければならないので、この文字を使って魔法や魔術を使えるようになるには10年弱の時間がかかりそうだ。


 3時頃まで本を読んでいると、ドアがノックされ、マリアが入室した。


「失礼いたします。カナート公爵とアウルム公爵が到着されました。公爵家の方々は応接室にお連れしました」

「そうか。それじゃあ、行くか」



 * * *



 応接室の前にお母様の執務室に寄り、一緒に応接室に向かった。


「「「「「「おはようございます。ナナリー様。殿下」」」」」」

「おはよう。アウルム公爵、カナート公爵。ジーク達もおはよう」

「おはよう」


 挨拶の後、お母様が4人に腰をかけるよう指示した。俺とお母様もソファーに腰を下ろしたところで、お母様が2人に尋ねた。


「それで、アウルム公爵、カナート公爵。話とは何でしょうか?」


 すると、アウルム公爵が話し始めた。


「えぇ。話は3つあります。1つ目は、国内の情勢がとても不安定なものとなっております」

「そうでしょうね。ランスはまだ8歳ですもの。こんなに小さい子供が国王になっても大丈夫なのか心配になるのは当然でしょう。それに、ライオノールをあやめたのはダリア共和国の第二王女エルマですもの。ダリアが敵になったのは明白のことで、いつ攻められるのか気が気でないでしょう」

「仰る通りです。その為、何かしらの策を講じる必要があるかと思います。殿下への不信がこのまま高まり続ければ内乱に発展しかねません」

「そうね。ランスが国王の器に足りることをどうしたら示すことができるでしょう?」


 これから実績を示していけばいいだけのことだと思うが、それまで国民の平静がもつかどうかが問題だ。国民に認められる前に内乱が起きてしまえばそこまでの話だ。俺とお母様、ソフィアの命は無いだろう。


 数分の間沈黙が続き、お母様が前触れもなく話し始めた。


「ランスのとっておきの魔法を見せるのはどうでしょう?」

「殿下の魔法を見せるのですか? 城の者から殿下の魔法はとても強力なものだと聞いておりますが、それほど強力なものなのでしょうか?」

「カナート公爵が疑うのも無理はないはね。ランスはまだ8歳ですもの。けれど、ランスはこの国で1番の魔法師・魔術師なのよ」


 隣に座るお母様は俺の両肩を掴み、頭に頬すりをしてきた。


「お母様。やめて下さい。人前では自重して下さい」

「人前じゃなければいいんだね」

「そういうことを言っているのではなくて……」

「そうして照れるランス、可愛いですよ」

「ジークやハイドが目の前にいるので、やめて下さい!」


 ここまで言ってもお母様は頬すりをやめなかった。


「アウルム公爵。我々は一体何を見せられているのだろうか」

「えぇ。我々を目の前にして子供を甘やかすナナリー様と照れを隠せずにいる殿下なんて……一国の側室が御子息にほだされることがあっていいのでしょうか?」

「そうだな。これまで陛下とナナリー様と我々の4人で茶話ちゃわをするときも我々の目の前でお二方が殿下とソフィア様のご様子を怒涛どとうの勢いで話してこられたが、まさか我々の目の前でこのような姿を見せるまで重症化していたとは……何かして差し上げるべきだろうか?」

「いいや。我々にできることは何もないだろう。この親バカっぷりを治すには物理的にお二人を離す他にあるまい。もう手遅れかと」

「そうか。明晰な頭脳を持つアウルム公爵でも難しいことなのか」


 俺とお母様を物理的に離すなどというたわけた話しを聞き、不機嫌そうな顔を浮かべながらお母様が口を開いた。


「お二人とも、何か言いましたか?」

「いいえ。ナナリー様の子育てが順調であることを喜ばしく思っていただけです」

「そうですとも。殿下の健やかな成長を見ることができて嬉しい限りです」


 そんなことを言っているが、2人の顔はとても強張こわばっており、吹き出して笑い出さないよう堪えている様子が目に見えていた。


「カナート公爵。その顔だとランスの実力を疑っているのですね」

「そんなことは(ンフッ)ありませんぞ(ンフッフッフッ)」

「アウルム公爵も『可愛らしい息子にほだされ、目が曇ってしまったのか』と言わんばかりの視線を向けていますね」

「それは滅相な(ンフッ)ことでございます(ンフッフッフッ)」


 そう言いながら2人は顔を下に向け、お母様に敬意を示しているようだが、その実は笑みを隠しているのだとここにいる全員がわかってしまった。体をピクピク動かせているのだ。わかって当然だ。


「2人とも、言葉と表情が一致していませんね。こうなったら、ランスの魔法を見せるしかないですね。これから訓練場に行きましょう」

「ナナリー様。そこまでむきにならなくてもいいですぞ」

「カナート公爵。何を今さら言っているのですか? 私のランスはとってもすごいんだから、見せてあげたいと言っているだけなのよ? 王妃の誘いを断るのかしら?」

「私はそのようなことを言ってはおりませんぞ。ただ、ナナリー様が(ンフッ)、殿下へ際限のない(ンフッ)愛情をかけていると思うと(ンフッフッフッ……)」

「もう笑うな! いいからついてきなさい!」


 お母様はそう言うと俺の両肩を掴んで前に押し、訓練場へと向かうことになった。


 後ろからついてくるアウルム公爵とカナート公爵はずっと笑いを堪えていた。ジーク達もお互いに顔を見て笑い合っていたが、きっとお母様に照れていた俺のことを笑っていたのだろう。今思い出すと、とっても恥ずかしい。穴があったら入りたい。



 * * *


 

 近衛魔法師団の訓練場に着くと、団員に頭を下げられ、近くの者がサラを呼んできた。


「おはようございます。殿下、ナナリー様、アウルム公爵様、カナート公爵様。本日はどのような御用向でしょうか?」

「ランスの魔法をアウルム公爵とカナート公爵に見せたいの。2人にランスの魔法がいかに凄いのか言葉で説明しようとしたけど信じてくれなかったから、実際に見せることにしたんだ。だから、少しの間訓練場を使わせてもらえるかしら?」

「はい。どうぞお使いください」


 サラの言葉を聞き、訓練場の一角に空いたスペースに赴くとお母様が俺に魔法を撃つよう促した。


「さぁ、ランス。思いっきりの魔法を見せつけなさい」

「わかりました。とりあえず、火柱を上げますね」


 お母様に期待されているのだ。その期待に応えようと多くの魔力を込めた。


 詠唱を始めた。といっても、この魔法も詠唱短縮に成功しているので、魔法の固有名称を唱えるだけで行使できるが。


 勿論もちろん、固有名称は古代魔術言語だ。体内の魔力を精密に動かし、高い魔力運用力でもって詠唱短縮できるよう心掛けた。


火壁ファイアー・ウォール


 詠唱すると、高さ5mの炎が幅10m以上にわたり広がった。


 これはなかなかの出来だ。消費した魔力もこれまでで一番少なく、自分の中で納得のいくものができてよかった。


「こっ、これは……」

「もしや、古代魔術言語……」


 公爵たちは語彙力が死んでしまっているがしょうがない。まぁ、8歳の子供が近衛魔法師団長クラスの魔法を使えるのだ。このような異端児が存在して良いのか一考してしまうものだ。


「殿下。また腕を上げましたね。素晴らしい魔力運用でした」

「サラもわかった? これは今までで一番の出来だったんだ」


 俺とサラがほのぼのとした会話をしているため忘れてしまいそうになるが、古代魔術言語はこの国でここにいる2人しか使えないのだ。他国においても同様の話で、古代魔術言語を使える魔法師・魔術師が存在しない国だってあるのだ。このような魔法をポンポン撃たれては国が滅んでしまいかねないほどのものであることを忘れないでいただきたい。


「どうです? 私のランスはすごいねしょ!」

「えぇ……まさか古代魔術言語で魔法を使えるのなんて思いもしませんでした」

「この国に古代魔術言語を使える魔法師はサラ殿しかいませんので、殿下が使えるのを見てこれが現実なのかと疑ってしまいましたぞ」

「ランスは基本5属性はすべて古代魔術言語を使えるのよ。なんなら、今から見せてもいいのよ」

「基本5属性すべて古代魔術言語だと……」

「いいえ。今ので殿下の実力がわかりましたので、結構です」


 ジーク達を見ると、皆目を丸くしていた。


 そういえば、ジーク達に俺の全力の魔法を見せるのは初めてだったよな。驚いて当然か。


 それはさておき、古代魔術言語と言えば重力魔法も使えるようになったんだ。せっかくの機会だし、お母様に見せたいなぁ。


「お母様。1,2週間前に重力魔法も使えるようになったんですよ」

「そうなの?! ランスったら、益々ますますたくましくなるのだから……折角せっかくだし、見せてくれない」

「喜んで!」


 そう言って、俺は重力魔法の詠唱を古代魔術言語で唱えた。


 重力魔法は古代魔術言語を勉強して始めて使えるようになるため、成功したときはとても嬉しかった。


 10秒ほど詠唱して最後に魔法の固有名称を唱えた。勿論、古代魔術言語でだ。


浮遊フライ


 詠唱を終えると、俺の体は地から離れ、10cmほど上昇したところで停止した。


「こっ、これは……」

浮遊フライだと……」


 古代魔術言語を使えるのは国に1,2人程度だというのに、その上特殊属性を使えるのは本当に数が少ないだろう。そういうわけで、重力魔法を使える魔法師は世界に1,2人程度しかおらず、生きているうちに目にする機会はほとんどないだろう。


「そうだ! 皆で一緒に浮遊しましょう!」

「そんなこともできるの? それではランス、お願いできるかしら?」


 そういうわけで、自分にかけた浮遊魔法を解除し、地に降りてから詠唱を唱えた。


 今度は俺以外にもお母様や公爵、ジーク達にサラも浮かせるので先ほどとは詠唱を変えないといけない。対象の指定やその情報をも詠唱するため、一度に9人を浮かばせるには先ほどの数倍の時間がかかった。


 1分弱の時間を経てようやく詠唱を終えることができた。


浮遊フライ


 詠唱を終えると、皆の体が宙に浮いた。


「おぉっ! これが浮遊魔法か。それにしても不思議な感覚だ」

「そうですね。宙で静止するとはとても不思議な感覚です」

「高さを自分で制御することはできないのですか?」

「あぁ。上下移動や平行移動は俺が制御する他ないんだ」

「そうですか。それは不便ですね」

「でも、こうして宙に浮く経験ができるとは思いもしなかったぞ」


 こうして、皆で宙に浮いたのだった。

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