第14話 事後処理
10分ほど泣いて、大分落ち着いた。
「お母様。ありがとうございます」
「いいの。皆悲しいのだから。我慢しなくていいのよ」
俺はお母様から離れた。
「いいえ。もうすぐしたら大臣たちが来ますので、準備に取り掛かります」
「わかった。でも、無理しないでね。辛いときはいつでも頼っていいからね?」
「ありがとうございます。お母様」
「大臣たちと一人でお話しするの?私もついていくよ」
「俺は一人で大丈夫です。お母様はソフィアについてあげてください」
「ランスがそう言うならそうするわ。気を付けて」
「はい。お母様」
俺はお母様と別れ、私室に戻った。
* * *
私室に入り、ベッドに座って一息ついているとドアがノックされた。
「ランス様。マリアです」
「入っていいよ」
「失礼いたします」
そう言うと、部屋にマリアが入ってきた。
「ランス様。心よりお悔やみ申し上げます」
「あぁ」
「早速本題に入りますが、間もなく大臣、騎士団長、魔法師団長の召集が完了します。つきましては、お着替えをお持ちしました」
「ありがとう」
マリアがそう言うと部屋から出ていき、俺は着替えた。
着替えを終えると、再びベットに腰を下ろした。
お父様が亡くなったのか。
それも、継母に殺された。
原因は俺が王太子に指名されたから。
お父様はこの国のことを思って俺を王太子に指名した。
しかし、それが原因でお父様は殺されてしまった。
どうしてこうなったのだろう?
俺は好きで勉強してきたというのに。努力してきたというのに。他人を直接傷つけたことはないというのに……。
どうして俺を妬み、害する輩が現れるんだっ?!
お父様の死を振り返っていると
数十分も経つと涙が枯れ、喉がつぶれてしまっていた。
泣き疲れた俺は呆然として時間を過ごしていた。
「ランス様。マリアです」
急にドアがノックされた。どうやら、マリアのようだ。
「入っていいよ」
俺は枯れた声で返事をした。
「失礼します」
そう言って部屋に入ってきたマリアは俺を見るなり、驚いた顔をした。
「ランス様。大丈夫ですか?」
「あぁ。もう落ち着いたから。大丈夫だよ」
「そうですか……。何か私にできることがあるなら何なりとお申し付けください。是非お力添えしたいと思います」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
俺が力なく笑うと、マリアが
「大臣たちは第一会議室に集まっているんだよね?」
「はい」
「わかった。今から向かう」
その後、俺は大臣たちのいる会議室へと向かった。
* * *
会議室に着いた。
扉を開ける前に回復魔法で喉と目元の調子を回復かせておいた。
喉が潰れて話ができないようでは大臣たちと話ができないし、何より泣きじゃくる姿を見られて舐められてはこれからの政務で彼らの
そういうわけで俺は自分に回復魔法をかけた。こういうこともできるから魔法というものは便利だ。けれど、人間を人間
扉を開くと、みんな一様に頭を下げた。
「面を上げてくれ。非常時のため皆を急いで招集した」
「それで殿下、何があったのでしょうか?」
大臣の一人が聞いてきた。
「先ほど陛下が亡くなった」
「殿下、それは
「あぁ。エルマが水の魔法か魔術を使い、陛下が呼吸できない状態を作ったのだ。これはお父様に残っていた魔力の残骸を調べてわかったことだ。後に近衛魔法師団と近衛騎士団と現場検証する予定だ。そこでより具体的なことがわかるだろう」
すると、大臣たちの顔が酷く青ざめた。
「騎士団長。エルマとヘルマンはどこへ行った?」
「申し訳ございません。取り逃がしました」
「どういった手口だ?」
「ヘルマンに『ある伯爵家へ向かうから馬車の準備を』と御者に言い、それに従った御者が馬車を引いていったそうです」
「ん? 御者はヘルマンを疑わなかったのか?」
「はい。御者はその言葉に従って馬車を引いて城から出て行ったそうです」
ん? 何かおかしいな。
「それで、ヘルマンとエルマはどこにいる?」
「既に王都を出て行った模様。捜索は日が登ってからではないと難しいため、今我々にできることは何もありません」
そういうことか。
御者はダリア共和国の人だったのか。
つまり、城内にダリア共和国の工作員がいることがこれでわかった。
一体、どれだけの工作員が王国内にいるんだ?
もしかしたら、ここにいる大臣もダリア共和国に加担しているかもしれない。
大臣たちと仕事をするのが初めてのため、かなり彼らを疑っている。もし、今日までに彼らと一緒に仕事をしたことがあるなら、彼らを疑うようなことはなかっただろう。もとい、疑いたくないという意思が働いていただろう。これからはどこに他国の間者がいるかわからない。注意して動かないといけない。
「そうか。夜が明けたら2人の捜索を開始しろ。捜索隊は王国騎士団のみだ。明日見つけることができなければ捜索は断念する。今頃ダリアへ向かっているだろう。」
俺は大臣達に向けてそう言うと一拍を置き、気を引き締めて話し始めた。
「陛下が亡くなった為、法に従い、私が国王に即位することになる。1週間後に戴冠式をするよう準備を進めるように。そして、国民への報告は明後日にする。明日の昼頃に『明後日の午後3時に城門前にできるだけ集まるように』と国民に発表してくれ。わかったな?」
「「「かしこまりました」」」
「何か質問のあるやつはいるか?」
すると、一人の大臣が手を挙げた。
「なんだ?」
「殿下。これからの政務は殿下が取り仕切られるのですか?」
「あぁ。お母様の助力もあると思うが、私がお父様の仕事を引き継ぐことになる」
「かしこまりました。明日からは政務の引継ぎを始めますが、本格的に政務をしてくださるのは戴冠式の翌日からとなる予定です。どうか、そのつもりでいてください」
「あぁ。わかった」
そういうと、大臣たちは三三五五と散っていった。
「サラは残ってくれ」
近衛魔法師団団長のサラにそう言い、他の大臣が部屋から退出してから話し始めた。
「殿下、お久しぶりです」
「久しぶりだな、サラ。魔法の授業が終わってから一度も会うことがなかったな。これからは頻繁に会うことになるだろうから、よろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
すると、サラは微笑んだ。
「それにしても、殿下は立派になられました」
「俺を褒めても何も出てこないぞ」
「そのようなことは期待しておりません。ただ、殿下の成長を喜んでいるだけでございます」
「そうか。それは嬉しいよ」
俺はそのように言い、本題に入った。
「本題に入るが、お父様が亡くなった状況を検証してほしい」
「わかりました。近衛魔法師団から数名を連れて行います」
「よろしく頼む。それと、お母様とソフィアの護衛も数日間増やしておくように」
「かしこまりました。殿下の護衛は如何なさいますか?」
「俺には身を守る手段があるから、心配は無用だ。これまで通りで良い」
「かしこまりました」
そう言うと、サラは出て行った。
部屋には俺一人だけが取り残された。
今座っているのは、今までお父様が座っていた席。
まさか、こんなにも早くこの椅子に座ることになるとは思わなかった。
王太子に任命されて1日。
この1日の間に沢山のことが起こり、精神的に疲れた俺はそのまま私室へと向かい、ベッドに入った。
* * *
「ランス様。ランス様。起きてください。ランス様」
朝。俺は体を揺さぶられ、意識が少しずつ覚醒した。
「ランス様。起きてください」
「んん〜〜ん。マリァ……」
「はい、マリアです。起きてください、ランス様」
その後も1分ほどマリアに体を揺さぶられてようやく目が覚めた。
「おはよう。マリア」
「おはようございます、ランス様。今日はいつになくお目覚めが悪いですね」
「あぁ。今もまだぼうっとしている。目が冴えるにはまだ時間がかかりそう」
「そうですか。洗面器を持ってきましたので、早速顔を洗ってください」
「ありがとう」
俺は早速顔を洗った。晩春の朝はとても涼しく、冷たい水が肌に適度の刺激を与えてくれる。おかげで、目が冴えた。
顔を洗うと着替えをして、食卓へ向かった。
食卓には既にお母様とソフィアがいた。
「おはようございます」
「おはよう、ランス」
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、ソフィア」
「ランス。今朝は遅いわね。大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「そう。無理はしないでね? いつでも頼っていいからね?」
「ありがとうございます。お母様」
3人が揃ったということで朝食を
3人で食べる久しぶりの朝食。お父様が遠征に行かれる時、お婆様とヘルマンと一緒に食べることはなかったので、これまで何度かあったことなのだ。
しかし、今日からはずっと3人で食べることになる。
同じ事をお母様とソフィアも考えているようで、いつになく静かに朝食を食べ進めた。
朝食は一切話す事なく、食べ終えたのだった。
* * *
朝食を食べ終えると、俺はお母様と一緒に仕事をすることになった。
「お母様。お父様の葬儀と俺の戴冠式はどういった日程で行われるのですか?」
「ライオノールの葬儀は亡くなった3日後に行うよ。葬儀は大臣と王族だけで行うのが通例ね。その時の作法もあるから後で教えるわね」
「貴族は出席しないのですか?」
「うん。3日の間に王都に来ることは難しいからね。今回はランスのお披露目があったから貴族達が王都に集まっているけど、参加はしないよ。戴冠式も貴族は出席しないよ」
「そうなのですか? では、俺はいつ貴族に挨拶をすればいいのですか?」
「即位してから1,2ヶ月後にパーティーを開くから、そこで挨拶をすればいいわよ」
「わかりました」
「お父様のお仕事の引き継ぎは私が手伝うからね。いきなりのことで大変だと思うから、辛い時はいつでも頼るのよ?」
「はい。ありがとうございます」
俺は微笑みながら返事したが、お母様は不満そうな顔を浮かべた。
「ごめんなさい。子供のランスに辛い仕事を押し付けてしまって。本当ならまだまだランスを甘やかしたいのに、その時間も奪ってしまって」
そう言うと、お母様は俺を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「お母様……」
俺は胸の内から様々な感情が込み上げてきたが言葉にすることができず、お母様を抱きしめることしかできなかった。
* * *
10時になると、ドアがノックされた。
「ランス様。マリアです」
「入っていいよ」
「失礼いたします」
マリアが部屋に入り、一礼した。
「ランス様。アウルム公爵家とカナート公爵家の方々が城に到着いたしました」
「そういえば、今日はジーク達を呼んでいたか」
「ライオノールもアウルム公爵とカナート公爵を呼んでいましたわね。今後の打ち合わせをしたいところでしたので、ちょうどよかったです。ランスも一緒に話し合いましょう」
「わかりました。ジーク達は話し合いに参加しますか?」
「そうね。後学の為に参加してもらいましょうか」
「わかりました」
その後、俺とお母様で公爵家を迎えに行った。涙と嗚咽は回復魔法で忘れずに消した。
* * *
応接間に行くと、公爵家の方々が挨拶をしてくれた。
「「「「「おはようございます。ナナリー様、殿下」」」」
「おはよう、アウルム公爵、カナート公爵。ジーク達もおはよう」
「おはよう」
すると、皆が不思議そうな顔を浮かべた。
その中でアウルム公爵が話し始めた。
「陛下はどちらにいられるのですか?」
「そのことについてお話があります」
お母様は一拍を置いて話し始めた。
「ライオノールは昨夜亡くなりました」
すると、皆の顔が青ざめた。
「何があったのでしょうか?」
静寂を破ったのはアウルム公爵。
「昨夜、エルマがライオノールの部屋に入り、ライオノールを……」
アウルム公爵の問いに、お母様が語尾を濁して話した。
「そうでしたか……エルマ様とヘルマン様は今どうなさっているのですか?」
続いて、カナート公爵が問いかけ、それに俺が答えた。
「現在行方不明です。明朝より王国騎士団を使って捜索していますが、未だ発見には至っていない。今頃ダリア共和国に向かっているだろう。2,3日したら国境を越えるだろうし、見つかる可能性はほとんどないだろう」
「そうですか。心よりお悔やみ申し上げます」
「「「「「心よりお悔やみ申し上げます」」」」」
6人が頭を下げた。
「あぁ。ありがとう」
「ありがとう。それで、今日はこれからのことについて話し合いたいと思うの」
「わかりました」
「まずは、椅子にかけてください」
皆にそのように言い、話し合いを始めた。
すると、カナート公爵が話し始めた。
「それで、陛下の葬儀を執り行う日程はどうなっていますか?」
「ライオノールの死去の発表は明日の昼3時に私とランス、ソフィアで行います。葬儀は2日後に大臣たちと行い、ランスの戴冠式は6日後に開きます」
「そうですか。葬儀と戴冠式はどうにかなるとして、殿下の即位を祝したパーティーはいつ開く予定ですか?」
「それは、ランスが即位した1カ月後を考えています」
「それが妥当でしょう。殿下の即位とあらば貴族たちは他の用事をすっぽかしてでも出席するでしょうから」
暫くの間カナート公爵とお母様が話をし、ひと段落するとアウルム公爵が俺の目を見据えて話し始めた。
「殿下。これからはご自身で政務をなさるのでしょうか?」
「あぁ。実際の政務がどのようなものなのかわからないので足手まといになるかもしれないが、早く政務に慣れる必要があるだろう。最初の会議から出席する予定だし、すべての領地の報告書を見直したり、やることは沢山あるだろうが、頑張るよ」
「そうですか……ナナリー様もいらっしゃいますので、けして無理はなさらないで下さい」
「あぁ。ありがとう」
その後、
「殿下。8歳の御身で即位されることは大変でしょう。辛いときは私たち周囲の大人を頼ってください。ぜひお力添えしたいと思います」
「私もお力添えしたいと思いますぞ」
「ありがとう。アウルム公爵、カナート公爵。」
「殿下。私たちにできることがありましたら是非お声をおかけください」
「あぁ。ありがとう、フレア」
「決して一人で抱え込まないでください」
「あぁ。サリーもありがとう」
「俺たちにできることは少ないと思いますが、何でも話してください」
「ありがとう、ハイド」
「辛いときはお声をかけてください。いつでも殿下の話し相手になります」
「ジークもありがとう」
その後、アウルム公爵家とカナート公爵家は帰って行った。
* * *
6人で応接室を退出し、馬車の停車場までの道すがら、カナート公爵はお父様に話しかけた。
「殿下は疲れているように見えたね」
「えぇ。涙で目が赤くなったり、喉が潰れるなんてことはありませんでしたが、表情に元気がありませんでした」
「あの歳で本格的に政務に励まなければならないのだ。ライオノール陛下が即位されたのは18歳のときでとても若かったが、殿下は8歳で即位されるのだ。まだ子供と言っていい。この歳で狡猾な大臣や貴族どもを相手にしないといけないのだ。あいつらに振り回されて心身に疲れを溜めてしまうようなことがないか心配だ」
「そうですね。何かあったらナナリー様が助けてくださると思いますが、ナナリー様も忙しい御身です。ナナリー様が殿下を助けることができないときがあるかもしれない。そのような時は大変でしょう」
確かに、殿下はとても疲れた顔をされていた。
殿下が心苦しい思いをしているというのに、私は何もできないの?
もっと殿下の近くで力になりたいというのに……。
「お父様。殿下の心身がともに疲弊なさっているときに私たちがいると殿下の心労が幾分か軽くなると思いますの」
「サリーの言う通りかもしれないな」
「ですので、これから王都で暮らしたいと思います」
「お父様。私も殿下のために王都で暮らしたいと思います」
「フレアもか。そんなこと俺が許すと思ったか?」
「お父様、お願いします」
「勉強はどうするんだ?」
「勉強はここでもできます。だから、お願いします」
「私もお願いします」
「「ダメだ」」
「殿下が大変な時期に私たちは何もできないのですか?」
「あぁ。親元が一番安全だからな。お前たちを危険なところに置いていけない」
どうしてお父様は私たちの話を理解してくれないのですか?
「父上。フレアと一緒に俺も王都に残りたいです」
「父上。俺もサリーと一緒にここに残ります」
「「お前たちもか?」」
「殿下には同年代の知り合いが俺たちしかいません。殿下の心苦しい思いを晴らすのに俺たちが役立つでしょう」
「あぁ。ハイドが言うことにも一理ある」
「それに、俺たちがいればフレアとサリーもここにいても大丈夫でしょう」
「そうだな。ジークがいればフレアに何かあった時に対処できるだろう」
「「父上。お願いします」」
「「そうだな~~」」
お兄様とジークも王都に残りたいと言ってくれた。私たち4人が殿下の御側にいたら殿下も元気になってくれると思う。
「わかった。けれど、王都で生活するにはそれなりの準備が必要だ。一度家に帰ってからになる」
「そうですね。ハイドがいたらサリーの身も幾分か安全になるだろう。それに、殿下にも心強いだろう。家に帰って準備できたら王都で生活させてもいいだろう」
「「「「ありがとうございます。お父様!」」」」
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