SIDE ライオノールの決断

 《ライオノール視点》


 儂はライオノール・ド・ラノア。ラノア王国の国王だ。


 儂の半生は山あり谷ありだった。


 儂は母上が20歳の時に長男として生まれ、王位継承権第一位を与えられた。


 王位継承権第一位のため、3歳の頃から王族教育が始まった。


 王族教育でなされる科目数はとても多く、3歳の子供がやりこなすのはとても無理な話だった。


 その為、勉強の最中何度もつまずき、泣きべそをかいたがその度に父上と母上が励ましてくれた。


 けれど、兄弟姉妹がいない生活はとても寂しかった。


 同年代の知り合いも1人もいないため、何をするにしても1人でしないといけず、遊び相手や切磋琢磨しあうライバルよのうな存在が欲しくてたまらなかった。


 5歳になり、社交界デビューとなった。


 王族主催の子供が主役のパーティーに出席し、儂のお披露目が為された。


 国に一人しかいない王族の子だ。この子が次代の王になるであろうという期待の視線と、この王子は有能なのだろうかと俺を見極めようとする視線が儂のもとに集まり、これでもかというくらい緊張した。


 しかし、そこで彼女に一目惚れしてしまったのだ。


 ナナリー・ド・ヴェーグ。


 ヴェーグ伯爵家の長女だ。


 その場には公爵令嬢がいなかったため、舞踏会では初めにナナリーを誘い、その後の自由時間には積極的に話しかけた。


 ナナリーの踊りは素晴らしかった。


 15歳までの子供が参加している中、5歳のナナリーの踊りは頭一つ抜けていた。


 緊張している儂を落ち着かせるよう言葉をかけ、さらには儂がリードできているように見せるために、もっと上手に踊れるはずなのにナナリーは普通の踊りをした。それでも、ナナリーの踊りには花があった。


 その後の自由時間に話をしていても、儂が話していて気分が悪くなるようなことはなかった。とても聞き上手で、適当なタイミングで自分の意見を述べるなど、ただ聞くだけの令嬢ではなかった。


 その後も、儂はナナリーを積極的に城に招待し、二人の時間を作るように努めた。


 ナナリーにはとても元気づけられた。


 王族教育で行き詰っているところがあると、励ましてくれる上に、自分が理解できないところを教えてくれるのだ。ナナリーは物覚えがとても良く、頼れる存在だった。


 長い時間を一緒に過ごし、10歳の時、結婚相手はナナリーしかいないと考え、父上に彼女への正式なプロポーズの許可をもらいに行った。


 しかし、父上は許可して下さらなかった。


 理由は、ダリア共和国から政略結婚の話が持ち込まれているからだ。


 当時、ラノア王国とダリア共和国の国境線は今よりも東側に位置しており、パラ砂漠とアラ湖はラノア王国内にあったのだ。


 しかし、ダリア共和国の最高指導者はアラ湖付近の領土を欲しがっていたのだ。


 アラ湖周辺は自然に恵まれており、それは湖の幸、森の幸も両方があったのだ。


 その為、ダリア共和国の最高指導者は大金貨4億枚(日本円でおよそ4兆円、ラノア王国の国家予算約10年分)を25年分割でラノア王国に支払い、エルマを正妻として嫁がせる代わりにアラ湖の東半分を要求したのだ。


 この要求を受け入れるかどうかに父上は長い間悩んだ。


 儂が5歳の時に婚姻の話が持ち掛けられていたようで、5年も返事を待たせていたのだ。


 10年悩んだ末、最終的にフィーベル公爵の後押しにより父はダリア共和国の要求を受諾した。


 その時には俺は15歳になっていた。


 その後、父上から側室としてナナリーを迎えるのなら許可をするという沙汰が下り、ナナリーにプロポーズし、婚約を受けてくれたのだ。


 晴れて、儂はナナリーと結婚することができたのだ。


 儂の結婚はすぐに国民へ知らされ、国内はお祝い一色のムードとなった。




 しかし、その3年後、父上と母上が他界した。


 原因は、ある領土を視察の際、流行り病に感染してしまったのだ。


 この国に、高位の治癒魔法を使えるものはいない。それに、宮廷魔術師に治癒の魔術を行使してもらったが、治らなかった。宮廷魔術師にも父上と母上の病を治すだけの治癒の魔術を使える者はいなかったのだ。


 父上と母上が他界した日から三日三晩、泣き続けた。


 これからどうしていいのかわからなくなった。


 18歳にして国王にならないといけないのだ。


 若い俺に国王が務まるのか不安で仕方なかった。



 ある日、私室にナナリーが入ってきた。


「あなた、いつまで泣いているの?」


 ナナリーにかけられた言葉はかなり厳しいものだった。


「あなたは数日中には王位に就くの。そうやって泣いていては国王なんて務まらないわよ」


 儂を労わる言葉をかけず、それどころか早く泣き止みなさいと言う。この言葉に儂は苛立ってしまった。


「父上と母上が亡くなったんだ。こうして泣いて何が悪い?」

「あなたはもうすぐ国王になる身。こうして泣きべそをかいている時間はないの」

「父上と母上がいるナナリーに何が分かるっていうの?」

「あなたのことをすべて理解しているなんて傲慢なことは言わないは。ただ、一刻も早くあなたが立ち直らないと国政が進まないの」

「そんなの俺に務まるはずがない。学ぶことがまだまだ沢山ある青二才に政治なんてできるわけないねしょ!」


 泣きじゃくりながらナナリーにそう言った。


 すると、ナナリーは儂の右頬を叩いた。


 パンッ!


 部屋に鋭い音が響いた。


 あまりにも頬が痛んだので、目を見開いて呆然としてしまった。


 すると、ナナリーは儂の両肩を掴み、目を合わせて強い口調で話しかけた。


「それでもやらないといけないの。王位を継げる人があなたしかいないの。この国の命運はあなたにかかっているの。やるしかないの!」


 ナナリーがそう話すと、儂は厳しい現実を突きつけられ、力なくナナリーの方に倒れて泣いてしまった。


「大丈夫。どんなときでも私がいるは。どんなにつらい時でも私が側にいるは。大丈夫。あなたならできるわ」


 ナナリーは倒れてきた儂を胸元で抱きとめ、頭を撫でながら優しく語りかけた。


 その後、十分以上泣き続け、泣き疲れた儂は寝てしまった。




 その日以降、儂は立ち直り、国王になり国政に勤しんだ。


 儂は何かあったらナナリーを頼り、ナナリーは毎度助けてくれたので、儂はナナリーを益々ますます信頼することになった。




 9年後、儂とエルマの子供が生まれた。


 名前はヘルマン。


 12年かかって生まれてきた初めての子供で、儂は嬉しくてつい甘やかしてしまった。


 仕事の合間には必ずヘルマンの部屋を訪ね、ヘルマンをいっぱい愛でた。


 ヘルマンが欲しがった物はすべて揃え、ヘルマンが喜ぶ顔を見ては頬が緩んでしまう毎日だった。


 しかし、子育ては上手くいかなかった。


 3歳になるとヘルマンが我儘わがままになった。


 何か不満なことがあるとすぐに泣きじゃくり、儂とエルマ、メイドたちを悩ませた。


 その為、ヘルマンを泣き止ますためにヘルマンの要求をすべて叶えてあげた。


 すると、益々ヘルマンは我儘になり、誰にも止められないほど傲慢になってしまった。


 ヘルマンが我儘になったのは3歳児特有の反抗期によるものだと信じて我儘が収まるよう祈ったのだが、彼の我儘具合は日に日に増していき、子育てに失敗してしまったのだと心を悲しませる日々が続いた。


 それに加え、ヘルマンは将来国王になる身なのでそれ相応の教育を受けないといけないのだが、真面目に勉強することはなく、儂も講師も長く悩まされることになった。




 しかし、ここで吉報が入った。


 ナナリーの妊娠だ。


 ナナリーとの子作りは正妻であるエルマの出産の後からと決られていて、長い間一度もできなかったため、ヘルマンが生まれてからはおよそ3日に2日の頻度でナナリーと夜を過ごした。


 しかし、ナナリーとの子供はなかなかできず、初めて子供ができたときには6年が経っていた。


 その間、「私は子供ができない体質なのかしら」などとナナリーの心理的負担が日に日に増していたので、子供ができたときの儂とナナリーはこれでもかというくらい喜んだ。


 男の子が生まれ、ランスと名付けた。


 生まれたてのランスはとても可愛いらしく、つい甘やかしてしまった。


 けれど、甘やかしてしまう日々は数ヶ月でやめた。


 理由は、ヘルマンの時と同じように傲慢になってしまうのではないかと心配になったからだ。


 本当は、国政をしている間に時間の余裕ができるとすぐにでもランスの部屋に赴き、ランスを愛でたかったが自重した。


 そんな日常が3年続いた。


 3年間、ランスを可愛がるのを自重したのだ。


 儂の中にはランスを愛でたいという欲求が溜まりに溜まっていた。




 そんなある日、儂は長年の友人であるカナート公爵とアウルム公爵と城で仕事していた。


 仕事が一段落し、紅茶を飲んで休憩していると、アウルム公爵が話を持ち掛けた。


「最近、ハイドとサリーが言葉を上手に話すことができるようになってきたのだ」

「うちのフレアも言葉を話すのだが、”パパ”と私のことを呼ぶのだ。もう、可愛いと言ったらしょうがない」


 アウルム公爵もカナート公爵も子供をかなり可愛がっているようだ。


「カナート公爵とアウルム公爵の子供はランスと同い年だったよな? ということは今年で3歳になるのか」

「ランス殿下はどうですか?」

「やはり、ヘルマン殿下のときと同じく可愛すぎて、甘やかしすぎたりしていないですか?」

「いや、ランスを甘やかすようなことはしておらん。ヘルマンと同じように傲慢な子供になってほしくないのでな。週に1度しか会わないようにしておる」


 そう言うと、2人が顔をしかめた。


「週に1度しか殿下に会ってあげていないのですか?」

「たったそれだけしか殿下に会わないようでは、殿下はさぞ寂しい思いをしているでしょう」

「いや、でもランスを甘やかしてしまえば、ヘルマンのように傲慢になるかもしれないし」


 すると、2人が声を上げて話し始めた。


「世界中のどこに子供を甘やかさない親がいるのですか?」

「子供は親の愛を受け取って成長するのです。その親が子供に愛情を捧げないようでは、子供は誤った道に進んでしまうかもしれませんよ?」

「いや、甘やかすと我儘になってしまうし……」

「甘やかしすぎると我儘になってしまうだけで、何も『全く甘やかすな』と言っているわけではないのです。正しいことをした時には褒め、間違ったことをしたときには叱る。そうして子供は親が自分を気にかけてくれていると理解し、成長するのですから。子供に会わない父親は父親ではありません!」


 その時、〝ハッ〟と気が付いた。


 今まで儂はランスに何もしてこなかったのだ。


 ランスは親の愛情を確かめることができなかったのだ。


 「父上は僕に興味が無いのだろうか」と疑念を抱いているに違いない。


 親の愛情を知らずに成長する子供以上に不幸な子供はいない。


 思い返せば、儂も父上と母上に甘やかして育ててもらった。


 正しいことをすれば褒められ、間違ったことをすれば叱られて育てられた。


 今まで儂がランスにとってきた態度はランスに不信感を抱かせることになっているのだ。


「すまない。今更だが、儂がやってきたことがどれほどひどいことなのか理解した。すぐにでもランスに謝りに行かないと」

「そうですよ。これからはしっかり甘やかすんですよ?」


 カナートにそう言われ、儂はようやく目が覚めたのだった。


 その日の夜、儂はナナリーと共にランスを部屋に呼び、謝ったのだ。




 それから2年が経った。


 ランスはとても勤勉で、王族として身に着けておかないことをどんどん覚えていた。


 それに対しヘルマンは、ずっと傲慢なままだ。


 授業をまともに受けないため、12歳になったにもかかわらず未だに文字しか覚えていない。


 礼儀作法もからっきしダメで、これまでの王族主催の子供のパーティーのダンスではいつも恥ずかしい思いをしている。


 ヘルマンが第一王子だが、ヘルマンに国王が務まるだろうか?


 とても傲慢で、メイドや騎士、講師の話にまったく耳を貸さない。


 それに、勉強をしようとしないのだ。今のヘルマンは4歳のときのランスに劣るだろう。


 王太子を改めるべきだろうか。ヘルマンが最後に王族主催子供のパーティーに出席する15歳までには結論を出そう。


 それはそうと、今日はその王族主催子供のパーティーの日だ。


 ランスのお披露目の日で、立派に成長したランスを貴族たちに紹介できてとっても嬉しい。


 1歳の時に文字の勉強を始め、今まで勉学に努めてきたのだ。こんなにも誇らしい息子ができるとは、儂はなんて幸せ者なのだ。


 スーツを着たランスが玄関まで来た。


 ランスの容姿はとても様になっている。


 今日のためにオーダーメイドのスーツを用意したのだが、幼い身でフォーマルなスーツを着ているとなんだか背伸びしているように見えて、可愛さがより一層引き立つ。


 それに、可愛いだけではなく、将来は美男になるのではと思われるほど顔立ちが良い。


 勉学の才と言い、美しい容姿と言い、ナナリーの面影が色濃く残っている。儂の子供なのかと疑ってしまうほどだ。


 それに対し、ヘルマンは見ていられないほどひどい。


 スーツを着こなすことさえもできずにいて、背筋もとても悪い。礼儀作法の授業をサボっている為であろう。


 ヘルマンの品行方正の悪さは今に始まったことではないが、さすがにそろそろ改善されないと次代の王の器を持っているとは思えなくなる。ヘルマンの態度が改まる日はくるだろうか。


 5人揃ったので、馬車に乗り、会場へ向かった。


 会場に着くと、儂の左右にエルマとヘルマンが、後ろにナナリーとランスが並んで入場した。




 その後、各貴族からの挨拶を受け、舞踏会の時間になった。


 まず初めにヘルマンが公爵令嬢と踊るのだが、これまで1度も上手くいったためしがない。


 いつも女性にリードされながら踊り、それにキョロキョロと周囲を見回し、落ち着きがない。


 今年こそは毎年ヘルマンを見守るのだが、そう願うのも7回目だ。そろそろ成長した姿を見たいものだ。


 曲が流れ、踊り始めた。


 余裕のない表情を浮かべながらも最初は順調だった。


 相手のフレア嬢とは身長差がかなりあり、踊りずらそうにしていたが何とか踊っていた。


 しかし、ヘルマンが多少落ち着いていたのも序盤だけだった。


 中盤になるとほころびを見せ始めた。きっと、周囲の貴族の陰口に惑わされたのだろう。


 そして、曲は終盤になった。このときのヘルマンはとてもじゃないが見ていられなかった。


 フレア嬢の足を踏むは、相手の目を見ないでキョロキョロと周囲を見るわで、醜態をさらしていた。


 大きなミスはないものの、12歳の第一王子のダンスではなかった。



 曲の終わりが近づいた。


 最後は体を後ろに反らすフレア嬢を右腕で支え、左手で彼女の右手に添えるだけだ。


 これで、ヘルマンの醜態が晒されるのはおしまいだ。


 来年こそは素晴らしいものを見せてもらいたい。



 そう思っていたが、事件は起きた。


 ドンッ!


 大きな音が鳴り響いた。


 フレア嬢が尻もちをついたのだ。


 何が起きているのか、理解するのに時間がかかった。


 カナート公爵のご令嬢に尻もちをつかせたのだ。


 カナート公爵が儂の古い友人であるとはいえ、彼の長女に恥をさらさせてしまったのだ。


 取り返しのつかない失態を犯したのだ。


 周囲の貴族からはヘルマンの悪口が聞こえてくる。


 どうしよう……。


 この後何をしたらいいのだろう。


 頭が真っ白になり、全然思考できない。




 すると、フレア嬢が立ち上がり、ダンス終わりの一礼をヘルマンと一緒にしたのだ。


 それを見て、何をすればいいのか理解できた。


「ヘルマンが抱きとめることができなかったが、幼い子供の社交場なのだ。許して欲しい。そして、フレア。転ばせてしまい、申し訳ない。後ほど改めて謝罪をするが、今はこの言葉だけでも言わせてくれ」


 その後、場内は多少の落ち着きを取り戻し、舞踏会の続きが開かれた。


 ここからはランスも踊る。


 このときにはすでにヘルマンのことは頭の中から消え、ランスのことしか考えていなかった。ランスの踊りを始めてみるので、とても楽しみだ。



 ダンスが始まった。


 今はすべての貴族の息子・娘が揃って踊っている。


 ランスの踊りは素晴らしい。


 同じ5歳児の中では頭一つ抜けていて、15歳児と同じくらいレベルの高いダンスを踊っている。


 ランスの相手をしているフレア嬢のダンスも素晴らしい。


 周りの子供たちが力んでいるのに対し、フレアのダンスはとてもなめらかで、美しい。


 ランスとフレア嬢の踊りはこの場で踊っているどのペアよりも美しく、輝いていた。




 パーティーのお開きを宣言するためにランスを呼び、踏み台に上った。


「今宵の夜会も素晴らしかった。……子供たちはいくつか失敗をしたが、それらを糧にして成長してもらいたい。……」


とお開きを宣言し、この場から退場しようとした。


 けれど、この場にエルマとヘルマンがいない。


 近くにいる騎士に問いただした。


「エルマとヘルマンはどうした?」


「それが……」


 歯切れが悪いな。


「早よ申すのだ。」

「はい。王妃様と殿下は先に城へとお帰りになられました」


 あぁ。ヘルマンはダメだったか。


 最後までこの場に残り、王族の務めを果たすことができなかったか。




 この時、儂は決めた。


 ランスをこの国の王太子にする。

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