脱獄ゲーム②

 木製のテーブルが中央に置かれ、ジュースサーバーとお菓子が詰め込まれているバスケットが部屋の隅に並べられている部屋。

 椅子も座り心地のいい新品で、壁にはいくつかの肖像画が飾られており、夜月達のいた質素な部屋よりもだいぶ豪華である。


 そんな部屋では、夜月達『愚者』の対戦相手である『戦車』の面々が緊張した顔つきで椅子に座っていた。

 会話もなく、それぞれが黙りと静かに時を過ごしている。


「あの……ロイドさん」


 そんな中で、沈黙を破ったのは一人の生徒だ。

 立ち上がる訳でもなく、テーブルの奥に座るロイドに向かって話しかける。


「ん? どうしたのかな?」


 ロイドは爽やかな笑みを浮かべて反応する。

 その表情は皆とは違い、緊張さの欠片もない。


「私達、これから何をすればよろしいでしょうか……?」


「そうだね……正直、『愚者』が昼休憩の間は正直やる事はないし、指示があるまではゆっくりしててもいいと思うよ」


「ですが……」


 話しかけた生徒は不安の色を見せる。

 当然だ。面会室で別れてから、『戦車』のクラスでは一切の会話がなかった。

 作戦も、方針も、相手の考えそうな事を予想する事さえもしていない。


 ただ時を過ぎるのを待っているだけ。

 アルカナという大きな存在を賭けている状況で、何もしていない知らされていないは、不安にしか感じないはずだ。


「大丈夫、大丈夫。僕達は二勝すればいいだけなんだから。それに、ちゃんと策は打ってあるからさ」


「……そう、ですか」


「まぁ、僕を信じて欲しいかな。とりあえず、この一ターンが終わればちゃんと話すよ」


 ロイドはその生徒から目を逸らして立ち上がり、隅に置いてあるバスケットへと手を伸ばした。


「皆もさ、そんな緊張しないでお菓子でも食べようよ。緊張してちゃ、せっかくのゲームも楽しめない」


 ロイドは、努めて明るく皆に訴える。

 それでも、皆はロイドの自信の源が理解できず、それぞれが未だに不安の色を見せていた。


『囚人が牢屋へと入られました。看守の皆様は、見張りをお願いいたします』


 そして、不安の中────アナウンスが部屋に響き渡る。

 どうやら、夜月達の話し合いが終わり、ターンの勝敗を決める準備が整ったようだ。


「じゃあ、君が行ってくれないかな?」


「わ、私ですか?」


「うん、君が見張りをして欲しいんだ」


 ロイドは、先程話しかけられた生徒を指名する。

 指名された生徒は突然の事に困惑の色を見せた。


「で、ですが……誰を見張ればいいの分かりませんっ!」


 今回、このゲームに選んだのはロイドだ。

 ロイドのみが熟知し、他の『戦車』の面々はルールを知らされただけで、深くは理解していない。


 そんな状況で、クラスリーダーからの指示は一つもない。

 だからこそ、自分達のあまり知らされていないゲームではどう動いていいのかが分からなかった。


 お遊びでもなく、しっかりとした賭博では、リーダーの指示がなく勝手に動いてはリーダーの意から逸れる事もある。

 それだけは避けたい────何せ、ロイドはこんなにも自信があり、このゲームを熟知していると言ったのだから。


 だけど────


「本当に大丈夫だよ。だって、僕達は


 ロイドはそう言って、その生徒の背中を押す。

 そして、耳元でこう呟いたのであった。


「行く道に、それを頼りにすればいいよ」


 ♦♦♦


『皆様、準備が整いました』


 そんなアナウンスが、牢屋全体に響き渡る。

 夜月達は小さな部屋から出て、少し歩いた先の分かれ道を右に曲がると、太い鉄格子で遮られた牢屋へと顔を出した。

 牢屋は縦一直線に並んでおり、一つの牢屋の間には大きな敷居と扉が設置されてある。


 道を左に曲がろうと顔を覗けば、そこは夜月達が歩いた道のように一本の廊下が続いており、看守側が見張りに来る為の道だと思われた。


 夜月、茜が敷居を跨いで奥の牢屋に入り、他の生徒達が続いて手前から中に入っていく。

 そして、その内の一つの檻の中。そこでは、逞しい筋肉が収まりきれていない囚人服を来た男が収容されていた。


「全く、暇だぜ……」


 地べたに胡座をかき、何もない時間に愚痴る男。

 牢屋の中は小さな古びたベッドが一つだけ。本格的に牢屋の雰囲気を出すのなら便器の一つでも作るのだろうが、きっと衛生面を考慮したのだろう。


 室内には小さな明かりが灯されている。

 目の前にあった鉄格子は中に入った瞬間に視界を塞ぐほど太くなってしまい、小さな明かりが不気味さを醸し出している。


「これが太くなったのも、接触を避ける為なのか?」


『α2.囚人は昼休憩以外の場では、互いの接触を禁ずる』


 目の前を塞がれ、アナウンスの音しか聞こえない牢屋では、そのルールの通り接触を禁じられているようにしか思えない。

 故にこそ、話し相手がいない男はただ座ってボーッとしておくしかないのだ。


「……ま、このゲームはリーダーに任せてるし、考えなくてもいっか」


 男は夜月に丸投げする。

 愚者らしい彼はある意味扱いやすいのだが……些か緊張感が感じられない。


『それでは、首謀者と協力者の方々は脱獄の準備をしてください』


 アナウンスが進行を促す。

 男は立ち上がり、辺りを見渡した。


 すると、一つのパネルのようなものが、明かりとはまた別に光っているのを発見する。


「これにかざせばいいのか?」


 操作方法がいまいち分からないまま、男は持たされた首謀者のカードをパネルにかざす。

 すると、パネルは小さな音を立て、赤から緑に光が変わった。


『首謀者、及び協力者の準備が整いました。それでは、脱獄を開始してください』


 そのアナウンスが牢屋に響き渡ると、ゆっくり目の前の太くなった鉄格子が上に開き始めた。

 どうやら、操作は問題なかったらしい。


(初めに俺に当たる確率は七分の一────リーダーが言った通り、初っ端から当たる事はないだろうな!)


 男の顔には不安はない。

 確率論では初めから見張りがいる可能性は低いからと、緊張と不安で心拍数が上がる事もなかった。


「さっさと抜けて、服を脱ぎたいぜ」


 そして、徐々に鉄格子は開かれていき────




「よ、よかったぁ……リーダーの言う通りだった……」


 目の前に、胸を撫で下ろす黒い服装に身を包んだ生徒が現れた。


「……は?」


『本日の脱獄者はゼロ。見張り側は職務を全う、囚人側はいつも通りの一日を終えました』

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