攻め込むクラス
「さて、相棒さん……まず手始めに、我らが目的を果たす為の犠牲者を選ぼうじゃないか……」
椅子に座り、手を顔の前で組み「会議してますよ」感を醸し出す夜月。
だがしかし、背後に映る半裸の男子達を見てしまうとその雰囲気も台無しだな、と茜は思った。
「それはいいけど……具体的に何処を攻めるつもりなの?」
「具体的なクラスは決まっていない。というより、そもそもアルカナゲーム自体を詳しく知らない」
「……それなのに攻め込もうとしたんだね」
「俺は考えるより行動するタイプなんだ」
無謀だなぁと、茜はそう感じられずにはいられなかった。
だから茜は小さく咳払いを一つすると、夜月の顔を改めて見据え二本の指を立てる。
「まず、海原くんには分かってて欲しいけど……アルカナゲームは二つの種類があってね、『クラス同士』と『クラス内同士』ってのがあるんだよ」
「ふむふむ……」
「クラス同士のアルカナゲームはクラス全体でアルカナを奪う為のゲームで、クラス内同士のアルカナゲームはクラスの中で一つのアルカナを奪う事だね────私達がやったのは、このクラス内同士のアルカナゲーム。これによってルールも変わってくるから、ちゃんと違いだけは理解してね」
「はい、先生!」
「うみゅ、元気があってよろしい!」
夜月はメモ帳にペンを走らせながら元気よく返事をする。
今の茜は、さながら教師にでもなったようだ。
「それで、私達が今からしようとしているのがクラス同士のアルカナゲームで────クラス同士のアルカナゲームは大きく分けて三つのルールがあるんだよ」
「三つ……?」
「まず一つが『クラス同士のアルカナゲームは双方がアルカナを所持していなければならない』って事。私達は持っているけど、挑むクラスがアルカナを所持していなかったら意味がないからね」
「まぁ、アルカナを所持してなかったら挑む理由もないしな────って、アルカナがないクラスもあるのか?」
「もちろんあるよ。簡単に言っちゃえばクラス同士のアルカナゲームで負けたクラスとかね」
「なるほどなぁ……」
アルカナはそれぞれの役が一枚だけ。
当然、アルカナゲームで負けた対価として提示しているのであれば、負けた時には失ってしまう。
そう考えれば、なくなっているクラスもある為、攻め込む時は調べて行った方がいいだろう。
「次に二つ目。これは私達がやった時と同じで『双方が対等と判断した対価を賭ける事によってゲームが成立する』ってやつだよ。簡単に言っちゃえば、双方が納得すればゲームができるって事かな」
「っていう事は、俺の退学を賭ければ俺達はアルカナを賭けずにアルカナゲームができる可能性もあるって事だな」
「……海原くん、根に持ってる?」
「ちょっとしたジョークだからそんなにジト目で見ないでくれ。美少女に見つめられると何処か興奮してしまいそうだ」
「び、びしょっ!?」
軽いジョークの中に入っていた単語に顔を赤くする茜。
口をパクパクさせ、羞恥で顔が凄い事になってしまった。
「それで、三つ目を教えてくれないか? 体調が悪いなら他のやつに聞くけど────」
「た、体調悪いとかじゃないからっ! 悪いのは海原くんだから!」
「何故に!?」
現状が理解できていない夜月は急な罵倒に驚く。
だが、これは罵倒されても仕方ないのかもしれない。
「もう……話が進まないんだよ」
「……なんかごめんな?」
「はぁ……別にいいよ。海原くんがあほんだらっていうのは分かってきたつもりだから」
「身に覚えのない罵倒は受け入れなきゃいけない空気なんですね分かります」
双方の食い違いが顕著に窺える光景である。
「それでね、三つ目なんだけど……ここは海原くんに気をつけてもらいたいんだよ」
茜は再び小さな咳払いをして気持ちを切り替えた。
「……ほう?」
「私達がやった時は『アルカナを所持している人がゲーム内容を決める』って感じだったけど、クラス同士のアルカナゲームは『挑まれた方が決定権を有する』────つまり、私達が挑めば相手の土俵で戦う羽目になるって事」
夜月達がアルカナゲームをした際には茜がブラックジャックというゲームを決めた。
だが、クラス同士のアルカナゲームにおいては『挑まれた方が勝負内容を決める』というものになっている。
そうなれば、茜がした時と同じように『決定権がある方は有利なゲームを選定してくる』のは必然。
やり込んでいるというハンデや、そもそもスタート位置が違うなど、そういう状況に陥る可能性もあるので、自然に挑む方が不利になってくる。
「……それでも、海原くんは他のクラスに仕掛けるの?」
ひとしきり説明した茜が、夜月を心配する。
夜月の実力は分かっているが、クラス同士のアルカナゲームとなれば説明しきれていないルールも含めて、さっきとは勝手が違う。
だからこそ、勝てる可能性が低くなる勝負に身を投じるのかが不安なのだ。
「……ちなみに、他のクラスが仕掛けてくるという可能性は?」
「ないと思うんだよ。ここ二ヶ月はずーっと膠着状態が続いているから」
「そんな頻繁には行われないのか……」
「そりゃそうだよ。言ってなかったけど、クラスのアルカナを奪われたクラスって『札なし』って言われて、立場が著しく下になるの。そのまま卒業しちゃったらそれこそ界隈の評価が低くなっちゃうぐらいに」
「奪われただけで価値が下がんのか……あれだな、アルカナの存在大き過ぎない?」
「大きいのです」
だからこそ恩恵も大きんだけどね、と茜は最後に付け加える。
「…………」
その言葉を受けて、夜月は顎に手を当てて少し考え込む。
挑まれた方が不利。
敗者は卒業まで立場が低くなる。
圧倒的にアルカナゲームにおいて場数が少ない。
それを踏まえ、今勝負仕掛けるのか?
仕掛けた際に、果たして自分はクラスの皆の責任を取れるのか?
そんな疑問が脳裏に過ぎる。
だけど────
「なぁ、明星院……」
「何かな?」
「『女帝』のクラスは……アルカナをいくつ所持している?」
『女帝』とは夜月の初恋相手がいるクラス。
胸に紋章が付いていた事から、敗者にはなっていないとは思っている。
茜は徐に懐からスマホと同じような端末を取り出すと、少しだけ画面を操作した。
そして────
「……『女帝』のクラスは現在、アルカナを五つ所持してる。文字通り、女帝らしい数の多さだね」
「……そっか」
夜月はその言葉を聞いて、天井を仰いだ。
(いやー……流石はマリアだな。既に格の違いを見せてやがる)
せっかく再会したのにも関わらず、その差が再び見えてしまったような気がした。
土俵に立ったはずなのに、何段も先を登っていた。
それがどうにも悔しくて……それ以上に────
「……そうでなきゃ、俺がここまで来た意味がないもんな」
「……え?」
「やるぞ、明星院────」
そして、夜月は自信満々な不敵な笑みを、茜に向けた。
「方針は変わらねぇ、俺がてっぺんを取ってみせる────その為に、今は誰が何を持っているのか……それを知ってから動こうか」
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