第16話 索敵魔法

 翌日。


 お父様の葬儀が終わり、今日からは政務に励まなければならない。


 そういえば、無属性魔法の索敵魔法でエルマたちの居場所を特定できるかもしれない。


 今の自分が索敵魔法をどれだけの範囲で展開させることができるのか分からないが、試してみる価値はある。


 朝食を食べ終えると一人で庭園に向かい、索敵魔法の展開を始めた。


 方向は、ダリア共和国がある東方向。索敵範囲の角度は約50°に設定し、詠唱を開始した。


 普段は無詠唱でも行使できるが、大規模な魔法を行使するには高い魔力操作技術が要求されるので、詠唱を用いて魔力操作技術の不足分を補うのだ。


 考えてみると、詠唱というものは魔法を行使するのに必要な魔力操作技術を補うものなのかもしれない。それと同時に、体内の無属性魔力を各属性の魔力に変換するものであろう。今のところ、無属性以外の魔法を無詠唱で行使できないことからするに、このように考えることが妥当だろう。


 数十秒ほど詠唱し、索敵魔法を展開させた。


 ここからが索敵魔法の難しいところだ。魔力を一様に広げていかないといけない。半径数メートルほどならば簡単なことだが、今回はダリア共和国まで広げなければならない。同心円状に広げることができなければ索敵領域端の各場所から自分までの距離が異なってしまう為、方角が分かったとしても正確な距離を測れないのだ。詠唱を用いたので無詠唱よりは簡単な魔力操作で済むが、数百キロメートル先まで魔力を送るのは至難の業だ。そういうわけで、精密な魔力操作を心掛けた。


 展開させてから数十秒が経った。秒速数百メートルの速さで展開させているので、数分で見つけることができるだろう。


 数分経つと、エルマとヘルマンの魔力を感知できた。


 そこから少し先まで索敵魔法を展開させると、大きな湖が見えた。おそらく、アラ湖だろう。


 つまり、2人はもうすぐ国境を超えるのだ。もう、捕まえることは不可能だろう。


 すると、急に頭痛が襲いかかった。一度に大量の魔力を消費した為、その反動が起きてしまったようだ。


 いつもの訓練では、保有魔力量の3割程の魔力を消費する。本格的な実践訓練でも、目一杯使ってやっと5割である。この国の魔法師・魔術師で俺に勝てる者はいないだろう(エルマを逃したのはお父様のことが心配だったからであって、お父様の無事を確認できていたら逃すことはなかっただろう)。


 しかし、先程の索敵魔法で保有魔力量の3割を消費した。それも、一度にだ。急激な魔力欠乏により頭痛が発生するのはよくあることで、食事の直後に運動すると脇腹が痛くなるのと同じようなものだ。


 2人の居場所と目的地がわかっただけでも収穫だということにして、俺は頭痛がおさまるとお母様の執務室へ向かった。



 * * *



 お母様の執務室に向かう途中、サラが目の前から走ってきた。その様子はとても慌てている。何かあったのだろうか?


「おはようございます。殿下」

「おはよう、サラ。何かあったの?」

「先程、庭園の方から強力な魔力の反応がありましたので、近衛魔法師団総出で捜査に当たっております」


 そうか。前触れもなしにあんな巨大魔法を使うと驚いてしまうよね。4日前にお父様が亡くなったばかりだし、警戒しているのも当然か。


「ごめん。さっき、庭園で大きな魔法を使ったんだ」

「殿下の魔法でしたか。何をなられていたのですか?」

「索敵魔法でエルマとヘルマンの居場所を探してみたんだよ」

「そんなことをしていたのですか?! エルマ様とヘルマン様は既に数百キロメートル移動していると思いますが、そんな所にいる御二方を索敵できるのでしょうか?」

「できたよ。あと数時間でダリア共和国に入る所にいるよ」

「索敵できたのですか……流石さすがです」


 サラはあっけらかんとした表情で答えた。


「そういうわけだから、捜査はしなくていいよ」

「わかりました。部下に連絡して参ります。それと、大規模な魔法を行使する際は一声かけてください」

「わかった。慌てさせてごめんね」

「いえ。それではこれにて失礼いたします」


 そう言うと、サラは来た道を戻って行った。



 * * *



 お母様の執務室の前に着くとドアをノックした。


「お母様。ランスです」

「入っていいわよ」

「失礼します」


 部屋に入るとお母様か見えた。正面のデスクで政務をなさっている。


「そこに座って」


 お母様は目の前のソファーを指して言ったので、俺はソファーに座った。すると、お母様は立ち上がり、俺の目の前ではなく右隣りに座った。


「ランス。どうしたの?」

「魔法を使ってエルマとヘルマンの居場所を調べました」

「ランス、そんなことできるの?! すごいわぁ!」


 お母様は俺を抱き締め、頭に頬をスリスリしてきた。このままでは俺の髪の毛はボサボサになってしまう。


「お母様、やめて下さい」

「そうして照れるランス、とっても可愛いわよ」

「照れていません!」

「ムキになっているランスも可愛いわ」

「可愛くなんかありません!」


 この問答、ここ数日で何回もした気がする。でも、こうした会話ができる日常がとても楽しい。


 そういえば、4日前のお披露目パーティーの帰りの馬車でお父様とお母様が俺の頭に頬すりをしてくれたな。あの時の幸福感は至高のものだった。


 たった4日前にしてもらったことが空前絶後のものになったのだと思うと、涙が出てきた。


「ランス。大丈夫?」

「大丈夫です。ご心配をかけてしまい、すみません」

「いや。謝ることじゃないけど、本当に大丈夫?」

「はい。お母様に頬すりをしてもらい、嬉しさのあまり涙が出てしまいました」

「そうなの? 私の頬すりでそんなにも喜んでもらえて嬉しいわ。頬すりしてもらいたい時はいつでもお願いしていいからね?」

「ありがとうございます。お母様」


 お母様は最後に5秒程強く頬すりをすると、俺を離した。


「それで、2人はどこにいるの?」

「2人はアラ湖付近にいます。あと数時間でダリア共和国に入るでしょう」

「そうか。もうそんな所まで行ってしまったのか」

「追いかけるのは難しいでしょう」

「そうね。教えてくれてありがとう」


 お母様がにっこりと笑ってくれたので、俺も笑い返した。


 すると、お母様が心配そうな表情を浮かべた。


「ランス。何度も聞いたことだけれど、本当に政務を一人でこなすつもりなの?」

「はい。お母様の助けが必要な時はお願いしたいと思いますが、基本的に俺一人で会議や視察、監査、書類作成などすべての仕事をしたいと思います」

「そう。8歳の子供がやるようなことではないけど、大丈夫なの?」

「大丈夫です。これまでただ勉強をしてきたわけではありません。実際の政務について少しは知っています。それに、いつの日か俺一人でやらないといけないことなので、今のうちから始めておいて損はないでしょう」

「ランスがそこまで言うのなら私はこれ以上のことを言わないわ。頑張って」

「はい! お母様」


 お母様は心配そうな表情を顔から消し、この少し重たい雰囲気を変えるべく新しい話題を出した。


「それより、ランスはあと3日で国王に就くのよね。ランスが国王の衣装を身につけた姿を早く見たいわ」

「そういえば、俺の衣装はあるのですか?」

「ん? どういうことかしら?」

「過去に8歳で即位した国王はいないでしょう。俺の衣装は準備できているのですか?」

「それなら問題ないわよ。いつ、どんなことがあったとしても迅速に戴冠式や来客へのおもてなしを行えるよう、王族の衣装は予備が何着もあるのよ。それに、国王の衣装は1歳児用のものからあるのよ」


 まじか。国王の衣装って全年齢の分準備してあるのか。そういうところは抜かりないな。


「そうだったのですか」

「それより、政務の続きをしましょう。戴冠式の翌日からは会議が続くでしょうから、今のうちから準備しておかないといけないの」

「国政に支障が出ているのですか?」

「そんなことはないよ。ただ、これ以上遅れると大変なことになるってところかな」

「それって、かなりの支障が出ているのでは?」

「大丈夫よ。何とかなるわ。私も政務をするから、一緒に頑張りましょう」

「わかりました」


 その後、お母様と少しの時間政務をし、昼食を摂った。



 * * *



 昼食の後もお母様と一緒に政務に励んだ。


 こうして仕事をしていると気がまぎれるものだ。お父様が亡くなってまだ4日しか経っていないため悲しみが込み上げてくるが、こうして仕事をしていると何も考えなくて済む。前世でも、心を無にして仕事に取り掛かっていたため、仕事中に自分の不遇をかこつようなことは無かった。そういうわけで、俺は心を無にして仕事に取り掛かった。


「お母様。今までこんなにも沢山の仕事をお父様と2人でしていたのですか?」

「えぇ。かなり沢山あったけど、ライオノールと2人でやればなんとかなる量だったわよ」

「他に仕事をしてくれる人はいないのですか?」

「うん。こういった仕事をする人は他にいないの」

「それは、国庫に余裕がないからですか?」

「ちがうよ。国庫には余裕があるけど、これだけの仕事を頼める人がいないの?」

「つまり、人材不足ということですか?」

「そうね。ライオノールも人材の育成を問題にしていたわ。これだけの仕事を頼むにはそれなりの能力が必要だから、教育しないといけないの。けれど、そういったことを教えることができる人がいないの。城で勤めている大臣だって、貴族の子供がほとんどだもの。こうした仕事を教えるには貴族の力を借りないわけにはいかないっていうのが現状ね」


 そうか。この国には学校が無いものな。国民の識字率は1割もないだろうし、教養を身につけさせるためにも学校を作る必要があるだろう。数年から十年規模の大掛かりな計画になるけど、遂行したいな。


「そうですか。話は変わりますが、この国の子供たちはどういった生活をしているのですか?」

「そうね。農業や漁業に携わる人たちの子供は5歳くらいになると親と一緒に仕事をするわよ。商家や服屋、騎士、魔法師、魔導士、あとは錬金術師の子供は早いと3歳の頃から親や専門的なことが分かる人から教育を受けて、親の後を継ぐのが普通かな」

「そうですか」


 5歳から働き始めるのか。5歳から義務教育を始めると家の仕事に支障が出かねないよな。でも、義務教育はひつようだよな。せめて、文字と簡単な算術程度はできるようになってほしい。


「どうしてそのようなことを聞いたの?」

「人材が足りないのであれば、育てる機関を作ればいいと思いまして」

「そうね。でも、どこに、どうやってそんな機関を作るの?」

「この国に生まれたすべての子供に一定の期間教育を受けることを義務ずけ、各領地にそういった機関を作ります。期間内に一定の成果を上げたものを城で登用し、さらに専門的な教育を受けさせるという制度でどうでしょう?」

「そうね。貴族の子供といっても、皆が皆優秀っていうわけではないし、国民を育てるというのも一つの手だね。でも、そんなことできるの?」

「数年から10年ほどかかると思いますが、できると思います」

「そうね……」


 お母様は右手を頬に当て、何か考え事をしながら返事をした。


「それに、そういった機関を作り、人材が育つまでにも時間がかかりますので、人材不足が解消されるのはさらに数十年後の話になると思いますが、これからの王国のためにもやっておいた方がいいでしょう。それに、城で勤めると高い給料が得られますので、城で働きたくない者を除き国中の子供たちは努力を惜しまないと思います」

「そうね。競争させることで高い能力を持つ人材を育てることもできるかもしれないわね。大変そうな計画だけど、ランスはやりたいの?」

「はい。何が何でも遂行したいです」

「そうか。この国の王はランスなのだから、ランスがやりたいことをしたらいいと思うわ。頑張って」

「はい!」


 お母様がほがらかに微笑み、その笑みに対し快活に返事をした。


 資本主義に基づく競争社会は貧富の差を大きくするというデメリットがあるが、この世界には既に大きな貧富の差が存在する。なんて言ったって、奴隷が存在するのだ。彼らにもはや人権は存在しない。それに、平民と貴族では収入が全く違う。このような世界で競争社会を作り上げてもさらなる貧富の差は生まれないだろう。まぁ、教育を受けた国民が「王族や貴族は必要ない」などといい、革命が起きるかもしれないが。けれど、専制政治を行わない限りピューリタン革命やフランス革命のような内戦・革命は起こらないと思う。


 この国で革命が起きたら、それが歴史というものだろう。王族・貴族は皆殺しにされるであろうが、日本やイギリスのように象徴的存在になることだって可能だろう。そうなることを願って、これから善政を敷き、国民の象徴的存在になろうと決心した。


 そんなことを考えながらお母様と政務を続けた。

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