決着
『アルカナゲームの結果を確認いたしました。定めた要求を確実に履行させ、海原夜月の勝利としてこのゲームを終了いたします』
ギャラリーの沈黙の中、そんなアナウンスが室内に響く。
背後の数字も消え去り、悔しそうに俯く茜を一瞥し夜月は小さく安堵の息を漏らした。
(……ふぅ、緊張した)
心臓の鼓動が早くなる。
ドクドクと、胸に耳を当ててしまえばはっきりと聞こえてしまいそうなほど、夜月は安堵と開放感で満ちていた。
「じゃあ、これで終わりだな」
それでも、そんな鼓動を悟られないように夜月は「ようやく終わった」と大きく両手を挙げて背伸びをする。
その際、袖口から何かが肩口にスルリと落ちていく感触があったが、周囲のギャラリーも茜も気付いた様子もなかった。
(にしても、あからさまなイカサマはダメって言うが……やっぱり、システムもそこまで万能じゃないな?)
夜月は教室中を見渡す。
すると、四方の壁の端にいくつもの監視カメラが設置されているのを発見した。
(始めはシステムが介入しているって聞いて焦ったが……この程度であればセーフなのか。これはまた、いい事を知った)
夜月は机に突っ伏し、悔しさを露わにしている少女を一瞥しながら場のトランプを回収していく。
その際、もう一度腕を下げ手元まで何かを持ってきた。
そして、自らの目の前にある『エース』を右手で包み、左手から『8』を回収したトランプの束に紛れ込ませていく。
(悪いな、こちとらあれぐらい枚数の多い状況でカードカウンティングなんてできないし、そもそもブラックジャックなんて揃わなかったんだからさ)
夜月は、カジノに赴く際にはいつも『ある物』を欠かさず準備している。
それは、『あらゆるトランプの絵札とエースを服の中に用意しておく』というものだ。
カジノではあらゆるトランプが使用され、カードゲームにおいては絵札とエースは重宝されるからであり──その用途は口に出さずとも分かるだろう。
内心、ヒヤヒヤしたものだが、存外すんなり決まったのが大きい。
きっと、追い込まれ負い目があった茜だからこそ疑う余裕もなくスムーズに事が運べたのだろう。
(フォールスシャッフルに自信を持っていればすぐに怪しむ事もできただろうに……場数が足りねぇよ、アルカナ保持者)
憐れむ視線を向けながら、夜月は回収したトランプを茜の正面に置いた。
『お、おい……明星院が負けたぞ?』
『うそ……明星院さんが負けるなんて……』
『あいつ、何者だ……?』
そして、落ち着きを取り戻した周囲のギャラリーがざわめきだつ。
目の前の結果に、自分達のリーダーが突然現れた少年によって負かされた————その事実に、驚きを隠しきれていない。
「どうして……私、ちゃんとやったはずなのに……」
そんなざわめきの中、茜は悔しそうに顔をテーブルに突っ伏して呻く。
「たかがゲームにそこまで落ち込むなよ。別に散財した訳じゃないだろ?」
「私にとっては金銀財宝よりも価値があるの————その『アルカナ』は!!!」
「そんな大事なものなら、俺を追い出す対価としてテーブルに乗せんなよ……やっぱり愚者だわ、お前」
顔を上げ、血相を変える茜に対して夜月は淡白に返す。
世の中、結果が全てだ。どんなに過程を整え無理難題の賭けに出たとしても、勝利すれば祝福されるし、敗北すれば無知だと蔑まれる。
敗北という結果を背負ってしまった茜が今何を言ったとしても、夜月の同情は誘えない。
むしろ「愚か」だと思わせるだけであった。
「カードカウンティングも禁止にしていない、チープなイカサマで慢心する……この学園ってアレだろ? 才ある若者を集めた教育機関なんだろ? だったらもう少し頭を使えよ……」
勝利に浸る余韻もない、別に勝ったからといって喜びもない。
ただただ、少年の表情は退屈としか物語っていなかった。
もし、茜が捨て札の処理を適切にしていれば、フォールスシャッフルに自信を持っていれば、そもそも夜月にカードゲーム以外での勝負を仕掛けていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
全ては、夜月の思い通りに事が運んだだけ。
ルール変更とシステムによる監視という予想外こそ起こったものの、大筋は夜月の予想通りになっただけだ。
それが、夜月に退屈だと思わせた。
面白いと感じるのは、あくまで想定から外れた事態が起こり自分が窮地に立たされるからこそ。
大の大人達────魑魅魍魎と相手にするよりかは安堵と緊張こそあったものの、高揚感と感傷はなかった。
「私はこのクラスの長なんだよ! 馬鹿にしないでっ!」
「元長だろ……? たった今、俺にアルカナが移ったんだからな」
夜月は机に置いてあるタロットを手にして茜に向ける。
この勝負が決着に向かった以上、アルカナの所持者は夜月に移った形になる。
同時に、このクラスの代表も夜月に代わった事になる。
「まぁ、安心してくれない? そんな悪いようにはしないからさ……」
夜月は茜に向かって安心させるように口を開く。
夜月としても、別にアルカナを使ってこのクラスを滅茶苦茶にしようとしている訳じゃない。
ただ、欲しかったのだ。
約束を果たす為、その足掛かりのアルカナの保持は必須だったから。
だけど、こうして悔しそうに落ち込む少女を見て何も思わない訳がない。
退学は当然ごめんだったが、夜月にも夜月の目的がある。だが、目の前の少女から大切なものを奪ってしまったのは……少しばかり罪悪感が湧き上がってしまった。
(おかしいな……今まではそんな事思った事なかったのに……)
カジノで散々あらゆる人間から金を巻き上げてきた夜月。
にも拘わらず、この少女の姿を見てしまうと別の感情が生まれてしまった。
それは、同世代の人間だからか?
答えは考えても浮かばなかった。
「まぁ……これさえあれば、あいつに並べる。そういった意味合いでは、本当に感謝するわ」
だけど、それ以上に別の感情の方が強く湧き上がった。
タロットを見つめる夜月の表情は、とても嬉しそうであった。
悲願、それが叶った無邪気な子供の様に————年相応の笑みを浮かべていた。
そんな時————
「失礼いたします」
ガラガラッ、と。
不意に教室の扉が開かれる音が聞こえた。
周囲のギャラリーや夜月も、その音に反応し顔を向けてしまう。
ギャラリーが割れる。
それは。その声の主の靴音が近づいてきたから故であったから。
「アルカナが動いたと聞いて参りましたが……どなたかが明星院さんを負かしたのですか?」
その割れた場所から一人の少女が姿を現す。
周囲に何人も人が寄り添っていたが、その中心人物だけはあからさまに雰囲気が違っている。
ミスリルを溶かしたようなサラリとした銀髪、お淑やかな雰囲気に誰もが目を惹く整った顔立ち、凛とした佇まい。
夜月は、その少女を見て目を奪われてしまった。
「お前……」
それはあまりの美貌からではない、突然の来訪からではない。
もっと別の、昔の記憶に重なる部分があったからで————
「突然お邪魔してしまい申し訳ございません————『女帝』、クラス代表のマリア・ヴァレンシアです」
いつか交わした約束の少女の面影が、夜月の脳裏にフラッシュバックする。
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