ゲームが終わって
マリアが教室から出ていった。
その時のクラスの空気はとても静かなものであった。
夜月の呟きこそ拾えなかったものの、皆が変えられてしまった事実と突然訪れたマリアによって呑み込まれてしまったようだ。
そんな空気を、まず先に破ったのは夜月であった。
「……さて、改めて自己紹介をさせてもらおうかな」
周囲を見渡し、三角帽子を被った男の絵柄のタロットを手に握りしめる。
「今日からこのクラスに転入してきた海原夜月です。初めての地、初めての環境ではありますが、どうか仲良くしてくれたら嬉しいです」
つとめて明るく、優しく、笑顔を向けて口にする。
警戒心を与えないように、この空気の中で反感を買わないように、第一印象を確立させようと。
「そして、たった今アルカナ保持者として在籍する事になったんだけど────これって、クラス代表になったって事でいいの?」
夜月が周囲を見渡し、適当な場所に視線を向ける。
視線の先にいた生徒は話を振られた事に驚くが、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。
「そっか……ありがとう。本当に右も左も分からないんだよ────こんなに風に、皆に色んな事を聞いてしまうかもしれないけど、よろしくお願いします」
先程まで八大貴族と面と向かって堂々と話していた人間が頭を下げた。
その事が、皆の驚きを誘ってしまう。
「それで、これからの事なんだけど────」
ガタッ、と。
夜月言葉を遮るように、突然椅子が動く音が聞こえた。
その音の方に顔を向けば、先程まで机にうつ伏せていた茜がいきなり立ち上がっていた。
そして、唇を噛み締めたまま誰に声をかける訳でもなく、そのまま教室から出ていってしまった。
「お、おいっ!」
夜月は手を伸ばして茜に声をかけるが、振り返る事なく教室の扉が閉まってしまった。
突然が突然を誘う。余計にも、クラスの生徒は驚きで固まってしまった。
「……マジか」
夜月は思わずそんな言葉が漏れてしまう。
間違いなく、クラスのリーダー格は茜だ。
そんな少女が教室から出ていってしまった。クラスに馴染むには茜と仲良くしておきたい夜月にとっては、まず先に避けられてしまう事が何よりも痛かった。
(……まぁ、気持ちは分かるんだけどさぁ)
アルカナの価値は重いと聞いた。
そして、それをゲームで突然現れた人間に奪われてしまったとなれば当然クラスに居づらいし、負かされた相手と仲良くしたいとは思わない。
何より、最後に見た表情は「悔しい」だけではないような悲しい顔をしていた。
であれば、茜はアルカナに『重い』以上の価値を持っていたのではないだろうか?
そう、自分自身と同じようなものを────
(あぁー、もうっ……)
夜月は周囲を一瞥し、誰も後を追わない事を確認すると、そのまま教室の外へと駆け出した。
足を動かしたのは同情か責任か────それは、夜月自身でも分からなかった。
♦♦♦
「何やってるんだろ、私……」
都市学園が膨大な敷地をこれでもかと使った教育施設だ。
教室がある棟は十を超えており、庭園やレジャー施設、屋外プールも設置しており、端から端まで歩くのにかなりの時間を要してしまう。
そんな都市学園の噴水庭の前のベンチで、一人の少女は足を抱えて蹲っていた。
思い返すのは先程までの事。アルカナを所持しているからという理由で慢心し、呆気なく敗北を喫しアルカナを奪われてしまった事実。
今日、目覚めるまではアルカナは手元にあったはずなのに。
こんな状況になるとは、茜は露ほどもにも考えていなかった。
「アルカナを持つ意味、ちゃんと理解しているはずだったんだけどなぁ……」
そのクラスのアルカナは、そのクラスで最も才がある人間に贈られる。
今回みたいにゲームによって所持する事もあるが、入学初日に渡される事もある。
茜は後者だ。
入学初日からアルカナを賜り、それをずっと守り続けてきた。
アルカナを持つ意味は大きい。
全てを集めれば八大貴族に見初められる事もあるが、一つを所持しているだけでも恩恵は莫大だ。
ある生徒はアルカナを所持していただけであらゆる財閥の令嬢からの縁談が舞い降りた。
ある生徒はアルカナを所持していただけで敵対していた企業が傘下に下った。
ある生徒はアルカナを所持していただけで今まで成功していなかった取り引きが成功した。
それだけ、上層に住む界隈の人間にはアルカナの存在は大きいものであり、茜自身もちゃんと理解していた。
だからこそ、守り続けてきたのだ。
始めは何度も挑まれたアルカナゲームに勝ち続け、クラスでの立場を確立させ、他クラスから挑まれたゲームを総評的に判断して交わしてきた。
だけど────
「お母さん……ごめんね、私馬鹿やっちゃった……」
そんな言葉が漏れてしまう。
理解していたはずで、努力もしてきたはずなのに────たった一度の慢心で崩れ去った。
それが悔しくて、情けなくて……涙が溢れた。
「ひぐっ……」
嗚咽が聞こえる。
幸いにして、周囲には誰もいないのか静けさだけが嗚咽を運ぶ。
情けない。
情けない。
情けない。
それだけが、茜の頭を埋めつくした。
クラスの皆が自分を信頼して勝負を挑まなくなったのに。
他にも、自分を送り出してくれた人の期待を背負ってここまで進んできたのに。
「ごめん、なざい……っ」
謝罪の言葉は誰にも届かない。
届かないからこそ、嗚咽と共に口に出てしまう。
そんな時────
「こ、ここにいた……っ!」
不意に、蹲る茜の頭上から声が聞こえた。
その声の所為で思わず茜の肩が跳ね上がってしまったが、恐る恐るといった形で顔を上げる。
視線の先────そこにいたのは、息を切らして両手を膝につき、それでも笑みを浮かべている少年だった。
「じゃ、じゃあ、親睦を深める為に話でもしようか……とりあえず、疲れたから隣に座ってもいい?」
その少年は、先程自分を負かした男であった。
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