事前に何かをする者達

「ロイドさん、よろしかったのですか?」


 夜月達が教室から出ていって数時間後の事。

 不安をその顔に入り混ぜた一人の少年が、笑みを浮かべる金髪の少年に向かって尋ねた。


「というのは、『愚者』とのアルカナゲームの事かな?」


「は、はい……」


 笑みを浮かべているロイドは手元にある端末を傍らに置き、その少年の方を振り返る。


「マサキは心配症だね。さっき、皆にちゃんと話したじゃないか」


「そうなんですけど……」


「向こうがネギを背負って来てくれたんだ。僕達は優雅にカモ鍋でも食べていればいいのさ」


 明日に向けて、『戦車』の面々は話し合いという元の会議をした。

 何せ、いち個人の理由でアルカナゲームを受諾してしまったのだから、言及される為しっかりと理由を話さなければならないし、受諾側はゲーム内容を決める権利も持ち合わせているので、その面も話し合わなければならなかったからだ。


「今、他のクラスは皆膠着状態なんだ。攻める方が不利だから皆受け身になってる────その中に僕達もいたんだけど、保守のまま向こうが勝手に攻めてきた。こんな有利な状況……これからあるとは思えないし、先輩方に食われる前に経験を積んでおきたかったんだ」


 初めこそ、夜月の提案に対して「アルカナゲームをする気はない」と言っていたのだが、今や完全に手のひらを返している。


 ロイドの言っている事は確かに正しい。

 自分達が有利になるようなゲームを選定できる立場にいるし、これからいつアルカナゲームを行う事になるのか分からない為、一度は経験した方がいい。

 加え、このゲームに勝てば、もし次負けた時に差し出すアルカナも確保できる。


 でも、元は否定した。

 どうして急に手のひらを返したのか? きっと、モチベーションが上がるような事があったのだろう。

 夜月達が出ていく前は激昂していたのにも関わらず、今や落ち着いてモチベだけが高まっている。


「この『脱獄ゲーム』は僕達の十八番のゲームなんだ。昨日今日でルールを知った人間に、熟知している僕達を負かす事はできないよ」


「ですが、相手は同じアルカナ保持者です。『愚者』は『ルールを一度だけ変更する事ができる』という効果も持っていますし……」


「安心してよマサキ。


「と、いうのは……?」


「まぁ、見ててよ。いずれ分かるから────」


 ロイドが自信満々に口にしていると、不意に教室のドアから叩くような音が聞こえた。


『失礼致します。ロイドさんに要件がありまして参りましたわ』


「ふふっ、どうやらベストなタイミングでやってきたようだね」


 ロイドは立ち上がり、声のするドアの方に向かって歩き出す。


「どんなルールに変更するか……そんなの、


 そして、ドアを開いたロイドは獰猛に笑った。


「勝つのはこの僕だよ────待っててね、茜」


 ♦♦♦


「うーん……なーんか、こそこそやられてる気がする」


 放課後、『愚者』のクラスで机に突っ伏しながら夜月は呻く。

『愚者』のクラスも『戦車』同様に話し合いという作戦会議をし、放課後になった現在、皆はそれぞれ帰宅してしまった。

 静まり返り、夕日が差し込み幻想的な雰囲気を少しだけ醸し出しいている教室は、どこか居心地がいい。

 そんな教室に、現在いるのは家〇き子である夜月と────


「やられてるって……何をやられてるの?」


 突っ伏す夜月の顔を同じ高さで覗こうとする、相棒の茜であった。


 ……距離が近くなってからか、二人の物理的な距離も近くなってしまった。

 例えるなら、今この瞬間……顔を上げてしまえば眼前に茜の桜色の唇とか透き通った双眸が眼前に迫るくらい。


「……まぁ、動いたところで餌に食いついてくれるんだったら問題ないか」


 夜月は呻くのをやめ、そのまま顔を上げるのではなく一度後ろに下がってから顔を上げた。

 これは、距離が近くなってきた茜に対する配慮だったりする。


「明星院はちゃんと理解してくれた? 俺が作戦会議の時に言った事」


 夜月の投げかけに、茜は腕を組んで今日行われた作戦会議の内容を思い出す。

 だけど────


「ううん、全然理解してないんだよ。だって、しか言ってなかったもん」


「そうそう、だから……?」


「???」


 夜月の問いに疑問を浮かべる茜。

 こてん、と首を傾げる様はどうにも可愛らしかった。


(茜って、本当に美少女だよなぁ……何やっても「可愛い」の言葉しか出てこない)


 そんな姿を見て、夜月の思考が脇道に逸れてしまった。

 だが、それではいけないと夜月はその思考を脳内ゴミ箱に捨てた。


「簡単に言えば、俺はを信用してるって話。それだけを理解して欲しかった訳さ、相棒さん」


「クラスメイトを信じるのは分かるけど……どうしてロイドくんも信用するの? だって、信用なんかし────あ、あぁ……なるほど、そういう事なんだね」


 茜は開いていた口を一度閉じ、納得した顔つきを見せる。


「……海原くん、何かやってるでしょ?」


「そんなジト目を向けないの、お嬢さん。何かしてるのは向こうであって、俺じゃないの。俺は正々堂々、真っ向勝負を挑む人間なんだからさ」


 夜月は立ち上がり、カバンを持って教室から出ていこうとする。


「そんじゃ、の作戦会議をしません? 明日が当日だし、ここいらでしっかりご説明した方がよろしいかと」


「いいけど……何をお話するの?」


 その後ろを、茜が慌てて追っていく。


「何って────? 勿論、ゲームの話だよ」


 そう口にする夜月の顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。









「ねぇ、作戦会議するのはいいけど……どこでやるの?」


「……そういえば、まだあいつが部屋見つけてないんですよねー。あ、そこら辺の喫茶店でもいい?」


「別に喫茶店でも大丈夫だよ〜。それか、もしよかったらうちでやる? どうせならまた泊まっても────」


「明星院さんっ!」

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