第7話 5歳 その2
あれから2か月が過ぎ、季節は夏になり、パーティー当日になった。
今日までの時間は忙しかったが、それと同時に楽しかった。
というのも、お父様と貴族の家族関係について勉強する機会が数回あったのだ。お父様にものを教わるのは初めてのことだったので、気分が高揚した。
先月にはスーツの採寸も行われた。オーダーメイドのスーツがあしらわれ、着るのが
前世では安いスーツしか着てこなかったのだ。それはしょうがないだろ?
あの頃は心身ともに疲弊していたため、身だしなみに気を付ける余裕はなく、スーツは就活のときに買ったリクルートスーツをクリーニングに出し、死ぬ時まで使い続けた。
スーツが完成し、衣装合わせのときは楽しかった。
お父様とお母様がその場に居合わせたので、スーツ姿の俺を見て「かっこいい!」だの、「かわいい!」だのとはしゃいだのだ。衣装合わせを手伝っていたメイドたちも2人の親バカっぷりにほほえましい笑みを浮かべる者と苦笑いをする者の2つに分かれた。
それはそうとして、今日はパーティー当日だ。
初めてのパーティーで、とても楽しみだ。
その一方で、前世のように俺に嫉妬し、横目で悪口を囁くような輩がいないか心配にもなった。
まぁ、なるようになるだろう。
前世でも悪口を言われたって30代前半までは耐えることができたのだ。
精神年齢も40を超えているので、5歳児の陰口を騒ぎ立てるような大人げない振る舞いもせずに済むだろう。
鏡に映る自分にそう言い聞かせた。
何だか、この言葉を見た目が5歳児の俺が言うので違和感がある。本当に転生したんだなぁ。
それはそうと、転生した俺はかなり顔面偏差値が高いと思う。少なくとも、偏差値は60以上あるだろう。
父親譲りの赤い髪と青い目。それにシュッと鼻が伸びており、顔は平均より少し小さめ。スラっとした体型に適度な筋肉がついていて、ゆくゆくはモデル体型になりそうだ。
前世では顔立ちがあまりよくなかったことからいじめにも発展したこともあったので、こればかりは本当に嬉しい。
しばらくすると、私室のドアがノックされ、マリアが入ってきた。
「ランス様、出発のお時間です」
「わかった。今行く」
俺は襟を整え、部屋から出て行った。
城の正門には既にお父様と継母であるお婆様が並んでいて、その隣にヘルマン兄様とお母様がいた。
お婆様は今年で42歳になる。紫のドレスにバイオレットサファイアのイヤリング、白のイブニンググローブをつけており、またそれらが黒髪と黒目を相まって、アラフォーでありながら妖艶な容姿を見せつけている。しかし、その表情はとても
一方、ヘルマン兄様は俺と同じようにスーツを着ている。しかし、吊り上がった青い目と〝へ〟の字の様に曲がった口、騎士やメイドがセットしたのにも関わらずボサボサにした黒い髪の毛が彼の印象を一段と悪くしている。
「お待たせしました」
「ふん。遅かったな」
はぁ? 喧嘩売っていえるのか、ヘルマン?
またもヘルマン兄様の暴言にイラついてしまったが、これは当然のことなのだ。
というのも、3歳の時に廊下ですれ違って以来、一度も話したことが無いのだ。俺も腹違いの兄がいることを忘れていたくらいだ。
すると、お婆様もこちらに鋭い視線を向けてきた。これ、子供に向けていい目じゃないよね? 今すぐにでも
まぁ、それはいいとして、ソフィアはお留守番だ。ソフィアの社交界デビューも3年後なので、楽しみだ。
家族全員が揃ったので、馬車に乗った。
馬車は2台に分かれていて、前方の馬車にお父様とお婆様とヘルマン兄様が、後方の馬車に俺とお母様が乗る。
馬車に乗り、正門を抜け、城外の会場へと出発した。
馬車の中では、お母様と並んで座った。
「お母様、パーティーはどのようなものですか?」
「ランスにとっては初めてのパーティーだから、お友達を見つけるいい機会だよ」
「そうですか。気の合う友達は見つかるでしょうか?」
「見つかるわよ。初めてで緊張してると思うけど、私とお父様が付いているから安心して」
その後も、お母様は俺の緊張を少しでも和らげようと沢山声をかけてくれた。
それに、俺を抱き締めて頭を撫でてくれたのだ。ここまでして落ち着かないはずが無い。
やはり、お母様の腕の中は一番心地良い。ここ以上に心安らぐ場所は見つからないだろう。
* * *
パーティー会場に着いた。
パーティー会場は城の北側にある離宮。離宮とはいえ、やはり大きな屋敷である。門を抜けると大きな西洋庭園が広がっており、建物の入り口に着くまでに馬車で20~30秒ほどかかる。
馬車から降りると、お父様の左右斜め後ろにお婆様とヘルマン兄様が並び、その後方から俺とお母様が付いていく形で会場入りした。
館内はとても奇麗だった。
外は夜の闇に包まれているというのに、館内は眩しいくらいに明るい。目が慣れるまで十秒ほどかかってしまった。
視界が明瞭になると、大きな扉の前に着いた。
「国王陛下、王妃様、ナナリー様、ヘルマン様、ランス様のご到着」
騎士がそう言うと扉が開かれた。
そこには頭を下げている貴族が大勢いた。
その
けれど、幼い子供たちは落ち着きがなかった。
10歳を超えた子供たちは場数を踏んだからか落ち着いているが、まだ幼い子供たちは落ち着きがない。
こちらをチラチラと見ており、俺と目が合うとすぐに目を
正面の踏み台に上り、振り向いた。
踏み台の上から見る景色はとても綺麗だった。
体育館程の大きさのホールで、天井には中心に大きなシャンデリアとその周りに比較的小さなシャンデリアがいくつかあり、ホール内を真昼の様に明るく照らしている。その下には100~200人の貴族がいて、まだ頭を下げ続けている。この国が封建社会なのだと改めて感じた。
「
おっ! お父様が王様っぽいせりふを言った!
いや、王様だから当然か。
初めて見るお父様の一面だったので、興奮した。
「まず初めに、今日は来てくれてありがとう。王国を担う次の世代がこうして集う機会がなかなかないため、数十年にわたりこの催しが王族主催で開かれている。今宵も金の卵がこうしてこの場に集まり、成長の糧を得ることになるだろう。……」
この後も挨拶が1,2分続き、最後になった。
「最後に、今年で5歳になった儂とナナリーの子、ランスを紹介しよう」
すると、お父様に小声で挨拶をするよう促された。
「初めまして。ライオノール陛下とナナリー様の息子、ランス・ド・ラノアです」
すると、会場から拍手が沸きあがった。
今回は名乗っただけではあるが、この挨拶は前もって帝王学で考えたものだ。人の上に立つものとして相手に舐められず、
その後、貴族が家庭ごとに挨拶に来た。
ここで、この国の貴族制を説明しておこう。爵位には
公爵、伯爵、子爵、男爵
があり、左から右へと爵位の位が下がる。そして、公爵と伯爵が上級貴族と呼ばれ、子爵と男爵が下級貴族と呼ばれている。
まず挨拶に来たのはフィーベル公爵。銀髪に青い目をしており、10年前はかなり男前だったのだろうと思ってしまうほど顔が整っている。けれど、年を経たことが原因なのか、腹が少し出ており、
「お久しぶりです、陛下」
「久しぶりだな、フィーベル公爵。近頃フィーベル領はどんな感じだ?」
「何も問題ありません。とても平和な日々が流れています」
温和な笑みを浮かべ、彼の隣に立っている女性とその隣の12歳くらいの子供に挨拶を促した。
女性は茶髪に青い目をしており、顔は小さく、ほっそりとした体型をしている。フィーベル公爵は彼女1人としか結婚していない為、フィーベル公爵とさして歳は離れていないだろう。けれども、彼女の容姿はアラサーと言ってもいいほどに美しく、彼女とすれ違う男の
子供の方は父と同じ髪色と目をしているが、かなり太っている。将来は豚公爵になりかねない体型だ。今すぐにでもダイエットを始めるべきだと思う。
「「お久しぶりです、陛下」」
「久しぶりだな、夫人、ガッツ。元気そうでなによりだ」
まぁ、普段からものすごい量の食事をしていて、元気でないはずが無い。近い将来、糖尿病や動脈硬化といった生活習慣病を患う可能性は高いが。
その後、フィーベル公爵はすぐにこの場を離れた。数十家もの貴族が挨拶に来るのだ。長居は禁物。
次に来たのはカナート公爵。金髪に黒い目をしており、背は小さいが、鍛えられた筋肉が服の上から
「お久しぶりです、陛下」
「久しぶりだな、カナート公爵。近頃カナート領はどんな感じだ?」
「今年は麦が豊作でした。おかげで税収が増え、領内は潤っています」
公爵もお父様も嬉しそうな顔を浮かべた。
「「お久しぶりです、陛下」」
「お初にお目にかかります、陛下」
「夫人とジークは久しぶりだな。隣にいるのはフレアだったか? 初めまして」
カナート公爵夫人と息子、娘が挨拶した。
カナート公爵夫人は背が低く、幼さを感じさせる容姿をしている。茶色の髪と赤い目をしており、鼻はとても小さく、全体的に
ジークは俺より3つ年上の男の子だ。彼は8歳なので俺と身長差が10cm以上あり、すこし顔を上げないと目を合わせることができない。茶色の髪の毛に、漆黒の瞳ときた。日本男児を
フレアは俺と同い年の女の子だ。長い茶髪が腰まで伸びており、深紅の目と相まってとても美しい。鼻と口が小さく、とても可愛いらしい。カナート公爵夫人にとても似ている。
お父様が2人に挨拶すると、カナート公爵もすぐに退いた。
最後に来た公爵はアウルム公爵。背は高く、細い体つきをしている。金に近い
「お久しぶりです、陛下」
「久しぶりだな、アウルム公爵。近頃アウルム領はどんな感じだ?」
「今年は魔物の数が少なかったため、農作物や家畜の被害が少なく済みました。税収の増加が見込まれ、領内の景気はとてもいいです」
へぇ。この世界には魔物がいるんだ。魔物狩りもいつかしたいなぁ。
「お久しぶりです、陛下」
「「お初にお目にかかります、陛下」」
「夫人と会うのは久しぶりだね。2人はハイドとサリーかね? 初めまして。それにしても、双子とは珍しいね。夫人には二人の出産を労いの言葉を今度を贈ろう」
アウルム公爵夫人は腰まで伸びる長い金髪に緑色の目をしている。これまでに見た公爵夫人の中では一番背が高く、
ハイドは金色の髪の毛に、エメラルドのような大きな瞳をしている。子供のあどけなさが残っており、かっこいいというより、
サリーは肩まで金色の髪の毛が伸び、紫色の瞳をしている。目鼻立ちが良く、俺の好みにどストライクの顔立ちだ。
アウルム公爵の双子が挨拶し、お父様がそう言うと、アウルム公爵は退いた。
去り際、サリーが横目でこちらを見た。
――糸数美穂。
彼女と目が合うと、ふと美穂のことが頭に思い浮かんだ。
理由は分からない。けど、彼女の顔を見れば見るほど、美穂にとても似ている。
サリーの目の色は紫色で、髪は金髪だけれども、目鼻立ちや顔の輪郭がとても似ている。
転生したというのに、前世の思い人をこんな場所で思い出すなんて。ダメだ。
前世は前世、今世は今世と割り切って生きていかないと。
いつまでも未練を引っ張っていてはダメだ。
その後、いくつもの貴族が挨拶に来たが、すべてお父様が相手してくださった。ヘルマン兄様に少しは相手させてあげた方がためになるのではないかと思ったが、この考えは心の奥底で蓋をしておいた。
すべての貴族の挨拶が終わった。30分以上かかったと思う。
その間ずっと立ち続け、笑顔を取り繕っていないといけないので、すごい気疲れした。
すると、お父様が話し始めた。
「舞踏会を始めよう。まずは、今宵の主役である子供たちから踊ってもらおう」
ようやく、舞踏会が始まった。
パーティーが始まってからここまで来るのに1時間近くかかっている。
まったく。5歳の子供に、それも夜にこのようなことをさせるなんて。貴族は大変だ。
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