脱獄ゲーム、決着
「じゃ、じゃあ……初めから海原くんの手のひらの上だったのか……?」
自分が思っていたルールには変更していない。
その言葉を聞いただけで、ロイドは爽やかな笑みが崩れ、絶望感を漂わせる。
周囲の面々も徐々に理解していった。
何せ、勝利数が少ないにも関わらず、囚人側が勝利したのだ。
夜月の言葉と合わせ、辿り着く結論は最早一つしかない。
「まぁ、そういうこった。お前の考えた通り、このゲームは始まる前に決着はついている。今回は、元から俺達の方が先を考えていただけだな」
盤外での読み合い。
脱獄ゲームではなく、今回の敗因はそこが弱かったのだと夜月は語る。
「という訳でありがとう二人共! 綺麗に裏切ってくれて!」
「最高の裏切りだったよ二人共! 私、二人が同じクラスでよかった!」
『戦車』のクラスの生徒達が敗北に打ちひしがれる中、茜と夜月は裏切ったレティシアと男を満面の笑みで称える。
称えられた本人達は苦笑いだ。これほどまでに「裏切ってくれてありがとう」などと言われた事がなかったからだ。
「私は、この結果を素直に喜ぶ事ができませんわね……」
「要は俺達よりもリーダーが一枚上手って事だろ? 参っちまうぜ……」
この瞬間、二人は「どうやって皆に謝ろうか」と考え始めた。
デメリットがなく、二人にとっては悪くない結果なのだが、手のひらで踊らされた上に、最後の最後まで裏切っていたのだ。
何食わぬ顔で、自分達のクラスに戻る訳にもいかなくなってしまい、どうしようかと頭を悩ませる。
しかし、横を見れば他の『愚者』の面々は両手を上げて喜んでいる。
もしかしたら、存外あっさりと許してくれそうなものだと、二人は思った。
「……少し、聞きたい事があるんだ」
「問答はしたくないって言ったが?」
「それでも、教えて欲しい事があるんだ」
ロイドは、夜月を真っ直ぐ見据える。
「君は彼女がスパイだと気づいたんだろう?」
「茜が気づいてくれたからな」
「だったら……彼女がスパイだと気がついていたのであれば、どうして行動を制限するような事をしたんだい? そのルールに変更しているのであれば、初めの二ターンで終わらせる事ができたのに」
もし、あのままレティシアにメモを置かせて首謀者を伝える事ができたのであれば、初めの二ターンで勝負は終わっていた。
『結果を変える』という条件がある為、もう一度はターンを消費しなくてはならないが、当てられておけば二ターンで確実にゲームが終わっていた。
だけど、夜月はそれをしなかった。
初め以降最後まで、レティシアを監視してメモを置かせなかった。
その事が、疑問に挙がったロイド。
真っ直ぐな瞳を向けられ、嘆息ついた夜月はゆっくりと口を開く。
「お前がレティシア以外の保険を作ってるだろうなーってのは思ってた。だけど、お前の言う通りあのままレティシアを泳がせておけば、最短で俺達の勝ちは拾えただろうし、無理に保険に頼らなくてもいいとも思った」
「だったら────」
「だけど、それじゃあ面白くない」
「ッ!?」
ロイドは息を飲む。
そう口にした夜月が、あまりにも獰猛に笑っていたから。
「賭博はエンターテインメントだ! プレイヤーが、観客が、ディーラーが、案内人が関わる娯楽の一つ。それがあっさり終わる? 勝ちを拾う? それじゃあ面白くない────駆け引き、ブラフ、策謀、思惑、全てを演出する事によって賭博は大いに盛り上がる! やるなら最後まで! コールドなんてつまらない! すぐ終わる試合に、俺の実力を知らしめる事はできない!」
意気揚々に語る夜月。
安全な勝ちより、場を盛り上がらせる事を優先し、自らの価値を知らしめる。
一歩間違えば敗北に繋がるというのに、油断をわざと見せる。
そんな事を大っぴらに言う夜月に、茜は嘆息つく。
事前に知らされていたとはいえ、ハラハラする場面はいくつかあった。
どうして最後までやるのか? ロイドと同じく、そんな疑問を抱いていたのだが……答えが狂気の片鱗を見せつけているようで、ため息が零れてしまった。
「相手の思惑と策謀を全て打ち砕いてから勝ちを拾う────そっちの方が、俺は最高にかっこいいんだ。これが、俺の答えだ」
ひとしきり言い終わった夜月は、ロイドに向き直る。
それを聞いたロイドは────
「つまり、僕なんかは余裕を見せても勝てるほど……弱い相手だったって訳だね」
「まぁ、そういこった。悪気はないが、もう少し捻って考える事をオススメするよ」
「……はぁ、僕もまだまだか」
ロイドは天井を仰ぐ。
「僕の隣の方が相応しいって思ってたけど……世の中には、僕よりも相応しい男がいたって事だね」
「それを決めるのはお前でも俺でもない────明星院自身が、決める事だ」
【脱獄ゲーム】
勝者:愚者
敗者:戦車
♦♦♦
「という訳で、お嬢の想い人が勝ったわけですが……」
ディスプレイの映像が消え、ミラは隣に座る主人に顔を向ける。
その表情は……だらしないほどに緩みまくっていた
「……なんという顔をしているんですか」
「……ふぇっ!? 変な顔なんてしてませんよ!?」
マリアが慌てて表情を戻す。
だが、緩んでいる口元や赤みがかった頬は未だに少し残っていた。
その様子に思わずため息を吐いてしまうミラ。
「お嬢が初恋相手のかっこいい姿を見て喜んでいるのは結構ですが、ここでは人もいる訳ですし、八大貴族としての姿を保っていてください」
「だからしてませんよ!?」
どうやら、マリアとしては断固として認めたくないような部分だったようだ。
「……ごほんっ! と、とりあえず、夜月が勝ったのは喜ばしい事です。大見得張っておきながら、初戦で負けてしまうのは私の立つ瀬もなくなってしまう訳ですし」
マリアは大きく咳払いをして、強引に話を戻す。
ミラとしてはもう少し言及して、自分の立場を今一度分からせたいところだったが、仕方ないと話に乗った。
「といっても、見ているこちら側からしてみれば結果は分かっていましたが」
「えぇ……夜月の言葉に矛盾がある時点で、夜月の思惑通り動いていたのは確実でしたからね」
夜月の言葉の矛盾。
それは、夜月と茜が協力者のカードを使って、毎ターン脱獄を協力していた事にある。
ルールを変更していない以上、脱獄者を出すなら協力者の存在は不可欠だ。
だが、夜月は『首謀者一人で脱獄できる』ようにルールを変更したと言った。
であれば、この行動は矛盾になってしまう。
その時点で、夜月の思惑は言葉以外のところにあると分かってしまうのだ。
故に、思惑通り進めていたのは夜月。相手は、見事に踊らされていた訳という事になる。
「裏切り者にも伝えず、相手にも信じ込ませたからこそ、お嬢の初恋相手と元アルカナ保持者は相手の警戒から外れた。だからこそ、協力者として見張られる事はなかった────素晴らしい」
「ですが、夜月にも困ったものです────相手が考えなしであれば、自分の首を絞める事にもなったでしょうから」
「まぁ、メモを見つけられなかった相手が無造作に『運勝負』に出ていたら負けてましたね。そこは、『戦車』のリーダーが頭のいい人間であった事が幸いしましたが」
メモが置かれなくなり、首謀者が分からなくなった相手側はもしかしたら誰彼構わず見張っていたかもしれない。
そうなれば、夜月や茜にも見張られる可能性はあった訳で、そうなってしまえば『協力者がいる』という矛盾を相手に与えてしまう事になる。
だが、ロイドはそれをしなかった。
それは、夜月の言った通りそのクラスの纏め役はゲームから外れるのは困るから、絶対に首謀者にはならないだろうと考えたからだ。
それが夜月の思惑通りだとは知らずに。
「えぇ、全く……夜月には困ったものです。この調子では、いつかは足元を掬われますよ」
「という割には、少し嬉しいそうですね」
「そ、そんな事ありません……」
ミラのジト目に、マリアは慌てて顔を逸らす。
その口元は、未だに緩んでいるままであった。
「大方、彼がどうして最後までゲームに付き合ったのか検討がついているのでしょう?」
「……夜月は観客を楽しませる為に────」
「好きな相手にかっこいいところを最後まで見せたい。実に一途で素敵ではありませんか」
「〜〜〜〜ッ!?」
ミラのその言葉に、マリアは顔を真っ赤にさせる。
夜月の最後の言葉。
エンターテインメントと言っていたが、マリアはその言葉が本心ではないと分かってしまった。
合図も脈絡もサインもない。
だけど、マリアにならわかってしまう────夜月が、自分に最後の最後で逆転し、勝利を収めるという……そんな姿を見せたかったなどという事を。
マリアにしか分からぬ事をどうしてミラは気づいたのか?
それは単純に、主人の嬉しそうに愚痴る姿を見て察したのだ。
「言葉にしなくとも理解できる……お嬢達は、それほどまでに想い合っているんですね。あの噂は嘘であった事の証左。不肖、このミラ────感服いたしました」
「か、からかわないでください……っ!」
ミラの言葉に、マリアは顔をこれでもかと真っ赤にさせる。
その姿は威厳も無かったのだが……ミラは主人の乙女らしい反応に、ひっそりと笑みを浮かべたのであった。
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