マリア・ヴァレンシア
「くぅ〜っ! また負けたぁ〜!」
一人の少年が悔しそうに頭を抱える。
足元に散らばるのは綺麗に揃ったトランプ。そして、正面には嬉しそうに笑う一人の少女の姿があった。
「ふふっ、また私の勝ち」
「で、でもっ! 今回は相当惜しかったと思うんだ! どちらかというと、運の方面が強かったけど!」
「それ以前に、夜月はポーカーフェイスを覚えた方がいいと思うよ?」
土管の中に二人の声が響く。
周囲から見えないように真ん中まで入り込み、行儀よく座る。多少服が汚れてしまうが、二人はそんな事など一切気にしなかった。
「あぁ〜あ……僕って十分強いと思ったんだけどなぁ……あれなの? もしかして今まで手加減されてたとか?」
「ううん、夜月もちゃんと強いと思うよ?」
「それはマリアなりの気遣いと受け取っておーけー?」
「ち、違うよっ! 確かに、今のところは私が全部勝っちゃったけど……後2、3回やったら負けそう……」
グリグリとトランプの端を弄りながら、今度は少女が悔しそうに呟く。
これは少女が素直に思った感想である。
広げられたトランプは少年の物、使い古されているのは何度も握った証拠。
そして、回数を重ねる度に勝利が遠く感じてしまう────目の前にある4枚のエースと1枚Kに対して、少年の前にあるのは3枚のQに2枚のJ。
1歩間違えれば、運がどちらかに寄っていれば……負ける事など有り得た。
「私……同じ歳の人と遊んでここまで悔しいって思ったの初めて」
「くっ……これが強者の余裕ってやつなんだねっ!」
「だ、だから違うよっ!」
少年の言葉に、少女が慌てて否定する。
始めはここまで言葉を交わす事もなかったというのに、今になってみれば凄く饒舌になった。
その事が、少年にとっては嬉しくて────
「ぷっ……あはははははははっ!」
思わず、笑ってしまった。
愉快だと、心の底から嬉しくて。
急に笑った事に驚く少女。
だけど、その表情も徐々に崩れていき、やがて少年につられて笑い始めてしまった。
「ふふっ」
「…………」
先程まで大きな笑いをしていた少年の笑みが消える。
視線は少女の顔に注がれ、頬を紅潮しながら呆けてしまっていた。
胸の動悸が早くなる。少年は、この気持ちを知っていたのだが────
「じゃ、じゃあ次は何しようか!? 同じのでもいいよ!?」
「うーん……次はブラックジャックがいいな」
「……ねぇ、君って本当に同じ歳?」
少年は話を逸らした。
トランプを掻き集め、再びシャッフルしトランプを配っていく。
「楽しいね、マリア」
「……うんっ!」
それから、二人は時間の許す限り土管の中で遊戯を続けた。
この時間が、今まで過ごしてきた中でも最高に楽しいと感じながら。
♦♦♦
「突然お邪魔してしまい申し訳ございません────『女帝』、クラス代表のマリア・ヴァレンシアです」
来訪者は、そう名乗った。
艶やかな銀髪を靡かせながら、後ろのお供と共に喧騒の中心へと足を進めていく。
(おっと、いかんいかん……つい昔の事を)
目を奪われていた夜月はすぐさま意識を戻した。
どうにも、面影が似過ぎていた。記憶の中に眠っている人物の名前と一致している。
それが夜月の意識を停滞させていたのだが、どうにか事が進む前に戻ってこれたようだ。
喧騒の中心にいるのは夜月と茜だ。
来訪者はギャラリーの開けてくれた道を進んで行き、その中心へと視線を向ける。
すると────
「あなたは……っ!?」
少女は思いっきり目を見開いてしまった。
口元を手で押え、信じられないと何度も目を閉じたり開いたりと繰り返している。
しかし、それも一瞬の事。
直ぐに表情を戻し、先程までの落ち着いた表情と────懐かしむような笑みを、夜月に向けた。
「久しぶりですね……夜月」
「あぁ……久しぶり、マリア」
『『『『『ッ!?』』』』』
二人の言葉に、周囲が驚きの声を漏らした。
『お、おい……どうしてあいつが八大貴族と知り合いなんだよ?』
『知るかよ! 俺だって信じらんねぇと!』
『も、もしかして……あの人も八大貴族の関係者とか……?』
驚きはざわめきに変わっていく。
マリアの後ろに控えていた生徒の面々の小声で驚きを顕にしている。
だが、夜月は気にしない。マリアと同じように懐かしむ表情を見せたまま、旧友のように話しかけていく。
「何か見ないうちに大きくなってないか? 昔は結構小さかったのになぁ……何? 成長期?」
「ふふっ、もちろんあれからであれば私も成長しますよ。それに、夜月も大きくなりましたね。近づいたら見上げないと顔が見れそうにありません」
「逆にマリアより低かったら色んな意味で泣けてくるよ。まぁ、そうはならずに人並みぐらいには大きくなったさ」
あれから8年以上の歳月が過ぎた。
当然、見かけも大きく変わっている。
(綺麗になったよなぁ……)
内心、夜月は感嘆とした声を漏らした。
きめ細かい肌にアメジストのような双眸、柔らかそうな桃色の唇に油断すれば吸い込まれてしまいそうなほど。
加えて、心臓の鼓動が先程からうるさい。かつての自分の時と同じだと、夜月は嬉しく思った。
「聞きましたよ夜月────またマカオで大暴れしたそうですね?」
「まぁ、保護者代わりの人にちょっと無理言ってなぁ────ドル換算で200万。これでも足りないか?」
『『『『『ッ!?』』』』』
周囲のギャラリーが再び驚きの声を漏らす。
それも当然だ。200万ドルなんて、いち学生が持っているような金額ではないからだ。いくら財閥の御曹司などの人間が集まる場所であれど、その金額を一人で持っている生徒は少ないだろう。
しかも、それを賭博で稼いだと。尚更驚いてしまうに決まっている。
「ふふっ、全然足りません────ヴァレンシア家は、その程度のお金では首を縦に振りません」
「知ってる。それに、カジノで稼ぐだけじゃお前に届かない事は理解したさ────だからここに来た。そして、これさえあればお前に届くぞ」
夜月は先程手に入れたアルカナをマリアに向ける。
「なるほど……アルカナが動いたと聞いて来てみたのですが、アルカナは夜月に移った訳ですね」
マリアは横にあるテーブルを一瞥する。
視界に入ったのは片付けられたトランプと散らばったチップ。そして、よく見かけていたアルカナ保持者の姿。
「……状況は理解しました。夜月相手にカードゲームをした事が茜さんの敗因かもしれませんね」
「さぁ、他にも色んな要因があったんじゃねぇの?」
「それなら、そのジャケットの中を────」
「俺は過ぎた事は気にしない主義なんだ!」
目敏いマリアに夜月は恨めしそうに見つめる。
そんな夜月を見てマリアは楽しそうに微笑を浮かべた。
「まぁ、結果は結果です────おめでとうございます、夜月。これで、あなたは土俵に立てましたよ?」
「あぁ……これさえあれば、八大貴族に届く。どれだけ金銀財宝を集めても届かなかった月に、届くんだ」
しみじみと、アルカナを見つめて呟く夜月。
三角帽子を被った男の絵柄は、そんな夜月を笑っているように見えた。
「あの時から、俺の気持ちは変わらない。俺はお前を手に入れる」
「…………」
「あの日交わした約束を……俺は、果たしてみせる」
真剣に、真っ直ぐマリアを見据えて言い放つ。
それを受けた少女は言葉を詰まらせ、口元が震えていたが、やがて目尻にひっそりと涙を浮かばせながら口を開いた。
「ふふっ、嬉しいですね……夜月が、未だにそう言ってくれるなんて。本当に、涙が出そうです」
その時のマリアの顔には笑みが浮かんでいた。
だけど────
「ヴァレンシア家として負ける訳にはいきません。嬉しいですが、それとこれとは話は別です」
「あぁ……だから、首を洗って待ってろマリア」
見つめ合う二人に割って入る者はいない。
過去を懐かしみ、今この瞬間を大事にし、確かめ合うと少女は踵を返して夜月に背中を向けた。
「では楽しみにしていますね────『女帝』である私は、いつでもあなたをお待ちしております」
そして、そのままお供と共に教室から出ていってしまった。
残されたのは、愚者のクラスに属する者のみ。
「……やっぱり、諦めきれねぇわ」
そんな夜月の呟きを拾える者はいなかった。
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