パーティー編
第29話 散歩
刺客が送り込まれてから1カ月半が過ぎた。
雨季が過ぎ、季節は夏へと移り変わっていた。
外は虫の音が鳴り響き、蚊(この世界ではグバと呼ばれている)も活発的に活動する為、外出した日の帰りには体の
けれど、この世界には治癒魔法や治癒魔術があり、虫刺されで炎症した箇所は治癒魔法で一瞬で治すことができる。なんて便利なのだろうか。
そして、俺はこの1カ月半の間かなり忙しくしていた。
大臣と予算の配分について話し合い、武官とダリアとの戦い方について話し合い、各部署の責任者と話し合い、各部署の視察を行い、王国兵の訓練の様子を視察したりしていた。
貴族たちの会計報告書の見直しもしたが、帳尻はすべて合っていた。ただし、意味不明な名目で支出されていたお金がいくらかあるので、これについては後日問い詰める必要があるでありそうだ。
そうして、グリーンパーティーまであと14日となった。
もうすぐ、ソフィアにとって初めての社交会が開かれる。
その準備も着々と進んでおり、先日パーティー会場である離宮へお母様と一緒に下見に行った。
いつもと同じパーティーであるのだが、シャンデリアやカーペットなど大きな備品に破損がないか確認したり、その他
まぁ、準備はメイドをはじめとする城の者にすべて任せてあるのだが、最後の確認はホストであるお母様の仕事である。俺は数年後にホストになる予定なので、お母様と一緒に会場の確認を行ったのだ。パーティーの前日にはお母様と一緒に最終確認をする予定だ。
それと、ソフィアのドレスの採寸が先月行われ、つい先日ドレスが完成したので、衣装合わせが行われた。
2か月前の俺の王太子お披露目では家族4人揃って王家の衣装を着たのだが、今回は国内貴族とのパーティーである為王家の衣装を着用せず、各々が似合う服装で出席する。
そのソフィアのドレス姿といったら、とても可愛かった。どのような衣装なのかはパーティー当日の楽しみにしておいて欲しい。
そうして、今日もまた俺は政務に励んでいる。
* * *
お昼の時間になった。
お昼は家族バラバラでとることが多い。午前中に取り組んでいたことが一区切りつくタイミングは家族でバラバラである為である。しかし、今日は家族3人の都合がついたので、3人揃って食べることになった。
料理がもうすぐサーブされるので、それまでの時間を談笑して潰している。
「ソフィアは先程まで何をしていたの?」
お母様がソフィアに尋ねた。
「礼儀作法と文学の授業を受けていました。パーティーが14日後に迫っていますので、それまでに覚えておけることはすべて覚えたいと思い、必死に勉強しています」
今のソフィアを見ていると、前世の中学・高校でテスト直前になって必死に勉強していた同級生を思い出すなぁ。俺は学校の授業で習うことは既習のもので、テスト勉強なんてする必要がなかった為、そのような経験はない。今のソフィアを見ていると、テスト勉強が
しかし、ソフィアはとても物覚えが良く、今になって必死に勉強する必要はないと思うけど……。初めての社交会で気が張っているのかもしれない。
俺はソフィアが無理をすることのないよう、注意することにした。
「ソフィアの気持ちも分かるけど‥…無理はしないでね」
「はい、お兄様」
ソフィアがこちらを向いて、満面の笑みで答えた。
その後、1~2分の間談笑していると料理がサーブされた。
この国には「いただきます」などという食前の挨拶はなく、父母やその場にいるお偉いさんが「食べよう」みたいなことを言って食べ始める。メリス教の信者は食前に挨拶をするらしいが、どういったものであるかはわからない。
「それでは、食べましょう」
お母様の一言で、食事を食べ始めた。
食事に手を付ける前に、俺は毒魔法で料理に毒が含まれていないかこっそり確認した。毒魔法とは、特殊属性魔法の一つで、主に毒を生成するために使う魔法であるが、毒物・劇物の有無を確認することもできる。お父様を亡くし、刺客に襲われて以降
食事に毒が含まれていないことを確認すると、お昼を食べ始めた。
* * *
お昼前に政務が一区切りついたので、お昼の後は散策することにした。
といっても、散策するのは城外だ。
即位前まではお父様から外出の許可を貰えなかった為、戴冠前に外出したのは公務の時だけだった。
そして2週間前、お母様に外出の許可をお願いした。初めは「1カ月前に命を狙われたというのに、外出なんて危険だわ」と突っぱねられていたが、根気よくお母様にお願いし、最終的にサラと一緒に外出することを条件に許可が下りた。
というわけで、今月から少なくとも週に一度お忍びで城を出て、王都の様子を見て回ることにしている。王国の現状を調べるには、王国の様子を
といっても、今回が2回目の外出であるのだが。
俺とサラは麻製の安そうな服に着替え、準備を整えると城の南門へと歩いていった。
南門に着き、南門を警備する近衛兵に挨拶して外へ出て行った。といっても、普通に城門から外に出たわけではない。城門からいきなり平民が出てくると「あいつら、何者なんだ?」と周囲の平民に注目されてしまう為である。そこで、城門を警備する近衛兵に挨拶すると俺とサラは自身に視覚妨害の魔法をかけ、外へ出て行ったのだ。
城を出た後は路地裏に向かった。といっても、視覚妨害の魔法をかけている間、俺はサラを視認できず、サラもまた俺を視認できない。できるのは、魔法が行使された後に残る魔力の残骸で相手を追跡するか、足跡を見て追いかけることくらいである。俺はサラと
「ここには誰もいません。魔法を解除しても問題ありません」
「了解、サラ。今日は付き合ってくれてありがとう」
「いいえ。私も陛下とお出かけできて嬉しいです」
「ありがとう。けれど、外出中は『陛下』って呼ばないでね。あと、敬語も禁止」
「しつれ……わかったわ。ノル」
サラには俺の姉というポジションで変装してもらっている。年齢は少なくとも10離れている為、姉弟に見えるか疑わしいが、これ以上の良策を思いつかなかったので姉弟という設定にした。
あと、城外では「ノル」と名乗ることにした。お父様の「ライオノール」からとった名前だ。
そういうわけで、サラには「陛下」と呼ぶことと敬語を禁止した。サラは近衛魔法師団の団長であるので、ヘマをする心配はない。
「それにしても、ノルのその服装はなんというか……その……」
「似合ってない?」
「いいえ。そういうことを言いたいわけではなく……」
サラが言いたいことはわかる。俺が麻製の安い服を着ている姿を着ている姿を見たくないのであろう。外出前にも、貴族の嫡男が着るような高価な服を着てはどうかとメイドや近衛兵たちにしつこく進言された。
けれど、そのような服装だと目立ちかねないのでこのような安物の服にしたのだ。彼ら、彼女らからすると、俺にこのような安物の服をどうしても着てほしくないそうだ。
「けれど、こういう格好をしないとどうしても街中で目立ってしまうからね。仕方ないよ」
「そうですね……」
「それより、早く行こう!」
俺は初めて王都を歩き回ることができる喜びから、ついサラの手を引いてしまった。
「あっ、待ってくださーい!」
俺はサラの言葉を無視して歩を進めた。
* * *
王都はとても
俺はこの賑わいの中、サラと隣り合って
いつもは俺の一歩後方を歩くサラが今日は右隣にいて不思議な感じだ。もし隣を歩く人が騎士であったら剣を腰に
俺とサラは
「サラ。今回俺に渡されたお小遣いっていくらだっけ?」
サラに所持金を聞いたのは、サラにお小遣いが入った袋を預けているからだ。
「銀貨10枚です」
銀貨10枚。約1000円だ。
農民の平均年収が
銀貨10枚を使い切るつもりはないのだが、これだけのお金を渡されると少しばかり申し訳ない気になる。
「それじゃあ、ここでいくつか食べよう」
そう言って、俺は何を食べるか見当をつけるためにあたりを見渡した。
「おっ! ファックスの肉がある!」
暫くの間、ファックスの肉を食べていなかったので食べることにした。
「おじさん。2つちょうだい」
「あいよ! もうすぐ焼き上がるからちょいとお待ち」
おじさんはそう言い、手元で焼いている肉に目を落とした。
「おじさん。最近どう? 王都での生活で不満や心配なことはない?」
俺は肉が焼き上がるまでの間、おじさんに王都での生活について聞いてみることにした。
「そうだなぁ〜〜。この間、国王が変わっただろ? その新しい国王を心良く思っている人がほとんどなんだけどよ、国王が8歳だからって理由で不満を感じている連中が少なからずいるんだよ」
まぁ、それについては予想の範囲内だ。
「そいつらが最近物騒なことをしているんだ。街中で一般人相手に暴力を振るったり、
そんなことが起きていたのか。この話は持ち帰ることにしよう。
「ほら。肉焼き上がったよ」
「ありがとう、おじさん」
俺はサラから銀貨1枚を受け取るとそれをおじさんに手渡し、おつりと串焼きをもらった。
少し歩き、人通りが比較的少なくなった場所に移動し、サラに声をかけた。
「サラも一緒に食べよう」
「ありがとう。ノル」
俺は密かに毒魔法で毒の有無を調べ、無毒であることを確認してからサラに手渡した。
フォックスの肉を一切れ口に入れた。
味はまあまあだった。やはり城で出される肉に比べたらかなり質が劣る。肉の臭みも強く、香辛料でなんとか誤魔化そうとしているようだが、その香辛料はとてもスパイシーで、肉の臭みと香辛料の辛みが口の中で喧嘩している。
しかし、こうした街中のB級グルメもいいものだ。転生してから城の一級品ばかり食べてきたので、限られた食材で美味しくしようとする庶民的な料理はとても懐かしい。それも、懐かしいと言っても前世の子供時代くらいにまで
「これ、
「そうですね。けれど、ノルはこれを美味しいと思うの?」
「思うけど……どういうこと?」
「『いつも料理人が作った素晴らしい食事を食べているのに、下町の屋台の料理がお口合うのかな?』と思って……」
「そうだね。料理人が手間暇かけて作った料理ばかり食べているから舌が
「そうですか……」
サラは腑に落ちない様子を見せた。
「サラは屋台の料理を食べたりするの?」
「屋台の料理はあまり食べませんが、食事処では
「へぇ。何を食べるの?」
「そうですね……シチューをよく食べますね」
サラの言葉が少しの間詰まったが、答えてくれた。
「他には?」
「他には……」
サラは必死に考えているが、なかなか答えてくれない。
「必死に考えてくれるのはありがたいけど、無理して答えなくてもいいよ?」
「すみません。いつも同じ店で同じものを注文するので」
「そうなんだ……」
サラは見るからにキャリアウーマンだからな。食事に興味がないと言われても納得してしまう。
「そうだ! そこに連れて行ってよ」
「えっ! そのようなことを言われても……」
「いいじゃん! なかなか城の外に出る機会はないのだから」
「そのようなことを言われても……私がよく通っている所は酒場ですし……」
あっ。酒場か。
酒場にはいい思い出はあまりないのだが、昼間から飲んでいるような輩はいないだろう。
「大丈夫だよ! お願い! 連れてって!」
「わっ、わかりました」
サラは渋々了承してくれた。
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