食事

「うんまっ!? 明星院の料理、めっちゃ美味いっ!?」


 マンションの窓から見える景色が夜景になった頃。

 リビングの中央に置かれたテーブルに向かい、夜月はお目目をキラキラさせながら嬉しそうに絶賛していた。

 目の前に広がるのは生姜焼きに魚の塩焼きなどのごく家庭的な料理ばかり。だけど、どれも美味しいものだと、夜月は舌鼓を打っていた。


「そ、そんなに喜ばれるとは思ってなかった……かな?」


 頬を掻き、照れくさそうにはにかむ茜。

 先ほどまで異性と同じ屋根の下で寝る事に今更ながらの羞恥を抱いていたのだが、どうやら平常に戻ったようだ。


「懐かしい味! ホテルのレストランでは再現できないような温かさを感じますよこの料理には! 俺の買ってきたキャビアが冷蔵庫に眠るのも仕方ない!」


「流石にこの料理の中にキャビアは並べられないかな……。それに、私もあまりキャビアとか食べた事ないからどう調理したらいいか分かんないし」


「いらないなら捨ててもいいぞ?」


「捨てられないよ、あんな高級食材!?」


 お嬢様にも関わらず、夜月よりも庶民的な感覚をお持ちのようだ。


「それにしても、ここら辺って色んなものが置いてあんのな。歩くだけでキャビアの専門店が並んでるとは思わなんだ」


「ここら辺に住む人は本当にお金持ちが多いからね。自然と、そういったお店が多くなるのも仕方ないよ」


「の割にはドラッグストアはあったが」


「い、一般人も一応暮らしてるからね……?」


 夜月の反応に茜は苦笑いする。

 本当にここを何も知らないだなと思わせるその態度はどこか新鮮で、どうにもツッコミ役に回ってしまう。


(海原くんだったら、もっと美味しいものいっぱい食べていそうなのにな……)


 夜月の事を少し理解した茜は意外だと内心で思う。

 カジノで連戦連勝してメディアでも取り上げられる人間であれば、それなりに稼いで裕福な暮らしをしているはず。少なくとも、お礼品として何の抵抗もなくキャビアを買えるほどには。

 にもかかわらず、高級食材を意外そうに見たり、庶民的な料理に舌鼓を打っている――――茜の想像とは、かなり違っていた。

 料理を出す時にかなり不安そうにしていたのだが、今の夜月の表情を見ればチョイスは間違ってはいなかったようだ。


 それは考える前から杞憂なのだと、茜は知らない。

 何せ、夜月は賭博に身を投じるまでは一般人で、それこそ施設に入って裕福とは程遠い暮らしをしていたのだ。

 確かに、直近までは高級ホテルを一ヶ月ほど借りるぐらいの生活をしていたが、根は庶民――――こういう料理を喜ぶに決まっているのだ。


「ねぇ、海原くん……?」


「……ん?」


 口いっぱいに生姜焼きを頬張る夜月は貌を上げて不思議そうに茜を見る。


「結局、攻め込むのは『戦車』のクラスでいいの? 他にもクラスはあるよね?」


 不安が入り混じるような表情で、茜は夜月に尋ねる。

 夜月はその表情を見て頬張っているものを飲み込むと、一旦皿の上に箸を置いた。


「俺達と同じアルカナ保持数のクラスを攻める話はしたよな?」


「う、うん……」


「その中で俺が『戦車』を狙う理由は、明星院に聞いた話を鑑みての事だ――――その理由は、単純に『場数』と『枚数』。前に話したのが『枚数』で、話してない部分は『場数』だな」


 場数とは、単純に言えば経験の事だ。

 ここで言えば『今までアルカナゲームを仕掛けた事があるか』という事であり、ベストな条件に当てはまるのが『戦車』であった。


「俺達は今までクラス同士のアルカナゲームは経験した事がない。加えて、俺に至ってはアルカナゲームすら完璧に把握していないんだ。そんな中で、マリアみたいな経験豊富なクラスに攻め込んでも経験面で劣ってしまうから少し不利になる。となったら、攻めるのは単純に俺達と同じ条件――――つまり、一度も攻め込んだ事のないクラスにするのが当然」


「う、うん……」


「現在、一学年でアルカナを所持しているのは俺達『愚者』と、マリアの『女帝』、加えて『戦車』と『審判』だ。そんで、マリア以外は同じ一枚ずつ――――となれば、攻め込むのは『戦車』か『審判』になる訳だが、『審判』に至っては二回もアルカナゲームの経験がある……だから消去法で、『戦車』って感じ」


 一応、他学年にも攻め込むことは可能で、夜月のクラスと同じで一枚保持しているクラスはあるのだが、それは選択肢として加えなかった。

 何故なら、今まで経験がないとしても一年間で培ってきた『知識』というアドバンテストがあるからだ。

 何も経験していない状況で極力アドバンテージを与えたまま攻めたくはない夜月。初陣ぐらいは、一番狙いやすい相手から攻めたかったのだ。


「それは分かるんだけど……」


 茜とて、夜月の言い分は分かる。

 だけど、どうにもあまり乗り気ではない様子だった。


「まぁ、相棒が嫌なら見直すんだが……」


「だ、大丈夫だよ! 別に、乗り気じゃないからとかじゃないからね!」


「そ、そうか……? まぁ、そう言ってくれた方がありがたい――――何せ、聞いた情報が正しかったら『戦車』相手だとほぼんだ。拒否されたらどうしようかと思った」


「本当っ!? 海原くん、本当に勝てるの!?」


 自身満々に答える夜月に思わず立ち上がってしまう茜。


「信じろ相棒。、万に一つも負けはない――――何故なら、俺はマリアと同じぐらい『天才』なんだからさ」


「すっごい自信だね……いや、頼もしいんだけど」


「どちらかというと、クラスの連中を説得できるかが難点なんだよなぁ……。早々にアルカナゲームを仕掛けるって話になれば反対するやつもいるだろうし……一応、策は考えたんだが」


 そう言って、夜月は急に考え込む。

 その様子を見て、邪魔してはいけないと茜は再び椅子に座って食べ始める。


 だけど――――


(『戦車』のクラスってがいるんだよね……)


 少しだけ、懸念が残ってしまう茜であった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ※作者からのコメント


 あと少しで頭脳戦しますので、どうかご自愛を!

 また、別作品でも頭脳戦も書いているのでよろしければ!

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