第11話 お披露目の準備

 翌日。


 今日は国中に俺が王太子となることを発表する日だ。


 というわけで、城内は朝から大忙し。


 王族が正装を着て国民の前に赴かないといけないのだ。


 それに、城門に王族が立つということで警備も強化しないといけない。そのため、メイドも騎士も大忙しなのだ。


 そういうわけで、朝は城内の騒々しさに目が覚めてしまった。昨日は夜遅くまで家族で団欒だんらんしたため眠気がかなり残っており、ぼうっとしている。


 体を起こしてぼうっとしているなか、ドアがノックされた。


「ランス様。おはようございます」

「おはよう、マリア。入っていいよ」

「失礼いたします」


 そう言って、マリアは部屋に入ってきた。


「本日のお披露目は午後3時からとなっております。そのため、昼食までの時間は自由にしていただいて結構です。昼食後は衣装に着替えてもらい、髪形を整え、その後お披露目となります」

「わかった。ありがとう」


 そう言うと、マリアは洗面器と着替えを置いて部屋から出て行った。


 俺は顔を洗うと寝間着から着替え、食卓に向かった。


「おはようございます」

「「おはよう、ランス」」

「おはようございます。お兄様」

「おはよう、ソフィア」


 食卓にはすでにお父様とお母様、ソフィアが座っていた。


 お婆様とヘルマン兄様はいなかったが、食べ始めることになった。


「ランス。スピーチは考えたかね?」

「はい。昨晩のうちに原稿を仕上げました」

「そうか。後で見せてもらおう。今日は国中から貴族が集まるのだ。素晴らしいスピーチを期待しているぞ」


 そういうとお父様はニヤリと笑った。


 まったく。お披露目を前に緊張させる言葉をかける親がいていいものだろうか。ここは、「儂も一緒にいるから心配することはない」などと緊張をほぐすような言葉をかけるものなのに、ひどいお父様だ。それも、お父様のニヤニヤが止まらない。俺を揶揄からかって楽しんでいるのだ。


「ライオノール。そんなこと言わないで。ランスが可哀そうだわ」

「そうですよ、お父様。お兄様が可哀そうです」

「お前たち……」


 お母様とソフィアは俺の味方だった。形勢逆転されたお父様はしょぼんと畏縮した。


「それと、お披露目の後はパーティーがあるからそのつもりで」

「えっ! それって王族主催子供のパーティーですか?」

「いや。それは2月後に行う。今晩のものはお披露目パーティだ。各貴族に挨拶しないといけないから大変なことになるだろうが、頑張りたまえ」


 まったく。昨日今日で急な予定を教えるんだから。


「カナート公爵とアウルム公爵が子供たちも連れてくるそうだ。今日は貴族たちへの挨拶がメインだが、時間に余裕ができたら4人に会いに行くといい。少しは気が落ち着くだろう」


 4人が来てくれるのか!


「ジークたちが来てくれるのですか?! 明日か明後日に城に呼んでもいいですか?」

「あぁ。いいとも」


 その後も世間話をしながら朝食を摂った。



 * * *



 朝食を摂り、俺はお父様の私室へお父様と向かった。


「それで、スピーチの原稿を見せてくれ」


 そう言われたので、お父様に原稿を見せた。


 原稿を見せると、お父様は満足そうにうなづいた。


「完璧なスピーチではないか。5年の間にこんなにも立派なスピーチを考えるまで成長するとは。儂はとても嬉しいぞ」


 そう言うと、俺の頭を撫でてくれた。


「ランス、緊張しているか?」

「はい。初めて国民の皆さんに会うので、どのような反応されるのかとても心配です」

「そうか。心配するな。国民はいつも国王を信じているのだ。それはただの信頼ではなく、永年この王国と国民が守られてきたという事実に基づく信頼なのだ。だから、お前も国民を信頼し、国民に信頼してもらえるような政治をすれば国民は自然と付いてくる。堂々としておればそれで十分だ」


 なるほど。これが上に立つものとしての振る舞いか。


「わかりました、お父様」

「ランスも立派になったな。今王位を継いでも問題ないくらいだ」

「そんなこと言わないでください! お父様はまだまだ仕事できる身です」

「少しは儂を労ってくれても良いと思うのだが。儂は18歳で王位を継いだから、ランスもあと10年したら王位を継いでも問題ないだろう。それに、儂はもう42歳じゃ。そろそろゆっくり過ごして、孫の顔を見たいものだ」

「もう42歳ではなく、まだ42歳です。その歳で弱音を吐いていては、いけません。まだまだ元気でいて下さい!」

「あぁ、すまぬ。少し冗談が過ぎたな」


 まったく、どれほど冗談のつもりで言ったのか分からないから心配だ。10年したら王位を継がせるみたいなことを言っていたから、本当にそうなったら俺は政務に明け暮れ、休みがとれないだろうなと思い、不安になった。


「そういえば、ランスにはまだ教えていない貴族たちがいたよな。今夜のパーティーには小さい子供のいない貴族も来るから、もう少し勉強しておくか」


 というわけで、お父様と貴族の家族関係についての勉強が始まった。



 * * *



 お父様から貴族について1時間ほど教わった後は、家族4人で団欒だんらんした。


 庭にテーブルと椅子を用意し、紅茶をたしなみながら話に花を咲かせた。


「ソフィアは最近何をしているのか?」

「礼儀作法や教養の勉強が一段落したので、最近は魔法や魔術の勉強をしています」

「そうか。たしか、ソフィアは光魔法と治癒魔法が使えたよな?」

「はい。基本属性は使えませんが、光魔法と治癒魔法が使えます。けれど、この2つは難易度が高く、古代人言語が使えるようにならないとまともな魔法を使うことができないので、今勉強している現代人間語と現代魔術言語を身につけても魔法を使えそうにありません」


 そう。特殊属性はとても難易度が高く、現代人間語と現代魔術言語ではまともなものは使えないのだ。治癒魔法ならできて擦り傷を治すとか、2cm程の切り傷を治すといったことしかできない。その為、現代言語しか使えない治癒魔法の使い手は使い物にならず、その上特殊属性を仕事として使える魔法師はとても少ないので、治癒を使う為には魔術師を頼らないといけないのが現状だ。


「そうか。いつかソフィアの魔法や魔術を見れる日が来るのを楽しみにしておるぞ」

「はい! お父様が病気を患っても、私が治してみせます!」

「頼もしい限りだ。こんなに可愛い娘に労ってもらえるなんて、儂は幸せじゃ」


 ソフィアにも魔法の才能があるのだ。魔法の適性があるのは十数人に一人しかいないと言われているなか、俺、ハイド、フレア、サリー、ソフィアが適正持ちなのだ。俺の周りにいる人たちは優秀すぎて困ってしまう。


「話は変わるが、ソフィアも5歳になったことだし、折角だから今日は儂らと一緒に国民に顔を出そう」

「えっ! 私もですか?」

「あぁ。家族みんなで国民に会いに行こう。皆喜んでくれるだろう」

「そんな……数時間前に言われても困ります。せめて、朝食の時に言ってください」

「すまん。一応、何かあったときのためにソフィアの衣装は用意してあるのだ。問題はないだろう。それに今回の主役はランスだから、ソフィアは何もしなくていいよ。次に国民に会う機会があったらそうもいかないがな」


 ソフィアも一緒に城門に立つのか。これまでの公式行事ではソフィアがいなかったから、とっても嬉しい。


「今日はソフィアも一緒だね。皆で家族仲がとってもいいことを国民に見せつけよう!」

「そうですね。今更駄々をこねても仕方ないですね。お兄様の言う通り、国民の皆さんに私たちの仲が世界一良いことを見せつけましょう!」


 すると、ソフィアの嬉しそうな顔が一転し、心配そうな顔をしてお父様に尋ねた。


「夜のパーティーに私は出席するべきでしょうか?」

「いや、必要ないだろう。今日は子供はほとんど来ないから、ソフィアがいてもやることはないだろう。けど、2ヶ月後の子供のパーティーには主席してもらうから、そのつもりで。礼儀作法に問題がないか確認しておくように」

「わかりました、お父様」


 すると、ソフィアは安堵の表情を浮かべた。


「今夜いきなり貴族とお話をしないといけないのかと考えると、とても不安になりましたので……」

「そうだな。初めての社交会への参加が数時間前に知らされたとなると、緊張してしまうよな」

「当たり前じゃないですか! それも、緊張するどころじゃないですよ。ただでさえ国民に顔を見せるとさっき言われたばかりで焦っているのに、夜のパーティで追い打ちをかけられては身が持ちません」

「すまないから、もう許してくれ」


 娘に怒られたお父様はとてつもなく焦っている。本当にこの親は親バカだ。娘に少し怒られてくらいでこんなにも焦って……。一国の王も家族には甘いものだなぁ。


「お父様。俺は今日王太子になるのですが、何か変わることはあるのですか?」

「あぁ、あるとも。まず、儂が遠出をしたり、病で意識がないとき、お前が儂の代理人になるのだ。つまり、儂が城で政務を行えないときはお前が最高権力者になるのじゃ」


 あっ。かなりの権力を手に入れたのか。


「あと、いくつかの国政はお前にやってもらう。国王になる前に現場を知っておく必要があるからな。だから、いくつかの王族教育が終わったことだし、その時間を政務に当てなさい」


 そうか。仕事をしないといけなくなるのか。これまで好きな勉強を好きなだけで来ていたけど、今日からはそうもいかなくなるのか。まぁ、仕方ないか。前世では社畜だったし。自慢することではないが、奴隷根性だけは誰にも負けないぜ!


「わかりました」

「あと、儂が出席する会議すべてに出席してもらう。それと、すべての部署を視察してもらう。どの部署でどのような業務が行われているのか、実際に見ておいた方がいいだろう」


 なんだか、会社で言うところの新人研修みたいだなぁ。初心に戻った気分はいいものだ。


 その後も4人で話に花を咲かせた。



 * * *



 お昼を食べ終えると、着替えの時間になった。


 服は、「これぞ王族」と言わんばかりのものだった。赤と白を基調とした服で、赤いマントには金で王家の紋章が刺繍されている。この服にいくらかかっているのだろうか。前にも言ったが、前世ではリクルートスーツしか来たことがなかったため、このような高価な服を着るのは憚られるのだ。


 着替えはすぐに終わった。俺は肌がきれいなため、化粧をする必要もなく、着替えた後はただただ暇だった。


 その為、俺は本を読むことにした。


 本のタイトルは『古代エルフ文字』。


 勿論もちろん、エルフ語で書かれている。


 古代魔術言語を使えても特別すごいことができるというわけではなかった。治癒魔法で言うところの、皮膚や筋肉、骨の切り傷は直すことはできるが、深く傷ついた内臓を癒すことはできなかった。それに、原因不明の流行り病は治すことは古代魔術言語を習得して初めてできるようになったのだが、膨大な魔力が必要となり、余程膨大な魔力を持っていない限り繰り返し使うことは難しいと思われる。原因となるウイルス・細菌がが分かっていれば少ない魔力で治癒できるのだが。


 そういうわけで、古代エルフ文字を身につけるとこういったことができるかもしれないと思い、勉強することにした。


 近くにマリアがいたので聞いてみた。


「マリア、古代エルフ文字を使える魔法師や魔術師っているの?」

「古代エルフ文字を使える人間はおりません。現在使えるのは一部のエルフのみとなっております」

「そうなのか。ということは、俺が古代エルフ文字を身につけたら、俺が唯一古代エルフ文字を使える魔法師になれるの?」

「そうですね。ランス様が古代エルフ文字を使えるようになる日を待ち望んでおります」


 そう言われて、本を読み始めた。


 補足するが、古代エルフ文字の教本はエルフ文字のものしかなかった。人間語で書かれた教本を探したのだが、城の書庫には1冊もなかったのだ。そこで、近衛魔法師や城で働いている者に「人間語で書かれた古代エルフ文字の教本は無いの?」と聞きまわったのだが、「そのような本は今まで一度も見たこともありません」と皆同じ回答をするのだ。


 つまり、この世界の魔法師・魔術師は古代エルフ文字を使うためにはエルフ語を学ばないといけず、そのエルフ語を話せる人は一握りしかいないため、結果的に古代エルフ文字を使える人間はいないのだ。




 しばらく本を読んでいると、ドアがノックされた。


「ランス、入ってもいいかね?」

「どうぞ」


 そう言うと、お父様が入ってきた。


「ランス。似合っているではないか。王太子の衣装を着たランスはかっこいいぞ」

「ありがとうございます!」


 その後、しばらく2人で世間話をした。


 すると、マリアが声をかけてきた。


「陛下、ランス様。王妃様とソフィア様のお着替えが終わりました」

「そうか。ランス、ナナリーとソフィアを見に行こうではないか」

「はい!」


 そう言って、俺とお父様はお母様とナナリーがいる部屋に向かった。


「お父様、今日はお婆様とヘルマン兄様は国民に会わないのですか?」

「あぁ。昨日あれだけ騒いでいたのだ。落ち着いているはずがなかろう。家族の醜態を国民に見せるわけにはいかないからな。一日中部屋にいるよう命じてある。今日は4人だけで国民に会いに行こう」

「わかりました」


 そのほうがいいかもしれない。城門に立ったお婆様が「どうしてヘルマンを王太子にしないのですか?!」なんて騒ぎだしたら大変だからな。あのお婆様ならやりかねない。




 お母様とソフィアがいる部屋に入ると、そこにはとても綺麗な2人がいた。ありきたりな言葉だが、綺麗としか言いようがない。


 お母様は腰まで伸びた水色の髪に、青い目をしている。顔は平均より少し小さめで、なにより鼻がとても小さい。柔らかい表情を浮かべ、その顔からは母性が溢れ出ている。甘えたくなる衝動を抑えないといけないほどお母様の表情はとても優しいものだった。


 一方、ソフィアも肩まで伸びた水色の髪に、青い目をしている。青い目は家族4人一緒だ。顔は子供らしいふっくらとしたもので、目元はクリっとしており、とっても可愛い。保護欲が搔き立てられる、そのような妹の姿を見て抱き締めたい衝動が湧き上がってきた。何とか抑えることができたので、良かった。


「どう? 私たち、似合っているかしら?」

「あぁ。久しぶりにナナリーが王家の衣装を着た姿を見たが、いつ見ても似合っているな。ソフィアも似合っているぞ」

「とてもお似合いです」

「「そう? ありがとう!」」


 その後、城門まで移動した。

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