宣戦布告

「へぇ……僕達にアルカナゲームを挑む訳だ」


 不遜に笑う夜月に対し、ロイドは訝しむような目を向ける。

 それと同時に少しだけ苛立ちが込められているように感じるのは、声のトーンが若干落ちたからだろう。


「その通り。皆アルカナゲームをしてこなかったみたいじゃないか────初めて同士、ここいらで経験しておこうかな、と」


「嘘だね」


「当然。勿論、俺達の目的は『戦車』のアルカナだ」


 アルカナゲームというからには、その賭博の対価としてテーブルに置かれるのはアルカナだ。

 ただ経験を積みたいというのであれば、単純に皆でゲームをしていればいい。

 誰でも分かる嘘を飄々と口にする夜月は、表情を一切崩さない。


「俺達もお前達と同じアルカナを賭けるぞ? こっちがテーブルに賭けるのは『愚者』だ」


 懐からタロットを取り出すと、夜月は手のひらで遊ぶ。

 足を組み、女の子を肩に引き寄せ、手のひらで踊らせる今の夜月の姿は、さながら異世界に出てくる魔王の如し。

 御曹司やご令嬢集まるこの場で、何とも不遜な態度だ。


「(ね、ねぇ……海原くん? どうして、私って肩を抱かれてるの? 新手のセクハラなのかな?)」


 いきなり抱き寄せられた茜は小声で夜月に尋ねる。


「(ん? 嫌だったか?)」


「(いや……というより、戸惑ってる方の気持ちが大きいんだけど? 私、これじゃあ海原くんの……お、女みたいじゃん……っ!)」


 茜の方を向くと、その顔は真っ赤に染まっていた。

 確かに、今の夜月の行動は『俺の女です』と主張しているようなもの。

 茜が戸惑い顔を赤くしてしまうのも、仕方ないのかもしれない。


「(すまん……俺、マリア一筋なんだ)」


「(どうして私は振られちゃったのかな!?)」


 ムキー、っと憤慨する茜。

 思わず離れようとするが、夜月が手の力を強め、茜が離れないようにした。


「(まぁ、見てろって────)」


「(……え?)」


 悪びれる様子もなく肩を抱く夜月に疑問符を浮かべる茜。

 自信満々に口にしたその言葉の意味を理解できなかったからだ。

 だけど────


「海原くん……だったかな? そろそろ、僕の婚約者から離れてくれないかな?」


 そんな夜月と茜のやり取りを見ていたロイドが、ついに口を挟んだ。

 額には青筋が浮かんでいて、笑みを浮かべているものの頬が引き攣っている。


「おや……? どうやら『戦車』のリーダーさんはご立腹の様子────心当たりがないな」


「今、言ったじゃないか……僕の婚約者から離れてくれって」


「婚約者、ねぇ……? さっきのやり取りを聞く限り婚約者じゃないとは言っていたが……もしかして、お前の勝手な想像のお話なのか?」


 夜月は両手を広げて嘲笑うかような笑みを浮かべる。

 茜は未だに現状を理解できていない様子だが、ロイドはすぐに夜月の行動の意味を理解する。


「……ふぅ。なるほどね、そうやって僕を挑発してゲームを承諾させようって事か」


「さて、何の事かな?」


 アルカナゲームはあくまで両者の合意の元、ゲームが成立する。

 如何に相手と同じぐらいの賭け金をベットしようが、相手が頷かなければそもそも土俵にすら立てない。


 アルカナを失えば全てが終わる立場である『愚者』と同じ立場にいる『戦車』。

 いくら夜月達と同じ条件でも、本来であれば気安く首を縦に振る事などないのだ。


「残念だけど、僕達『戦車』は今交戦する気はないんだ────残念だけど、この話はなかった事にして欲しい」


 そう言って、ロイドは背中を向けてその場から離れようとする。

 夜月の後ろで「逃げるなやクソイケメン野郎!」「チキってんのか!」「この顔だけの軟弱野郎!」などと野次を飛ばすが、ロイドは全てを無視する。


 だけど────


「よかったな、茜。これでお前は?」


 そんな夜月の言葉が、教室中に響き渡った。


「……え?」


「……は?」


 夜月の言葉に、茜だけでなくロイドまでもが思わず声を漏らしてしまう。

 背中を向けて立ち去ろうとしていたロイドは、思わず足を止めて振り返ってしまう。


「俺達の目的は達成した訳だし────さっさと帰るか、茜」


「え……えっ?」


 茜の手を引いて立ち上がり、教室から出ていこうとする夜月。

 茜や、一緒についてきた男子達は夜月の言葉に戸惑っている様子だったが、夜月だけは態度を崩さない。


 そして、夜月が出ていこうとした瞬間────


「ま、待てっ!」


 ロイドが、夜月の背中を呼び止めた。

 その時、一瞬だけ夜月が笑みを浮かべたような気がしたが、茜は勘違いだと振り払う。


「ん? どうしたよ『戦車』のリーダーさん?」


「今の言葉……どういう事だい?」


「今の言葉……はて、何か言っただろうか?」


「茜が僕と婚約しなくて済むっていう話だ! そこをきっちり説明してもらうっ!」


 ヘラヘラとする夜月の態度に、苛立ちを募らせていくロイド。

 夜月は仕方ないと肩を竦めると、ロイドに向き直って説明する。


「そのままの意味だ、クソイケメン。俺と茜はの仲なんだが……どうにも、茜には婚約を迫られている相手がいると聞いたんだ」


「はぁっ!?」


「ちょ、ちょっと海原くんっ!?」


 いきなりの発言に、ロイドは落ち着き払った態度からは想像がつかないほどの声を上げる。

 茜も茜で「どうして言っちゃうの!」と言わんばかりの顔で、夜月の袖を引っ張っていた。


 当然、マリアという想い人がいる状況で茜と事は確かなのだが、茜の顔を赤くしている態度が、夜月の言葉を信じさせた。

 まぁ、蓋を開けてみれば単純に『泊まる家がなかったから泊まらせてもらっただけ』というものなのだが。


「そんで、どうにか茜との願いを叶えようとしたいんだが……どうやら俺はアルカナ一個だとその婚約者もどきとは立場は変わらないらしい────そこで、俺がアルカナを増やせば、婚約者さんより立場が上になるだろ? そうすれば、茜のご両親も俺を認めてくれる────つまり、俺の方が立場が上になるって訳だ」


「ッ!?」


 もちろん、今の夜月の言葉は全て嘘だ。

 茜と婚約をしたいとは思っていないし、そもそも婚約云々はここに来て初めて耳にしたぐらいだ────全て、その場しのぎの嘘八丁。

 だけど、夜月の堂々とした態度と、淀みなく発せられる言葉が、相手に信憑性を生まれさせる。


「だけどその前に、婚約者さんがアルカナを集める気があるのか、鎌をかけて起きたかったんだ。集めるんだったら、俺と競う事になるからな。だけど、どうやら『戦車』はしばらくゲームをしないらしい────俺達と直接やり合ってくれた方が俺としてもありがたかったんだが、その情報だけでも十分」


 そして、夜月は最後に清々しいぐらいの嘲笑うような笑みを向けた。


婚約者ストーカー。俺はこれで心置きなく他のクラスにアルカナゲームを挑む事ができるからな」


 そう言い残し、夜月は今度こそとその場から再び立ち去ろうとする。


 煽り、挑発し、冷静さを失わさせる。

 相手の心の弱みと欲につけ込むことによって、同じ土俵テーブルに立たせる。

 嘘しかないこのやり取りで、成功するかどうかは分からない。


 それが成功したという証明は────


「い、いいだろう……僕達、『戦車』は────君達のアルカナゲームを受けようじゃないか!」


 引き止められた瞬間に、決まるのだ。


「ふーん……じゃ、決まりって事でいいな」


 夜月は、獰猛に笑う。

 まるで、格好の餌を見つけた肉食獣のようだった。


 これで、ゲームは成立する。

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