茜が戦う理由

 宣戦布告が無事に成功した夜月達は、自分達の教室へと戻っていた。

 クラス同士のアルカナゲームは夜月がした時とは違い、準備に数日かかる為すぐに行われる事がない。

 故に、勝負内容も後ほど知らせがくるのだと、夜月は茜に教えられた。


「悪かったな、お前の事ダシに使ってしまって」


「ううん、気にしないで」


 作戦会議────という訳ではないが、夜月と茜は椅子を向けあってこれからの事を話し合っていた。

 といっても、今夜月がしているのは先程の事への謝罪だ。


「あんな事言わないと、ロイドくんってゲームに乗ってくれなかったから、そこは別に気にしてないよ」


「でもなぁ……」


「もう、海原くんは変な所で律儀なんだから……」


 申し訳なさそうにする夜月を見て、茜は嘆息する。


 夜月としては、人のプライベートを勝手にダシに使って、ゲームに乗っかるように煽ったのだ。

 そこに本人の了承も得ずにしてしまったので、夜月は申し訳ないと感じている。


 嘘八丁、ポーカーフェイス、頭の機転を全て使って……なんて大袈裟な事は言わないが、あの場面ではあの言葉が一番効果的だと考え、実行できたのは紛れもなく夜月の才能だ。

 互いの目的の為、それぐらいなら茜は怒るようなものではないと思っている。

 それに────


「一応言っておくけど、ロイドくんとの婚約────別に私もお母さんも賛成じゃないからね?」


「そうなのか?」


「うん……ちょっと家の話になっちゃうけど、ロイドくんのお父さんの企業と私の企業が長い間のお付き合いをしてるんだけど────私の家が業績悪化しちゃったんだけど、「取り引きを続けたければ」って言われて無理矢理婚約の話を持ち込まれたんだよ」


 縁談、政略結婚など、社会の上層に登れば登るほどざらに転がっている。

 茜の企業は知らない人がいないほどの大手化粧品会社。自社のブランドも抱え、上場もしているのだが、その業績はここ数年で目まぐるしいほど悪化してしまっている。


 その取り引き相手であるロイドの会社は悪化している経営の中でも主力の取り引き相手。

 この状況で取り引きを打ち切られてしまえば、悪化している業績が更に悪化してしまう。


 そんな状況を見たロイドの父親とロイドが、弱味を握ったかのように狙ってきた。

 茜という少女と結婚したいが為に。


「私は別にロイドくんと結婚したい訳じゃないし、お母さんも自分の所為で私が幸せになれないのは嫌みたい。だから必死にお断りしてるんだけど、中々諦めてくれなくて……だけど、取り引きを切られるのも難しいし、妥協点を探して三年っていう猶予をもらったんだ」


 茜や茜の親はロイドとの婚約を望んでいない。

 だからこそ、あの場でロイドに何て思われようが、言ってしまおうが、三年の猶予をもらっているからには影響はない。

 だからこそ、別に気にしていなかったのだ。


「……今、うちの会社は結構ピンチなの。だから、ここにいる三年の間に私の価値を上げて、うちの会社を立ち直らせてみせる────っていうのが、私の目的なんだ」


「…………」


「海原くんには話してなかったよね……ごめんね、相棒って言ってくれたのに言わなくて」


 気にして欲しくないし、逆に信頼してもらっているのに話していなかった事が申し訳なくなる。

 だから、茜は逆に夜月に向かって頭を下げた。


 それを見て夜月は、恐る恐る口にする。


「俺が融資するっていう選択肢をあげるのは……?」


「ダメだよ、そんな事。確かに、海原くんはいっぱいお金持ってるかもしれないけど、それは絶対に受け取れない。だって、同情でしかなくて海原くんにメリットがないんだもん」


「そうか……」


「うん……私、海原くんとは対等な人でいたいから」


 沈んだ顔になる二人。

 だけど、茜は顔を上げていきなり両手で夜月の顔を持ち上げた。


「でも、アルカナを全部集めてくれたら、私の価値は凄いくらいに上がるはずなんだよ────だから、私は融資してくれるんじゃなくて、海原くんにそこまで連れて行ってもらうの!」


 ────だからそれで私を救ってくれ、と。


 茜は、夜月にめいいっぱいの笑顔を向けた。

 そんな茜を見て、夜月は────


「……あぁ、そうだな。そっちの方が、お互いにメリットがある話だ」


 小さく笑った。

 無粋な考えをしてしまった、初めから目的はそれしかないじゃないかと、考えを改める。


 同情なんて必要なくて、自分の進む道にこそ、相棒の救いがあるのだと。

 己の気持ちを再確認する。


「うん、じゃあこれでお互い謝るのはなしね!」


「よしっ! 逆に絆が深まったと前向きに考えよう!」


「そうだそうだ! 相棒の気持ちが深まったんだよ!」


「俺達、いいパートナーになりそうだ!」


「「わーっはっはっはー」」


 二人で握手を交わし、互いに高笑いする。

 互いの目的を晒し、不安を解消し、改めて前に進むと決意した二人は、確かに人一倍絆が深まったのかもしれない。

 そんな光景を、クラスの面々は見ていたのだが……その瞳は、どこか生暖かいものだった。


 そんな時────


「あ、メールが来たよ」


 茜の懐に入れていた端末が音を鳴らした。

 そして、茜は高笑いをやめて端末を取り出す。


「それって、明星院のスマホ?」


「ううん、学園側から支給されたものだよ。クラスリーダーに、学園行事とかアルカナの移動とか、お知らせとか色んな情報教える為のものだね」


「俺、クラスリーダーなのに持ってないんだけど?」


「私が渡してないからねぇ〜」


 だったら早く渡して欲しい、と夜月は思ったが、別になくても茜という存在がいるので不要だと、突っ込むことはしなかった。


「む……? 早いね……」


「何が?」


 画面を見て顔を顰めた茜に疑問に思う夜月。

 そして、茜は端末の画面を夜月に見せた。


「ほら、もうアルカナゲームの勝負内容を『戦車』は決めたみたいだよ」


 その画面には『クラス同士におけるアルカナゲームのお知らせ』と書かれており、その下画面には────


「『脱獄ゲーム』、ねぇ……? これまた、面白そうなゲームを持ってきたもんだ」


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