始まりを待つ者
「お嬢、始まりましたね」
「えぇ……」
夜月達のアルカナゲームが始まった同時刻。
マリアは自分のクラスである『女帝』の教室で、静かに頷いた。
横に控えるのは使用人であるミラ。仕える主人に目を向ける訳でもなく、クラスの黒板前のディスプレイに映し出された映像を見ている。
映し出された映像には、『愚者』の代表である夜月の姿。
そして、夜月率いる『愚者』に在籍する面々であった。
「早速アルカナゲームを仕掛けるなんて……ふふっ、流石は夜月です」
「何があっても褒めるんですね、お嬢」
「そんな事ありませんよ? 膠着状態が続いた現状、入学して三日目でアルカナゲームを仕掛ける────この勇気を褒めずに何を褒めるというのですか?」
「それに関しては同意しますが────そのだらしない顔で言われても説得力は皆無です」
「そんな顔してますか!?」
マリアは慌てて顔を押さえる。
確かに、頬が緩んでいるのは触って分かってしまった。
「初恋相手にゾッコンなお嬢に悲報です────先程耳にしたのですが、どうやらお嬢の初恋相手は茶髪の少女……元アルカナ保持者とデキているようです」
「うぇっ!?」
「そして、今回のアルカナゲームは元アルカナ保持者と婚約する為に開かれたものなのだとか」
「へ……へっ?」
ミラの情報に、マリアはだらしない表情から一変……驚愕の色に染まってしまう。
ミラの情報は、夜月が『戦車』に対して宣戦布告した時のものだ。
『戦車』のクラス代表であるロイドが実は茜の婚約者であったが、実は夜月と茜は既にデキていて、茜の家族に認めてもらう為にアルカナを欲し、それを阻止しようとしたロイドと衝突するという話。
だけど、蓋を開けてみれば単に夜月がアルカナゲームに頷いてもらう為についた嘘で、そんな話は事実無根のもの。
「そ、そうですよね……夜月、かっこいいですし優しいですし……他の人が好きになる理由も分かります。私も負けないと言ってしまいましたし、事実振ってしまったようなものですから……でも、それはそれで悲しいです……」
だが、そんな事実をマリア達は知る由もない。
故に、未だ夜月を想っているマリアは指で机に円を描き、明らかにしょげている様子でブツブツと呟いてしまった。
「お嬢、そんなに落ち込まないでください。新しい恋もありますって」
「夜月以上にいい男性なんていませんっ!」
その言葉を夜月が聞いたら、発狂ものだったであろう。
「ですが、お嬢はアルカナを渡さないおつもりなのでしょう? 今のうちに諦めてしまうのも手ですよ」
「夜月は絶対に負けませんっ!」
「どっちなんですか……」
主人のわがままに、ガックリと肩を落とすミラ。
明らかな矛盾であるのが分かっているのか、それが不思議で堪らない。
「私は挑まれれば相手にします。その時は本気で挑みますし、負けるつもりもありません────ですが、夜月なら私を打ち負かして勝ってくれるでしょう」
「その根拠は?」
「……残念ながらありませんよ。これは半ば願望みたいなものですから」
マリアはディスプレイを見ながら、その表情に陰りを見せる。
夜月はこの世界には踏み込んだばかりだ。そんな状況で、同世代のキレ者ばかりが集まり、それぞれが特有のアルカナを持っている状況で勝ち残れる可能性は薄い。
きっと、今マリアに挑んでしまえば、確実に負けてしまうだろう。
以前も言ったが、マリアは『夜月が五枚はアルカナを集める』と本気で思っている。
だけど、それから先は────正直、想像ができないのだ。
「ですが、このゲームで根拠として思えるようになっていただける……それを、私は見届けさせてもらいます」
「……要は、諦めきれないという事ですね」
「変な言い方にしないでくださいっ!」
顔を赤くしたマリアの声が、教室に響く。
♦♦♦
「学園長、『愚者』と『戦車』のアルカナゲームが始まるみたいですが────繋ぎますか?」
「繋いでくれ」
「かしこまりました」
無駄に広い室内に映像が投影される。
そこに映ったのは、不遜に笑う少年の姿。
今正に火蓋が下ろされ、それぞれが面会室から出ていこうとしていた。
「平民め……入学三日目でアルカナゲームを仕掛けるか。時期早々に挑むあいつも馬鹿だが、それに乗った『愚者』の奴らも大概だな」
だだっ広い室内にそう馬鹿にした声が響く。
だが、机に頬杖をつき、目先の映像を見ている童顔の少女の顔には笑みが浮かんでいました。
「設備を整えるのにかなりの金がかかったんだ。平民には塵芥共の機嫌をとるぐらいには湧かせてもらわんとな」
「ですが、そんなに盛り上がるでしょうか? 海原夜月はアルカナゲームの経験が少ないですから────それに、その少ないもクラス内でのアルカナゲーム……今回のクラス同士のアルカナゲームは初です」
そう言って、丸渕眼鏡をつけたスーツの女性が不安そうに顔を歪める。
視線を落とした資料には、簡略化した夜月のプロフィールが載っていた。
「知らん────だが、大きな目的を持つ者は古今東西、奇想天外な事を起こすものだ。私も、そういう奴らは何人か見てきたしな」
「はぁ……」
「要は蓋を開けてみないと分からんという事だ。目先の情報で判断するか、歴史で予想をするか────どちらにしろ、誰の想像通りに物事は動かん」
学園長である青葉は、引き出しにある一枚の紙を取り出した。
「『脱獄ゲーム』……随分と面白いゲームを考えたじゃないか、『戦車』のやつは」
その紙にはズラっと箇条書きで書かれた『脱獄ゲーム』のルールが記載されており、青葉はそれに目を通す。
「内容は至ってシンプルな『かくれんぼ』といったところだろう」
「『かくれんぼ』……でしょうか? 確かに、看守を鬼として見れば、隠れている子────囚人を見つけるといった面では少し似ている気がします」
「そんなところだ。絵札当てみたいに思えるが、そんな確率論の話ではない。個々が考えを振り絞り、相手の考えを予想し裏をかく────シンプルだからこそ、単純な運勝負にはなりえない」
この勝負は簡単に言えば、青葉の言った通り『かくれんぼ』だ。
七つの檻の中から首謀者と協力者を一人で見つけるゲーム。ルールを見た限りでは看守が七分の三を当て、囚人側は七分の四の確率で脱走するゲーム。
だけど、そんな簡単な勝負ではない事を、青葉は理解している。
誰が首謀者で共犯者か予想し、囚人は如何に看守から目を逸らすかを考える。
それに加え、アルカナというゲームに影響を与える存在が眠っているのだ。
そんな状況で、運勝負などと割り切れる訳がない。
それに────
「まぁ、このゲーム……全てが茶番だろうな」
「茶番……ですか?」
「なんだ、分からないか?」
疑問符を浮かべる女に、青葉は少しだけ嘆息する。
「そうだろう? このゲームは始まる前ですでに勝負は決まってるんだ。どれだけ策を巡らせ、相手の裏をかいたか────それによってこのゲームの勝敗は決まる。だったら、今あいつらがしているゲームは茶番でしかない」
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