第36話 グリーンパーティー その1
2日後。
グリーンパーティー当日となった。
昨日はお母様と一緒に離宮へ赴き、会場の最終チェックを行った。
その際、バルマとサラを含めた近衛兵数名を連れ、警備の確認を念入りに行った。これ以上の挙兵対策はできないであろう。
そして、時は現在。
昼食を摂り、着替えに取り掛かっている。
といっても、お披露目パーティーや戴冠パーティーのときと同様、着替えに大した時間は掛からない。着替えを終えると、俺は前回同様、古代エルフ文字の教本を読むことにした。
古代エルフ文字の教本だが、最近は
こうして数時間本を読み続け、その後はパーティーの最終確認を行った。仕事をしても良かったのだが、パーティーの日の午後は仕事をせずにリラックスすると決めているのだ。特に、今日は会計報告書に意味の分からない記載をしている貴族に
「ランス様。マリアです」
「入って行っていいよ」
「失礼いたします」
マリアは部屋に入ると一礼して、話し始めた。
「ランス様。王太合殿下とソフィア様の準備が整いました」
「わかった。それじゃあ、行くか」
俺は広げていた書類を片付けると部屋を後にした。
* * *
「お母様、ソフィア。ランスです」
俺はドアをノックして話しかけた。
「入っていいわよ」
「失礼します」
ドアを開くと、そこには美しく着飾ったお母様とソフィアがいた。
お母様は戴冠パーティーのときと同じ衣装を着ている。そのドレスは比較的濃い青を基調としており、襟や裾には白のレースがあしらわれている。その上、
さらに、先日は身に着けていなかったが、今日はルビーの様に赤い小さな宝石が装飾されたイヤリングを両耳に身に着けている。控えめなイヤリングである為、お母様の美しさがより一層際立っている。
そして、ソフィアが身に着けているドレスは今日の為に仕立てられたものである。淡いピンクのドレスで、胸元には1cm程の涙形をした金の粒が3つ装飾されている。真っ白なイブニンググローブと淡いピンクのドレスは、お母様より薄い水色の髪と相まってとても可愛らしい。
「月並みな表現ですが、とてもお似合いです」
「ありがとう。ランスからそう言われるだけで私は嬉しいわ」
「私もお兄様から褒めていただけるだけでとても嬉しいです!」
2人のお気に
「そういえば、ソフィアは貴族の家族関係について勉強したの?」
俺は気になったのでソフィアに尋ねた。
「はい。お母様に教わりました」
「そうだったんだ。お母様、ソフィアに教えて下さりありがとうございます。パーティー直前まで失念していました」
「仕方ないわよ。ランスはここ2ヶ月の間、ずっと忙しくしていたのだもの」
俺はソフィアがパーティーに向けて準備万端であることに一安心した。
「お母様。今日は王族の衣装ではないのですね」
俺はこのことが気になったのでお母様に尋ねた。
「そうね。今日は私たちが祝福されるようなパーティーではないからね。明日は王族の衣装になるけれど、今日はこれで行きましょう」
「そうですね。けれど、この衣装、2ヶ月の戴冠式でも召されていたような……」
「あっ!」
お母様が驚いて見せ、開いた口を右手で隠した。
「やってしまったわね」
「やはり、あの時は王族の衣装を着るべきだったのですね」
「そうね……次からは気を付けますね」
お母様もミスをしてしまったようだ。
「ソフィア。今日のパーティーについてお母様から何か聞いている?」
「何かと言いますと……?」
この様子では、襲撃があることを聞いていないようだ。
「マリア。人払いしてくれる?」
「畏まりました」
俺はマリアに人払いをしてもらい、部屋の中に俺とお母様とソフィアの3人だけが残った。
「お母様。ソフィアにあのことを伝えてもいいですか?」
「そうね……伝えておいた方がソフィアも冷静に対応できるでしょう。いいわよ」
お母様の許可を貰ったことで、俺はソフィアに知らせることにした。
「ソフィア。今日か明日のパーティーで襲撃にあうかもしれない」
「襲撃ですか?!」
ソフィアが驚いて見せた。
「うん。近衛兵と三公爵に協力をお願いしてできるだけの対策をしたのだが、これで十分かは分からない。ソフィアも『何かあるかもしれない』っていう心構えをしておいて」
「わ、わかりました……」
ソフィアは動揺を隠せずにいる。
「襲撃者の目的は分かっているのですか?」
「分かっていないわよ。だから、有効な対策を取れなくて困っているの」
ソフィアの問いにお母様が答えてくれた。
「だから、ソフィアは俺とお母様からできるだけ遠くに行かないようにしてね。何かあったら俺が守るから」
「それでは、お兄様が危ないです! お兄様も会場の警備兵に任せて前線に出ないで下さい!」
「フレアにも同じこと言われたな……」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「うん。でも、皆の命が危険に
「ですが……」
「俺は何としてでもお母様とソフィアの命を守ってみせるよ」
俺はソフィアの発言を
すると、ソフィアは俺に
「……わかりました。けれど、お兄様。決して無理をなさらないで下さい」
「うん。ありがとう」
俺はソフィアの
「さぁ。会場に向かいましょう」
お母様の一言で馬車の停車場へと向かった。
* * *
会場に着く頃には、既に陽は落ちていた。
馬車を降りると、昨年と同様、
それにしても、この離宮は大きいなぁ。
普段は一切利用されていない為、この大きな離宮は宝の持ち腐れのように思える。
「ソフィアは初めてだね。緊張していない?」
馬車を降りるとお母様がソフィアに尋ねた。
「はい。こうしてお母様が手を
「でも、パーティーが始まるとソフィアの手を繋ぐことはできないけど、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「それならいいわ」
お母様はソフィアに笑いかけた。
館内に入り、目的の大広間へと向かった。
「ランス、ソフィア。準備は良い?」
「「はい」」
「了解」
大広間の扉の前に着くとお母様は俺とソフィアに尋ね、俺とソフィアが返事をすると近衛兵に扉を開けるよう促した。
「国王陛下、王太合殿下、ソフィア様のご到着」
近衛騎士がそう言うと扉が開かれた。
そこには、いつものように貴族然とした
けれど、年の幼い子供の一部はそわそわとしており、今となっては子供のパーティーの風物詩となっている(俺だけがそう思っているかもしれないが)。
お母様を先頭に、右斜め後ろに俺が、左斜め後ろにソフィアが続く形でホール内を進み、正面の踏み台に上った。
「
お母様の一言で皆が頭を上げた。
「今日は来てくれてありがとう。ライオノールが亡くなり、それにより仕事が増えていると思うけれど、こうして多くの貴族とその子供たちが集まってくれたことに感謝します。
ライオノールはご先祖様である先の25人の国王に続き王国の発展に
しかし先日、我が夫ライオノールが
お母様はこうなることを予期していたのか。
そういえば、お母様が俺とソフィアの前で弱気になることはなかった。もしかしたら、覚悟はできていたのかもしれない。
「ライオノールは生前このように話しました。『ランスを王太子にすることで王国は
お父様はそんなことを話していたのか。
「そして、ライオノールが話をしていた通り、ランスはこの2ヶ月政務に励んできました。その様子は皆も
貴族の情報網は
「ランスが王国を牽引するにあたり、王国は新たな時代を迎える。古きものが新しきものに取って
その時に向け、このパーティーは今後とも
お母様がここで一呼吸置いた。
「この度、パーティーの名前がランスによって決まりました。
グリーンパーティー。
その名は、『未来の王国を担う次代の子供たちが芽を出し、新緑の大樹に成長していく』という私とランスの願いに由来します」
あの話をするのか……。
恥ずかし過ぎる……。
「名の由来の通り、ここに集まる子供たちがこのパーティーを通して成長の糧を得ることを願い、私の挨拶を終わりたいと思います」
グリーンパーティーの名の由来は言わなくてもよかったのに……。
「最後に、5歳になった、私とライオノールの娘ソフィアから挨拶があります」
おぉっ!
「初めまして。私はライオノール前国王陛下とナナリー王太合殿下の娘、ソフィア・ド・ラノアです」
ソフィアは手を体の前で合わせ、綺麗に一礼した。
ソフィアの一礼は様になっており、とても優雅であった。
けれど、そこにはほんの少しだけあどけなさがあり、それがとても
ソフィアが挨拶をすると拍手が湧き上がった。
拍手が鳴り止むと、いつものように公爵から挨拶が来た。
しかし、今日は少し違った。三公爵が一緒になってここまで来たのだ。
公爵たちは自身の夫人を左に連れ、子供たちを自身の前に立たせた。
「「「お久しぶりです。陛下、王太后殿下」」」
「えぇ。お久しぶりです、3人とも」
「うん。久しぶりだね」
4日前に3人を城へ招集したのだが、3人とも「久しぶり」と言った。4日前に話したことを他の貴族に
「そして、お初にお目にかかります。ソフィア姫」
「「お初にお目にかかります。ソフィア姫」」
フィーベル公爵に続いてアウルム公爵とカナート公爵が挨拶をした。
「こちらこそ。初めまして、フィーベル公爵、アウルム公爵、カナート公爵。」
ソフィアが微笑みながら応えた。
「それにしても、三公爵
お母様が3人に尋ねると、フィーベル公爵が答えた。
「そうかもしれませんね……ですが、追加の情報がないかお聞きしたかったので……」
そういうことか。
「そうでしたか。ですが
「そうですか。何もなければいいですね」
「そうね……」
皆が一様に暗い顔をし、沈黙が続いた。
「そのような顔をしないで。
俺はこの暗い雰囲気を崩す為に笑って話した。
「そうですね……折角のパーティーですもの。暗い顔をしていてはいけませんね」
アウルム公爵夫人ミルテイアが笑ってそう言った。
「そうですわね。私たちの暗い顔を見て、子供たちまでも気を悪くしてしまってはいけないからね」
「あぁ。それに、この会場には私兵を連れてきておりますので、万が一への備えは
カナート公爵夫人レミーヤとカナート公爵がそう言った。
「それでは、私共はこれにて失礼いたします」
「また話しましょうね」
「ジーク達も、後で話をしようね」
アウルム公爵が「失礼する」と言ったので、お母様と俺は公爵三家11人を見送った。
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