排除

(この人が例の……?)


 アルカナを突きつけ、初対面の夜月を睨みつける少女————明星院茜は、一人思考の中に潜り込んでいた。

 パッとしない風貌。何処かの教養を受けている様子もなく、恐らく出自は一般家庭、そう見て判断をする茜。


 実のところ、アルカナ所持者————クラス代表である茜のところには『転入生』が来るという話は事前に聞かされていた。

 ただ、


 だけど、茜は一目で夜月が転校生だと分かった。

 本来、無断で堂々と名乗りもせずに他クラスの教室に入るという行為はないに等しい。

 大体がクラス名を名乗り、第一に要件を告げる。


 例え男子達に巻き込まれてしまったとはいえ、ここに集まる者は裕福層の最大の教育を受けてきた者達ばかりだ。

 最初に要件を告げる————教養を受けている者であれば、誰もがそこは曲げずにちゃんとこなすだろう。


 加えて、夜月の主張通り胸の紋章が一番の証拠であった。

 胸の紋章は取り外し可能のワッペン。確かに、奪おうと思えば奪える。


 だが、紋章は入学時に一度しか支給されず、夜月は知らないがこの紋章を失くしてしまえば再支給はされない。

 故に、奪われたのであればこのクラスの誰かの紋章がなくなっているはずなのだ。


 しかし、周囲を見渡しても紋章をなくしている生徒は見当たらなかった。

 つまり、という事だ。


 これが転入生だと分かった理由。

 だけど、周囲の空気は完全に偵察スパイと紋章を奪った人間として夜月を見ている。


(うん、うちのクラスが鹿の集まりでよかったぁ……。こういうところが本当にらしいや)


 他のクラスの生徒であればすぐに気づかれただろうなぁ、と茜は嬉しいような悲しいような気持ちを内心で抱く。


 では何故、夜月の主張を茜は否定したのか?

 転入生だと理解しておきながら、勝負を仕掛けるその心。

 それは————


(この学園はポッと出の平民が来ていいような場所じゃないんだから……っ!)


 都市学園は、格式ある教育機関である。

 財閥の御曹司やご令嬢、それぞれの社会に影響を与える人間が学びに来る場。

 入学試験も夜月が受けた以上に難関で、潜る門の数も少ない。ここにいる人間は『そういった試験を乗り越えてきた選ばれた人間』なのだ。


 故に、プライドがある。

 だが、夜月はそんな試験を受けずにこの門を潜り入学した。

 あまつさえ、そんな人間が自分の率いるクラスに所属する————それが許せなかったのだ。


(私は、このクラスで無事に生き残る為に————こんな人を迎える訳にはいかないっ!)


 これが茜が仕掛けた理由。

 プライドと保守故の勝負であった。


「アルカナゲーム……ねぇ?」


 夜月は茜の言葉に対し、少し目を開かせそのまま思案する。


「生憎、アルカナゲームとやらにあまり詳しくはないが……どうして俺の退学に話が繋がる? 偵察スパイだと疑うなら情報を話さないとか、どんな情報を握ったのかを吐かせたりとか色々方法があるだろ?」


「アルカナゲームによる賭けの内容は絶対に遵守される————だけど、抜け道だって色々あるからね。話さないなら手紙で伝えたりとか、漏らさないと誓っても情報が書かれた手紙を誰かが見つけたり……ってね。それだったら、退学にした方が早いから」


「うわぁ……その為だけに退学させられるって————俺の努力を初日で潰して楽しのかね君は?」


「それがクラスの為だもん、仕方ないよね」


 げっそりする夜月を見て、茜は態度を変えず一点張りで容疑をかける。

 だが、内心は単に『夜月を排除したいから』。その為に適当な理由をくっつけているに過ぎないのだ。


「どうする? 受ける? 受けなかったら君の容疑は晴れないよ?」


「…………」


 茜の煽りに対し、夜月は考え込む。


 その様子に、茜のドキドキは止まらない。

 アルカナゲームは本来『互いの了承があって初めて行う』事ができる。

 だからこそ、ここで夜月が頷かなければゲームはテーブルにすら乗らないのだ。


(バレちゃうのも時間の問題だし……ここで頷いてもらわないと)


 だからこそ、茜はアルカナを賭けたのだと、内心で補足する。


 アルカナは所持しているだけでその人間の『株』が上がる。

 世界最高峰の教育機関の各クラスの頂点の証————そんな意味合いが含まれるアルカナは全てを扱わなくても『優秀な人材』だと界隈では知らしめる事になるのだ。


 だがらこそ、誰もが欲しがる。

 自分の将来と株の為。


 だからこそ、茜は自らそのアルカナをテーブルに賭けた。

 全ては、夜月という余所者を排除するが為に。


 そして————


「まぁ、いっか……アルカナが初日で手に入るならそっちの方が都合がいいし」


(やった……!)


 頷く夜月を見て、悟られないように内心でガッツポーズをする。

 テーブルについてくれたと、これでこのクラスから追い出す事ができると、茜は


「…………」


 そんな茜を見て、夜月はジッと見据える。

 無表情を貫き、柔らかい表情ではなく真剣な表情のまま。


「じゃあ、ゲームのルールを提示するね————」


「待て、勝負内容はお前が決めるのか?」


「……アルカナを賭けたゲームはアルカナ所持者が勝負内容を決めるんだよ。それぐらい、知っててもよかったと思うんだけど」


 茜は嘆息をつく。

 夜月は若干訝しむような目を向けるが、そういう決まりがあるなら仕方ないと納得した表情を見せる。


「といっても、急にゲームを決めたからね————ここは簡単に『ブラックジャック』にしよっか」


 そう言って、茜は不敵な笑みを浮かべた。


「……それは一般的なブラックジャックでいいんだよな?」


「そうだね、でするよ。ゲームの勝敗は10ターン勝負で最終的にチップの多い人が勝者って事で」


 茜は懐から新品のトランプの箱を取り出し、それに合わせて後ろにいた女子生徒がケースに入ったチップを持ってきた。


「今回は私がディーラーをするね」


「……いいのかよ? ディーラーは一対一のブラックジャックでは不利だぞ?」


「そこはハンデだよ────私が君に負けるとは思わないからね」


 茜の表情には自信が溢れている。

 負ける訳がないと、そう知らしめるが如く夜月の言葉を飄々と答えていく。


 そして、その表情を絶やさないまま、近くの椅子に腰を下ろした。


「じゃあ、早速始めよ————君の学園生活で最初で最後の遊戯ゲーム。その対価は、互いの人生に影響を与えるもので」


 こうして、転入早々の遊戯ゲームが始まった。

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