天才賭博師VSアルカナ保持者③

「……え?」


 茜は、夜月の行動に呆けた声が漏れてしまった。


「おい、どうした? 俺はただ全チップを賭けただけだぞ?」


 そんな茜の様子を見て、夜月は挑発するような笑みを向けてきた。

 茜も、夜月が何をしたかは分かっている。これは単に夜月が全チップを賭けただけ、残りターンがこれを含め2ターンない現状、大勝負に出る為にチップを賭けた────そんなところなのだろう。

 それは理解できる。ただ────


「カード……見なくていいの?」


 茜は、トランプを見ないでチップを賭けた事に疑問を覚えたのだ。

 トランプを見なければ自分がどんな手札でどんな役を作っているか分からず、賭けるチップの枚数を考えなければならない。

 だけど、夜月はトランプを捲らない。今、夜月の目の前には配られた状態のままのトランプが伏せた状態で残っている。


「見なくても結果は変わらねぇよ。ほれ、さっさと始めようぜ」


 呆ける茜に向かって夜月は進めるように促す。

 その姿は先の言葉通り自分の勝利を確信しているようなものであった。


「……っ」


 茜はその態度に喉が詰まる。

 何か呑まれていそうな、掌で転がされているような……不思議な嫌な予感が背中を走る。


(だ、大丈夫……私の役の方が数字が低いし、海原くんには数字の高いカードを配った……何の問題もないよ)


 あれから、仕組まれたトランプの順番は狂っていない。

 であれば、想定通りのトランプが夜月の元に配られているはずで、この勝負に負けはない。

 そう、ただ夜月は残りターンが少なくなり『運勝負』に出ただけ。

 これも、夜月が自分を揺さぶりに来ているのだと、逆にこのターンで勝負を決めれるではないか、茜は背中を走った嫌な予感を振り払った。


「じゃ、じゃあ────カードオープン」


 茜は自分の宣言と合わせて、手元のトランプを捲った。


 現れたのは始めから捲られていた『3』と『4』。合計値は7


(負けはない……だって、海原くんの元には高い数字が行くようにしているんだから!)


 チップが多く場に現れてしまったからか、茜の内心は荒ぶっている。

 冷静な表情を見せているようで、力強い眼光が夜月が捲るトランプに注がれていた。


「じゃあ、今度は俺の番だな」


 夜月がトランプを捲る。

 その手は何処かスローモーションのようにゆっくりと動いているように見え、茜や囲うように眺めているクラスメイトのギャラリーが息を飲んだ。


 そして、現れたトランプは────


『K』、『エース』


「……ふぇ?」


 茜の間抜けらしい声がまたしても漏れてしまう。

 ギャラリーも、皆が揃えて目を見開いていた。


 だけど、夜月だけは違って────


「さて、この手はブラックジャックなんだが……当然、俺の勝ちで問題ないよな?」


 最強の役を手にし、ポーカーフェイスを崩して今度こそ誰でも分かるような勝ち誇った顔を見せたのであった。


 ♦♦♦


 教室内に静寂が訪れる。

 皆が皆、理解しようと言葉よりも頭を回す事に専念したからだろう。

 そんな中、まず最初に戻って来れたのは茜であった。


「え……っ!? な、なんでっ!?」


 何度も何度も夜月のトランプを凝視し、透き通るような碧眼がいつもより大きく視界に写った。


「いや、なんでって言われても……ただブラックジャックが揃っただけだしなぁー」


「嘘だよ! それだったら、始めからトランプ見てるもん! 絶対に揃うって分かってたよね!?」


 激しい剣幕で捲し立てる茜。

 それを受けた夜月は「せっかく可愛い顔をしているのに台無しだなぁ……」なんて場違いな事を思っていた。


「うん、分かってた」


「どうして!? ま、まさか……イカサマ!?」


「おい、コラ。イカサマなんて失敬な────ほら、もしイカサマしているんだったら運営側が気づくんだろ? この時点で指摘も警告もされていないんだったら当然、俺はイカサマしてないって事になるよなぁ?」


「うっ……!」


 嘲笑うような目を向けられて茜は口篭る。

 茜自身も運営側にバレないようイカサマをしており、これ以上言及されてしまえばフォールスシャッフルが露見してしまう可能性があったからだ。


「ちなみにな……カジノでは、ブラックジャックを行う際にはターン毎に捨札を山に戻すか新箱を用意して再開するんだよ」


 手元のチップを指で弾きながら、夜月は淡々と口を開いた。


「それは単にイカサマ防止って意味で使われたり、「自分はイカサマなんてしていませんよ」と客にアピールする為なんだ」


「な、何の話……?」


「ん? お前が「なんで?」って聞いたから答えてあげてるだけなんだが……?」


 何を言っているんだと、夜月は首を傾げる。

 だが、茜はそれでも「意味が分からない」と荒ぶる気持ちを諌めながら夜月の紡ぐ言葉を待つ。


「まぁ、いいや────とりあえず、捨札を山に戻す理由って言うのが今回、俺がブラックジャックを揃える事ができた理由だと言ってもいい」


「え、えーっと……」


 茜は夜月の問いかけに頭を悩ます。

 なんか講義をしているような感じだなと、夜月はゲームの最中にも関わらずそんな事を思った。


「カードをすり替える人がいるから……?」


「それもあるが、カジノでそんな事できる人間はいない。流石に、大きなカジノとなるとそんな明らかなイカサマは通じないからな」


 カジノでは常に見張りと監視カメラが常備動いている。

 それを掻い潜り、ディーラーと客の目を盗んで捨札を入れ替えたり手札を入れ替える事など不可能。

 流石の夜月でも、それは至難の業だ。


「とりあえず、捨札がある事で有利に運ぶ事ができるからそんな事をしたんだよ。ここまで言っても分からないか?」


「………………………………ぁ」


 長い思考の後、茜の口からそんな声が出た。

 何かを思い出したような、引っかかる所が浮き彫りになってしまったような……そんな顔。


「お気づきになったようで何より────捨札を残さない理由、それは『カードカウンティング』でございます、お嬢様」


 ────カードカウンティング。

 捨札から山に残っているトランプの枚数と照らし合わせ、次に来るトランプを予想するというもの。

 52枚で構成されているトランプはそれぞれ4枚ずつトランプがあり、場に出たトランプを山の中から選択肢として削っていく。そうすれば、残りの枚数の中からは場に出たトランプが再び手札にくる可能性が減り、次に残ったトランプが手元に来る可能性が高くなる。


 そうやって、捨札を記憶する事によって確率の四捨五入をし、次に来るトランプの予想を立てる。


 これがカードカウンティング。

 一般的に『禁じ手』と呼ばれる手法だ。


「で、でも……まだ山札は沢山あるのに!」


「そんなの、何処かの誰かさんが自分の元ばかりに低いトランプを集めてたからなぁ。それなら、数字の低いトランプは確率から引けるし、めちゃくちゃやりやすくなる」


「っ!?」


「気づかれないと思ったか? そんなに何度も連発して勝ち続けりゃ怪しむに決まってんだろうが。カジノでフォールスシャッフルなんて


 そうやって吐き捨てる夜月の言葉に、茜は下唇を噛む。


(気づかれてた……それに、逆に利用された……っ!)


 気づかれていないと思っていた自分の『イカサマ』に気づかれて、あまつさえそれを利用された。

 その事が、茜には猛烈に悔しく思えた。


「基本的に一対一のタイマンでブラックジャックを行う場合はディーラーは交互にするもんなんだよ。何故なら、ディーラーはどんな手でも勝負をしなくてはいけないし、初手でカードを見せなくちゃいけない。加えて、主導権はプレイヤーにあるからな────それをハンデとか言って率先して引き受けるとなれば当然怪しむ……それぐらい、ルールを知っているやつなら当然だよな?」


 全てが見透かされる。

 先程まで有利な場所に立っていたはずなのに、徐々に足場が崩れていくような感覚を覚える茜。


「けど、ブラックジャックが成立するってどうして分かったの……? 私、ルール変えたんだよ?」


「確かに、同じ21でルール変更の範囲内の可能性もある────けど、お前が言ったんだぞ? 『ゲーム内容の一部を一度だけ変更ができる』って……ブラックジャックっていう役は勝利条件とは別のルールだ。そんなの該当しない方が可能性が高い。それに、この負けている現状でブラックジャックしか逆転する目が残されていない────そうなれば、ブラックジャックを狙う方が当然だろ?」


 ブラックジャックという役はルールの別枠。

『数字が大きい方が勝つ』というルール内容とは別物で加えられているルールの一つだ。

 故に、茜が言う通りのアルカナ効果では『一部しか変更できない』為、『数字が低い方が勝つ』というルールに変えたのであればブラックジャックは該当しない。

 そう、夜月は予想をつけていた。


 その夜月の予想が正しかったのか、背後の数字が『10』から『25』に変わっていく。

 ブラックジャックを成立した場合、配当は1.5倍。これで夜月が逆転した事になる。


「だけど、まだ1ターン残っているもん! だからまだチャンスは────」


「おいコラ、躍起になるのは構わんが……もういいだろう?」


 チップが逆転された事により血相が変わった茜を見て夜月は肩を竦める。


「言っただろ────ディーラーは不利な役回りなんだって。何せ、主導権は常にプレイヤー側にあるんだから」


 残り1ターン。

 数字が『25』と『15』と差が離れた現状、賭けるチップ枚数を選べるのは負けている茜ではなく夜月。


「次の最終ターン……俺はもちろんだ。これで、俺の勝利だよな?」


「あ、あ……っ」


 全てが瓦解していく。

 茜の勝利の為に用意していた作が、たった一手によって綺麗に敗北のレールに乗せられてしまった。


「さて、これでアルカナは俺の物になった訳だが……文句はないよな、元アルカナ保持者様?」



 こうして、夜月が入学して最初のアルカナゲームは夜月の勝利で幕を下ろした。





 【愚者】~アルカナゲーム~


 勝者 海原 夜月

 敗者 明星院 茜

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