脱獄ゲーム⑤
二ターン目が終了し、その後は三ターン、四ターンと順調にゲームは進んでいった。
蓋を開けてみれば、初めの一勝の波が途絶えてしまったかのように、囚人側が連続で勝利を収めている。
囚人側は「やっぱり、あの時はたまたまだったよなー!」と高笑いし、看守側は徐々に重たい空気になっていった。
それも当然だろう。何せ、あれ以降廊下に置かれた素敵なプレゼントはもらう事ができなかったのだから。
「ど、どうするんですかリーダー!?」
結局、看守は一人しか減らず、怒号にも近いような言葉が室内に響いた。
勝てると信じ、身を任せてみればこの現状。まさか、あの喜びは一ターンだけしか味わえないなどと、この場にいる皆は思ってもみなかったのだ。
この調子でいけば、自分達は『札なし』の烙印を押されてしまう。
それだけは、何とかして避けなければならない。
「まぁ、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられますか!?」
それでも余裕の表情を見せるロイドに、不満が募る。
怒鳴っている生徒だけでない────他の面々も、疑心を抱いてしまっていた。
これが個人戦なら、皆はここまで不満を見せず、呑気に傍観していただろう。
だが、今回は連帯責任を負うクラス同士のアルカナゲームだ。皆が上手くいっていない現状────余裕を見せるロイドに怒るのも無理はない。
「これでは私達は『札なし』です! リーダーが勝てると言ったから誘いに乗ったのに……蓋を開けてみればこんな状況ですよ!」
あれから、看守側の見張りはスパイが残してくれるメモを頼りに見張りをしようとしてきた。
だがメモはなく、仕方なく夜月と茜を除いたメンバーを本当のかくれんぼのように見張ってきた。
夜月と茜を見張らないのは至って単純────指揮者である彼らは、首謀者として脱獄する訳にはいかないからだ。
故に、選択肢からは除外される。
しかし、それでも当てられない。何人もの脱獄成功者が出て、あっという間の危機を迎えているのだ。
「絶対に勝てるから落ち着いてってば。そんなに怒ってると、僕もちゃんと説明できない」
捲し立てる生徒を宥めるロイド。
それでも、彼の表情には爽やかな笑みが浮かんでいる。
ここまでそんな笑みを浮かべているのは不気味でしかない。そんな事を、捲し立てる生徒は思った。
「まぁ、ここまでくれば自ずと理解できる────間違いなく、レティシアはしくじった。多分、茜辺りが気づいてレティシアをあからさまに監視して、行動を制限していたんだと思う」
ロイドはその生徒を座らせて、皆に向かって口を開いた。
「じゃ、じゃあ私達は次のゲームで四分の一を当てなければならないのですか……?」
こくり、と。
ロイドは首を縦に振る。
現在、脱獄に成功した事により囚人側は七人から四人になっている。
当初より当てる確率が上がったとはいえ、それでも25%────最後のターンで、この確率を当てるのは厳しい。
だからこそ、ロイドの首肯によって皆は絶望に似た不安の色を見せる。
だけど────
「僕は言ったはずだよ。絶対に勝てる、と。最後のターン────僕達は、確率論で勝負する事はない」
ロイドは、自信満々に言った。
勝てると、自分は答えが分かっているのだと。
しかし、皆の不安は消えない。
当然だ、そう言って現在進行形で違うルートを辿っているのだから。
「まず、残りのメンバーを見て欲しい」
ロイドはタブレットを操作し、皆に見えるようにディスプレイに囚人側のメンバーを映し出す。
そこに映っているのは、夜月、茜、レティシアと今にもはち切れそうな囚人服を着た男の四人であった。
「このメンバーの中に、僕達のスパイであったレティシアが残っている。しくじっているのは確実だけど、多分スパイだと確証は持たれていない」
「それは、まだ残っているからという事でしょうか……?」
「その通りだよ。確信を持っているのなら早急に排除しているだろう。まぁ、本来であれば疑心の状態でもゲームから遠ざけるのが定石なんだけど、それをしなかった……何故か?」
一拍置いて、ロイドは皆に告げる。
「それは、排除するであろうからレティシアを狙ってくる可能性があると思っているからだ」
レティシアが裏切り者だというのは、向こうも薄々は勘づいているはず。
だけど、排除しようと考えなかったのは排除するという考えを想定され、狙い撃ちをされる可能性があったからだ。
夜月達はロイド達と同じ状況で、一回でも負けてしまえばゲームに負けてしまう。
狙い撃ちされてしまう可能性が高い以上、レティシアを脱獄させる訳にはいかない。
故に、最後まで残して置くしかなかったのだ。
「そして、不安材料は結局最後まで残ってしまった。だから、茜も海原くんもレティシアから目を離せない。そこで────」
ロイドは、似ても似つかない爽やかな笑みを崩し、不敵に笑った。
「僕は最後の最後に大きな種を撒いている。絶対に、このゲームが終わるまで二人はその種には気づかない」
それで勝てるのだと、ロイドは最後にそう言い残した。
♦♦♦
「あと一勝で勝てるどー!」
「我が知略! ここまで事が上手く運べるなんて……流石は俺神! さす俺!」
最後の昼休憩。
そこで、パッツパツな男子と夜月が興奮した様子を見せている。
「まだ終わってないんだけどね……」
「気を抜いてはいけませんわよ」
そして、その様子を女性陣がため息を吐いて見守る。
「だが相棒っ! 背水の陣に立たされた俺達はここまで生き残った! つまり、流れはこちらに来ているという事! ならば、最後の最後も劇的にやり過ごせるに違いない!」
ここまで、夜月達は連戦連勝。
脱獄犯を三人も輩出した最強の囚人集団。その自身も、少しだけ分かる。
「こんなに脱獄されている看守は全員クビにしてしまえ! 俺達犯罪集団を世に放つとは、一体何事だ!?」
「初めはあんなに嫌がってたのに、今はすっかり囚人気分だね……」
茜は更に大きなため息を吐く。
興奮が冷めない夜月が、段々と面倒くさくなり、少しは最後まで緊張感を持って欲しいと切に願う。
だが、その願いは夜月に届く事はない。
「これでアルカナは俺のもんじゃぁああああああああい!!!」
きっと、この様子を見ているお偉いさんは頬を引き攣らせて罵詈雑言を浴びせているのだろう。
それほどまでに、愚かな姿であった。
「……海原くん、落ち着いてくれないと────相棒やめちゃうよ?」
「さて、最後の首謀者を決めようじゃないか」
茜の言葉によってすぐさま真剣な表情に変わる夜月。
そこまで相棒をやめるのが嫌なのかと思ったが、同時にそこまで相棒をやめて欲しくないのだと、少しだけ嬉しく思った茜である。
「なぁ、リーダー。最後は俺にやらせてくれねぇか?」
そんな時、一緒に盛り上がっていた男が夜月にお願いをする。
「そりゃまたなんで?」
「いや、最後の最後ぐらい見せ場くれよリーダー。このままじゃ、俺だけ脱獄に失敗した男のまま終わっちまう」
確かに、綺麗に脱獄を決めたメンバーや、脱獄を一度もせずに残っているメンバー比べれば、この男は少しだけ情けない姿を見せている。
まぁ、試合には直接関係ないにしろ、お偉いさんの見ているところでそんな印象のままは嫌なのだろう。
「あい、分かった。同じ男として、いいところを見せたいという気持ちは分かるからな」
そう思い、夜月は首謀者のカードを男に渡した。
何の警戒もなく、気にしていないと言わんばかりに。
「さんきゅー、リーダー」
「いいって事よ────な、明星院とレティシア?」
「私は別にいいよ〜」
「私も構いませんわ」
満場一致。
これで、男が最後の脱獄犯になる事が決定した。
『昼休憩終了残り三分を切りました』
そして、最後の脱獄の時間を知らせるアナウンスが響き渡る。
「じゃあ、皆────行こっか」
そう言って、茜が皆を促した。
このターン終われば、このゲームは完全に終了する。
この結果次第で、自分達が絶望するか喜びを分かち合うかが決まってしまう。
皆の期待を背負って最後に臨む。
それがちゃんと理解しているからなのか、最後に見せる皆の顔は先ほどのお巫山戯からはほど遠い……真剣なものであった。
「『愚者』の諸君────」
その最後の一歩を、皆が踏みしめる。
「本当に期待通りの奴らだったよ。これで俺は────高みに登れる」
♦♦♦
だが、しかし。
皆が牢屋に入り、最後のアナウンスが流れた時────
「全くリーダー様々だな」
首謀者のカードを握っている男が、愉快そうに笑った。
「こんな素直に俺に首謀者をやらせるんだからよぉ」
はち切れそうな囚人服などお構い無しに胡座をかき、目の前の太くなった鉄格子が上がるのをジッと待っていた。
徐々に暗い空間に光が差し込む。運命の瞬間は、特別な演出がある訳でもなく前回のように進んでいく。
そして────
「やぁ、最後まで残ってくれてありがとうね」
「約束だからなぁ。お前の言う通り、最後の最後まで残ってやったぜ」
『本日の脱獄者はゼロ。見張り側は職務を全う、囚人側はいつも通りの一日を終えました』
本当に、最後のアナウンスが響き渡る。
その結果は脱獄失敗をもって。
『ゲームの完全終了を確認、これにて『脱獄ゲーム』を終了といたします』
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