脱獄ゲーム、前夜
アルカナゲーム前夜。
夜月は家なき子の為、その日も茜の家に転がり込んでいた。
「え? 『首謀者一人で脱獄を成功できる』に変更しないの?」
ドライヤーで髪を乾かしながら、黒一色の寝間着を着た茜は端末のルールを見ている夜月に疑問を投げる。
ドライヤーの風が仄かな香りと音を運び、夜月の耳と鼻を刺激した。
「まぁ、そのつもりではいるな」
夜月は、茜と距離を置きながらぶっきらぼうに答えた。
距離を置く理由は至って単純────風呂上がりの茜の色香に惑わされない為だ。
何せ、今まで初恋相手に想いを寄せていた為、女性経験など皆無な夜月は女の子と同棲などという行為はした事がない。
過度のスキンシップも女慣れもしていない夜月にとって、女の子お風呂上がりという状況は心が揺らされてしまう。
それだけでなく、茜は超がつくほどの美少女。
せっかく考えを纏めている最中なのに、色香に惑わされてしまえば考えが纏まらない。
故に、ソファーに座る茜から距離を取り、床に胡座をかいているのだ。
「でも、このルール見る限り、その部分を変更した方が無難だよね? 確率も、そっちの方が低くなるし」
「それはそうだ。俺だって、普通はそう考える」
「じゃあどうしてなの?」
「甘い、甘ちゃんですよ相棒さんやい────普通にやればそれでいいかもしれんが、向こうは確実に普通の手ではこないだろうに」
何せ、向こうからこのゲームを提案してきたのだ。
定石通り事を進められるなんて思ってもいない。
「俺の考えだが、この時点で向こうは参加者の誰かを裏切らせる。確率の問題にゲームの勝敗を委ねるより、そっちの方が確実だからだ」
「裏切る……? それって、私達のクラスにスパイを作るって事?」
「その通り。ゲームの内容を見る限り、情報共有は遮断されている────けど、伝えてしまえば有利に働くように作られてるみたいだしな。向こうは確実に、その手段をとってくるだろう」
『戦車』側がうちの誰かが首謀者で、協力者なのかを理解すれば、確率論に頼らなくても答えを当てる事ができる。
何せ、そっちの方が確実なのだから。
このゲームを提案しているぐらいだから、このゲームをしっかりと熟知しているはず。
この考えに至らない訳がないと、夜月考えた。
「だから、俺達は脱獄の成功を首謀者一人にする事はしない。そして、『成功するには首謀者一人でいい』という情報を与える」
「じゃあ、どんなルールを変えるの?」
「もちろん、裏切るという行為を逆手にとるルールに変えるさ」
夜月は端末を投げ 、茜に手渡す。
慌ててキャッチする茜だが、おかげでドライヤーがソファーの上に落ちてしまった。
「向こうが、首謀者を教えてもらい勝利しようとしているなら好きにやらせるさ。その上で、最終的に俺達が勝てるようにルールを変更する」
「もしかして……最終的に勝利数の多い側の勝利って部分を変更するの?」
「Exactly。流石は相棒、俺と同じ考えでよかったよ」
夜月が素直に褒める。
褒められた茜は少しだけ頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
「向こうがスパイを作るっていうなら作らせればいい。俺達は、裏切り者の存在を知らないと思わせたままゲームを進行させ、向こうが勝利するよう勝手に動いてもらえばいい……それが、俺の考え。とりあえず、向こうには『脱獄を成功するには首謀者一人』で問題ないと思わせなければならない」
向こうが『脱獄を成功するには首謀者一人が必要』に変更したのだと思い込んでくれるのであれば、『最終的な勝利数』を変更する事には勘づかれない。
更に言えば、裏切り者が首謀者の情報を流してくれる事で、協力者の可能性を捨てさせる事ができる。
故に、誰かが協力者をやっているとしても、気づく事はできないのだ。
「その為にとりあえず偽の変更内容を皆に伝えた訳なんだが……問題はうちの連中が裏切ってくれるかどうかなんだよなぁ」
「す、凄いね……もうそこまで考えてたんだ」
頭を搔き、悩ましそうにする夜月に感嘆する茜。
ゲームの内容が発表されてからそんなに時間が経っていない状況で、皆の前に作戦会議をしたのに、すでにそこまで考えついている。
その事が、素直に凄いと思ったのだ。
「でも安心してよ。多分、うちのクラスなら確実に裏切ってくれると思うよ?」
「その根拠は?」
「うちのクラス、よくも悪くも『愚者』だからね。皆、自分にメリットがあれば簡単に手のひらを返すよ〜」
「嫌だなぁ、そんな信頼……」
茜の『愚者』の面々に対する信頼が嫌な方向に向いている事に、夜月はげんなりとする。
だが、茜の話が本当であれば夜月にとってはいい話だ。
何故なら、夜月の作戦は裏切り者がいるという前提で事が進む。
故に、偽の情報を流し相手の有利に働くようにしてもらわなければ困るのだ。
「俺達は裏切り者と向こうの思うように動かす。こっちの狙いはバレないように徹底するだけで自然と勝利をもらえるんだ────もちろん、面白いから味方の連中も一緒に騙されてもらうがな」
そう言って、夜月はニヒルな笑みを浮かべた。
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