脱獄ゲーム③
「リ、リーダーの言う通りでしたっ!」
勢いよく扉が開かれ、黒服に包まれた生徒が嬉々とした表情を見せる。
その表情を見た生徒達は一斉に喜びで叫び、その生徒の帰りを総出で迎えた。
一ターン目が終了し、初手から白星を挙げたのは看守側である『戦車』だ。
二勝しか必要のない『戦車』にとっては、この一勝はかなり大きい。それぐらいは理解しているからこそ、『戦車』の面々ははしゃいでいるという表現が合っているほど、喜びを見せる。
「おかえり、よく信じてくれたね」
ロイドは立ち上がり、その生徒を迎える。
皆とは違い落ち着いている姿が、自信を表しているのだと、皆は強い安心感を覚えた。
「はいっ! リーダーの言っていた通り、牢屋の前の道に紙が落ちていました! 誰がやったんですか!?」
「まぁまぁ、落ち着いて────これからちゃんと話すからさ」
そう言って、ロイドはその生徒を席に座るように促す。
その生徒は小さく息を吸って落ち着くと、促されるまま席に座った。
「さて、これで王手もかけれた訳だし────皆には、ちゃんと説明しておこうかな」
そして、ロイドも席に座り、皆を見渡して口を開く。
「初めに言っておくけど、このゲームは確率論で片付けるようなゲームじゃないんだ。七分の三とか、七分の一……そんな確率は、考える必要もない」
「それが、プレゼントと関係があるのですか?」
「その通り。このゲームは、『如何に相手を抱き込めるか』が勝負の肝になるんだ」
ロイドは、手元にあるタブレットを拾い、画面を操作していく。
すると、テーブルの中央に小さな画面が投影され、皆の注目が集まった。
移されたのは囚人側の顔写真と名前。
これは、誰の牢屋に誰が行くかを参考にする為に用意された物であり、質素な部屋に集められる夜月達の元にはないものだ。
「普通にやれば、僕達は七分の三を当てるゲームになっている。僕達が順当に当てていけばこの確率から変化はしないけど、脱獄されればされるほど、僕達は有利に働く」
「脱獄した生徒は抜けなければいけませんからね」
「だけど、このゲームは普通じゃない。僕達の手元に『戦車』のアルカナがあるように、向こうにも『愚者』のアルカナがある」
故に、このゲームは普通に進行しない。
ルールの中だけでは決して収まらず、ゲーム外の要素が必ず介入してくるのだ。
「僕達は単純に『勝敗の結果を変える』というもので、誰もが想像しやすく曲げて意表を突く事もできない。けど、その分効果は強力だけどね。そして、相手は『ルールを変更』できるというものだ。そこは、皆知っているよね?」
その問いかけに、皆は頷く。
「この『愚者』の効果も強力なものなんだ。何せ、『どのルールが変えられたかが分からない上に、どう事を運べばいいのかが分からなくなる』からね────だから、僕は相手にスパイを作った」
「スパイ……ですか?」
「そう、スパイ。君達が想像している言葉で合ってるよ────スパイを作れば、僕達は相手が『どんなルールに変えた』かが分かって、それを前提に物事を進められる」
夜月達のアルカナ、『愚者』の効果はロイド達『戦車』と同じくらい強力なものだ。
何せ、ルールの一部を変更されてしまえば、決定的な場所でミスを侵してしまうかもしれない。
例えば、『大きい数を当てろ』というルールを勝手に『小さい数を当てろ』と変更され、そのまま大きい数字を当てていればゲームに負けてしまうように。
それと同じ。
どんなルールに変えたか分からなければ、気付かぬうちに自ら負けに向かってしまう恐れがあるのだ。
だからこそ、ロイドはまず先に『ルールを知る』事から始めた。
相手の中にスパイを作り、事前に変更内容を教えてもらう事にしたのだ。
「『愚者』は、どんなルールに変更したのでしょうか?」
「『脱獄を首謀者を一人で成功できる』って感じだよ。これによって、囚人側は七分の三から七分の一に変えたんだ────まぁ、妥当といえば妥当な考えだね」
見つかる可能性を減らすなら、間違いなくこの部分を変えてくる。
答えを聞いたとはいえ、そこはロイドの予想通りだった。
「どうやって抱き込んだかは内緒にさせて欲しい。そして、一度抱き込んでしまえば他の物事もこちらの有利に働く」
ロイドは、タブレットの画面を操作し、一人の生徒の顔だけを投影させる。
「彼女には、変更後のルールに合わせて、『誰が首謀者なのかも教えてもらう』事にした。それが、君の見た『プレゼント』ってやつだね」
ロイドの言葉に、見張りに行った生徒は思い出す。
牢屋に行く為に一本道を歩いて角を曲がり、牢屋が一列に並ぶ場所の一番前に紙が落ちていた事を。
そして、その紙には誰が首謀者なのかが書かれてあったのだ。
「教えてもらえるのなら、確率なんて必要ない────全部が100%なんだ。だからこそ……僕達に負けはない」
予め答えが分かっていれば、どんなに確率が低くとも関係がない。
絵札を当てるゲームで、絵札のトランプに大きな丸印がついているようなものだ。
だからこそ、現状ロイドに負けはない。
皆も、一度勝利したからか、ロイドの言葉を疑う事はしておらず、その表情には緊張が見えなかった。
全員、安心と喜びの笑みを浮かべている。
「情報こそ、ゲームにおける最も強大な武器。その情報を僕達はゲームを始める前から手にしてた────じゃあ、後はゆっくりお菓子でも食べてのんびり進めようか」
そう言って、ロイドは爽やかに笑った。
♦♦♦
「……全く、面白いものですね」
「えぇ、盤上の外で見物しているからこそ、愉快に思えるのでしょう」
ゲームの様子が映し出されるディスプレイを見ながら、マリアは小さく笑う。
「このゲーム……盤外で見れば誰の思惑通りに事が進んでいるのか、一目瞭然ですのに、当事者は何も知らないのですから」
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