盛り上がる愚者

 今日初めて会った異性と同じ一つ屋根の下で暮らしたらどうなるのか?

 そんな問題があるとすれば、皆はどう回答するだろうか?


 フィクションでは互いの気持ちが近づき、より親密になったり、何気ない場所でドキドキワクワクなイベントが起こってしまうかもしれない。

 そして、翌日にはぎこちなく顔を赤く染め、おぼつかない足取りと少しばかりの幸福感で学園に向かう事だってある。


 だが、あくまでそれはフィクションであって、現実ではそんな事は起こらない。


 事実、一つ屋根の下で一緒に暮らした茜と夜月の心境に、何の変化もなかった。

 ご飯を食べた後は交互に風呂に入り、客人用の毛布を引っ張り出して夜月がソファーで寝て、茜は自室で大人しく寝てしまった。


 その間に夜月のカジノで培ったテクニックを茜に教えたり、実戦形式で遊んだりという和やかな時間もあったのだが、結局は何も起こらなかった。


 もしかすれば、何も起こらなかったのはハプニングを起こす方である夜月に想い人がいたからなのかもしれない。


 ────という訳で、特に描写するようなイベントも起こらなかった夜月達は翌日、学校に登校していた。


「────さて、『愚者』に所属する生徒諸君。本日集まってもらったのは他でもない。大事な話があるからだ」


 教団の前で両手を付き、教室全体を見渡してそう告げる夜月。

 前回みたいに教室の隅でティータイムに興じる女子生徒も、中央で野球挙をしている男子達も、今に限っては大人しく席に座っている。

 ……まぁ、男子達がパンツ一丁である事が多少目につくが。


「集まるって言っても、ここは皆の教室だから集まるのは普通なんだけどね」


「お黙り相棒さんっ! 今、せっかくいい雰囲気で始められたのに、茶々入れないでくれるかしら! そういうのは、二人きりの時に発動するものでしょうがっ!」


「……つまり、ツッコミ役が板に付いてきたって事なんだね」


 夜月の後ろにいる茜がガックリと肩を落とす。

 皆と同じように席に着かないのは、相棒という立ち位置と元クラスリーダーという事もあるのかもしれない。


「いいからさっさと本題を話そうぜー」


「そうだそうだ! 今日の野球挙が途中なんだ!」


「なんだよ、今日の野球挙って……」


 そんな毎日の日課みたいな言葉に、夜月は頬を引き攣らせる。

 ボケを中心的にやってきた夜月だが、周囲の本気かもしれない天然のボケに飲み込まれてしまった。


「えー……ごほんっ! では早速、本題に入ろうと思う────」


 苦笑いを咳でリセットすると、今度こそ夜月はクラス全体に向かって言い放った。


「皆、今日このクラスは『戦車』にアルカナゲームを仕掛けるから……準備しといてねっ!」


 ♦♦♦


「「「「「はぁあああああああああああああっ!?」」」」」


 そんな叫びがクラス内に木霊する。

 男女問わず驚愕の色を顔に見せ、思わず立ち上がってしまう生徒も視界に入った。

 楽しそうに布告を宣言した夜月を横で見ていた茜だけが、驚きを見せずに呆れた様子で額に手を当てていた。


「おいっ! 本気かよ!?」


「アルカナゲームって、あのアルカナゲームですわよね!?」


「しかもクラス同士のアルカナゲームだろ!?」


「Exactly! そのアルカナゲームで間違いないし、本気も本気────今日、この『愚者』のクラスは皆にとって初めてのアルカナゲームを行う!」


 驚く皆を他所に、夜月は堂々と言い放つ。


「明星院さんはいいんですのっ!?」


 一人の女子生徒が立ち上がり、横にいる元リーダーに尋ねる。

 茜はその視線を受けて、困った表情をしながら頬をかいた。


「う、うん……私も一応納得してるから」


「本気ですの!?」


 元リーダーが参戦の意を表明した事によって、余計にもクラスがざわめいてしまう。


 個人的に挑むのであれば、皆は勝手にしろと言うだろう。

 だが、今回は連帯で行うゲームだ。負ければ自分達にも害が及ぶし、自分達も参戦しなければならない。

『札なし』というアルカナ失ったクラスの立場がどれだけ落とされるかを知っているからこそ、不安に駆られる。


 しかも、宣戦を唐突に言われたのだ。

 戸惑わない方がおかしいというもの。


「海原くん、これからどうするの? 皆驚いちゃってるけど……」


「大丈夫だ相棒。俺にはとっておきの秘策がある」


 皆の様子を見れば乗り気ではないのは一目瞭然。

 当然だ、今まで自由人の名に恥じない生活を送ってきたのに、脅かされる可能性があるのだから。


 しかし、こんな状況になるのは、天才賭博師である夜月には容易に把握していた。

 故に、考えた秘策があるから任せろ、と茜に向かってサムズアップする。


 そして、夜月は教壇に登りそのまま腰を下ろすと、両手を広げて高らかに口を開いた。


「静粛にっ!!!」


 その声で、皆のざわめきが一瞬にして消えた。

 未だに戸惑いと不安、驚きの表情が見えているが、それでも夜月は構わず言葉を続けた。


「皆が不安に思う気持ちはよーく分かるっ! 初めてのアルカナゲーム────失えば『札なし』の称号を与えられ、学園でも外での立場も危うくなる! そう、負ければこの学園に来た存在理由を失い、要らぬ汚名を塗り付けられる事になるだろう!」


 経験ゼロ。

 後ろは崖。

 失えば立ち上がる事は困難。


 今の夜月達の立ち位置とは、初期設定のままの崖っぷちなのだ。


「だ、だったら別に挑まなくてもいいんじゃねぇか……?」


 一人の男子生徒が、熱弁する夜月に声を投げる。

 だけど、夜月はそんな生徒の言葉を軽く一蹴する。


「お前は本当にそれでいいのか……?」


「……え?」


 そして、夜月は教壇から下りて、男子達が固まる集団に向かって手を広げた。


「いいか男子生徒諸君! 君達は日中野球挙で盛り上がる馬鹿に近い馬鹿達だ!」


「「「「「ンだとゴラァ!?」」」」」


「そのおかげもあってか、この場にいる男子生徒全てに彼女という崇高な存在はいないっ! 一般人からしてみればボンボンのおぼっちゃまだと言うのに、だ!」


「「「「「…………」」」」」


 彼女がいないという言葉だけで涙を流し、下唇を噛んで俯いてしまう辺り、このクラスの男子にとっては大きな問題だったのかもしれない。


「だがっ! ここでアルカナゲームに勝利してみろ? アルカナは増え、クラス地位も向上────そんなクラスに在籍する君達を見て、周囲の女子はどう思うだろうか……? 当然、尊敬の念を抱き、今までのイメージが一変するだろう、つまり!」


 そして、夜月はニヒルな笑みを浮かべた。


「────貴様ら、モテるぞ?」


「「「「「やったろうじゃねぇかぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」」」」


 そんな雄叫びがクラスに木霊する。

 男子を懐柔できた瞬間であった。


「女子生徒諸君も同じ事だ! これからの人生、もしかしたら政略結婚など家の都合で望まぬ人と結婚させられるかもしれない────だが、ここでアルカナを奪取し、地位と立場と格の違いを見せつける事ができれば────」


 ごくり、と。

 女子生徒達が息を飲む音が聞こえる。


「逆に君達の方に縁談が舞い降りるだろう。つまり、自分の手で好きな男を選びたい放題になるって訳だ」


「「「「「やってやるわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」


 ……続いて、女子達も懐柔できた瞬間であった。


 やる気を見せ、先程の不安など消えた皆はそれぞれ最高潮の盛り上がりを見せる。

 反対意見を言う生徒は、もはやいなかった。


 そんな光景を見た夜月は満足そうに頷き、茜の元に戻る。


「あいつらが徹頭徹尾の愚者でよかったと、心の底から思う」


「……私、時々このクラスにいる事を誇りに思えなくなってくるんだよ」


 唯一の常識人? である茜が賛同を得られたのにも関わらず、悲しそうな表情を見せた。

 ……まぁ、賛同を見せた理由が『モテる』、『選べる』であれば、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。


「さて、『愚者』に在籍する生徒諸君────」


 夜月は最後に、クラスの生徒全員に聞こえるように口を開いた。


「人生最初の大博打を始めよう────さぁ、楽しい楽しい賭博の時間だ」


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」


 クラス全体に、今日一番の盛り上がりが響いた。




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