戦車のアルカナ保持者
夜月は思い立ったら行動するタイプだ。
善は急げという言葉があるように、やると決めた事は忘れないうちに、モチベーションが上がっている状態のうちにアクションを起こす。
マリアという想い人の隣に立つと決めた時から、即座に賭博を学んだ時のように。
そして、今回も。夜月は即座に行動に移した────
「殴り込みじゃぁああああああああああああああっ!!!」
「「「「「あぁいやさっさぁああああああああああっ!!!!!」」」」」
教室の扉を勢いよく開け放ち、物凄い形相でズカズカと入り込んでいく。
それに続いて、夜月と同じ『愚者』に所属する男子生徒も同じように物凄い形相で入り込んできた。
『な、なんだっ!?』
『いきなり誰かが入ってきたぞ!?』
『きゃーーーーーっ!!!』
チャリオットのような絵柄の紋章を付けた生徒達が夜月達の登場に慌てふためく。
お行儀よく席に座って教材を開いていたのだが、今は立ち上がったり肩を抱いたりと戸惑いを見せている。
「も、もうっ海原くんっ! なんでそうやって入っていくの!?」
それに続いて、栗色の髪を靡かせた少女がまず先に突っ込んで行った少年に向かって憤怒の表情を見せ、これまた同じようにズカズカと入り込んできた。
茜の登場に戸惑いの表情から、ボーッと見蕩れている生徒が何人もいる事から、茜は現れるだけで目を引いてしまう魅力的な女の子なのだと分かる。
「いや、こういうのは勢いが大事かなーって」
「そういう問題じゃないでしょ!? まずはドアをノックして、自分達の名前を名乗ってから入室するのが普通でしょ!」
「でも、それだとインパクトが────」
「インパクトよりも常識が大事なの!」
怒る茜にたじろぐ夜月。
その姿は、先程突貫した男の姿とは思わなかった。
「うちの男子達が入ったら普通の女の子は驚くんだよ!? これ、一歩間違えたらセクハラだよ!?」
「うおっ! 俺の精鋭達が何故かパンツ一丁!?」
夜月は背後を振り返り、同じ突貫した男子を見て驚く。
素晴らしい上腕二頭筋や大腿筋がピクピクと動いているが、確かにこれでは異性に見せるような光景ではない。
もしかしなくてもセクハラである。
「お前らっ! どうして服を着て来なかったんだ!?」
「いや、リーダーが服を着させないまま突撃させたんだろう?」
「勢いが大事って言ってたもんなー」
「それに、服なんて着てもどうせ後で脱ぐだろ?」
「…………」
どうやら、後ろの人間が半裸の理由は夜月にあったようだ。
だが言わせて欲しい、最後に至っては自分の所為ではないと。そう弁明する夜月であった。
「それより、リーダーも脱げよ!」
「はぁっ? それは一度でも俺に勝ってから言うんだな! まぁ? お前達には、無理だろうけど?」
「あぁっ!? んだとゴラァ!」
「よく言ったリーダー! 今ここでひん剥いてやるぜ!」
「やれるもんならやってろや、こんちくしょうめがぁあああああああああっ!」
「海原くん、海原くんっ! 染まりすぎ! 本当にうちのクラスに染まりすぎだからぁ!!!」
挑発に挑発を受けた夜月が他クラスにいるのにも関わらず野球挙を始めようとした。
それを必死に止めようとする茜の姿は、見蕩れているはずだったのに思わず視線を逸らしたくなるような光景であった。
そんな時────
「おやおや、『愚者』の面々が僕達のクラスに何の用かな?」
夜月達の集団に、一人の男子生徒が近づいてきた。
明るい金髪を肩口まで切り揃えた男。端正な顔立ちから浮かぶ笑顔が爽やかであり、歩く度に教室のあちこちから黄色い声が上がってきた。
「……イケメンが来たぞ」
「……剥くか?」
「……ここで一発公衆の面前で剥いた方がいいかもしれない」
「おいコラお前ら、後ろで物騒な内緒話をするな」
爽やか系イケメンが現れた事によって、後ろに控える男子達が敵対心を向上させていた。
内容は中々に物騒なのだが。
「ん? これはこれは……誰かと思えば、僕の
夜月達に視線を動かすと、男が茜の存在に気づいた。
茜はその視線を受けると、肩を震えさせ、さり気なく夜月の背中に隠れていく。
「ふぅ……全く、君も相変わらず冷たいな、茜」
「こ、婚約者じゃないもん……」
「これから婚約者になるだろう? もはや、この事実は遅かれ早かれの問題でしかないよ」
やれやれと肩を竦める男に対して、茜はどこか怯えた様子で男を見ていた。
反射的に夜月の学生服を握っているその姿は、いつもの明るさの欠片もない。
「あんまり俺の相棒を怖がらせてくれんな、クソイケメンが。ナンパなら他所でやって失敗してこい」
そんな茜を見て庇うように前に出た夜月。
今に至っては後ろの「そうだ!」「イケメンは振られて恥でもかいてこい!」「イケメンは全て万死に値する!」という声が心強い。
「君は……誰かな?」
「海原夜月────愚か者を纏めるアルカナ保持者だ」
「ふぅん……」
観察するような目が夜月に突き刺さる。
「っていう事は、茜が負けたという話は事実だったんだね……まぁ、知らせが届いた時点で事実なのは分かっていたけど」
男は小さな端末を弄り始めると、気味の悪い笑みを浮かべた。
「けど、これで本格的に茜は僕と婚約を結ぶ事になった訳だね。喜ばしい事だ────今日はシャンパンでも空けた方がいいのかな?」
「ッ!?」
茜の肩が再び震える。
怯えている様子が強くなったような気がして、夜月はさり気なく茜の手を握る。
「(大丈夫だから)」
「(う、うん……)」
その小声の言葉に、茜は小さく頷いた。
学生服を握る手の力は弱まり、震えていた肩も静かになっていく。
何の理由でこうなっているのか詳しい事は分からないが、どうやら落ち着いてくれたようだ。
「そんな事はいいから、お前も名乗れよ。今時のおぼっちゃまは名乗られても名乗り返さない常識欠如が激しいやつばかりなのか?」
「海原くん海原くん、ブーメランが返ってきてるんだよ」
「どういう意味かね相棒さん?」
つまり、常識がない人間が何言っているんだ? という事だろう。
さっきまで怯えて背中に隠れておきながらいい身分だな、と思わずにはいられなかった夜月であった。
だけど、これぐらいの軽口は叩けるほど余裕を取り戻したのだと、少しだけ安堵する。
「これは失礼したね────ロイド・オーウェン。この『戦車』のクラスリーダーで、『戦車』のアルカナを保持している者でもあるよ」
金髪の男────ロイドは、爽やかな笑みを浮かべて自分の名を名乗る。
雰囲気から何となくは察していたが、どうやら敵対者のリーダーで間違いなかったようだ。
「……そうかい」
夜月は相手の名前を聞くと、ゆっくりと茜に振り返った。
「いいか、明星院……物事に勝つのであれば、どんな時でも堂々としてなければならない。それだけは、肝に銘じておけ」
「……え?」
いきなり小声で言われた事に疑問符を浮かべる茜。
だけど、そんな茜など無視して、夜月は再びロイドに向き直る。
「よし、ロイドくん。君の名前も聞いた事だ……早速、本題に入ろうじゃないか」
「きゃっ!」
すると、夜月は突然茜の肩を抱くと、そのまま近くの椅子に座って不遜に笑みを浮かべた。
「我々『愚者』は、『戦車』である君達にアルカナゲームを挑ませてもらう。テーブルに賭けるのは、勿論アルカナただ一つだ」
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