第15話 葬儀

 ジークたちが帰って行ったあとはお母様から葬式や戴冠式での作法を習った。


 今回はソフィアも同席するということで、2人で一緒に習った。


 ソフィアも礼儀作法の授業が始まっているので基本的なことは既に身につけており、お母様からの教えは1~2時間ほどで終えた。


 その後、ソフィアは私室へと戻り、俺はお母様から政務についての説明を受けた。


 お父様は本当に沢山のことに携わっていた。町の景観や各領の魔物による被害、税制見直しなど多岐にわたっていた。お父様がやっていたほとんどのことが的を射ていて、お父様が善政を敷かれていたことがすぐにわかった。



 そんなこんながあって、翌日になった。


 今日は国民へお父様の死去を知らせる日だ。


 というわけで、お披露目の日と同様、朝から城内は大忙しだ。


 城内の慌ただしさで目が覚め、体を起こすと椅子に腰を掛けた。


 外はまだ暗い。


 それに、雨が降っている。


 それも大雨だ。


 こんななか国民が城門前に集まてくれるだろうかと考えているとドアがノックされた。


「ランス様。マリアです」

「入っていいよ」

「失礼いたします」


 マリアがそう言うと、部屋に入ってきた。


「おはようございます。ランス様」

「おはよう、マリア」

「洗面器とお召し物を持ってまいりました。本日の国民へのお知らせは昼の3時より城門前にて行います」

「雨が降っていても行うの?」

「雨が降っている場合行いません。城の者が王都の各地にある掲示板に張り紙をして知らせます」

「わかった。ありがとう」


 その後、マリアはすぐに出て行ったので、俺は着替えて食卓へ向かった。


 食卓にはお母様だけがいた。


「おはようございます」

「おはよう、ランス」


 俺は席に着き、ソフィアを待った。


「それにしても、今日は酷い雨ですね」

「そうね。3時には止んでいるといいのだけれど。こういうときに王族が国民に顔を見せないようでは国民は益々ますます不安になるだろうから、私たちが直接お知らせできたらいいのだけれど」

「そうですね」

「それにしても、今日のソフィアは遅いわね」

「そうですね。この2日間で相当疲れているのでしょう。これからはソフィアのことを気にかけてみます」

「そうね。ソフィアはまだ5歳だもの。私もソフィアの側にできるだけいるようにする。ランスもお願いね」


 すると、ソフィアが入ってきた。


「おはようございます」

「「おはよう、ソフィア」」


 ソフィアも席についたので、朝食を食べ始めた。



 * * *



 朝食の後はお母様と政務をした。


 集中していたので気づいたときには12時を過ぎており、メイドが俺とお母様を呼びに来た。そこで食卓に向かい、ソフィアと3人で昼食を摂った。


 昼食の後は衣装に着替えた。


 着る服は一昨日来たものとは別の衣装だ。


 一昨日の衣装はまさに王族の威厳を国民に示すものであったのに対し、今日の服はとても地味だ。黒い布地に刺繍はなにも施されていない。8歳の俺が着こなすには難しい服だった。


 着替えを終えるとお母様とソフィアがいる部屋へ向かった。


 今日は訃報ふほうのお知らせということで装飾品も控えめなもので、化粧もとても薄い。というわけで、着替えの時間も一昨日より短かった。


 着替えの時間が短かったため、3時までまだ時間がある。


 ということで、部屋を変えて3人で話をすることになった。


「外は曇っていますね」


 お母様が外を見ながらそう言った。


「そうですね。雨が止んでくれてよかったです」


 ソフィアがそう言った。


 ふと、俺は疑問に思ったことを口にした。


「そういえば、2ヶ月後の子供のパーティーは開かれるのでしょうか?」

「そうね。ランスの戴冠パーティーに翌日にでも開こうかしら。貴族達もその方が都合がいいでしょうし」


 パーティーは開かれるのか。よかった。


「それはいいですね。国の雰囲気が悪くなる中、こういった催しまで中止にしてしまうと子供達は益々辛い思いをすることになるでしょう。ソフィアに知り合いがまだ1人もいませんので、友達を作る機会を奪いたくはありませんし……」

「パーティーは開かれるのですか?!」

「えぇ。今まで友達が1人もいなくて辛い思いをさせてきてごめんね。ソフィアもお友達ができたら城に呼んでもいいからね?」

「ありがとうございます! お母様」


 パーティーか。そういえば、俺はこれまでのパーティーでホールに降りて貴族の子供たちと話をしていたが、国王になって初めてのパーティーではどういった立場で参加したらいいのだろうか?


「お母様。そのパーティーに俺はどういった立場で出席すればいいのでしょうか?」

「そうね。国王に就いたとはいえランスはまだ子供だからね。私がホストを務めるわ。ランスはこれまで通りパーティーを楽しむといいわ」

「ありがとうございます」

「でも、ランスが婚約者を決めたらそんなことをする必要は無くなるわね」

「お、お母様! 俺にはまだ早いです!」

「そうかしら? 城によく2人の女の子を呼んでいるから、そんなことはないと思うけど?」

「お母様!」


 俺は恥ずかしさのあまり顔を赤くし、下を向いてしまった。


 まったく。俺はまだ8歳だというのにこんなことを話すんだから。


「ランス、可愛いわよ。」

「お兄様。とても可愛いです!」

「可愛いなんて言われて嬉しくない!」


 こういったどうでもいいことを3人で話していた。


 きっと、この非常時に日常を取り繕っているのだろう。


 お父様が亡くなり、この国の基盤が弱体化してしまったという事実に目を向けないといけないが、せめて今日・明日だけでも死者を弔いたいとお母様とソフィアも思っているのだろう。


 お父様が亡くなったため昨日は3人揃って暗い雰囲気をだしていたが、今はとても明るい雰囲気が俺たちを取り巻いている。もとい、明るい雰囲気を作り出している。


 それからしばらくの間3人で話に花を咲かせた。



 * * *



 時間になると3人で城門へと向かった。


 一昨日に城門に集められた国民はとても不思議そうな顔を浮かべていた。


「皆さん。今日は来てくれてありがとうございます」


 お母様の第一声で国民の視線がお母様に集まった。


「今日は大事な報告があり皆さんを集めました」


 すると、国民全員が不安な表情を浮かべた。


 不安な表情を浮かべて当然だ。この場にお父様がいないのだから。


「一昨日、ライオノール陛下はお亡くなりになりました」


 すると、国民の間に動揺が走った。


「エルマ第一夫人が夜に陛下の部屋を訪れ、水の魔術を用いて陛下の喉を水で満たし、呼吸できない状態を作りました」


 国民の間にはさらなる動揺が走った。そりゃあ、第一夫人が夫を殺したのだ。


「陛下の葬儀は明日王族と大臣のみで行います。城門には献花台を設置しますので、より多くの弔問をお待ちしております」


 お母様が一拍を置いて話し始めた。


「そして、法律にのっとり、ランスが国王に即位します。戴冠式は5日後に執り行われます。式の後は国民の皆さんにランスが挨拶をしますので、是非お越しください」


 そう言って、お母様は挨拶を終えた。


 国民を見ると動揺している姿が目に見える。「ランス様って、一昨日王太子に指名された方だよね?」、「たしか、8歳じゃなかったかしら?」、「8歳の国王がこの国を動かすなんて、この国は終わりだね」と話している。


 俺への信頼度がこれほどまで低いものとは思っていなかった。俺はまだ8歳なので多少の不満は予想していたが、まさかここまでのものだったとは……。これから結果で示していかないといけないな。


 まぁ、結果で自分の価値を示すことは俺の十八番おはこだ。前世から妬まれ続けた俺がいつもやってきたことだ。これまでと大差はない。


 俺とソフィアは挨拶をしないでその場を去った。結果的にお母様だけが挨拶をしたのだが、これでよかったのだろうか? 俺も一言二言話しておくべきだったのではないだろうか?


 そんなことを考えながら城へと戻って行った。



 * * *



 翌日。


 今日はお父様の葬儀の日だ。


 朝起きるといつものように部屋にある椅子に座り、窓から彼時かれどきの空を眺めた。


 今日は晴れだ。雲の量は空全体の2~3割ほどで、藍色と水色の中間色をした空が広がっており、手前から奥の空に向かって水色に近い明るい空になっている。


 この部屋は東向きで、この世界の太陽は東から上り、西に沈む。前世と同じだ。


 この誰は彼時の美しい景色を見ながらその方角にある国に思い馳せた。


 我が国の東にはアラ湖を挟んでダリア共和国がある。今頃、お婆様とヘルマン兄様――あのような人たちに敬称をつけたくはないので以降エルマとヘルマンと呼ぶことにする――はダリア共和国に入国したのだろう。


 お父様を殺して逃げるなんて、絶対に許さない。


 復讐してやる!


 俺は地平線から覗きだした太陽に決意表明をし、今日の葬儀に向けて心を決めた。


 しばらくの間昇る太陽をを見ていると、ドアがノックされた。


「ランス様。マリアです」

「入っていいよ」

「失礼いたします」


 マリアが部屋に入り、一礼した。


「おはようございます」

「おはよう、マリア」


 今日のマリアの服はいつもと少し違う。


 いつものメイド服は〝これぞメイド〟と言わんばかりの、可愛らしさと清楚さを併せ持ったものだが、今日の服は黒を基調したもので、白のような明るい色は一切使われていない。


「お召し物と洗面器をお持ちしました」

「ありがとう」

「本日は朝10時より城内の第3ホールにて陛下の葬儀が執り行われます。葬儀の後は棺を運び、埋葬式が行われます」

「わかった。どのくらい時間がかかるの?」

「埋葬が終わる予定時刻は午後1時となっております」

「わかった。ありがとう」


 マリアが「失礼いたしました」と言うと部屋から出て行ったので、顔を洗い、着替えると食卓へ向かい3人で朝食を摂った。



 * * *



 朝食を食べ終えると喪服に着替えた。


 衣装は全身黒だった。


 シャツは白だったが、パンツもジャケットも黒の単色で、ネクタイは黒に近い灰色だった。


 お披露目の時と同様、着替えには時間がかからなかったので、着替えの後は本を読んだ。


 これからは読書の時間も無くなるのだろう。古代エルフ文字の教本を早く読了したいのにできないのは残念だ。これも王族に生まれてきた俺の定めなのだろう。


 時間になるとお母様とソフィアと合流し、第3ホールに移動した。


 ホールには誰一人おらず、静寂に包まれている。


 正面にはお父様の棺があり、その真っ白な棺はホールの白い壁面以上に白く、この空間で異質な雰囲気を放っている。


 さらに、ガラス窓からは白い陽光が差し込み、ホール内はこの世のものとは思えない世界だった。


 俺とお母様とソフィアは入口に立ち、来る大臣たちに挨拶をした。



 * * *



 葬儀はつつがなく進行した。


 葬儀の後は棺を埋葬し、一連の式はすべて終えた。


 葬儀の後、大臣たちはすぐに帰って行ったので、俺とお母様とソフィアは私室に戻ることにした。

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