第3話 2歳

 2歳になった。


 2歳の誕生日も祝ってくれなかった。いつになったら誕生日を祝ってくれるのか、不安だ。


 それとも、俺の誕生日なんて忘れられてしまったのだろうか? 父さんも母さんも忙しいからかなかなか会いに来てくれないので、とても寂しい。


 けれども、最近は母さんがよく俺の様子を見に来てくれる。数か月前まで忙しそうにしており、1日に2,3回の授乳のときにしか顔を出してくれなかった。


 勿論もちろん、2,3回の授乳だけでは足りないので、主にマリアに授乳してもらってはいたが。


 けれど、最近は授乳のとき以外でも俺の様子を見に来てくれるのだ。


 それも、俺が勉強している時間を避けて来てくれるのだ。


 俺が文字の勉強に集中している時間を避けて会いに来てくれるのはとてもありがたい。集中力が1度切れてしまうとその集中力を取り戻すために数分かかってしまうため、できることなら集中しているときに話しかけて欲しくないのだ。


 そのため、俺が勉強していない時間に母さんが会いに来てくれたときは一杯甘えた。生後2ヶ月くらいまでは父さんも母さんも俺を一杯甘やかしてくれたが、その後は全然俺のところに来なかった。甘やかしすぎるのは良くないと思ってのことだろう。


 父さんはなかなか会いに来てくれない。


 それも、育児放棄を疑ってしまうほど、全然会いに来てくれない。


 週に1度は顔を出すようにしているのはわかるが、本当に週に1度しか会いに来てくれないのだ。生みの親と全然顔を合わせることができないのは辛い。


 そういうわけで、多少の不満はあるが元気に暮らしている。


 それと、母さんが二人目を身寵った。


 俺に会いに来てくれる機会が増えたのも、妊娠で仕事を減らしたからだろう。


 とにかく、めでたいことだ。


 そうそう。文字は1,2か月前にすべて覚えてしまった。


 文法はとても簡単だった。


 文型が決まっていて、あとは単語と活用を覚えるだけだった。 


 西洋の言語は本当に覚えやすい。まぁ、この世界の言語が西洋に似ていて本当に良かった。


 日本語だと、付属語によって名詞や動詞の意味がぜんぜん変わってくるからな。それも、主語・述語以外の文節の位置を交換しても多くの場合問題ないので、外国人が勉強するとなるときっと難しいのだろう。


 まぁ、そういうわけで、2歳にしてこの世界の言葉をマスターしたのだ。


 そして、口の筋肉も発達してきたので、発音もなんとかできるようになった。


 けれど、前世では数千の言語が存在していたからな。もしかしたらこの世界にもたくさんの言語があるかもしれない。


 気になったので、マリアに聞いてみた。


「マリア」

「ランス様、何でございましょう」

「この世界にはいくつの言語があるの?」

「今も使われている言語は人間語、獣人語、エルフ後、ドワーフ語、魚人語、魔人語が主なものですね」


 えっ! この世界にエルフや魚人がいるの? まじでファンタジーだ!


「他にはどんなものがあるの?」

「魔法や魔術で様々な言語が使われていますよ。現代人間語、現代魔術言語、古代人間語、古代魔術言語、古代エルフ言語、あとは神殿言語ですね」


 ん? 神殿言語? なにそれ。


「神殿言語って何?」

「これは、魔法や魔術の勉強の際に教わることです。せっかくなので、魔法や魔術について基本的なことを学びましょう」


 そいういうことで、マリアによる説明が始まった。


「魔法を発動するには正しい詠唱が必要で、魔術を発動するには正しい陣を描くことが必要です。魔法で使われる詠唱には6種類があり、現代人間語、現代魔術言語、古代人間語、古代魔術言語、古代エルフ言語、神殿言語があります。

 なぜこんなにも種類が豊富なのかというと、使う言語によって発動する魔法の威力が全然異なるからです。私が先ほど申し上げた順に現代人間語が最も威力が弱く、神殿言語が最も強いと言われています。それに加え、魔法の威力が強い言語ほど、理解が難しくなります。魔術に使われる言語も魔法とまったく同じです」


 ほぉ。こんなにも沢山あるのか。これは、勉強のやりがいがありそうだ。


「本題に戻りますが、神殿言語を使えるものはこの世界にいません」


 ん? どうして使い手がいない魔法や魔術の言語が残っているんだろう?


「神殿言語を解読しようと試みるものは多いのですが、解読に成功したものは一人もいません」


 それって、どれだけ難しいの? ヤバい。ワクワクしてきた。


「そういうことなんだ。最初の話に戻るけど、僕は獣人語とか魚人語は覚えないといけないの?」

「なにも覚えないといけないということはありませんが、覚えられた方がよろしいですよ。今でこそ人間語が他種族にも広まり、彼らともコミュニケーションをとれるようになりましたが、人間語を使える他種族は百人に一人ほどしかいません」


 やはりか。どうやら、早急に他言語を覚える必要があるようだ。


「じゃあ、獣人語とか魚人語を教えて」

「私は話せませんので、それはできません。そもそも、他言語を使える人間はこの王国に10人もいません」


 えっ! じゃあ、諦めるしかないのかな。


「陛下にランス様が他言語を学びたいと仰っている旨をお伝えしておきましょう」


 ん? 陛下? どういうこと?


「陛下って、どういうこと?」

「そうでした。ランス様にはまだお話していませんでしたね」


 そういうと、一拍おいてマリアは話し始めた。


「ランス様のお父様はラノア王国国王、ライオノール・ド・ラノア様です」


 えっ!


 俺って王族だったの?


 聞いてないけど!


「うそ……」

「本当です。ランス様が他言語を学びたいと仰っていることを今伝えてきますね」


 そう言うと、マリアは部屋を出て行った。


 うそ!


 この国って、王国だったの?


 中世ヨーロッパのような世界だと思っていたが、まさか王政が敷かれていたとは。


 きっと、日本のような象徴制ではないだろう。実際に国王が最高権力をもって政治が行われているのだろう。


 まぁ、俺には兄がいるからきっと国王にはなれないだろう。城から出てどうくらしていくのか考えておかないと。



 * * *



 その日の夜、父上が久しぶりに訪れた。


「ランス、しばらく会えなくてごめんよ」

「父上、大丈夫ですよ。マリアに文字を教わったり、本を読んだりしているので、僕は一人でも問題ありません」


 なんだか、シングルファザー・マザーの家庭の〝よくできた〟子供のような台詞のようだな。まぁ、実際に父さんは忙しそうだからシングルファーザーの家庭と似たような境遇ではあるが。


 あと、父さんを父上と呼ぶことにした。王族と知ったので、それっぽい言葉を使ってみた。それと、〝俺〟だと年齢に相応しくないと思い、1人称は〝僕〟にした。


「父上と呼ばないでお父様と呼んで。堅苦しいのはあまり好きじゃない」


 俺と同じく、堅苦しいのが好きな人ではなかった。父上、母上呼びしていると距離感を感じてしまうからちょうどよかった。


「それより、他の言語を学びたいだって?」

「はい。お父様は何語を話すことができますか?」

「儂は獣人語を何とか覚えたな。それ以外は覚えることができなかった」


 お父様は一言語で断念したようだ。


 でも、俺は全言語を制覇してみせる!


 この世界には言語がたった6つしかないのだ。すべて覚えるに限る!


「それで、どの言語を学びたい?」

「本音を言えば全部なのですが、一度に5つの言語を学ぶのは難しいので、まずは獣人語、魚人語、魔人語を勉強したいです」


 すると、お父様が驚いた顔をした。全部の言語を覚えたいというのは傲慢だっただろうか?


「一度に3つの言語を学ぶのか?」

「はい。今の自分なら3つくらいなら問題ないと思います。人間語と同じように、1,2年で身に着けることができると思います」


 さすがに、3言語の講師を雇うとなるとお金がかかるだろうか? お父様は僕に1つずつ、着実に言語を身に着けて欲しいのだろか?


「わかった。獣人語、魚人語、魔人語の講師を雇おう。けど、一度に3つ覚えるのは難しいと感じたらすぐに教えてくれ。いろいろなものが欲しいと思うのはいいが、それで一つ一つが疎かになってしまっては本末転倒だからな」


 やった! これで他言語を勉強できる!


「あぁ、それと、3歳になったら他言語の講師とは別の講師をつけるから、そのつもりでいるように」

「ん? 何を学ぶのですか?」

「ランスは王族なのだ。王族として覚えておかないことは沢山ある。礼儀作法、文学、歴史、文化といった教養に、地理、政治、経済、算術、剣術、体術、兵法、魔法、魔術、魔道具、錬金術、あと帝王学も学んでいて損はないだろう」


 ん? 帝王学って? 王位継承権2位の俺が学んでも意味が無いことだと思うが、どうしてだろう?


 まぁ、学べるのだったら、学んでいて損はないだろう。面白そうだし。


 知っていて得することが無かったとしても、知らないで損することもあるかもしれないからな。


 それより、俺の興味をそそるものは他にあった。


「魔法や魔術も学べるのですか?」

「ランスに適性があるかどうかはわからないが、適性の有無に関わらず覚えていた方がいいだろう。適性が無かったら座学だけ勉強してもらう。いざ魔法師や魔術師と戦闘になったとき、相手の戦い方を知っているのと知らないとでは戦いやすさが違うだろうからな」


 やはり、魔法や魔術には適性があるのか。ラノベと展開がとても似ていて、びっくり。


「魔道具と錬金術は難しいようだったら初歩的なものだけ学べば十分で、無理をする必要は無いから安心しておいて」


 その後、お父様と他愛ない話を少ししてから、俺は寝ることにした。

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