家なき子

 アルカナを保有しているクラスは現在十三クラス。

 全クラスが二十二クラスある中で十三クラスしか保有していないという事は、八クラスもがアルカナを保有していない状況という事になる。


 その情報を茜から教えてもらった夜月は、現在荷物を纏めていた。


「じゃあ、最初に攻め込むなら『戦車』あたりになりそうかな」


「どうして『戦車』なの?」


「単純な話。俺達と同じ一学年で一枚しかアルカナを所持していないからだ」


 午後の授業も終わり帰宅時間。

 茜の隣の席を選んだ夜月は隣に座る少女に顔を向ける。

 サラサラとした栗色の髪を揺らして同じように荷物を纏めて帰宅準備を進める茜は、疑問符を浮かべた。


「あ、そうか……同じ学年ならそれほど経験値もないし、同数のアルカナだったら勝負を受けてくれやすくなるもんね!」


「そういう事。流石は元アルカナ保持者」


「その『元』って単語が嫌味に聞こえるんだよ……」


 決してわざとで言った訳ではない夜月は、茜に向かって「すまん」と頭を下げた。


「それにしても……同じ一学年にも関わらず、既にアルカナを五つも保有してるとか、化け物かよマリアは……」


 アルカナを失った八クラスのうち、四つが夜月の想い人が保有している。

 全学年で一番のアルカナを保有している状態で、言い換えれば『最も頭のキレる』人間がマリア率いる『女帝』クラスという事。

 残りの四つのアルカナは別のクラスが同じように一枚ずつ保有している状況で、暫定トップとは枚数的な差がありすぎる。


「本当に凄かったんだよ『女帝』のクラスは……入学初日に一枚でしょ? 一ヶ月してもう一枚、後は三ヶ月前に二枚集めたんだからね〜」


「……よくうちは狙われなかったな」


「あはは……流石にね。挑む訳にはいかなかったし。それに、『女帝』は基本的に挑みに行く事はなかったみたいだし、狙われた事はなかったかな」


「っていう事は、全部挑まれたって事? よくやるなぁ……」


「なんでも、自分達のアルカナを賭ける変わりに恋人になって欲しいっていう理由で仕掛けた────」


「よし、そいつらのクラスを全部教えろ。俺が引導を渡してきてやる」


「待って待って! その人達、もうアルカナ持ってないからぁ!」


 額に青筋を浮かべる夜月を必死に宥める茜。

 結果として負けているのだから付き合ってはいないという事は分かりきっているにも関わらず、愛が重い夜月であった。


「……まぁ、いいや。とりあえずマリアが同じように挑まれたとしても負ける訳がないし、こっちは慎重に一歩ずつ登っていこう」


「……初めからそうしようよぉ」


「すまんすまん。つい苛立ちが……」


 荷物を纏め終え、夜月と茜は立ち上がって教室の外へ出た。

 廊下に出ると、多くの生徒が談笑を交えながら帰宅する姿が目に入り、夕焼けが窓から覗いて見えた。


「海原くんって家はどっちにあるの?」


 隣を歩く茜が夜月の顔を覗き込む。

 どうやら途中まで一緒に帰ろうとしているみたいだ。

 今日一日で、随分と距離が縮まったように感じる。


「え……家?」


 不意に、夜月の足が止まった。

 秋の寒くなり始めた気温にも関わらず額に汗を浮かばせ、それがダラダラと垂れている。


「う、うん……家、だけど……」


「ちょっと待って」


 夜月の反応に驚く茜に待ったをかけて慌てて携帯を取り出す。

 そして、すぐさま通話ボタンをタップした。


『お、夜月か? もうホームシックとはお父さん感心しな────』


「おいっ! 俺の家ってどうなってる!?」


 保護者代わりの男の言葉を遮るようにして家の在り処を聞く。

 夜月はこの前まで海外で暮らしていた人間で、今まで暮らしていた家は海を跨いだ場所にある。一応、日本にも自宅はあるのだが、それは都心部ではなく最北に一つと最南に一つ。

 とてもではないが、今日帰る事のできない場所。


『あ……』


「あ、って何、あ、って!? もちろん用意してくれてるよな!?」


『今日はホテル行っとく……?』


「つまり用意してくれてねぇって事じゃねぇか!?」


 大輔の言葉に憤怒する夜月。

 ここに来る前、「準備は全部俺が終わらせたからな! お前は気兼ねなく行ってこい!」と言われて送り出された。

 その時は完全にその言葉を信用していたのだが……よく思い出せば、家の鍵すらもらっていなかった夜月は茜の言葉に嫌な予感がしたのだ。


 そして、蓋を開けてみれば家は用意されていない始末────まぁ、気づかなかった夜月も悪いのではあるが。


「はぁ……まぁ、いいや。とりあえず、今何処にいるの?」


『沖縄』


「は……?」


『沖縄』


 はて、沖縄とはここから遠く離れた九州の県ではなかっただろうか? そんな分かりきっている疑問が浮かび上がる夜月。

 それと同時に思う────


「これじゃあ俺一人じゃねぇかよ、こんちくしょう!?」


『だ、大丈夫だ! 小分けにした金を入れた通帳は渡したし、これでホテルでも借りれば────』


「未成年はホテル一人で借りられねぇだろうがっ!?」


 いくらカジノが未成年でも行えるようになったこの世界でも、ホテルや旅館といった宿泊施設を借りるには保護者の同意書がいる。

 年齢を詐称すればいけるのかもしれないが、いかんせん夜月の外見はまだまだ子供らしい。

 年齢を偽るのには無理があるだろう。


『あ、あー……今時、オンライン内見とか契約ができるみたいなんだぜ?』


「……で?」


『最速で部屋の準備しとくから、そっちで何とかしてくれ頑張れ信じている、以上!』


「あ、おいっ!」


 ブツ、と通話がいきなり途絶えた。

 それに苛立ちを覚えた夜月は何度も通話ボタンをタップするが、それ以降は「お客様のおかけになった────」としか言わなくなってしまった。


「あんにゃろう……よくもやりやがったな。スイートルームからマン喫か野宿の二択を迫られるとか、VIPも驚きを通り越して涙だぞ……」


 思わずその場でしゃがみこみ頭を抱えてしまう夜月。

 いきなり寝床の危機に陥った夜月には現在、マンガ喫茶か野宿という二択が迫られてしまった。

 衣類、食事は金があるからどうとでもなるが、寝床だけは別問題。


「マン喫ってずっといてもいいよな……? 年確とかされる? いや、普通にされそうだな……」


 そして、選択肢がまたしても一つ消えてしまった。

 身内がいない夜月にとっては頼れる親戚など皆無。つまり、頼れる大人などいないのだ。


「ね、ねぇ……夜月くん……?」


 そんな姿の夜月を見た茜がおずおずと尋ねる。


「……どうかしましたかね、明星院さん?」


「帰るお家、ないの……?」


「絶賛、今なら家な○子のドラマにも出演できそうな状況です……」


「そ、そうなんだ……」


 茜の同情の瞳が心に突き刺さる。

 夜月はひっそりと涙を流してしまった。


「だ、だったら……」


 そして、茜はしゃがみこむ夜月の顔を見据えて、少しだけ恥ずかしそうに口にする。


「私の家に来る……? あまり大きくはないんだけど……」


「明星院さんっ!」


 夜月は涙を流しながら茜に飛び込んだ。

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