脱獄ゲーム④

「……さて、初っ端から敗北の危機に直面してしまった」


 両肘をテーブルにつき、夜月は両手を頭の前で組む。その姿は、追い詰められている悪徳商人を感じてしまった。


 二ターン目。

 昼休憩に突入した夜月達『愚者』は、初め同様の小さな部屋に集められていた。


「どうすんだよリーダー!? 七分の一が当てられちまったぞ!?」


「ええぃ! いきなり王手じゃねぇか!」


「あと一回当てられたらどうするのよ!」


 そして、その部屋では夜月に対して猛烈に反抗する『愚者』の面々。

 責任ある立場とはいえ、一緒に一斉に責められている姿は少し可哀想に思えた。


「ま、まだ一回目だし、落ち着いて……ね?」


「そうですわ。こればかりはというべきでしょうに」


 茜がそんな捲し立てる面々を宥める。

 援護射撃に入ったのはレティシア。この局面でも、他の生徒に比べ冷静に落ち着きを払っていた。


「だがよぉ! これじゃあ、この服脱げねぇじゃねぇか!」


「知ったこっちゃありませんわ」


 アルカナが失われそうになっている事を心配しろと、レティシアは嘆息つく。

 自分達も大概自由人だが、こいつも大概だななどと思ってしまうのは仕方ないのかもしれない。


「うーむ……偶然か、分かってたのか……」


「どうしよっか、海原くん……」


「うーむ……」


 そんな中、夜月は必死に頭を悩ます。

 ゲーム開始初っ端から王手をかけられてしまったのだ。流石に、考え込んでしまうのも無理はない。

 夜月の姿を見て、責め立てていた面々は大人しくなった。多分、これ以上喚いても仕方ないので、考える時間を与えようと考慮したのだろう。


 そして、それはレティシアも────


(まぁ、現状は理解できますわ)


 偶然に当てられたのか、それともこちらの考えが透けて見えたのか、それが分からない現状。

 そして、背後は崖の窮地に立たされてしまった。

 偶然にしろ意図的にしろ、これから違うアクションを踏まなければ同じ鉄を踏む事になる。


(ここで何か思いつかなければ、所詮はその程度といったところですわ)


 レティシアはこの状況でも冷静だ。

 いや、という表現の方が正しいのかもしれない。

 何故なら────


(がいるという事を考慮しなかった時点で、その程度の実力……という事ですものね)


 このゲームは、情報共有が遮断されたゲームだ。

 囚人は看守に、看守は囚人との接触をできないよう、脱獄するまで別々の空間に隔離するという手段が用いられた。

 持ち物検査がされたように端末も持ち込みは禁止しており、ルールでも明確に記載されてある。


 だが────


(情報共有さえできれば、このゲームは有利に事が進みますわ)


 レティシアは、確認するようにポケットの膨らみを手で触る。


『α4,不正、暴力、端末における連絡、賄賂等は発覚次第敗北とみなす』


 されているのであって、別のものでの連絡は問題ないのだ。

 例えばそう────、など。


 事実、メモ帳とペンは持ち込み検査に引っかからなかったのだから、紙における連絡はルールには抵触しない。


(『戦車』のリーダーに話を持ちかけられた時は正気を疑いましたけど……まぁ、こちらに利があるなら呑まない訳はありませんから)


 まず、先のターンを敗北した要因はレティシアにある。


 レティシアはこのゲームが始まる前、『戦車』のリーダーであるロイドと接触をしている。

 接触した理由は『変更後のルール』の提示、そして『首謀者が誰であるか』を提供する事。

 報酬は、『敗北後の立場の保証』である。


(アルカナゲームは挑まれた方が有利。であれば、私達が勝つ確率も低い────保証されるのであれば、乗らない手はないですわ)


 アルカナゲームで恐れるのは『札なし』になる事だ。

 アルカナを失くすという事は、奪われる程度の実力しかなかったという事────得られる恩恵は凄まじいが、失われた時は立場が危うくなるというデメリットも存在する。


 だが、そのデメリットがなくなれば?

 このゲームを楽に傍観する事ができるだろう。


 レティシアは今、その立場にいる。

 何故ならレティシアは


 勝てばアルカナが二つのクラスに在籍し、負けても『戦車』に立場を保証してもらえる。

 つまり、どっちに転んでもアルカナゲームのデメリットは存在しない。


(私にとっては勝ち戦……さぁ、思う存分悩んでくださいな)


 そして────


「……対策しようにも対策ができねぇ。とりあえず、このままで行くぞ」


 夜月は、悩みに悩んだ結果、アクションを変えなかった。

 一人の生徒に首謀者のカードを渡し、皆に牢屋に行くよう促す。


(これで、向こうの勝ちは決まりましたわね)


 レティシアは、促されるまま席を立った。


 ♦♦♦


 レティシアが看守側と連絡をとっている方法は極めてシンプルだ。

 誰にも見つからないように首謀者の名前が書かれたメモ帳を、牢屋前の廊下の入り口に置くだけ。

 そうすれば、看守が見張りの為に牢屋に来た時、選ぶ前に拾ってくれる。


 幸いにして、レティシアは一列並んだ牢屋の中でも

 故に、看守側は奥に行かなくとも紙を拾う事ができ、選ぶ前に決める事ができる。

 加え、牢屋に誰かが入る事も確認でき、紙を置くという行為が皆に露見する事もない。


 すべからく、事ができたように構えられている。

 だからこそ、こんなにも余裕でいられるのだ。


「ほら、皆も早く牢屋に入ろー!」


 茜が皆を促し、襖で遮られた扉の奥へと入っていく。

 皆も抵抗なくそのまま入っていった。


(ふふっ、これでお終いですわね)


 皆が牢屋に入った事を確認したレティシアは内心で笑う。

 後は、このまま紙を入り口付近に置けばこのゲームは終わる。


 そんな時────


「レティシア、どうかしたか?」


「ッ!?」


 背後から、そんな声が聞こえた。

 振り返ると、そこには『愚者』のクラスリーダーである夜月の姿があった。


「ほら、さっさと入らないとゲームが始まんねぇぞ?」


 夜月の表情は、先ほどの追い詰められたものとは違い、どこか余裕がある。

 それに加え、何故か見透かされているような……そんな雰囲気さえ感じた。


「え、えぇ……入りますわよ」


 跳ね上がる心臓を抑え、どうにか平静を装うように頷く。

 そう言ってもなお、夜月その場から動こうともしない。


 まるで、


 そして、夜月は何の脈絡もなく、不敵に笑った。


(ま、まさか……私が裏切り者だと気づいているんですの!?)


 レティシアは、その考えに至る。

 先ほどまでそんな素振りなど一切見せなかったというのに、ここにきての余裕ある表情に、この場から動こうとしない姿勢────明らかに、レティシアを疑っているようにしか見えなかった。


(侮れませんわね、うちのリーダーは……)


 ポッと出の無能としか思ってなかった夜月に対する印象が変わる。


 疑われるような行動はしていなかったのに、疑われてしまった。


 どうして? という疑問はある。下手にここで動かず、メモを置く機会を伺っていれば、疑いから確信に変わってしまう恐れがあるのだ。

 故に、レティシアは大人しく夜月が見ている中、牢屋の中に入っていった。


(向こうには悪いですけど、このターンは諦めてもらうしかありませんわね……)


 最後に見た夜月の顔を思い出す。


(ですが、疑っているのならどうして私を……?)


 脱獄に成功した者はゲームから抜けなければならない。

 疑っているのであれば、メモを置く瞬間を見張り、レティシアという不安要素を脱獄させ取り除く事だってできた。


 だけど、夜月はそれをしなかった。

 


(本当に、侮れませんわね……)




 後にゲームは進み、このターンの脱獄成功者が出た。


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