脱獄ゲーム⑥

 脱獄ゲーム、全ターンが終了した。

 最終的な結果としては、囚人側が三勝、看守側が二勝となり、本来であれば囚人側の勝利でゲームは終わるのだが……もちろんb、そんな訳がない。


 ここで、『戦車』のアルカナの効果が発動されるのだから。

 故に、二勝は三勝に変わり、二敗は三敗に変わる。


「くくっ……ふふはははははははははっ!!!」


 ガラス越しにそんな高笑いが響き渡る。

 ゲームが終わり、脱獄した者もクビになった看守も全員が初めに集まった面会室へと顔を出している。


「……っ!」


 目の前で高笑いするロイドを見て、『愚者』のクラスの一人が悔しそうに歯ぎしりをする。

 その生徒だけでない。他の『愚者』の生徒も同じように悔しさで顔を歪ませていた。


 ────四人を除いて。


「あなたも裏切っていたんですのね」


「あぁ? そりゃ、デメリットがない提案は乗っておいて損はねぇだろ」


「言えてますわ」


 負けた事を悔しがる訳でもなく、勝ちを喜んでいる訳でもない。

 ただ呆気からんと、裏切りを口にする二人は飄々としている。

 その言葉を聞いて、他の面々から鋭い視線を受けるも、二人は何食わぬ顔だった。


「どうかい海原くん!? 最後の最後まで気が付かなっただろう!?」


 ロイドは、夜月に向かってそう叫ぶ。


「彼女の裏切りに気づいたのはよかった……だけど、僕が撒いた種には気づかなかった────いや、疑ってすらいなかった!」


 人は、一つの疑問を解決すると達成感が芽生える。

 物事が上手く運んでいなかった時、小さな疑問を解決した事で大きな満足感を抱き、気持ちが浮き足立ってしまうからだ。

 そして、二つ目の存在に気が付かないのだ────全ての原因が、一つ目にあると思い込んで。


「僕が用意したスパイは二人! 彼女には『首謀者の場所を教えてもらう』ようにし、彼には『最終ゲームに首謀者になる事』と命じていたんだ!」


 だからこそ、ロイドは二つの罠を張った。

 一つが、首謀者を伝える役割。もう一つが首謀者になる事。

 これによって、一つの策が失敗しても二つ目の策で


 故に、この策を完成させた時点で、ロイドは勝利を確信していた。

 皆が思い通り動かない現状に不安を抱きつつも、ロイドは確固たる自信があったのだ。

 その自信に救われたのか、『戦車』の面々は喜びで小さくガッツポーズなどしている。


 きっと、まだお偉いさんが見ている中、激しく喜べないのだろう。

 これが終わったら、祝賀会でも何でもするに違いない。


「…………」


「…………」


 ロイドが高らかに説明する中、夜月と茜は俯き黙りだ。

 それが悔しさから出たものだと、誰もが思った。


「これで……これで僕は茜と婚約できるっ! 今度こそ、拒否権なんかないんだ! 誰もが認め、誰もが祝福してくれる────僕のような優秀な男こそ、茜の隣に相応しいのだから!」


 ロイドの行動原理はクラスの為などではない。

 全ては、茜がと婚約する為に。


 その為に、ロイドは恋敵と思い込んでいる夜月の挑発に乗り、策を弄した。


 茜はアルカナを本当の意味で失い、優秀だと認めてもらえるような事はない。

 そして、逆にロイドは優秀な人材だと思われ、茜の周囲にも婚約が認められていくだろう。


 何せ、二つのアルカナ保持者になったのだから。

 これで、この都市学園でアルカナを二枚所有している生徒の仲間入りだ。


『『脱獄ゲーム』の結果を集計いたします。今しばらくお待ちください』


 面会室に敗北が近づくアナウンスが流れる。

 その時、ロイドは懐から小さなタロットを取り出した。


 そこに写るのは戦車に乗った大柄の男の絵柄。

 これこそ、ロイド達が保有する『戦車』のアルカナである。


 そして────


「『戦車』の効果を使用! する!」


『アルカナの効果を確認。再び、結果を集計いたします』


 決定的に、敗北の狼煙が上がった。

 これで本当に夜月達は三敗という結果に変えられ、勝利数が多い方が勝利するというルールで敗北を喫した。


「くっそぉおおおおおおおっ!!!」


「そ、そんな……っ!」


「だから私はやりたくなかったのにっ!!!」


 レティシアと大柄の男以外の三人が膝をついたり、頭を抱えたりと敗北の事実に打ちひしがれる。

 それを見たレティシアと男は少しだけ罪悪感で顔を歪ませるが、すぐさま顔を逸らした。


『結果の集計が完了いたしました。『愚者』、二勝三敗。『戦車』、三勝二敗。結果は以上となります』


 敗北を知らせるアナウンスが流れる。


「じゃあ、茜……これで、認めてくれるよね?」


「…………」


 ロイドは、俯く茜に向かって優しい声で語りかける。


「僕の勝ちだ。隣にいる男よりも、君には僕が相応しい」


「…………」


 その表情はいつもと変わらぬ爽やかなものだ。

 茜は顔を上げてくれないのにも関わらず、絶やさず浮かべ続けている。


 だけど、その表情には溢れんばかりの喜びが見える。

 それも当然だ。これでようやく拒否され続けた婚約に終止符が打てるのだから。


『これ以上の変更はないものとし────』


「だから、これから茜は僕の隣に────」



 敗北の告知が、終わってしまった。


 だけどそれは、


「な……っ、どうして……!?」


 そのアナウンスは、ロイドが思わずそう呟いてしまうのも仕方がない。

 何せ、誰も理解できていないのだから。他の『戦車』の生徒も、『愚者』の生徒も、裏切った二人も、どうしてそのアナウンスが流れたのかが理解できなかった。


 だけど────


「ふふっ……」


「ははっ……」


 この二人だけは、違った。


「あはははははははははははははははっ!!!」


「ふはははははははははははははははっ!!!」


 突如、二人の高笑いが響き渡る。

 お腹を抱え、皆の反応が実に愉快だと言わんばかりに、今まで堪えてきたものを吐き出した。


「いやぁ〜、相棒さんや。ここまでに動くなんて、本当に期待通りの人間だったよ」


「でしょ? 私達『愚者』ってそういう面では素直だからね〜」


「いやいや、こんな状況じゃなかったら褒めちゃあかんでしょ」


 そう軽口を叩いた後、夜月はアナウンスが流れたスピーカーをわなわなと見つめるロイドに向かって近づいた。

 ガラス越しで遮られているものの、夜月は最大限まで近づいた。


「僕のような優秀な男こそ、茜の隣が相応しい────だったか?」


 そして、最後に嘲笑うような顔を向ける。


「この程度の、相棒の隣に相応しくねぇよ」


「ッ!?」


 ロイドの顔が激しく歪む。

 だけど、そんなロイドを見てもお構いなしの夜月は、未だ現状を理解してない面々に向かって口を開く。


「生憎、賭博で問答はしたくない主義なんだ。何せ、結果が全てだからな。故に、端的に答えを教えてやる────」





「俺は、

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