脱獄ゲーム①
「さて、とりあえず情報を整理しよう」
案内人によって長い廊下を歩き、小さな部屋に集まった夜月達。
小さなテーブルには椅子が七つ並べられ、それぞれが腰を下ろして夜月の声に反応した。
「今回のゲームは意思疎通が限られた『脱獄ゲーム』だ。俺達の中から首謀者を一人、共犯者を二人選んで相手の見張りを掻い潜る事ができればおーけー」
「相手の見張りは一人だから、七分の三で見つかっちゃう訳だね」
「その通り。逆に言えば七分の四を当て続ければ俺達の勝ちという事になる」
夜月の言葉に、茜が反応する。
「なんだかこちらが有利な条件のように聞こえますわね。確率で言えば私達の方が確率は上な訳ですし」
その中、綺麗な銀髪を肩口まで切り揃えた少女────愚者に所属するレティシア・カラーが少しの疑問を口にする。
見つかる確率は七分の三に対し、向こうは見つける確率は七分の四。確率の話で言えば、確かに囚人側が有利に聞こえる。
「のんのん、お嬢さん。これに限っては俺達の方が不利だよ」
「どういう事だ?」
そして、囚人服越しにも分かるマッチョなクラスの男子が反応する。
「理由は二つある────まず一つは『戦車』のアルカナの効果だ」
「『戦車』のアルカナの効果は『ゲーム内における勝敗の結果を一度だけ変更できる』という効果だからね。五本勝負のこのゲームだと、明らかに私達の方が不利なんだよ」
夜月の保有している『愚者』に『ゲーム内のルールを一度だけ変更できる』という効果があるように、『戦車』にもそれ特有の効果がある。
その効果は茜の言った通り『ゲーム内における勝敗の結果を一度だけ変更できる』というもの。
今回のゲームは五ターンの間にもっとも勝利数が多いクラスが勝利となり、勝利するには最低三勝する必要がある。
だが、『戦車』の効果を使用すれば、最低三勝という条件が変わってしまう。
何故なら、相手は二勝さえしていれば一度の結果を変えて三勝にする事ができる。
つまり、それを踏まえると夜月達は最低でも四勝しなければならないのだ。
いくら一ターンの勝敗の確率が上だからといって、トータルの勝敗が変動してしまえば、明らかにこちらの方が不利。
57%と43%の差なんて、ゲームの勝利数に比べたら微々たる差なのだ。
「そして、もう一つが『脱獄成功者はゲームに残れないという』点だな」
脱獄が成功した際に、首謀者は脱獄としたという形でゲームから抜けなければならない。
そうなれば、夜月達が勝てば勝つほど人数は減っていき、見つかる可能性が高くなる。
四勝するには最低でも三人は抜けた状態になる訳で────いずれ、四分の三で見つかるという苦しい状況になる。
「という訳で、俺達も『愚者』の効果を使う。事前に話した通り、俺達は『脱獄は首謀者一名、協力者二名によって成功できる』というルールを変更した」
「変更後は『脱獄は首謀者一名によって成功できる』だね」
夜月の説明に、茜が補足する。
この変更によって、夜月達が見つかる可能性は七分の一に変わる。
これなら、大幅に不利な状況から脱出できるだろう。
三人抜けても、確率は四分の一でしかならないのだから。
「なるほど……それなら、四勝という条件もクリアしやすくなりますわ」
「……という説明を、この前したんだけどなぁ」
「わ、忘れていたんですの……」
先日しっかりざっくり作戦会議で説明したのにも関わらず疑問を浮かべていたレティシアに夜月がジト目を向ける。
レティシアは思わず目を逸らすが、横を向けば茜以外の面々も気まずそうに顔を逸らしていた。
「はぁ……まぁ、いいや。一応、念の為にもう一度言っておくが、俺達のこれからの行動は『首謀者だけを決めて四勝すればいい』だけだ。分かったかね、愚者の諸君」
夜月の言葉に、茜以外の面々が首を縦に振る。
「それで、首謀者は脱獄にあたってこのカードを牢屋の中でスキャンすればいいみたい」
そう言って、茜が机の下に置かれていた三枚の電子カードを取り出した。
一枚は王冠のマークが書かれてあり、残りの二枚は騎士絵柄が書かれてある。
真ん中にはICチップのようなもの埋め込まれており、どうやら何かを読み取るものらしい。
「ほぉーん……こんなところまで作り込まれてるんだなぁ」
「システムで管理した方が不正も少ないからね。そういった考えがあるんじゃないかな?」
机に置いたカードをまじまじと見る夜月とその他のクラスメイト。
皆、地味に興味津々だ。
『昼休憩終了残り三分を切りました』
そうこうしている内に、『昼休憩』という名の話し合い時間のタイムリミットがアナウンスで知らされる。
「とりま、俺は協力者のカードを預かっておくよ。これはこれから必要ないしな」
夜月は机に置かれてある協力者のカードを二枚懐にしまう。
「じゃあ、今回俺が首謀者やっていいか?」
そう言って、マッチョな男が夜月に提案する。
「その理由は?」
「この囚人服のサイズがきつくてよぉ〜、早く抜けて楽になりたいんだ」
「上半身だけでも抜いどけ」
「馬鹿言うなよ。お偉いさんが見てるんだろ? そんな場所で脱げる訳ねぇだろ」
そんなお偉いさんのご子息ご令嬢がいる学園で脱いでいる奴が何を言っているんだと、夜月はツッコミたくなった。
「まぁ、所詮運ゲーだ。誰がやっても構わねぇよ」
夜月は首謀者のカードを拾い、そのまま男に投げ渡した。
「あ、そうだ。俺と明星院は首謀者やんねぇから」
「どうしてだ?」
「ばかちんがぁ。このクラスのブレインである俺がいなくなったら誰がこの後のゲームを指揮するのかね?」
首謀者として脱獄を成功してしまった場合はそのゲームから抜けなくてはならない。
現状、このゲームを指揮しているのは夜月────つまり、首謀者になって脱獄でも成功してしまえば、指揮者でもある夜月は今後のゲームに口を出せなくなってしまう。
不測の事態が起こるかもしれないこのゲーム、夜月が抜けるのは避けなければならない。
「じゃあ明星院は?」
「ばかちんがぁ。相棒がいなくなっちゃ、ゲームに勝てないでしょうがっ! 優秀なんだよ、この相棒は!」
「し、信頼されてますのね……」
「……海原くんのばかぁ」
何故か同情されているような目を一斉に向けられた茜は、顔を赤くして夜月に愚痴る。
嬉しいが、こんなに堂々と言われてしまえば恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
だけど、茜は頬を一回思いっきり叩くと、気持ちを切り替え表情を戻した。
「じゃあ、皆そろそろ檻に行こっか!」
「その言葉に頷きたくないのは俺だけなんだろうか……?」
「いいじゃないですのリーダー。こういうのも、一種の嗜みですわ」
「牢屋ぶち込まれる事が嗜みだなんて、世の中も終わってんなぁ……」
愚痴りながらも、夜月は渋々立ち上がる。
「お前ら、事前に説明した通り牢屋の場所はそれぞれ決まってんだ。奥から俺と明星院となって最後にはレティシア────ちゃんと自分の牢屋に入れよー」
夜月は最後にクラスメイト念を押す。
このゲームでは、予め自分がどこの牢屋に入るかが決まっている。
それは、誰がどの牢屋にいるかを看守側が把握する為のものであり、『誰が首謀者なのか』を考える為のものである。
念を押した言葉に皆が頷くと、夜月は立ち上がってその部屋から出ていく。
その後を追うようにクラスの面々がついて行き、最後に茜が出ていこうとする。
「レティシアちゃん、ポケットに何か入ってるの?」
すると、茜がレティシアのポケットが膨らんでいる事に気がついた。
ここに来る前、ルールにある通り端末でのやり取りが禁じられている為、持ち物検査が行われた。
その際、持ち物は全て預けられているので、誰も持ち物は持っていないはずなのだ。
「単なるメモ帳とペンですわ、茜さん」
「メモ帳とペン……?」
「えぇ、今回が初めてのアルカナゲームでしょう? 今後の勉強としてメモしておきたいんですの────運営も、問題なく許可してくれましたわよ」
確かに、初めて行われるクラス同士のアルカナゲームだ。
今後、アルカナゲームをするかもしれない為、勉強したいという気持ちは理解できる。
「ふぅん……そっか」
茜は一瞬だけ訝しむような目を向ける。
しかし、その後すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「それなら、私も持ってくればよかったかなぁ〜」
「ふふっ、貸してあげたい気持ちは山々ですが、、生憎とペンは一本しか持っていませんの」
「それなら仕方ないね〜」
茜はレティシアと一緒に部屋から出た。
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