アルカナゲーム開始

 そして翌日。

 いよいよ、両者において初めてのアルカナゲームが行われる事になった。


 登校する夜月や茜、クラスの面々の気合いは十分。

 全員で円陣を組むほどのモチベを醸し出し、その雄叫びを学園中に広まらせたのだが、「また愚者の奴らかよ……」と白い目で見られたのは、また別の話。


 集合時間が近くなると、参加する夜月達は指定の場所へと足を運んでいた。

 堂々と佇む体育館みたいな外観の場所はアルカナゲームを行う為に作られた場所で、こうしてクラス同士のアルカナゲームが行われる度に鍵が開かれるという。

 そんな話を聞いた夜月は感嘆し、「あのロリババア金かけてんなぁ」と失礼な事を口走っていた。


 足を運ぶと、アルカナゲームの運営者らしきスーツを着た人に案内され、中に入った夜月は────


「オラァ、このクソ『戦車』の野郎が出てこいやァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「お、落ち着いてよ海原くんっ!!!」


 猛烈に激昂していた。

 怒りの形相で突撃しようとしている夜月を茜が体を張って止める。この光景は、以前もどこかで見たようなものであった。


 ガラスで塞がれた面会室のような待ち合わせ場所には夜月達のみ。どうやら、未だに『戦車』の出場生徒は来ていないようだ。

 そんな場所で、何故夜月は怒っているのか? 『戦車』の面々が来ていないからか?

 いや、そうではない────


「だけど明星院っ! お前は怒らないのかよ!?」


「お、怒りたい訳じゃないよ……? 別に、これでもいいと思ってるし……」


「甘いっ! 甘過ぎるぞ相棒! 普通は、ここで怒るものなんだ!」


 ……そうではないのだ。


「どうして俺が囚人服を着なくてはならんのだぁあああああああああっ!!!」


 夜月の叫びが面会室に響き渡った。

 ゴム製の黒白のシマシマ丸帽子を床に叩きつけ、憤怒の形相を見せる。

 夜月達の服装は、丸帽子と同じような白黒のシマシマ────いわゆる、囚人服であった。


 何も犯罪を起こしてなどいない。

 がしかし、この妙にリアリティ溢れる待ち合わせ場所と、本格的に少しだけ色褪せた囚人服がいかにも自分を囚人だと思わせる。

 健全な一般市民です! を主張したい夜月は囚人服が我慢ならなかった。

 それに加え、天才賭博師には妙なプライドが備わっているからという理由もある。


「ほら、他の皆も不満に思ってないし……ね?」


 そう言って、宥めるように後ろに指を指す、同じように囚人服に身を包んだ茜。

 後方では「サイドチェスト! ……やっぱ今日サイズが少し小さいぜ」「あら、こういう格好もコスプレみたいで新鮮ですわね」などと、不満の色を見せてなかった。


「いやいやいや、不満に思おうぜ!? 嫌じゃないの!? 明らかに馬鹿にされてるよね俺達!?」


「そんな事ないと思うよ……?」


「そんな事あるやい! だって、ゲームするなら学生服でいいじゃん! こんな所までゲームに沿わなくてもいいじゃん! 普通でいいじゃん普通で!」


 妙に作り込まれた体育館。

 アルカナゲームをする為に作られた場所だといっても、中まで本格的にそのゲームに合わせなくてもいいだろう、と夜月は思う。

 だけど────


「君は本当に何も分かってないんだね」


 面会室の扉が開かれる。

 といっても夜月側の扉ではなく、ガラス越しにある隣の部屋の扉から。

 声と共に現れたのは黒いスーツのような服に身を包み、警棒を腰につけ黒い帽子を被る『戦車』の面々であった。


「よく似合うよ、海原くん」


「馬鹿にしてんのかゴラァ!?」


「お、落ち着いて海原くんっ!」


 嘲笑うロイドに対して掴みかかろうとする夜月を止めようと腰にしがみつく茜。

 ガラスで隔たれているというのに突貫できる訳もないのだが、怒りで気にする事ができなかったようだ。


「クラス同士で行われるアルカナゲームは、全体に大きな影響を及ばせるんだ。他のクラスだけでなく、学園関係者や全世界のお偉いさんもリアルタイムでこのゲームを見るのさ。それなのに、中途半端な舞台でゲームすると、学園の品質を疑われるんだよ」


「え? これって見られてんの?」


「……だから落ち着いてって言ったのに」


「……うわ、やだ恥ずかしい」


 ロイドの言葉に、急に冷静になった夜月。

 一気に自分の行動が恥ずかしくなってしまった。


「マリアが見ていませんように、マリアが見ていませんように、マリアが見ていませんようにっ!」


「多分、見てるんじゃないかなぁ……」


「Damm it!!!」


 夜月は、ひっそりと涙を流した。

 男というのは、常に好きな人にはかっこいい姿を見せたいものなのだ。

 逆に、情けなく恥ずかしい姿は見られたくない────故に、自然と涙が溢れてしまった。


『両者の集合を確認致しました。これより、アルカナゲームを開始致します』


 その時、室内にアナウンスが流れる。

 機械的な声からして、人が喋っている訳ではなさそうだ。

 という事は、このゲームに関わっている者達は全て、傍観者であるという事。


『事前にお知らせをしたゲーム内容に則り、ゲームを進行致しますが、不正、暴力、賄賂、端末における連絡等は即時敗北となりますので承知お願い致します』


 ゲームの知らせが流れ、夜月達の表情が真剣なものへと変わっていく。


『それでは、各自持ち場に着くと同時に────『脱獄ゲーム』、始めさせていただきます』


 そして、ブツっという音と共にアナウンスは消えた。


 室内は静寂に包まれ、妙に張り詰めた空気が広がる。


「案外さっぱりしてるんだな」


「無駄な前置きで時間を取らせる訳にもいかないんじゃないかな? ほら、お偉いさんって忙しいから、そういった面での配慮かも」


「ふぅむ……なるほど」


 夜月は室内を見渡す。

 壁の上部の端には丸っこいカメラのようなものが設置されていた。


「それじゃあ、お互いに最大限の健闘しよう」


「うるせ、アルカナ奪ってやるから精々今のうちにアルカナの感触でも覚えとけ」


 爽やかに口にするロイドに対し、吐き捨てる夜月。


「見ててね茜……君は、僕と婚約するのが必然という事────ここで証明してみせるよ」


「……勝つのは、私達なんだから」


 茜も同じように、ロイドの言葉を跳ね除ける。

 その瞳には、明らかな敵意が浮かんでいた。


 婚約者からそんな態度を取られたロイドは肩を竦める。


「まぁ、いいさ────このゲーム、僕達が勝つんだからね」


 そう言って、ロイドは『戦車』の面々を連れて面会室から立ち去っていった。

 それを確認した夜月は────


「明星院……、しっかり覚えてるか?」


「うん、大丈夫……私は、しくじらないよ」


「流石だ相棒。それじゃあ────」


 面会室から、背を向けた。


(さて……マリアに近づく為の第一歩。ここでしくじるようなら、目的は夢のまた夢だ)


 夜月の気合いは十分。

 後は、思い通りに盤上を進めていくだけ。


「やろうか『愚者』の諸君────楽しい楽しい、賭博の時間だ」


「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」」


 アルカナゲームが、開始される。

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