第13話 死去

 城に着くと、ソフィアが出迎えてくれた。


「おかえりなさい」

「ただいま、ソフィア」

「「ただいま」」

「パーティーはどうでしたか?」

「ん~~ん。俺はあまり楽しめなかったな」

「そうでしたか」

「けれど、明日ジークたちが城に来る約束をしてくれたんだ」

「それはよかったですね。私も早く同年代のお友達を作りたいです」

「そうだね。ソフィアはあと2カ月待てばパーティーに行けるのだから、それまで待っていてね」

「わかりました」


 その後、もう夜遅いということで皆私室へと戻って行った。



 * * *



 部屋の前にはマリアがいた。


「おかえりなさいませ。ランス様」

「ただいま」

「お召し物をお持ちしました。そのまま入浴になさいますか?」

「あぁ。そうするよ」


 俺はマリアにそう言うと、部屋に入り、着替えを手伝ってもらった。


 着替えを手伝ってもらうと言っても、マントとか王族の衣装だけだよ? べつに、下着とか裸を見られたりはしていないよ?


 マントとかを持ってマリアが部屋から出ていくと、俺はマリアから受け取った服に着替え、浴場へ向かった。


 男湯にお父様はいなかった。きっと仕事でもしているのだろう。この時間から仕事をするなんて、一体どれだけの仕事をこなしているのだろうか? もう少し休みを取ってもらいたい。


 そんなことを考えながら、俺は風呂に浸かった。


 それにしても、この国には湯に浸かるという文化があるのだなぁ。西洋の内陸では水は貴重だったので、湯を張って浸かるなんて文化はなかったのだが、この国にはあるのだ。それとも、城にしかないのかな? 王都の民は王都のすぐ近くに流れている川から水を汲んでそれを使っているのだが、きっとこの湯船の水は川の水ではないだろう。川の水をこんなにも沢山、それも贅沢に使うなんて非効率だからな。きっと、宮廷魔法師や魔術師に水魔法を使って水をためてもらっているのだろう。


 そんなことを考えてみたが、それからは何も考えることができなかった。


 今日一日でかなり疲れた。


 今日一日と言っても、実際に働いたのは午後からなので半日足らずの実働時間だが、それにしても疲れた。なによりも、ずっと気が張ってきたため、精神的にかなり疲れた。それに、緊張するだけでも肉体的に疲れてしまうものだ。肩や足に力がずっと入った状態で半日過ごしていたので、体のあちこちの筋肉が悲鳴を上げている。


 そのまま、俺は20分ほど入浴した。20分も入浴する8歳の子供なんて世界中探しても数人しかいないだろう。けれど、水温は41℃くらいで高すぎなかった為長湯できたのだ。おかげで、心身の疲れはかなりとれた。


 入浴の後は私室に戻り、そのままベッドインした。体が火照ほてった状態で柔らかいベットの上に寝そべったので、自然と意識が遠のいていった。



 * * *



 儂はナナリーたちと別れると、私室に戻り、仕事に取り掛かった。


 昨日の夜から仕事が一切できなかったのだ。一日仕事できなかっただけでかなり溜まってしまい、本当なら疲れをとるためにすぐに眠りたいのだが、心にむちを打ってデスクに座った。


 それにしても、仕事のできる人間がとても少ない。これ程まで人材に悩んだことはない。人材育成は今後の課題だろう。


 そんなことを考えながら仕事をしていると、ドアがノックされた。


「こんばんは。エルマです」

「エルマか。入っていいぞ」


 そう言うと、エルマが入ってきた。


「どうしたんだ? こんな夜更よふけに」

「最近のあなたは忙しそうにしていたから、お茶でもどうかしらと思って」

「そう。じゃあ、外にいるメイドにお茶の用意をさせよう」


 儂は外にいるメイドにお茶の準備をさせ、エルマとテーブルに向かい合って座った。


「今日のお披露目はどうでしたか?」

「あぁ。ランスが立派に成長した姿をみることができたよ。国民も貴族も皆喜んでくれてよかったよ」

「そうでしたか。それはなによりです」


 すると、メイドがお茶を入れに来た。メイドがお茶を入れ、部屋を出て行くと、エルマは一拍置いてから話し始めた。


「あなた、ヘルマンをどうするつもりですか?」

「ヘルマンは来年で16になり、成人する。それに合わせて城の外で生活してもらいたいのだが、何より今のヘルマンには婚約者がいない。それ故、城の外に出すのは良くないだろう。しかし、いつか来るその日までに城の外でも暮らしていけるだけの能力を身につかせないといけないだろう」

「そうですか。あと数年すればヘルマンは城から出て行ってしまうのですね」

「そうなるな」


 すると、エルマの顔がゆがんだ。


「ライオノール。私は自分の意思でこの地に嫁いだわけではありません」

「そうだろうな。ダリアの最高指導者はお前を政治の道具としか思っていなかったのだろう」

「いいえ。私のお父様は決してそのような方ではありません。いつも私のことを気にかけ、可愛がって下さいました」


 ここまでのエルマの話を聞いても、エルマが言いたいことがさっぱり分からない。


「そうか。それがどうかしたのか?」

「お父様に言われたのです。もし、ラノアに嫁いで居心地が悪いようなら帰ってきてよいと」

「はぁ? そんなこと言ったのか?」

「ですので、今晩私はヘルマンと一緒にダリアに帰ります」

「そんなこと許すはずがなかろう! そんなことすれば契約違反になるぞ!」


 儂はエルマの言葉が信じられず、声を張り上げてしまった。


「では、どうしてヘルマンを王太子にしなかったのですか?」

「それは言っただろ。あいつが国王になるとこの国は破滅する。それに、エルマの子を王太子にするなどという文言は契約書になかったぞ」

「ですが、第一王子を王太子にするのが慣わしではないですか?」

「それでも、儂はランスを選んだ。ヘルマンなんかにこの国を任せたくない」


 すると、エルマの表情が一変し、鋭い目つきでこちらを睨んだ。


「あなたの考えは変わらないのですね」

「あぁ。儂はランスを王太子に決めた。既に国民へのお披露目を済ませてある。今更いまさらヘルマンにすることなどできぬ」

「わかりました。今日までありがとうございました」


 すると、エルマは立ち上がった。


 そのまま儂の部屋から出ていき、ヘルマンを連れてダリアに逃げるのだろう。



 そう思ったが、エルマは儂のほうに歩いてきた。


 すると、袖口から紙を取り出し、それを広げた。


「エルマ、何をしておる?」

「こうするしかないのです。すべては祖国のため」

「エr……」


 エルマと叫ぼうとしたが、彼女がスクロースを広げ、魔術を行使すると儂は声を出すことができなった。もとい、喉が何かの液体で満たされ、呼吸すらもできなくなった。


「すべてあなたが悪いのです。ランスなんかではなくヘルマンを王太子にしておけばこのようなことにはならなかったというのに。まったく、頭の悪い人」


 喉にたまっている液体を口から出すのだが、出しても出しても液体が喉元に湧いてくる。


「こんな単純な水の魔術で命を奪われるなんて、憐れな人ね。まったく、警戒が足りないんだからこんなことになるのよ」


 呼吸しようと水を必死に吐き出すのだが、まったく意味をなさない。すると、意識が朦朧もうろうとしてきて、視界がぼやけてきた。


「この国はすぐにダリアのものになるわ。結局、ランスに王位を継がせてもすぐにこうなるのだから。ヘルマンに継がせていれば多くの命が失われずに済んだというのに。本当に頭の悪い人だわ」


 ついに、座っていることもままならなくなった。手足に力が入らなくなり、床に倒れてしまった。意識はまだあるが、かなり朦朧としている。


「さようなら。すぐにあなたの妻と子供たちにも会えるだろうから、喜びな」


 最後にこの言葉を聞き、儂は意識を失った。



 * * *



「本当に、あの人は馬鹿だわ。ランスを王太子に指名したがために家族みんなを死に追いやってしまうのだから。まぁ、いいわ。これでこの国はダリアのものになるのだから」


 私はライオノールの死体を始末した。


 といっても、ランスとナナリーとソフィアを殺すまでの時間、ライオノールが死んでいることを城の者に知られなければいいだけなので、私はライオノールをベットに運ぶことにした。


 しかし、私には成人男性を運ぶだけの力はない。そこで、無属性魔術のスクロースを取り出し、身体強化を行った。


 毛布をどかし、そこにライオノールを寝かせて毛布をかぶした。


 そして、ライオノールが吐き出した水をこれもまた魔術でけした。火の魔術で水を温め、蒸発させた。


 これで、証拠を隠蔽することができた。


 というわけで、次はランスの部屋へ向かうことにする。


 部屋を出るとそこにはメイドと騎士が控えていた。


「ライオノールはもう寝てしまったので、静かにしてあげてください」

「「畏まりました」」


 メイドと騎士はそのように言ったので、私はランスの部屋に向かった。


 ちなみに、ヘルマンは今城の入り口で馬車を用意してもらっている。馬車を用意する名目は「懇意にしている伯爵に会いに行く」だ。ちょうど王太子のお披露目があったので、国中の貴族がこの王都に集まっている。この口実を作る事が出来て、この時期にお披露目をしてくれたあの人には感謝しないと。


 それと、馬車の御者はダリアの人にしている。この国にダリアから工作員を何人か紛れ込ませておいて本当に良かった。


 そういうわけで、ランスの部屋の前に着いた。


 外に控えている騎士とメイドは精神魔術で眠らせた。



 * * *



 今日は疲れていたので、ベットに入るや否や寝てしまった。


 そのまま意識が遠のいていった。




 しかし、突然索敵魔法に気配を感じた。


 前にも言ったが、俺は無属性魔法を一日中使うことができるので、一日中索敵魔法を展開させている。その為、意識がないときにも人や動物の気配を感じることができるのだ。


 感じた気配は部屋の前で止まると、ノックもせずに扉を開いた。


 この気配はお父様でもお母様でもソフィアでもない。一体誰だろうか。


 すると、俺にどんどん近づいてくる。


 この気配、きっと刺客しかくであろう。


 そういうわけで、俺は朦朧としていた意識を一気に覚醒させ、近づいてくる敵を警戒した。


「ランス。お前さえいなければヘルマンは王位を継げたのに。やはり、お前は邪魔だな」


 この声はお婆様……。


 俺は〝邪魔〟という言葉に反応し、ベッドの上で立ち上がった。


「お婆様、何の用ですか?」


 すると、お婆様は驚いた表情を見せた。


「起きてたのか?!」

「まぁ、そんなところです」


 すると、お婆様はニヤリと下卑げびた笑みを浮かべた。


「何事ですか?!」

「あら、私はお前を殺しに来たのさ。邪魔だからね」


 すると、お婆様が火の魔術を俺に向けてきた。


「お婆様、何のつもりです?! 俺が何をしたというのですか?!」

「お前が生まれてきたことがそもそもの間違いなのさ」


 ちくしょう! ここにも俺を妬むやつがいたか。


 それも、彼女は俺を殺そうとしているのだ。前世では俺を排除することはあっても、殺すような人はいなかったが、今俺への嫉妬が原因で命の危険にさらされている。


 この人は危ない。5歳の時からこの人は俺を殺そうとする目つきをしていたが、まさか本当に命を狙うとは。


「お婆様。俺はお婆様の命を奪いたくはありません」

「そうかい。優しい王太子なのですね」

「これが俺の優しさに見えますか?」

「そうね。だって、私はお前の父親を殺したんだよ?」


 はぁ?


「今、なんて……」

「だから、私はお前の父親を殺したの」

「そんな……お父様は死んでなんかいない!」

「そんなこと、見たらすぐにわかるわ」


 うそ……。


 お父様、死んじゃったの?


 俺に惜しみない愛情を注ぎ続けたお父様が……。


 前世でも不慮の火事で亡くし、今世の父親もこんなことになるなんて……。


「お母様はどうした?!」

「ナナリーはお前を殺した後に殺しに行くさ。だから安心しな。すぐに家族みんなに会えるのだから」


 こいつ!


 よくもお父様を殺したな!


 俺は怒り狂い、お婆様に向かって何本もの氷魔法を撃った。


氷剣アイス・ソード


 これで死なないことはないだろう。お婆様は体術を習っていないのだ。これだけの数の氷剣から逃れることはできまい。


 しかし、お婆様は一歩もその場を動こうとはしなかったのだ。


 ふと、違和感を覚えた。あれだけの氷剣をお婆様に撃ったというのに、何もしないのだ。


 あと1mでお婆様に氷剣が当たる。



 その時だった。


 お婆様の前に魔法障壁が展開され、氷剣はその場で下に落ちていった。


「魔法の才能があるお前と戦うのに、私が何も対策していないと思ったか?」

「この野郎ーー!!」


 俺はお婆様にさらに何本もの氷剣を連続で撃った。


 実に、その数は加速度的に増えていき、10秒過ぎるころには100を超えていた。


「ちっ。本当にお前の魔力は多いな。これじゃあぢり損だ。仕方ない。ライオノールを殺したことだし、私はこれで退くか」

「逃がすものか!」

「ライオノールを見に行かなくていいのか? 回復魔法も使えるだろ?もしかしたら今なら助かるかもしれないぞ?」


 そう言うと、お婆様は部屋から出て行った。


 そこで、俺の頭は一度冷えた。今大事なことはお父様とお母様とソフィアの安否だ。


 俺はお父様の部屋に向かうために、部屋を出ると、そこには騎士とメイドが横たわっていた。


 呼吸を確認すると、呼吸していたので一安心した。


 そして、意識を失っている原因を探ることにした。まず、魔法や魔術の痕跡がないかを確認した。


 すると、精神魔術の痕跡が見つかった。


 そこで、俺はすぐに精神魔法への対抗魔法をメイドと騎士にかけた。


 目を覚ますと、しばらく意識が朦朧としていたが、俺を見るなりすぐに覚醒し、メイドと騎士皆が頭を下げた。


「殿下。どうなさいましたか?」

「緊急事態だ。エルマお婆様が俺を殺しに来た」

「そんなことがあったのですか?」

「そして、彼女が言うには既にお父様を殺したそうだ」


 すると、メイドと騎士たちの顔は青ざめた。


「いいか? 騎士はお母様とソフィアの安否を確認し10名ほど警護に当たれ。それ以外はお婆様の捜索を開始しろ。念のため、ヘルマンも捜索対象とする。そして、城の警戒レベルを最大限上げよ。メイドは各騎士団、魔法師団、魔術師団の団長と大臣たちを緊急招集しろ。俺はお父様の部屋へ向かう」

「「「はっ」」」


 そう言うと、2人の騎士がその場に残り、他は散っていった。


 俺は騎士と一緒にお父様の部屋へ向かった。



 * * *



 お父様の部屋の前にはメイドと騎士が待機していた。


 俺が騎士2人を連れて走って来たので驚いて見せた。


「殿下、いかがなさいましたか?」

「緊急事態だ。お父様の部屋に入る」


 そう言うと、騎士とメイドは不思議そうな顔をした。


 俺はノックもせずにお父様の部屋に入った。


 お父様はベットに横たわっていた。


 しかし、お父様からは寝息が全く聞こえてこない。


「お父様! お父様!」


 俺はベッドの側に駆け寄り、お父様を強く揺さぶった。


 しかし、お父様からは反応がない。


 それも、お父様の肌は冷たくなっていた。


 体温は30℃を下回っているだろう。お父様の肌に触れ、最悪の事態が頭をよぎった。


 俺はまだ助かるかもしれないと思い、原因を探った。


 魔力の痕跡をたどると、喉にあった。それも水属性の魔力だ。


 それに、治癒魔法で体の状態を分析すると、肺にも水が溜まっていた。


 これらから導かれる原因は溺死。すなはち、すぐにでも蘇生を開始しないといけない。


 そこで、俺は人工呼吸を開始した。前世では心肺蘇生の講習を受けたことがあったので、人工呼吸はできる。


 俺はお父様の肋骨を折れんばかりの力で押した。いや、実際に折ってしまった。


 30回胸骨を圧迫し、その後は口から風魔法で空気を肺に送り込んだ。


「ランス様! 何をなさっているのですか!」


 周りのメイドや騎士は慌てふためいている。俺が見たこともない行動をとり始めたのだ。。慌てないはずが無い。


 けれど、誰も俺を止めなかった。俺がなりふり構わず蘇生している姿を見て、止める気がした者はいなかった。




 10分ほど続けたのだが、まったく効果が無かった。


 すると、部屋にお母様とソフィアが入ってきた。


「ランス! 何をしているの?」


 お母様は俺をお父様から引き剝がした。


「お母様。お父様が助かるかもしれません! 離してください!」

「ランス。ダメよ。もう、ライオノールはダメだよ」

「まだ助かります!助けて見せます!」


 しかし、俺もわかっていた。


 10分も心肺蘇生をして息を吹き返さないのだ。それに、いつ気を失ったのか分からない。俺ももうダメなことはわかっていた。


 お父様から引き剝がされた俺はお母様に抱き締められた。


「あなたがライオノールを助けようとしてくれていたことは見てわかります。けれど、ダメなものはダメなの」


 そう言って、お母様は俺を抱きとめたまま左手で俺の頭を撫で、右腕でソフィアを抱きとめて頭を撫でた。


 涙が止まらなかった。


 どれだけ泣いても涙は次から次へと溢れ出てきた。


 前世から数えて二度目の父親の死。


 またしても、俺に不幸が訪れたのだった。

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